リズーム
イシュトバン・バンニャイ/作
翔泳社 1200円
絵に言葉以上の多くを語らせ、ページをめくることによってダイナミックに物語を展開していくのが絵本の醍醐味のひとつであることに異論をはさむ人はいないだろう。
だとしたら、文字をいっさい使わず(いわゆるワードレス絵本)、確かな描写力とモダーンな色彩感覚に裏打ちされたページの展開だけで読者をぐいぐい作品世界に引きずり込むこの作品は、最も絵本らしい絵本のひとつといっていいかもしれない。
ページをめくるたびに、一体どこにつれていかれるのだろうと、めまいに近い感覚が募っていった。これぞほんとの「めくるめく」感覚!?
まじめな話、乗り物酔いする方は、少し気をつけた方がいいかもしれない。
同じ作者による既刊に「ズーム」がある。
冒険がいっぱい
和田誠/作 長新太/絵
文渓堂 1400円
どこまでが本当で、どこからが法螺なんだかよくわからない話をするおじいちゃんと、だまされてんのかなあと思いながらも、その話に魅了されて聞き入る孫の交流を描いた心暖まる作品。
しかし、作者はかの和田誠、ありきたりのほのぼの話ではない。なんと戦争を語っているのだ。今の子供たちが知らなくて当然な戦争当時の用語――疎開、防空壕、脱走兵、進駐軍などなど――が実に丁寧にわかりやすく物語の中に織り込まれて説明されている。その配慮、手腕だけでも一見の価値がある。その上、戦争を語りながらわくわくさせて、おじいちゃんの豊かな子供時代も浮かびあがらせているんだから、これはちょっとすごい。
これが初の書き下ろし童話だそうだが、もっともっと読みたいぞ!
どんぐりノート
いわさゆうこ・大滝玲子/作
文化出版局 1300円
「どんぐり」と一口に言っても、日本だけで二十種類以上もあるなんて知らなかった。そのほぼ全種を各一ページずつ、実の精巧なイラスト、葉や樹皮の写真、自生地や呼び名の語源をはじめ、様々な情報をつめこんで紹介しているのだから、つきなみだが、「これ一冊で君もどんぐり博士だ!」
巻末には、のれんにそろばん、笛におもちゃなど、どんぐりを使ったいろいろな工作のアイデア集と、どんぐり食のレシピまでついている。
どんぐりだんご、どんぐりチップス、どんぐりクッキーにどんぐりどうふ……どれもうまそうだ。いっぺん挑戦してみよう。
でもその前に、子供といっしょにこの本を持って、どんぐり拾いにいかなくては。
しまった、外は深い雪だ!!
マザーツリー
松岡達英/絵 村田真一/文
小学館 1450円
一九九三年に世界遺産に選ばれた白神山地に、マザーツリー 母なる木と呼ばれる一本の木がある。本書はそのブナの木の周囲だけを描いて作り上げた精妙な図鑑であり、ゆったり流れる一年の絵物語でもある。
丹念に描き込まれた絵のすみずみにまで目を凝らしながらページをくっていくうちに、様々な生命が複雑かつ巧みに支えあうシステムである「生態系」という言葉の意味がすんなりと理解できるだろう。
そして、それはなにも遠い山奥だけで繰り広げられているものではなく、ささやかであれ、教室の窓から見えるあの木にも働く営みであるのだと教えて欲しい。
一本の木の重要さを知るものが、目先の利益だけでむやみに木を倒し、山を拓くという発想を持つことなどないのだと信じたい。
弟の戦争
ロバート・ウェストール/作
原田勝/訳
徳間書店 1200円
フィギスには動物や人の心を読み取る不思議な能力がある。死にかけたリスの痛みも、アフリカの少女の飢えの苦しみも、彼にとっては他人ごとではない。そのフィギスが湾岸戦争の勃発と同時に最前線で死と直面するイラクの少年兵に「とりつかれ」てしまう。
平穏なイギリスにいながらリアルタイムで極限の恐怖を味わうフィギス。家族や医師をまきこみ物語は息もつかせぬ展開を見せる。
やがて少年兵の死とともに、彼は解放される。その後再び「とりつかれる」ことなく健康に成長する様が伝えられてこの物語は終わるのだが、これはハッピーエンドなのだろうか? 自分の視野に入らない世界は、存在しないも同じだと切り捨て、無関心でいられる人間の方が健全だといえるのだろうか?
