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●特集●2023年カーネギー賞関連作品レビュー
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6月21日、英国図書館・情報専門家協会(CILIP: The Chartered Institute of
Library and Information Professionals)が主催する、カーネギー賞作家賞(旧カ
ーネギー賞)および画家賞(旧ケイト・グリーナウェイ賞)、各シャドワーズ・チョ
イス賞の今年の受賞作品が発表された。本誌7月号の紹介記事ならびに画家賞シャド
ワーズ・チョイス賞受賞作品レビューに続き、本号でも関連作品計4本のレビューを
お届けする。
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"The Blue Book of Nebo" 『ネボの青いノート』(仮題)
by Manon Steffan Ros マノン・ステファン・ロス作
Firefly Press, 2022, 146pp. ISBN 978-1913102784 (PB)
★2023年カーネギー賞作家賞受賞作品
※このレビューは英語の翻訳版を参照して書かれています。原作はウェールズ語です。
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舞台は2026年のウェールズ。海を見晴らす丘の上の家で、14歳の少年ディランは母
と2歳の妹と暮らしている。母と交代で妹の世話をしながら、小川で水をくみ、庭で
野菜を育て、罠を仕掛けて獲物を捕る自給自足の生活だ。8年前、アメリカやイギリ
スに爆弾が落とされ、世界は一変した。ウェールズでもライフラインが停止し、多く
の人が犠牲になった。ディランはもう何年も家族以外の人間を見ておらず、ほかに生
存者がいるのかもわからない。静かすぎる日常で、妹の笑い声が癒しだった──。
本作は核によって崩壊した世界で生きのびた親子の物語を、日記形式で描いた作品
だ。丘のふもとの町ネボでみつけた青い表紙のノートに、ディランと母がそれぞれの
思いや回想を記していく。母の回想では当初の混乱や、生死に関わるすべての判断を
自分で下さなければならない不安、テクノロジーに頼りきった現代人の無力さが切々
と語られ、平和が奪われる恐ろしさを身近に感じさせる。一方ディランが綴る雄大な
自然の中での素朴な暮らしぶりには心が和む。働き者で優しい少年であることがうか
がえ、だれもが画面ばかり見ている昨今、親子で支え合って生きる姿は理想にも思え
た。成長するにつれ、父親や過去について知りたい気持ちが強まるが、尋ねるとバタ
ンと本を閉じるように心を閉ざしてしまう母への不満も描かれる。近すぎるゆえの微
妙な距離感、そんな親子の葛藤も読みどころだ。
作者はパンデミックや戦争など、世界規模の災害が起きたときに一個人の暮らしが
どう変わるのかを描きたかったという。少ない言葉で情景を浮かび上がらせる手腕が
見事で、短い作品とは思えないほど内容が濃い。ディランがふと口にする言葉に、現
代の便利すぎる暮らしや希薄な人間関係を顧みて、はっとさせられることも多々あっ
た。平和への危機を強く感じるいま、多くの人に届いてほしい作品だ。
本作はコロナ禍以前の2018年にウェールズ語で出版され、高い評価を受けた。その
後作者自身が英訳し、今年度のカーネギー賞作家賞に輝いている。俳優の経歴を持つ
作者が朗読する英語版オーディオブックもおすすめだ。作中にウェールズ語が度々登
場するため、その独特の響きとあわせ、作品の世界観を豊かに味わわせてくれる。
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【作】Manon Steffan Ros(マノン・ステファン・ロス):ウェールズで生まれ育つ。
俳優として活動した後に創作を始め、母語で40冊以上を執筆。ウェールズで最も権威
ある児童文学賞 Tir na n-Og Award を5度受賞したほか、大人向け及びヤングアダ
ルト作品でも高い評価を受けている。邦訳はまだない。現在もウェールズの海沿いの
町タウィンで、3人の息子と暮らしている。
【参考】
▼マノン・ステファン・ロス公式 X(旧 Twitter)
https://twitter.com/ManonSteffanRos
▼マノン・ステファン・ロス紹介ページ
(Wales Literature Exchange ウェブサイト内)
https://waleslitexchange.org/authors/steffan-ros-manon
(山本真奈美)
