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(1998年Carnegie Medal受賞作品)
Review by 池上小湖
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15歳になるジェスのおじいさんは、優秀な画家だがかなりの偏屈者だ。しかしジェスとはとても強いきずなで結ばれており、ジェスは家族から「おじいさんのミューズ(詩神)」、すなわちインスピレーションのもとと呼ばれていた。ジェスはまた、水の精と呼んでもいいほど水泳が得意だった。
ある日、プールで泳ぐジェスを眺めていたおじいさんが、いきなり心筋梗塞で倒れた。病状は深刻だったが、気の強いおじいさんはわずか三日で無理やり退院し、しかも退院したその日に徹夜で新しい作品を描き始める。タイトルは「リバー・ボーイ」。それまでの作品はすべて無題だったのに今回に限ってタイトルが入っていること、しかも絵のどこにも少年の姿はないことを、ジェスは不思議に思う。
ジェスにとって、強くたくましかったおじいさんが、どんどん弱っていく姿を見るのはひどく辛いことだった。だがおじいさんは、この絵を描き上げるまで再入院はできないと言い張り、無理を重ねる。そんなおじいさんの希望を尊重し家族はそろってその生まれ故郷にやってきた。そこには紛れもなく、おじいさんが完成させたいと願う絵の中の川があった。ジェスは誘われるようにひと泳ぎをするが、不思議と「誰か」に見られているような気がしてならない。ジェスを見つめているのはいったいだれなのか、おじいさんの絵ははたして完成するのだろうか……。(池上小湖)
自らのホームページ(http://dspace.dial.pipex.dom/tim.bowler/)に掲載された受賞スピーチの中で、ティム・バウラーは、「物語」「言葉」「想像力」の重要性を強くうったえている。「想像」は「言葉」によってかきたてられるが、逆に「想像力」なくしては「言葉」は生きてこない。作者は言葉を提供し、読者は想像を提供し、両者の協力によってはじめてその物語は生きてくるというのである。
そして十代の読者の素晴しさについても述べている。偽物臭を1キロ先からでも嗅ぎつける鋭さを持ち、相反する側面を一度に共有し、体や心の中で常に変化が起こっている彼らほど作者にとって挑戦的な読者層はいないと語っている。
ところで、題名にもなっているリバーは水のもつ再生能力、そして水や特に「川」が有する生命力、エネルギー、清める力を表しているようだ。14歳で祖父を亡くしたバウラーは、愛する人の死を初めて体験するのがこの時期に多いことを考え、それによってどのように人間が成長し、変わりうるかを書いてみたかったと述べている。また、「旅」というのも彼の作品では常に一つの大きなテーマになっており、その旅の前と後で大きく変化する主人公たちを描いている。
ちなみに、デビュー作の"Midget"は、身長わずか90cmの青年が兄のひどいいじめに耐えるという話、2作目の"Dragon Rock"は、都会の少年が意地の悪い田舎の従兄にいじめられながらも6年前自分が犯した間違いを必死に正してその地の平和を取り戻そうとする話である。いずれもかなり暗いシュールなタッチで描かれており、決して明るいとはいえない題材ばかりだが、作者自身にとって大事な問題を作品に取り上ているためか、非常に真実みが感じられる。
今年は大変人気の高い作品が同時に候補として上がっていたため、"River Boy"の受賞に異論を唱える評論家もあった。図書協会のホームページに出ているシャドウィング(学校の生徒達に候補作を評価してもらうもの)結果からみると、48校中34校で"Harry Potter and the Philosopher's Stone"(ローリング作/月刊児童文学翻訳9月号参照)、9校で"Pig-Heart Boy"(ブラックマン作)が1位となった。"River Boy"が1位に選ばれたのはわずか1校にとどまった。
"River Boy"は万人向けとはいえず、扱っているテーマから考えてもかなり重い作品ではあるが、必ずやこの本に深く共鳴し、変えられる読者がいるに違いない。(池上小湖)
◎とても美しく、深い、正に絵画の様な作品です。淡々とした語り口で、愛する人の迫りくる「死」に直面させられる少女の姿をえがいています。それは同時にわたしたちみんなの物語でもあります。世の東西や時代を問わず、老人と子供が特別に深い関係を築くことはよく見受けられますが、この物語を読むと、そんなきずなの「真髄」を垣間見ることができるように感じました。(池上小湖)
◎青々とした野原とゆるやかに流れる川の情景がひとりでに浮かんでくるようなとても美しい文章でしたが、テーマもストーリーもわりと単純で、正統すぎるほど正統派の作品という印象を持ちました。なんでもかんでも自分の胸に秘めて、両親にも誰にも頼らずに一人で問題を解決してしまう主人公にも、いまひとつ共感できないものを感じました。全体的には、本というより写真を見ているような、ストーリーよりも情景が心に残るような、そんな作品だったと思います。(宮坂宏美)
◎どうも流れに乗り切れぬまま読み終えてしまいました。ジェスは頑固な祖父に対し、まるで母親のような包容力を持って献身的に接するのですが、そのあたりが15歳にしてはちょっとできすぎのような気がします。ジェスの父と祖父の葛藤なども盛り込まれてはいますが、今ひとつくっきりと描かれてはいません。ただ文章は美しく、さらさらと水の流れる音が全編を通して聞こえてくるようでした。(内藤文子)
Tim Bowler:1953年エセックス州生まれ。林業や教師など様々な職業を遍歴し、その間は早朝や仕事の合間などに執筆をおこなっていた。90年から専業の翻訳家(スウェーデン語)・作家となる。"Midget"(94年)、"Dragon Rock"(95年)、"River Boy"(97年)に続き、来年1月には4作目の"Shadows"が発表される予定。さらに5、6作目も執筆中。いずれの作品も、日本ではまだ紹介されていない。
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