ライラは、オックスフォードのヨルダン・カレッジで学者たちに囲まれて生活していた。唯一の肉親であるおじのアスリエル卿は、時おり訪ねてくるだけだが、明るい性格のライラは寂しさを感じることはなかった。
ある日ライラは、おじが、学者たちにした不思議話を立ち聞きする。それは、最北の地だけで見られるある現象についてだった。オーロラの中に浮かぶ街、「ダスト」と呼ばれる光……ライラには理解のできない話ばかりだったがなぜか心が騒いだ。
その頃オックスフォードの街で、子どもたちが何ものかによって次々にさらわれるという事件が起こっていた。一方ライラは、カレッジの学長の友人であるコールター夫人のもとで暮らすことが決まっていた。
優しく知識豊富なコールター夫人との生活は、思いの外楽しかった。しかし、ある時ライラは、一連の子どもたち誘拐事件にコールター夫人が関わっていると偶然耳にする。そして子どもたちは北に連れられたこと、おじのアスリエル卿もまた、北の地で囚われの身となっていること、それらが「ダスト」と何らかの関わりを持つことを知ったライラは、夫人の家から逃げ出す。
ライラの冒険が、ここから始まった。船やそりを操るジプシャンたちとともに、囚われた子どもたちとおじをさがしにライラはひたすら北をめざす。次々に襲いかかる困難と闘いの中で、少しずつ解き明かされていく「ダスト」やオーロラの謎。ライラは、北の地で何を見るのだろうか。 (くるり)
文句なしにおもしろい、すばらしいファンタジーである。とにかく最初から最後まで、息もつかせぬ冒険の連続だ。とは言え、実は非常に深く深刻なテーマがかくされているため、物語全体のトーンは決して明るくはない。次から次へと襲いかかる困難に、勇敢に立ち向かう主人公ライラは、とても魅力的である。
全体に三部に分かれた構成になっているが、一部ずつだけで一冊の本になりそうなほど内容は濃い。「ダスト」という大きな謎を中心に置き、周辺に散りばめた複雑な人間模様や事件をめぐる小さな謎を次々明かしながら進める物語構成は、見事としか言いようがない。
また、デーモンという人間の分身(動物のかたちをとっており、人間ひとりひとりにいつも必ずついている)や、魔女、国を追放された白クマの王子など、ファンタジーらしい要素もふんだんに入っている。
勇敢で賢い主人公ライラだが、時にはくじけそうになりながら前に進む姿には、爽快さとともに痛ましさすら覚えるほどである。心優しい彼女が、傷ついた友人のために心を痛める場面などは、涙を誘う。
また、His Dark Materials三部作の第一作と銘打ってあるだけに、そこここに次作につながる伏線がはってあるがそれらが決して浮き上がることなくうまく本編におさまっているあたりもさすが。
すごく話はうまいと思いました。構成もしっかりしていて展開もはらはらドキドキ。SF&Fのストーリーとしてよく考え抜かれており、大人でも十分楽しめるだけの奥の深さがあります。また、かなり宗教や昔の文学(ミルトンの『失楽園』など)にも関連づけているらしいです。逆に言えばちょっと奥が深すぎて、その点あんまり子供向きではないような気持ちにさえなりました。
U.S.版の前書きでは、ファンタジー作家としておなじみのテリー・ブルックス氏が、この本と作家を、レングルやロイド・アレクサンダーに匹敵する巨匠になりうると絶賛しています。レングルの方は、Wrinkle seriesを全部そろえ、今までに何度も読んでいましたが、アレクサンダーの本は読んだことがなかったので、今回数冊注文して読んでみました。
その結果、彼らはプルマンとはちょっと違うという気がしました。レングルやアレクサンダーの作品には、意地悪な空気はありません。確かにWrinkle in Time(『五次元世界の冒険』渡辺茂夫訳 あかね書房)でも主人公は絶望の縁に立たされますが、ちゃんとその「暗さ」を和らげるユーモアや暖かな愛がそこはかとなく伝わってきます。また、アレクサンダーの作品は、「知恵付けコメディー」とでも表現したくなるような感じで、本当に怖い悪人は登場しません。
しかし、プルマンのこの三部作は"Dark Materials"と呼ばれるだけあって、大変暗くて、かなりバイオレントな場面やサディスティックな描写があり、やや感受性の強い子供やおさない年齢層の子どもだと、怖がるのではないかと心配になりました。(もっとも、昔から愛されているメルヘンや昔話もかなりサディスティックですが。)でもティーン以降なら、逆にこの様な怖い作品は大好きになりそうですね。
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