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"I Must Betray You" ※
by Ruta Sepetys ルータ・セペティス作
Hodder Children's Books, 2022, ISBN 978-1444967623 (Kindle)
Hodder Children's Books, 2022, 336pp. ISBN 978-1444967616 (PB)
★2023年カーネギー賞作家賞シャドワーズ・チョイス賞受賞作品
※このレビューは原書(電子書籍版)を参照して書かれています。2023年9月15日に
邦訳『モノクロの街の夜明けに』(野沢佳織訳/岩波書店)が刊行されました。
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1989年の秋、ルーマニア社会主義共和国はチャウシェスク大統領の圧政下にあった。
17歳の少年クリスティアンは、秘密警察の「密告者」としてスカウトされ、対象者や
周囲を裏切ることに罪悪感をいだきつつ、任務を引き受ける。クリスティアンが命令
によりスパイしたのは在ルーマニアの米国の大使だ。情報統制下のルーマニアでは、
自国はもとより他国の情報がほぼ入ってこない。大使と関わるにつれ、他国での大統
領の評判が実態から乖離していると気づいたため、1冊のノートに詩の形にして真実
を書いて大使に託し、世界に伝えたいと思った。その矢先、大使が任期交代で帰国す
ると知る。やがて、東欧の民主化運動の波に乗ったルーマニアにも革命が起きた。
クリスティアンは、自由な時代を知る祖父の影響で、常日頃から「なぜ」を問いつ
づけ、思索をやめない「哲学者」になっていた。激動する社会の中で、詩を作ること
が自分らしさを保つすべとなる。密告されずに大使にノートを預けられるだろうか、
命を狙われるのではないか、他国はルーマニアを気にかけてくれるのか。腐心するク
リスティアンの「声なき叫び」が、本作の行間からひしひしと伝わってくる。
クリスティアンがノートに詩を綴ったのは、自宅でも避けられない盗聴を恐れ、本
音を声に出せないせいもある。他にも、クリスティアンが身内から聞いた話や、目の
当たりにしたルーマニアの実態は衝撃的だ。例えば、当局に毎月、月経の有無を問わ
れるなど、女性が生殖コントロールを受けていたり、西側諸国の煙草が拘束者解放の
賄賂として使われ、人命と煙草の価値が同じだったりする。書かれている内容はまる
でSF小説のようだが、本作は史実に基づいた歴史フィクションだ。驚きに満ちてい
て、少し恐ろしいが、クリスティアンのひたむきさが眩しい。
この作品の魅力は、社会を救うかもしれない1冊のノートをめぐるサスペンスを持
続させつつ、革命当日の興奮とその後の厳しい社会に丁寧に向きあっている点だ。あ
れから30年あまりが経った。尊厳を奪われ、緊張を強いられたすえに、未だ苦悩をか
かえながら生きる人がいる。その心理描写を巧みに編んだ本作は、ラスト1行に至る
までひとつひとつの言葉が丹念に紡がれている。
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【作】Ruta Sepetys(ルータ・セペティス):リトアニア系アメリカ人の作家。
"Between Shades of Gray"(『灰色の地平線のかなたに』)でデビューし、"Salt to
the Sea"(『凍てつく海のむこうに』)で2017年のカーネギー賞を受賞した。(上記
2作ともに、野沢佳織訳/岩波書店)。「失われた物語の探索者」の異名をとり、歴
史に翻弄された名もなき若者たちに「声」を与えつづけている。
【参考】
▼ルータ・セペティス公式ウェブサイト
https://rutasepetys.com/
(小原美穂)
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"The Visible Sounds" 『カラフルなおと』(仮題)
text by Yin Jianling, illustrations by Yu Rong
translated by Filip Selucky
イン・ジエンリーン文/ユイ・ロン絵/フィリップ・セルツキー訳
UCLan Publishing, 2021, 44pp. ISBN 978-1912979790 (PB)
★2023年カーネギー賞画家賞ショートリスト作品
※このレビューは英語の翻訳版を参照して書かれています。原作は中国語です。
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「目に見える音("The Visible Sounds")」とはなんだろう。タイトルを見て、そん
