************************** 『ディア・ノーバディ』Dear Nobody バーリー・ドハティ/作 中川千尋/訳 ************************** |
十月、恋人ヘレンに別れを告げられてから四ヶ月、クリスは大学入学のために町を出ようとしている。そこにヘレンからの手紙の束が届けられた。手紙の書き出しは、すべて「ディア・ノーバディ」。自分はヘレンにとって、もはや 「誰でもない」人間なのかと思いつつ、クリスは手紙を読み始める。と同時に一月からのいろいろな出来事を、思い返すのだった。一月、思いがけないセックス。二月、ヘレンの機嫌が悪くなる。三月、ヘレンの妊娠が判明。そして……。
二人の若い恋人たちの妊娠、出産の話を軸に、二人の親たち、祖父母、叔母、それぞれの人間模様がつむぎだされていく。(うさぎ堂)
あまり読む気のしない本だった。十代の妊娠には興味がない、というのが正直な気持ちだったから。しかし読んでいるうちに、それだけの小説ではないことがわかってきて、結局一気に読んだ。最後は泣いた。
ひと月が一章になっていて、一月から十一月まで。クリスの回想とヘレンのノーバディへの手紙で構成されている。書簡形式の小説は昔からあるが、こういう形式はあまりないのではないだろうか(読書の底の浅さがばれてしまう)。ともかく同じ場所にいながら、二人がまったく違う視点で見ているところが面白かった。
それと興味深かったのは、二人の話にからんでくる大人たちの話だった。もし私が十代ならば、二人に感情移入したかもしれない。しかし三十代になると親世代の方に感情移入してしまう。今から読む子供たちには、三十代になってもう一度読んでもらいたい。おそらく、全然違う読み方ができるはずだ。
本を読んでの感想としてはちょっとへんかもしれないのですが、まず、訳文がすばらしい!! と思いました。淡々としていて全然飾っていないのに、すごく繊細で、波打つような美しい流れがあって、心にそのまま響いてくるような……!! 訳文なのに、こんなに完成されたすてきな文章になるなんて!!! 単に私の個人的な好みにすごく合っていた、というのも大きいとは思うのですが、読み始めた瞬間から最後まで、私はずうっとそのことに感動しっぱなしでした。なんとしてでも近いうちに、こんなすばらしい訳文の元になった原文を読んでみたいと思っています。それと、中川千尋さんの訳されたほかの本も……どんなのがあるのかしら??
ヘレンにとっての「ノーバディ」が、「お願い、だれもいないで」という必死な祈りの対象から、「小さなノーバディ」と語りかける相手としての「あなた」に変化していくところ、私はすごく安堵感を持って読んだと同時に、そこに女性の強さみたいなものも感じました。一方で、ヘレンを心から大切に思っていて「あのあかんぼうの50パーセント」でありながら、なにかしたいのになにもできない、なにもしようのないクリス、じきにヘレンにとって重荷とさえなってしまうクリスの心の痛みを思うと、いたたまれない気持ちにもなりました。二人が命の親になった時、同じように自分の「母」とのつながりを求めたこと……そこまでは一緒だったのに、常に「ノーバディ」と共にいることのできた(常に「ノーバディ」の存在を引き受けていざるを得なかった)ヘレンと、どうしても「ノーバディ」の実体がつかめずに、その存在を受け止めることのできなかったクリス……。どうしようもない悲しさを感じます。
*表紙の写真は出版社の許可を得て使用しています。
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