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やまねこ翻訳クラブ 資料室
デイヴィッド・ヒルさんインタビュー
(作家)


『月刊児童文学翻訳』2007年4月号掲載記事のロングバージョン(日本語版)です。


 
今回は、やまねこ翻訳クラブが毎年主催しているやまねこ賞において、2005年読み物部門で3位、2006年オールタイム部門で1位を獲得した『僕らの事情。』(求龍堂)の作者デイヴィッド・ヒルさんに、本書を訳した当クラブ会員の田中亜希子がお話をうかがいました。ヒルさんは、2月25日から11日間、日本のインターナショナルスクールの招待で来日されていました。滞在中いくつもの授業をこなす中、取材に快く応じてくださったことに、心より感謝申し上げます。


【デイヴィッド・ヒル(David Hill)さん】

 1942年、ニュージーランド(以下NZ)、ネイピア生まれ。高校教師などの職を経て作家になる。児童書、一般書、エッセイ、戯曲など幅広いジャンルで活躍。中でも、YA向け小説の執筆が多く、NZで権威のある児童書賞のひとつ、ニュージーランド・ポスト賞を数々の作品で獲得しているほか、NZで児童文学に貢献した人に贈られるマーガレット・マーヒー賞も受賞している。


Q: お会いできて感激です! 最初に、日本で "See Ya, Simon(『僕らの事情。』)" が出版されると聞かれたときの感想を、教えていただけますでしょうか。

A: 本の内容の一部については、日本の読者にどう伝わるのか、少し心配でした。たとえば、冗談は伝わるのだろうか、とか。そのあたりは、きっとアキコがうまく訳してくれたと思います(笑)。

 アキコはメールで何度か内容を質問してきましたよね? 質問してくる箇所に、日本とNZの文化のちょっとした違いが表れていて、とても興味深かったです。ほかにも、表現の一部や、NZの子どもたちの暮らしぶりなど、理解されるかどうか、不安はありましたが、ある種の確信もありました。理想的な友情というのは、どこの国の子どもたちにも、理解できるものでしょう。


Q: NZでの "See Ya, Simon" の反響はどうでしたか?

A: 大きかったです。「この本を読んで泣いた」そして「ジョークで笑った」という感想をたくさんもらいました。日本の読者もまさに同じ反応をしてくれたようですね。ほかにも、サイモンみたいな友達がほしい、という子どもたちからの声もありました。それと、ブレイディみたいなかわいい女の子と知り合いだったらいいのに、という男の子の声も(笑)。

 これはアメリカの女の子からの感想なのですが「読み終わったあと、とてもやさしい気持ちになれた」という手紙をもらったことがあります。何よりうれしかったです。


Q: この作品を書かれたきっかけは?

A: 献辞の「N・J・B」は、娘ヘレンの友達のニコラスという男の子の名前です。みんなからニックの愛称で呼ばれていて、筋ジストロフィーで亡くなりました。そのとき、ヘレンはニックにさよならを言うために、お宅へうかがいました。行く前はとても怖がっていましたが、もどってきたときには、ちゃんとお別れできたことを誇らしく感じていたようです。ぼく自身、娘はとても勇気があると思いました。そして、それをもとに本を書こうと決めたんです。

 本に出てくるネリータは、ヘレンがモデルです。この本は最初、短編として書きはじめたのですが、書いているうちに、言いたいことがたくさん出てきて、1冊の本になったんですよ。

 そういえば、この本を書くとき、ちょうど家を改築中で、執筆作業に友人の家を使わせてもらっていました。ぼくは、どの作品でも、初稿はパソコンを使わず、ペンで書くんです。サイモンが亡くなるラストシーンにさしかかったとき、ぼくは泣きながら書いていました。すると、その家で飼われている老犬が、ぼくを心配して、膝の上に頭をのせてくれて……。ぼくは、犬をなでながら、ペンで書いて、同時に鼻もかんでいる――あれはちょっと忙しくて笑える状況でした。


Q: ニックの話を本にするにあたって、ニックのご家族とは連絡をとられたのですか?

A: 書き上げたとき、ニックの家族に連絡しました。詳細は変えているけれどニックをモデルにして物語を書いたことと、率直な感想を聞かせてほしいことを伝えて、原稿を渡しました。そのときは、これを読むことでご家族の気持ちが波立ってしまうのであれば、出版はできないと思い、とても心配でした。けれども、結果は、ぜひ出版してほしいとの返事。「これはわたしたちのニックの物語だと感じたし、とてもいい話だと思いました」と言ってくれました。ただ、本に名前を出す場合は、ニックのフルネームではなくイニシャルにしてほしい、というリクエストがあったので、献辞はそのようにさせてもらいました。

 この本では、ニックのほかにも現実と重なっているところがあります。サイモンには姉がいますが、ニックにも双子の女きょうだいがいましたし、ご両親は、本に描いたとおり、ニックをとてもよく支え、愛し、応えていました。また、サイモンの国語の教師「キッドマン先生」は、ぼくの友達で作家のフィオナ・キッドマンに名前を使わせてもらい、キッドマン先生の授業は、ぼくが教師時代に実際におこなっていたものを盛りこみました。


Q: この本にはどのようなメッセージがこめられているのですか?

