※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 2000年9月号(書評編) =====☆ ☆===== =====★ 月 刊 児 童 文 学 翻 訳 ★===== =====☆  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ☆===== No.23 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌● ●http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/mgzn/      ● ●編集部:yamaneko-mgzn@office-ono.com 2000年9月15日発行 配信数 1850 無料● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●2000年9月号(書評編)もくじ● ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◎賞情報1:2000年ボストングローブ・ホーンブック賞発表 ◎賞情報2:オーストラリア児童文学賞発表 ◎注目の本(邦訳絵本):ラスカル文/ルイ・ジョス絵『エヴァ ―花の国―』 ◎注目の本(邦訳読み物):ビアトリクス・ポター文/絵『妖精のキャラバン』 ◎注目の本(未訳読み物):デイヴィッド・アーモンド作 "Kit's Wilderness" ◎Chicoco の親ばか絵本日誌:第3回「息子の初恋の絵本」(よしいちよこ) ◎作家紹介シリーズ:第2回「ロバート・コーミア」 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報1●2000年ボストングローブ・ホーンブック賞発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  ボストングローブ・ホーンブック賞は、前年6月から当年5月までの1年間に米国 で出版された本を対象とし、フィクション、ノンフィクション、絵本の3部門に贈ら れる。本年の授賞式は10月2日。受賞作品は、例年『ホーンブック』9/10月号に掲 載されるが、ホーンブック社のインターネット上ページでは一足早い発表があった。  2000年の ★Winner(受賞作)、☆Honor(次点、各部門2作品)は以下の通り。 【フィクション】  ★ "The Folk Keeper"     by Franny Billingsley (Atheneum, 1999.10)  ☆ "King of Shadows"(本誌7月号書評編にレビュー掲載)     by Susan Cooper (McElderry, 1999.11)  ☆ "145th Street: Short Stories"     by Walter Dean Myers (Delacorte, 2000.2) 【ノンフィクション】  ★ "Sir Walter Ralegh and the Quest for El Dorado"     by Marc Aronson (Clarion, 2000.4)  ☆ "Osceola: Memories of a Sharecropper's Daughter"     collected and edited by Alan Govenar; illustrated by Shane W. Evans     (Jump at the Sun/Hyperion, 2000.3)  ☆ "Sitting Bull and His World"     by Albert Marrin (Dutton, 2000.5) 【絵本】  ★ "Henry Hikes to Fitchburg"     written and illustrated by D. B. Johnson (Houghton, 2000.2)  ☆ "Buttons"     written and illustrated by Brock Cole (Farrar, 2000.3)  ☆ "a day, a dog"     illustrated by Gabrielle Vincent (Front Street, 2000.4) ●新人の台頭  【フィクション】部門の Franny Billingsley は、"Well Wished"(1997)につぐ デビュー2作目での受賞。ニューベリー賞作家の Susan Cooper や、同賞次点作家の Walter Dean Myers の作品をおさえての受賞だ。また、【絵本】部門の D. B. Johnson は、イラストレーターとして20年以上のキャリアをもつものの、絵本の創作 は今回がはじめて。新しい作家たちの台頭を歓迎したい。 ●【絵本】部門にまつわる、情報あれこれ  受賞作 "Henry Hikes to Fitchburg" は、今日も多くの人を魅了する19世紀の思想 家ヘンリー・D・ソローの "Walden"(1854)から着想を得た絵本。作品の一部がイ ンターネット上(http://www.henryhikes.com/)で公開されている。  次点の Brock Cole(ブロック・コール)は、絵本やイラストのほか、物語作品も 高く評価されている。