重い問いかけを残す傑作だ。
自分をまもる本 いじめ、もうがまんしない
ローズマリー・ストーンズ/作
小島希里/訳
晶文社 980円
どうしていじめはこれほどまで残忍なものになってしまったのだろう。いじめは、人が安らかに幸せに生きていく権利を故なく踏みにじる許し難い行為だ。教育以前の人権問題だという認識が、この日本という社会においては、あまりに希薄なのではないだろうか。
いじめられる側にも問題があるなんて理論はもってのほか。だからこの本も、いじめられっ子にならないためのマニュアルなんかじゃない。いじめを行なうゲスな人間なんかに人生を台無しにされるなんて、冗談じゃない。あらゆる手段をつかって自分の身を守ろうよ。それがこの本のメッセージだ。
どんな立派な学力を身につけさせることができる教師でも、人間として生きていくためのすべての基礎である人権意識を教えられなくては教師失格だ。そう思いませんか?
ゆき
T.マーヴリナ/絵 Yu.コヴァーリ/文
田中泰子/訳
ブックグローブ社 2500円
今年94歳になるマーヴリナは児童書のノーベル賞ともいわれる国際アンデルセン賞を受賞したロシアの人間国宝級の画家だ。でもそんな肩書などいっさい忘れて、この絵本をじっくり味わって欲しい。
一見無造作で、子どもの絵にも通じる大胆な筆使いで描かれた一枚一枚の絵のなんとほがらかなことだろう。何ものにも束縛されない自由な精神に満ち満ちた彼女の絵を見ているだけで、心の奥底からふつふつと喜びがわきあがってくる。
ロシアの大地に根ざした、さりげないけど味のあるコヴァーリの短い物語と共鳴しあって、読後になんともいえない幸福な余韻の残る絵本だ。二人がコンビを組んだ絵本はまだ数冊が未邦訳のまま残っている。ぜひとも全巻出版していただけないものだろうか。
いまよみがえる縄文の都
国松俊英/作
原田こういち/絵 荻原明/写真
佼正出版社 1500円
学生時代、縄文時代の遺跡の発掘に参加したことがある。地中から掘り出された遺物の一つ一つを介して、数千年の時を隔た生身の人間と直接触れ合っているような、奇妙な感動に包まれたことを今でもはっきり覚えている。
本書は青森市にある縄文時代の巨大集落、三内丸山遺跡の発掘の様子やその成果を、写真や図版をたくさん用いてつぶさに紹介したものだ。発掘された遺物や遺構から、当時の豊かな生活の様子をわかりやすく再構築すると同時に、考古学という学問がどのようなものであるかを紹介してくれているのもうれしい。
科学であり、歴史学や文化人類学、民俗学や社会学とも重なりあう考古学という奥の深い学問に興味を持つ子どもたちはきっとたくさんいるはずだ。
ツグミのプレゼント
前田まゆみ/作
ブロンズ新社 1980円
冬の間、庭にやってくる小鳥のためのバードケーキを作り続けたルカのもとに、ある春の朝、一羽のツグミがお礼をしにやってきた。おじぎ草の種を持って。翌朝はひまわりの種。ルカとツグミはプレゼントの種をきっかけに、毎朝、言葉を交わすようになった。やがて、ツグミが北の国へ旅立つ日がやってきた。でも、ルカとツグミはまた秋になったら再会する約束をするのだった。もしかしたら、今度はツグミの子どもたちもいっしょかも。
何といっても本書の最大の特徴は、ツグミがプレゼントしてくれた五種類の本物の種がついているということ。育て方を教えてくれる簡単なマニュアルも別刷りではさまっている。この遊び心と細やかなサービス精神、うれしいねえ。鳥とも植物とも友だちになれそうな絵本。
ライオンと歩いた少年
エリック・キャンベル/作
さくまゆみこ/訳
徳間書店 1300円
エンターテインメントの王道をいくような作品。まるで、マイクル・クライトンを読んでいるみたい! 限られた時間のなかで、とてつもない試練をくぐらなくてはならない羽目に陥った主人公。次から次へと押し寄せる危機また危機。危機をひとつしのぐ度に、主人公のなかに眠っていた勇気と知恵が呼び起こされ、ついに使命を果たし終えたときには神々しいばかりに大きく成長を遂げているのだから。
アフリカの大草原を舞台に、ロンドンからやってきたばかりの少年を中心に繰り広げられる息詰まるような壮大な物語。飛行機事故、年老いたライオン、残忍な密猟者、正義感あふれる観光ガイドなどが、どんなストーリーを紡いでくれるのかは読んでみてのお楽しみ。子どもにだけ読ませておくのはもったいないぞ!
