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やまねこ翻訳クラブ レビュー集

今月のおすすめ(99年10月)


『すももの夏』表紙

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  『すももの夏』

     The Greengage Summer

   ルーマー・ゴッデン/作 
   野口絵美/訳  徳間書店 1999.3 

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*表紙の画像は、出版社の許可を得て使用しています。

 

 

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 子どもでも大人でもなかったあの夏、13歳の少女セシルは、姉、弟、妹らと共に、母親に連れられてフランスへでかけた。ところが道中母親が病気になり、ホテルに着いたとたん入院してしまう。セシルたちは、宿泊客のエリオットという英国人男性に預けられ、ホテルで一夏過ごすことに。温かい思いやりでセシルたちを魅了するエリオットだったが、彼は、時折恐ろしく冷淡になるという第二の顔を持つ、どこか怪しい男なのだった。大人の世界を垣間見つつ、様々な出来事を経験していくセシルたち。そして、ある騒ぎが起こった夜、とうとうセシルが見てしまったのは……。

 謎の男エリオットをめぐるミステリー仕立ての筋、美しく緻密な描写で語られるフランスのホテルの独特なムード、個性豊かな登場人物たち。全てがからまりあって、酔わされたように一気に読めてしまうのは、物語作家として定評のあるゴッデンならではだ。けれど、この本の魅力はそれだけではない。

 物語は、その夏セシルたちが、ホテルの果樹園のすももを食べすぎて何度もおなかをこわした、という語りから始まる。「すももを食べすぎておなかをこわす」という行為は、一夏の間に大人の世界のあれこれを一気に経験してしまった少女たちの、精神的消化不良の象徴だ。作者は、彼女たちが経験する情けなさ、恥ずかしさ、痛み、いらだちなどを、優しいまなざしで丁寧につづっていく。普通はありえないようなこの話が、意外なリアリティをもって胸に入りこんでくるのは、緻密な描写や、作者の実体験に基づいた話ということのせいもあるが、おそらく物語のあちこちで、読者自身の「すももを食べすぎた」記憶が、甘くも苦く呼び覚まされるからだろう。その、小さくとも随所に感じられる共鳴こそが、この物語を魅力的なものにしているのだ。

 こう書くと、センチメンタルな話のようだが、子どもの本の中で、真実を濁さずに書いて来たゴッデンの姿勢は、この作品でも変わらない。少女たちの日々は、必要以上に飾り立てられてはいないし、物語自体も、帳尻あわせの大団円にはならず、映画のフィルムをぷつりと切られたように、むしろあっさりと終わってしまう。優しいまなざしで真実を描いたこの作品は、きっと折にふれて読み返す1冊になるだろう。

 (酒井里絵)
 

やまねこやまねこの会議室より

 周囲を広大な果樹園と庭、そして広く静かに流れる河に囲まれたフランスの夏の色は目のさめるような緑でしょうか。そんな緑の中、照りつける太陽のもと、セシルは大人の世界の扉を開くことになります。思いもかけないほど、急激に・・・。大人の世界の美しさ、愚かさ、そして醜さが日、一日とセシルのなかに蓄積されていきます。やがてそれらは消化吸収しきれなくなり体の痛みとなって現われ、最後にはどこかでポンとはじけてセシルの体は大人の女になった・・・。そんな感じがしました。<成長痛>というのは、この場合もまさにぴったりの言葉ですね。

 夏といえば水着にバスタオルだけ引っ掛けて近くへ泳ぎに行っていた私にとって、これはまさにドラマ。<体験を元に描かれて>いると知り、いまの私はうらやましいのと同時に、当時の自分がこんなドラマに耐えられただろうかという思いもよぎります。子どもには大人の世界の醜さや汚らしさを見せず、ゆっくり穏やかに成長していってほしい・・・。私たちの親もそう思っていたのだろうし、いま、自分が親になってみると、まったく同じことを考えているのに気づきます。

 でもこの本は、そんな大人の心配をあざ笑うかのように明るかった。子供って、私たちが考えている以上にタフなんだ、と改めて考えさせられました。

 まだ熟れきっていないすもも連はもちろん、少々熟れ過ぎの(?)私たちすももにもうれしい本だと思いました。ラストにもほっとさせられます・・・。      (ウメ♪)

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【作者】Rumer Godden(ルーマー・ゴッデン):1907年、イギリスのサセックス州に生まれ、インドとイギリスを行き来して子ども時代を過ごす。バレエ学校経営を経て、ベストセラー作家に。ジャンルを問わない、幅広い活躍で知られている。子どもの本の代表作に、『人形の家』(1947)や、ウィットブレッド賞受賞の『ディダコイ』(1972)などがある。残念なことに、昨年11月に享年90歳で亡くなった。

★ルーマー・ゴッデン作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)

【訳】野口絵美(のぐち えみ):1956年、神奈川県横浜市に生まれる。早稲田大学第一文学部卒業。『バンビ』『カーリー・スー』など、ビデオの吹き替え翻訳を中心に手がけており、児童書の翻訳は本書が初めて。劇団テアトル・エコーに所属する女優でもある。書籍の翻訳に、『ウォーターワールド(フィルムストーリー版)』(徳間書店)がある。
 

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