邦訳には、読み物の『森に消える道』(福武書店:現ベネッ セ)、『がんばれ、セリーヌ!』(徳間書店)がある。  もうひとりの次点、Gabrielle Vincent(ガブリエル・バンサン)は、ベルギーの 画家、絵本作家。"a day, a dog" は、1982年に発表されたが、米国では今年になっ て出版の運びとなった。日本では1986年に『アンジュール ある犬の物語』(ブック ローン出版:現BL出版)として紹介されている。                                 (野木富夫) ◇参考:The Horn Book Inc. http://www.hbook.com/index.shtml  (受賞作品のレビューもリンクされています) ◆ボストングローブ・ホーンブック賞について(やまねこ翻訳クラブ・データベース)  http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/award/us/bghb/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●賞情報2●オーストラリア児童文学賞発表 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  オーストラリア児童図書評議会が選出する、本年度の児童文学賞(THE CHILDREN'S BOOK OF THE YEAR AWARDS)が発表された。  2000年の ★Winner(受賞作)、☆Honor(次点、各部門2作品)は以下の通り。 【Older Readers】(高学年向け読み物)  ★ "48 Shades of Brown" by Nick Earls (Penguin Books)  ☆ "Killing Aurora" by Helen Barnes (Penguin Books)  ☆ "Borrowed Light" by Anna Fienberg (Allen & Unwin) 【Younger Readers】(低学年向け読み物)  ★ "Hitler's Daughter" by Jackie French (Harper Collins)  ☆ "Hannah and the Tomorrow Room"     text by Libby Gleeson, illustrated by Ann James (Penguin Books)  ☆ "Captain Mack" by James Roy (UQP) 【Picture Book】(絵本) ★ "Jenny Angel" illustrated by Anne Spudvilas, text by Margaret Wild (Penguin Books) ☆ "Luke's Way of Looking"     illustrated by Matt Ottley, text by Nadia Wheatley (Hodder Children's Books Australia) ☆ "Memorial" illustrated by Shaun Tan, text by Gary Crew (Lothian Books) 【Eve Pownall Award for Information Books】(ノンフィクション) ★ "Fishing for Islands: Traditional Boats and Seafarers of the Pacific"     by John Nicholson (Allen & Unwin) ☆ "Crash!: The Search for the Stinson" text by Jennifer Beck, Dyan Blacklock, design by Katrina Allan     (Omnibus Books) ☆ "Inside the Australian Ballet" by Diana Lawrenson (Allen & Unwin) ●受賞歴など 【Older Readers】部門の3人はいずれも、この賞には今回初めて選ばれた。 【Younger Readers】受賞の Jackie French は、1995年に次点、今回念願の初受賞。 【Picture Book】で選ばれた画家・作家は、Ottley 以外、全員受賞歴(次点含む)        がある。 【Eve Pownall Award】受賞の Nicholson は、この賞の常連。 ●受賞作家の邦訳など 【Younger Readers】次点作 "Hannah and the Tomorrow Room" の挿絵を描いたアン・   ジェイムズは、『ペニーの日記読んじゃだめ!』(ロビン・クライン作/安藤紀   子訳/偕成社)などの「ペニー」シリーズでも、挿絵を担当。 【Picture Book】受賞作作家のマーガレット・ワイルドは、『ぶたばあちゃん』(今   村葦子訳/ロン・ブルックス絵/あすなろ書房)などで日本でも人気が高い。 【Eve Pownall Award】次点作 "Crash! : The Search for the Stinson" のジェニフ   ァ・ベックは、絵本『なんでもできる日』(たかはしえいこ訳/ロビン・ベルト   ン絵/すぐ書房)が邦訳出版されている。  