な疑問が心に浮かぶ人も多いだろう。この物語は、幼いころに病気で耳が聞こえなく
なったミィリィが、目に見える形や色、手や足に伝わる振動等で音を感じることがで
きるようになる軌跡をたどった作品だ。実在する中国人ダンサー、タイ・リーホワが
主人公のモデルである。
作品の大きな魅力は、ユイ・ロンの描く「目に見える音」の表現の豊かさだ。イン
・ジエンリーンの詩的な文章が、切り絵と鉛筆画、絵の具のにじみを組合わせた絵と
ひびきあい、作品全体が親しみやすく優しい雰囲気をまとっている。
主人公が聴覚以外で音を感じることができると気がつく場面では、灰色を基調とし
た背景に、音がオレンジ色の子トラ、子ザル、ウサギとして描かれる。ミィリィによ
りそったり、かけよったりする動物たちの仕草や表情がかわいらしく、不安でいっぱ
いだった少女の心に、ぽっと希望の灯がともったようだ。つづくページでは、はばた
く鳥たち、輪になって泳ぐ魚の群れ、かけまわるキツネなどが登場する。躍動感あふ
れる生き物の動きは、音の波動を表現している。この絵はどんな音を表しているのだ
ろうと想像しながら読み進めることも楽しい。
作品中では、手話で歌をうたう場面も描かれる。様々な形のカラフルな手話が音楽
記号とともにページに散りばめられ、今にも歌が聞こえてきそうだ。作品最後の解説
によると、これらは中国、英国、米国の手話で、世界中の手話をつかう人々に対する
尊敬の思いを表現したという。手話が国や地域で違うこと、その多様性の楽しさを、
この場面から読者は学び、感じることができるだろう。
ミィリィは、ついに音楽が聞こえなくても踊ることができるようになる。そして開
ける世界とは……。自分の可能性に気がつき、そこに光をあてて生きることで、人生
は彩り豊かなものになっていく。自分にできないことがあったとしても、実はそんな
自分だからこそ持っている、宝物のような力がある。「目に見える音」の世界を通し
て、この作品はそんなメッセージを子どもたちに伝えている。
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【文】Yin Jianling(イン・ジエンリーン):中国の著名な児童文学作家。子どもや
ヤングアダルトを対象とした作品を数多く執筆している。中国国内の主要な児童文学
賞を複数回受賞しているほか、国際的にも高く評価され、2013年と2014年にアストリ
ッド・リンドグレーン記念文学賞にノミネートされた。上海の夕刊紙「新民晩報」の
チーフエディターを務めている。上海作家協会会員。
【絵】Yu Rong(ユイ・ロン):中国出身の絵本画家。切り絵と鉛筆画を組み合わせ
た手法を用いて制作した作品が多い。国内外の画家賞を数多く受賞している。2022年
に "Shu Lin's Grandpa"(Matt Goodfellow 文)でケイト・グリーナウェイ賞のショ
ートリストに選ばれた。邦訳に『雲のような八哥鳥』(白冰文/黒金祥一訳/ワール
ドライブラリー)等がある。英国のケンブリッジ郊外在住。
【参考】
▼イン・ジエンリーン紹介ページ
(China Publishing Group Co., Ltd. ウェブサイト内)
https://en.cnpubg.com/portal/article/index/id/141/cid/1.html
▼ユイ・ロン紹介ページ(Otter-Barry Books ウェブサイト内)
https://www.otterbarrybooks.com/authors-illustrators/yu-rong
(はまさきひろみ)
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"Flooded" ※1
by Mariajo Ilustrajo マリアホ・イルストゥラホ文・絵
Frances Lincoln Children's Books, 2023, 40pp. ISBN 978-0711276796 (PB)
★2023年カーネギー賞画家賞ロングリスト作品
※1 このレビューは原書を参照して書かれています。2023年9月10日に邦訳『あふ
れたまち』(鈴木沙織訳/化学同人)が刊行されました。
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動物たちがくらす町に、いつものように朝がやってきました。でも1つだけいつも
とちがうところがありました。町が水びたしなのです。はじめは会社に行ったり学校
に行ったりと、普段どおりに生活していた動物たち。こんな水、すぐになくなるにち
がいないと思っていました。でも、水はどんどんふえていって、だれもがこまりはじ
めました。いったい、どうしたらよいのでしょうか……?