A: A☆基本的に、メッセージをこめることを第一の目的として本を書くことはありません。まずは、物語を書きたい、というところからスタートして、次に、興味深い人物を登場させたい、という思いがきます。

 ですが、『僕らの事情。』に関しては、伝えたいことがありました。友達の大切さです。サイモンは友達がいたから、最期まで活き活きと過ごせました。そして、友達もサイモンがいたから、活き活きと過ごせたのです。本の最後にネイサンが言う「根性が悪くて、おもしろいやつだった〜」の文は、メッセージというわけではありませんが、友情が子どもたちにとって非常に意味のあるものだと思って書きました。この本の特徴のひとつです。

 アキコ、"bad-tempered(根性が悪くて)" は訳すのが難しかったですか?


Q: ドキッ。たしかに、ここは平易で反対の意味の言葉が、リズムよくぽんぽん並べられているので、気をつけて訳しました。ただ、このシーンに至るまでに、サイモンとネイサンの性格がしっかり伝わってきていたので、"bad-tempered" の訳語に関しては、わりとすんなり出てきたんですよ。

 ところで、児童書から脚本、一般書まで、さまざまなジャンルの作品を書かれていますが、どのジャンルが好きですか?

A: YA小説の執筆は、とても楽しいです。あとは、NZの雑誌にちょっとした笑えるコラムを連載しているのですが、その執筆も好きですね。

 若者向けに小説を書くのは、難しいことだと思っています。そしてその難しさが、好きな理由のひとつになっています。大人は本を読むとき、つまらない箇所にくれば、それを飛ばして読みつづけますが、ティーンエイジャーは、おもしろくないと、読みとおしてくれません。すべての文をおもしろく書くのは、ある意味「挑戦」です。その挑戦がぼくは好きなんです。


Q: YA小説を書くにあたって、その世代との隔たりを感じることはありますか?

A: はい。毎日(笑)。「今」の若者を描きたいので、街で若い人たちを観察したりしています。また、近所の若者たちにバイト料を払って、原稿を読んでもらい、こんな言い方はしないとか、ここはおかしいとか、ここがわからないとかいったことを、指摘してもらっています。これは執筆にとても役立っています。


Q: 作家になったきっかけは?

A: ティーンエイジャーのころ、かわいい女の子が転校してきて、その子に気づいてもらおうと、得意の作文をがんばったんです(笑)。うまく書けると先生がクラスで読み上げてくれるんですよね。けっきょく、女の子にはふりむいてもらえませんでしたが、文章を書くことに目覚めたと思います。

 その後だいぶたってからですが、息子が生まれるとき、死産になる可能性があると言われた時期がありました。そのとき、毎日入院中の妻を見舞いに行きながら、書くことで、なんとか自分を保っていたんです。それが今につながっています。当時の記録は、あとで作品にも生かされたんですよ。子どもは、無事に生まれて元気に育ちました。


Q: 今後の作品の予定は?

A: 今年の8月に、ティーンエイジャーふたりを描いた恋と音楽の物語が出版されます。タイトルは "Duet" です。 その次に書きたいと思っているのは、冒険物語。20年から30年前のNZが舞台で、ぼくの子ども時代の話――自伝的要素も入っています。


Q: 最後に、翻訳者に期待することをお聞かせください。

A: ぼくに入る印税をたくさん生み出してくれる人がいいです(笑)。というのは冗談で、ぼくに言う資格があるかどうかわかりませんが、ティーンエイジャーの言葉を正しく書ける人だとうれしいですね。YA小説を書くときは、できるだけ若者の言葉をリアルに伝える努力をしているので、翻訳でもリアルなティーンエイジャーの姿が描かれているようにしてほしいです。

                                         

【ヒルさん作家メモ】


Q: 作品のアイディアはどこから来るのですか?

A: 作品は、実際のできごとをヒントに書いています。


Q: 作家でいて辛いときは?

A1: 書くテーマが見つからなかったらどうしようと不安になるとき。

A2: どの本でも、3分の1書いたところで、だれてしまうので、そのとき。(それでも、毎日1章ずつ書くことを自分に課していくと、あるときからふっと浮上して、そのまま一気に最後まで書けるんですよ。つまらない部分には、あとからもどって、手を加えます)

A3: 出版を断られるとき。


Q: 作家を目指す若い人へのアドバイスを願いします。

A1: とにかくたくさん読む。好きなものは何回も読む。何回も読むと、その作家がどんな技を使っているのかわかってきます。

A2: 自分が書いたものは捨てない。たとえ出だしの5行だけで終わっているものでも、あとから使える可能性があります。

A3: 書いたものをどんどん出版社に送ることですね。それと文学作品のコンテストにどんどん応募すること。


                        (取材・文 : 田中亜希子  協力:武富博子)

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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