日本ではまだあまりなじみのない作家たちだが、今後紹介されていくのが楽しみだ。 本誌でも追って取り上げてみたい。          (菊池由美/森久里子) ◇参考:  オーストラリア児童図書評議会(The Children's Book Council of Australia)  http://www.cbc.org.au./ ◆オーストラリア児童文学賞について(やまねこ翻訳クラブ・データベース)  http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/award/au/cbca/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳絵本)●生きることを考える、美しく潔い絵本 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━          ラスカル文 ルイ・ジョス絵『エヴァ ―花の国―』                山田兼士訳 2000.5.31 セーラー出版 本体1,500円 text by Rascal, illustrated by Louis Joos "Eva ou le pays des fleurs" L'Ecole Des Loisirs 1994  エヴァは10歳の少女、仕事は夜の花売り。子ども達が寝静まる時間から仕事は始ま り、ネオンの下、月の下を歩き花を売る。仕事の終わる時間になると、エヴァは「花 の国」のことを考える。夜の世界しかない今の生活から、明るい「花の国」へと、旅 立つ時を。  画集を思わせるような表紙に、エヴァは、にこりともせず、かといって悲しそうで もなく、そこにいる。  25ページの絵本を閉じた時、ずっしりと厚い本を読んだような感覚を持った。簡潔 な文章と豊かな絵が、たっぷりと「エヴァ」を語る。絵本という表現手段を存分に活 かした1冊。  子どもらしい遊びや楽しみとは無縁の、夜の生活をしている、そんなエヴァをみて いると、生きることについて考えている私自身と出会う。子どもの労働という重いテ ーマを語っているのだが、不思議とかわいそうに感じることはなかった。それは、こ の絵本の作り手であるラスカルもジョスも、生きることを深く肯定しているからでは ないだろうか。  エヴァは、生きるために、普通の子ども達とは違う生活をしているとはいえ、どこ にでも存在する子どもだ。労働という行為を何かにしばられているということに置き 換えてみれば、案外どの子もエヴァでありえるはず。誰もが不自由なものを背負って いる。だからこそ、生きることはしんどいことが多く、嘆きたくもなる。けれど、嘆 くよりも仕事をし、生活しながら、自分の幸せの道を求め続けるエヴァ。その姿勢は 美しく潔い。最後の絵は、その潔さを凝縮していて、1枚の完成されたタブローのよ うだ。  ラスカルは、この絵本の献辞を、息子に捧げている。ラスカルの息子は何歳だろう。 ちなみに私の4歳の息子は一緒に読んだ後、「あー、おもしろかった」と簡単な一言。 どこがおもしろかったのと、詳しく聞きたい気持ちは抑え、私は絵本の余韻にひたっ た。                                 (林さかな) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】Rascal(ラスカル):1959年ベルギー生まれ。いくつかの職を経た後、子ど もの本を書き始め、文章だけでなく、絵も手がける。93年にルイ・ジョスとの共作、 "Escales-carnet de cropuis"(未訳)でボローニャ児童図書展グラフィック賞・大 賞を受賞。ルイ・ジョスとの共作には『オレゴンの旅』(セーラー出版)もある。 【画家】Louis Joos(ルイ・ジョス):1940年ベルギー生まれ。ブリュッセル・アカ デミーでグラフィック・アートを学び、現在は漫画家・イラストレーターとして活躍。 ジャズをテーマにした漫画や探偵小説の挿絵もかいている。 【訳者】山田兼士(やまだ けんじ):1953年岐阜県大垣市生まれ。現在、大阪芸術 大学助教授。絵本の翻訳は上記『オレゴンの旅』がはじめて。フランスの詩人、日本 の近代詩人・作家に関する研究のほか、宮沢賢治などの研究も行っている。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(邦訳読み物)●時を越えて届けられた、ポターのファンタジーの世界 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━           ビアトリクス・ポター文/絵『妖精のキャラバン』                 久野暁子訳 2000.6.15 福音館書店 本体1,300円 Beatrix Potter "The Fairy Caravan"   Frederic Warne & Co. 1929   タッペニーは、短い毛がまばらにしか生えていない、不恰好なてんじくねずみだ。 毛を伸ばすという薬を仲間に塗ってもらった次の日、タッペニーの毛は、長くふさふ さになり、まるで見違えるよう。ところが、伸びつづける毛を切るのは面倒になった 奥さんが毛を抜き始めたので、タッペニーは痛さに我慢できず、逃げ出した。やがて タッペニーは小さな馬車に出会い、子馬のビリー、豚のパディ、やまねのシャリファ たち、動物だけのサーカスの旅に加えてもらう。