よい子仮面なんかいらない
久美沙織/作
ポプラ社 1200円
少女小説などで人気の作家が、自分の子ども時代の体験を踏まえて、軽いタッチの文体で一気に書き切ったメッセージ。でも、その内容は真摯で熱く、軽く受け流すことなどできない。
世間でいうよい子とは、「オトナにとって、社会にとって、好ましいコドモ」であると看破し、他人のために生きる必要なんか絶対にない!と訴える著者の言葉に、気持ちが楽になる子どもたちはたくさんいるんじゃあないだろうか。一方で、一人の人間としてしっかりした自我を確立することの必要性も説いており、とてもバランスのいい叱咤激励の本になっている。
教育者として子どもたちに「よい子」であることを求めがちな本誌読者の皆さんには、一度ぜひ、真剣にこのメッセージに耳を傾けてと祈らずにはいられない。
さかなつりにいこう!
村上康成/作
理論社 980円
春はヤマメ、夏にはイワナ、秋はニジマス、冬はワカサギ……。
釣果があろうとなかろうと、一人で山に分け入って、自然の中に身を置くことの喜びに満ちあふれた一冊。
絵にも文章にもたっぷりと余白が取られているせいか、あわてずにページを繰っていくと、ゆったりとした時間が流れ、さわやかな風が吹き抜けていくような。
日々あくせくと生きる人間(今は大人も子どもも大変だからねえ)に対して、どうだ、うらやましいだろう、くやしかったらやってみろ、と挑発しているようにすら見えるこの余裕。
どちらかといえば、のんびり暮らしている我が身にとっても、これはやっぱり、うらやましいぞ。
はじめましてアリーナ
エムナマエ/文
夏目尚吾/絵
アリス館 1300円
イラストレーターとして活躍中に視力を失った著者が、盲導犬アリーナと出会い、実社会に歩み出す前に行なう共同訓練を受ける様子を描いた作品。
著者にとってもアリーナにとっても、パートナーとの出会いははじめての経験で、否応なしに緊張を強いられる。しかし、アリーナと著者との間の信頼が高まっていくにつれて、お互いの緊張もとけて余裕が生まれ、少しずつ世界が広がっていく……。そんな過程が本書では鮮やかに描かれている。
普段、私たちが漠然と見送ってしまっている世界が、砥ぎ澄まされた聴覚や嗅覚、触感などを駆使した言葉で再構成されていて、とても新鮮な印象を受けた。常に前向きな温かい語り口の文章もいい。
野ネズミの森
今泉吉晴/作
フレーベル館 1500円
動物行動学のおもしろさを、子どもたちにも積極的に紹介してくれている今泉さんの、ビジュアルで楽しい科学絵本の新刊。
「科学的な研究」という、一見冷たい印象を受ける行為の裏にある情熱の熱さや、子どもの遊びの延長に見えなくもない手作りの暖かさがひしひしと伝わってくる本だ。
腰を据えた観察から疑問が生まれ、疑問を解こうとする熱意から工夫が生まれ、その工夫から新たな発見が生まれたときの喜びには、その場にいあわせているかのようにワクワクしてしまった。
写真やイラストもとてもわかりやすく効果的に使われている。ネズミの表情が愛らしい!
この本を読んで、すぐにでも庭に飛び出したくなる子どもはたくさんいるにちがいない。