イラストは白黒がベースになっているが、物語の中心キャラクターであるサルのし
っぽだけが黄色く、印象的だ。水は青色でぬられており、物語がすすむにつれて、そ
の青色の面積がふえていき、水がどんどんふえていく様子がはっきりとわかる。
町には、いろいろな動物が住んでいる。大きなキリンから、小さなネズミまで種類
もさまざま。かわいらしい動物たちが、名画が水につからないように奮闘したり、水
がふえたのは政治が悪いせいだとぼやいたりするユーモラスな様子によって、ともす
れば重く感じられそうなテーマが軽妙に描かれる。
町がちょっと水につかっただけでも、小さな動物たちにとっては大迷惑だが、大き
な動物たちは気にならないのでほうっておけばいいと考える。そうして問題を放置し
ているうちに、すべての動物たちが困る大変な事態に陥っていく。ここまで読んで、
だれもが頭になにかを思いうかべるのではないだろうか。そう、この絵本はかなり寓
話的な作品だ。動物たちの町=地球と考えれば、そのまま地球温暖化による海面上昇
がイメージされる。それ以外にも、個人の問題から社会問題まで、小さなことだと見
過ごしていたがために大きな困りごとに発展してしまったさまざまな問題が連想され
る。作中で動物たちは、この出来事を通して、ひじょうに大きなことを学んだように
見える。それはきっと、私たち人間にとっても大切なことであるはずだ。
この作品を読んで、子どもたちはいったいどんな問題を思いうかべるのだろうか。
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【文・絵】Mariajo Ilustrajo(マリアホ・イルストゥラホ):英国在住のスペイン
人絵本作家。スペインのアートスクールや英国の大学でイラストレーションを学ぶ。
2021年イタリア・ボローニャ国際絵本原画展ファイナリスト。デビュー作である本作
は、2023年クラウス・フリューゲ賞(※2)の大賞を受賞。そのほかにも多くの賞に
選ばれ、高い評価を得ている。
※2 英国の出版社アンデルセン・プレスの創始者クラウス・フリューゲにちなんで
2016年に創設された賞で、今後の活躍が期待される絵本のイラストレーターに贈られ
る。
【参考】
▼マリアホ・イルストゥラホ公式ウェブサイト
https://www.mariajoilustrajo.com/
(池田幸子)
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▼カーネギー賞作家賞および画家賞公式ウェブサイト
https://yotocarnegies.co.uk/
▼同ウェブサイト内、2023年受賞作品発表ページ
https://yotocarnegies.co.uk/2023-winners-announced/
▽カーネギー賞作家賞(旧カーネギー賞)受賞作品リスト
(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/carnegie/index.htm
▽カーネギー賞画家賞(旧ケイト・グリーナウェイ賞)受賞作品リスト
(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/greenawy/index.htm
▽2023年カーネギー賞作家賞および画家賞、各シャドワーズチョイス賞紹介記事
(本誌2023年7月号「賞情報」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2023/07.htm#sokuho
▽同ショートリスト(最終候補作品)紹介記事(本誌2023年4月号「賞情報」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2023/04.htm#sokuho
▽2023年カーネギー賞画家賞シャドワーズ・チョイス賞受賞作品
『ほうきぼしのまほう』レビュー(本誌2023年7月号)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2023/07.htm#hehon |