動物たちは、葉っぱのチラシを配り、 羊牧場や農園で興行をしてまわるのだ。タッペニーは、美しく長い毛をターバンのよ うに巻き上げてサルタンを演じ、興行の間には、シャリファや旅先で出会った動物た ちが話してくれる物語を楽しむ満ち足りた日々を送る。しかしある日、パディがオー クの森で迷子になってしまう……。  本を手に取った時、目に飛び込んできたのは、美しい色彩で描かれた動物たち。い きいきとしていて、毛並みのやわらかさまでが伝わってくる。ページをめくると、モ ノクロやカラーの挿絵がふんだんに添えられており、どの絵にも動物たちの愛らしさ があふれている。物語の中で動物たちは、それぞれがもつイメージに合う性格と役割 をあたえられ、のびのびと活躍する。賢く働きものの子馬、がんこな豚、おっとりと したやまね、など。読み進むうち、作者の動物に対する愛情と鋭い観察力に感心させ られると同時に、人間じみた動物たちの姿に作者のユーモアを感じた。すっかり動物 たちの世界に迷い込んだ気分になり、葉っぱのチラシを探しにいきたくなった。    作者は、アメリカの出版社からの強い勧めを断りきれず、イギリスでは絶対に出版 しない条件で本作品の出版を許可した(1927年)。それは当時作者が、イギリスでの 自分の作品に対する評価に不満だったため、あるいは、創作活動よりも農場経営と自 然保護活動に力を注いでいたため、といわれている。イギリスでは作者の死後出版さ れた。日本でも長く未訳であったが、ピーターラビットの絵本がすべて邦訳出版され た今、ポターの世界をさらに広げるために紹介された。70年以上の年月を経て、私た ちのもとへと届けられた、ポターのファンタジーの世界。出会えたことを心からうれ しく思う。                                 (松田貴子) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】Beatrix Potter(ビアトリクス・ポター):1866年ロンドンの裕福な中産階 級の家庭に生まれる。少女時代からの休暇中の田舎暮らしと、飼育していた多種の小 動物を通して、鋭い自然観察力を身につけた。1902年小型絵本『ピーターラビットの おはなし』を出版。その後、イギリス湖水地方のソーリー村でヒルトップ農場を手に 入れ、そこを舞台に数々の絵本を制作した。後半生は農場を経営し、自然保護に努め た。1943年没。 【訳者】久野暁子(くの さとこ):1970年茨城県に生まれる。上智大学卒業。翻訳 出版は本作品がはじめて。茨城県在住。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●注目の本(未訳読み物)●太古の闇から、輝く命の谷へ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━         デイヴィッド・アーモンド作『キットの荒野』(仮題)                  David Almond "Kit's Wilderness" 233pp. Hodder 1999, ISBN 0-340-72716-0(Paperback) 1999, ISBN 0-340-77885-7(Hardcover)  キットは13歳の少年。妻を亡くした祖父と同居するため、両親とともに、廃坑のあ る町に引っ越してきた。昔、多くの子どもたちが犠牲となった炭坑には、彼らの霊の 伝説が残っている。荒れ地にある炭坑跡では、クラスメイトのアスキューを中心に、 「死」と名づけられた神秘的なゲームが行われていた。キットもそのゲームに誘われ、 「死」の疑似体験をする。ところが、このゲームのことが先生に発覚し、アスキュー は退学処分に。家庭にも問題を抱えていたアスキューは、その後失踪してしまう。  キットは、氷河期の荒野を舞台とした物語を書き始める。やがてキットの目には、 自分の物語に出てくる人物たちの姿、それに炭坑で死んだ子どもたちの姿が、実際に 見えてくるのだった。そして彼は、迷宮にも似た坑道の闇に足を踏み入れることにな る……。  暖かい家庭で育った繊細なキットと、アル中の父を持つ偏屈者のアスキュー。一見 大きく違う二人が、お互いの中に共通点を見出し、心を触れ合わせていく過程が印象 的だ。死期を悟った祖父がキットに託す、炭坑の思い出や歌も心に残る。  作者アーモンドは前作 "Skellig" と同様、超現実的なものをさらりと登場させ、 簡潔でありながらリリカルな文章で物語を紡いでいく。死が重要なテーマという点も 前作と同じだが、この作品はさらに多層的な構造をもっている。現在と過去、歴史と 伝説の、さまざまなストーリーが語られ、それぞれがまじりあい、不安と緊迫感をひ きおこす。キットの綴る物語が、キットを取り巻く現実の状況と共鳴し、融合してい くあたりの描写は特に巧妙だ。読者はしだいに作品世界に引きこまれ、なにが真実で なにが幻なのか、生けるものと死せるものとはどこが違うのか、考えさせられる。  暗いストーリーのようだが、その芯にあるものは、世界に対する肯定的な視線だ。 「死」に魅入られやすい年頃の少年に、物語や夢、思い出のもつ強い力を示し、現実 とは今目の前にあるものだけではないと気づかせてくれる。キットは深い闇から、光 を見出す。死は新しい命を生み、冬は豊饒な春をもたらすのだ。 