高校3年生のブレントは、シカゴの私立校に転入してきたばかり。新しい学校では何がはやっているのか、どうすれば人気者になれるのか、彼の全神経はクラスメートたちの動向をさぐることに集中していた。ところが同級生のホームパーティーで彼はとんでもない失態を演じ、全出席者の前ではずかしめを受けてしまう。やけになったブレントは車に飛び乗り、アルコールの勢いも手伝って自殺を思い立つ。ところが死のうと思って起こした事故で、こともあろうに見知らぬ18歳の少女レアを巻き添えにして死なせてしまう。
罪の意識にうちひしがれるブレントは、ある日被害者の母親との話し合いに臨んだ。母親は彼に、「復讐をしても娘は生き返らない。あなたに望むのはただひとつ、アメリカの四隅に娘の好きだった'whirligig'――風車――を立てて、明るかった娘の心を人々に伝えてほしいということ」と語った。ブレントはとめる両親を振りきって、ワシントンへ、カリフォルニアへ、フロリダへ、そしてメインへと贖罪の旅に出かける……。
三人称で語られるブレントの章と、「風車」に出会った人たちが一人称で語る章とが交互に組み合わされた、若者の死と再生の物語。
物語の冒頭、ブレントが痛々しいまでに気を使って身支度をととのえる場面や、パーティーでそれがすべて裏目に出て、一気に「自殺」という行為に走ってしまう場面には、息詰まるような説得力を感じました。「自分」が生きているのではなく、まわりのスタンダードに合わせ、同化することにより、生かしてもらっている若者。日本だけじゃないんですね。
両親も、物質的には彼を不自由させないし、事故を起こせば弁護士やカウンセラーをつけて助けてくれる。でもどこか精神的なつながりが希薄です。そんなやるせない状況からブレントが抜け出すには、一度「死」を通り抜けて生まれ変わるほどの体験が必要でした。ところが彼自身が生まれ変わる代わりに、明るく、優秀で、将来を嘱望されていた18歳の女の子が犠牲になってしまう。これがこの物語の何とも痛ましいところです。
ブレントがバスにのって4州を巡り、「風車」を立てて歩く段は、生まれ変わった彼を象徴するかのようにさわやかで、吹き渡る風を感じさせます。しかしさわやかであればあるほど、そしてwhirligigに出会った人たちの話が感動的であればあるほど、どうしても犠牲者とその家族のことが気になるのです。たしかに少女の母親はブレントを赦し、彼も贖罪のために旅に出たのだから、理屈の上では何も間違ってはいないのですが……。それでもどこか犠牲者側の描き方が甘いのではないかという思いが、最後まで抜けませんでした。
その辺がどの程度気になるかで、この物語の評価はかなり変わってくるような気がします。けれど素晴らしい場面はいくつもあったし、短編小説のように挿入される一人称の物語は、どれも輝いていました。ぜひ色々な方に読んでいただいて、意見をうかがってみたい作品です。
何より感じたのは、"Whirligig"は、もちろん現実に即した部分もありますが、基本的にはfairy taleではないかということです。
ブレントは物語の最初では感情面(エロス)がまったく育っておらず、形式や見かけだけを気にしながら生きている、ある意味では心がフリーズした状態にあります。そして感情面が未発達であったため、一時の激情(怒りや絶望)ですぐむちゃくちゃになって、本来なら育っているべきである彼の健全な感情機能の象徴とも呼べるレアを殺してしまい、本当のカオスの状態を味わいます。
そこで母なる力、fairy godmother(親切な妖精)的な存在として現われるのがレアのお母さんです。彼女は、ブレントに救いの手を差し伸べ、タスクを課します。それはレアの魂を宿したwhirligigを造ってアメリカの四隅に立てること。「造る」という行為は一種のソウル・ワークと言えるため、彼はそのことを通じて、レアで象徴される自分の感情の部分との健全な関係を築きながら、フリーズの状態を徐々に脱するのです。「風」に合わせて自由に動くwhirligigは、結局ブレントの生まれ変わった心の分身とも言えるように思います。そして、いよいよ最後のwhirligigを設置し終わった主人公は、本当の意味で生き始め、そのwhirligigの力によって、心の中の眠っている、あるいは病んでいる多くの部分が活性化されていったというイメージが心に残りました。
やっぱり私はフライシュマンのこの感じが好きです。現実にはあのような犠牲者の母がいるなんてありえないとわかっていながら、でもこんなことがあったら救われるだろうなぁ、美しいだろうなぁと思います。ロマンティストでしょうか?
whirligigって、何だろうと思われた方は、こちらのページをのぞいてみてください。
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