この作品は今年、カーネギー賞の Highly Commended(次点)となった。   (菊池由美) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【作者】David Almond(デイヴィッド・アーモンド):1951年、英国ニューキャッス ル・アポン・タイン生まれ。廃坑のある小さな町で育つ。様々な職業を経て教職につ き、そのかたわら文芸誌の編集や創作を続けた。大人向けの作品を発表した後、1998 年に初めて書いた子ども向けの本 "Skellig"(『肩胛骨は翼のなごり』/山田順子訳 /東京創元社)で、カーネギー賞、ホイットブレッド賞を受賞。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●Chicoco の親ばか絵本日誌●第3回「息子の初恋の絵本」    よしいちよこ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  しゅんが初めて絵本に恋をしました。前回(7月号)、ちらっと紹介した『おやす みなさいおつきさま』(マーガレット・ワイズ・ブラウン文/クレメント・ハード絵 /せたていじ訳/評論社)です。幼児絵本の定番とは知っていましたが、私は読んだ ことがありませんでした。  しゅんのおすわりが上手になると、いっしょに絵本を読む時間が増えました。8か 月ごろには感情表現がゆたかになり、声をあげて笑ったり、体をふりふりしたり、 「ああ、うれしいんだな」とわかるようになります。そのころから1歳にかけて、し ゅんは『おやすみなさいおつきさま』が大のお気にいりでした。一晩に5回も繰り返 し読まされたこともあります。しゅんはまだ「読んで」といえませんでしたが、わた しが「おしまい」と本を閉じたあとも動こうとせず、熱い目でこちらを見つめていま す。親ばかなわたしは声をからしながら「じゃ、もう1回だけね」と読んでしまうの でした。  何冊かの絵本を重ねて置いてあると、しゅんが引っぱりだすのはかならず『おやす みなさいおつきさま』でした。重ねる順番をかえて実験してみましたが、結果は同じ。 11か月ごろ、よちよちひとりで歩けるようになりました。わたしが「絵本を読もうか」 というと、しゅんはにこにこしながら、ソファの上に置いてある『おやすみなさいお つきさま』のところまで歩いていきました。息子がひとりで歩けたことと、本好きを アピールしたことに、とても興奮したのを覚えています。  そんなある日、いつものように『おやすみなさいおつきさま』を読んでいると、し ゅんが赤い風船を指さすことに気づきました。ページをめくるたびに、赤い風船を指 さします。偶然かもしれないと思い、上下さかさまにして実験してみましたが、たし かに風船を指さしています。最後のページの暗闇のなかに浮かぶ風船まで忘れず指さ します。赤ちゃんは赤くて丸いものが好きだと聞いたことがあります。しゅんが風船 を指す理由は定かではありませんが、たしかに進化してきたようです。  しかし熱した恋もいつかは冷めるもの。しゅん、ただいま1歳半。絵本はあいかわ らず好きですが、『おやすみなさいおつきさま』には見向きもしなくなりました。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●作家紹介シリーズ●第2回「ロバート・コーミア」 悲観主義の向こうにある希望 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━  ロバート・コーミアは、アメリカYA(ヤングアダルト)文学を代表する作家のひ とり。しかし、重いテーマと結末の苦さから「悲観主義」と評されることも多く、好 き嫌いが分かれる作家でもある。ここでは、その悲観主義の奥にあるものを考えてみ たい。 【経歴】  1925年、米国マサチューセッツ州のレミンスタに生まれ、現在まで同じ町に住み続 けている。地元のラジオ局で台本作家の仕事をした後、新聞社に移り、28年にわたっ て記者、コラムニスト、編集者として勤めた。  デビュー作は、新聞社勤務中の1960年に発表した "Now and at the Hour"。その後、 一般向けの作品を2冊出版したのち、73年、"Chocolate War"(『チョコレート戦争』 /坂崎麻子訳/集英社/『チョコレート・ウォー』/北澤和彦訳/扶桑社)を発表。 YA作家として自らの地位を確立しただけでなく、アメリカYA文学のひとつの流れ を作ったと評価された。しかし、主人公が極限状況におかれ、結末にも救いが見えな いことから、当時は開架の棚に置こうとしなかった図書館も少なくはなかった。その 後も、寡作ながら、同様の作風による作品を発表し続けている。 【主な作品】 ◇参考:やまねこ翻訳クラブ・データベース ロバート・コーミア作品リスト http://www.nifty.ne.jp/forum/flitrans/yamaneko/bookdb/author/c/rcormier.htm 【作品の世界】 〜身近な出来事に「ドラマ」を見る  コーミアの作品は、多くが「マサチューセッツ州モニュメント市」という架空の町 を舞台にしている(隣町の「ウィックバーグ」や、モニュメント市内でフランス系カ ナダ移民が多く住む「フレンチタウン」などが主な舞台になるものもある)。モニュ メントのモデルは、コーミアが生まれ育った町、レミンスタ。その「モニュメント」 が常に作品世界の中心におかれるのは、作風と密接なつながりを持つためだ。  同じ町に住み続けていると、作家としてマイナスにならないかとの問いに、コーミ アは「自分の身近にこそ“ドラマ”がある」と答える。一見凡庸な出来事でも、注意 深く観察し本質を見極めると、作られた物語を超える「ドラマ」がある。生まれ育っ た町で新聞社に勤める中、コーミアはそのドラマの圧倒的な力を知ったのではないか。 安易なハッピーエンドを許さない、徹底した姿勢がそこから生まれたとしても、不思 議ではない。そして、物語の形に凝縮された「現実」が存在する場所は、作者自身の 現実を象徴する「モニュメント」なのである。 〜現実を生きる人間の強さを信じて  コーミアは、自らを「現実主義者」であって「悲観主義者」ではないという。物語 の世界とはいえ、そこに存在する「現実」と、その現実が導き出す必然的な結末を、 決してねじ曲げない確固たる姿勢を保ち続けているという意味だ。そして、そのリア リズムには、「人間の強さ」という前提がある。極限状態にありながら、なお「自分 自身でありたい」と願う人間、とりわけ若者への、深い愛情と強い信頼があって、は じめて書ける物語なのだ。その意味では、コーミアは究極の「楽観主義者」である。  たとえば、"After the First Death"(『ぼくが死んだ朝』/金原瑞人訳/扶桑社) では、強大な力を前に絶望する若者たちが描かれているが、自らの信念を貫き通そう とする彼らの姿には、悲劇や善悪を超えた鮮烈さがある。  また、"Chocolate War" で、体制にたったひとり立ち向かった主人公ジェリーは、 最後まで勝つことなく、「現実」の厳しさを知る。だが続編の "Beyond the Chocolate War"(『果てしなき反抗』/北澤和彦訳/扶桑社)で、ジェリーはいう。 「負けたみたいに見えるのはかまわないけど、負け犬になる必要はないんだ」 ここには、一見救いのない世界に生きる少年の、まぶしいほどの強さがある。  コーミア作品の根底に描かれる、「希望」という人間の力。たとえ物語の中で、そ の希望がうち砕かれ粉々にされたとしても、破片は輝きを失っていない。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 【レビュー】                  ロバート・コーミア作 『ヒーローズ』(仮題)                            "Heroes" Robert Cormier                   Delacorte Press, 1998, ISBN 0-385-32590-8  英国カーネギー賞、1998年度 Highly Commended(次点)作品。  第二次世界大戦終戦直後のアメリカ。18歳のフランシスは、爆発前の手榴弾に身を 投げ出して味方部隊を救った功績により、<銀星章>を授与された。「ヒーロー」と なったフランシスだったが、そのときのケガがもとで、顔の大半を失っていた。  故郷のフレンチタウンに戻ったフランシスには、ある目的があった。それは、かつ て自分自身の「ヒーロー」だったラリー・ラサールを殺すこと。ラリーは、自分に自 信を持てず、殻にこもっていたフランシスを解放してくれた人物だった。その敬愛が、 深い憎しみに変わったのは、何故なのか。そして、ついにラリーとの再会を果たした フランシスが目にしたものは、何だったのか。  短い章立てで、フラッシュバックが多用された、コーミアらしい緊張感漂う構成。 フランシスの現在と過去が交錯し、彼が顔以外に失ったものが、徐々に浮き彫りにさ れていく。同時に、人間の悲しい性(さが)ともいえる、ラリーの内面も明らかにな ってくる。 「ヒーロー」であることは、自らの虚像との戦いでもある。ラリーも、フランシスも、 本来の意志とはかかわりのないところで「ヒーロー」になる。一方で、戦時中にはど れほど自己犠牲をはらっても、決して「ヒーロー」になれない不特定多数がいる。皮 肉な現実の中で、すべてを失ったフランシスが、絶望と虚像との戦いのすえに見つけ る「自分自身」の姿が感動的だ。ただし、「ハッピーエンド」ではない。                                 (森久里子) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●編集後記●「作家紹介シリーズ」、前回から1年近く間があいてしまいましたが、 当クラブの面々が愛する作家を中心に、今後も続けていきたいと思います。(き) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 発 行 やまねこ翻訳クラブ        発行人 赤間美和子(やまねこ翻訳クラブ 会長) 編集人 菊池由美 (やまねこ翻訳クラブ スタッフ)   企 画 河まこ キャトル きら くるり こべに さかな 小湖 SUGO Chicoco     つー どんぐり NON BUN ベス みーこ みるか MOMO YUU りり     Rinko ワラビ わんちゅく 協 力 @nifty 文芸翻訳フォーラム     小野仙内 ながさわくにお 麦わら Mkwaju Gelsomina りな 月彦 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