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●速報●2024年 ニューベリー賞/コールデコット賞/プリンツ賞発表!!
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現地時間の1月22日朝8時よりボルチモアにて、アメリカで最も権威ある児童文学
賞、ニューベリー賞/コールデコット賞の発表が行われた。これらの賞は、米国図書
館協会(ALA: American Library Association)が、前年にアメリカで出版された子
どもの本の中で、最も優れた作品に対して贈るものである。
同時に、ヤングアダルト(YA)作品を対象とするマイケル・L・プリンツ賞の発
表も行われた。この賞の主催は米国図書館協会(ALA)のヤングアダルト部門
(YALSA: Young Adult Library Services Association)である。
▼ALA公式ウェブサイト
http://www.ala.org/home/
▼YALSA公式ページ(ALA内)
http://www.ala.org/yalsa/
▼各賞の受賞作品・オナー(次点)一覧ページ(ALA内)
https://www.ala.org/news/press-releases/2024/01/american-library-association-
announces-2024-youth-media-award-winners
▼ALA Youth Media Awards ウェブキャスト
(発表の様子がオンタイムで流された。2024年1月26日現在も視聴できる)
https://ala.unikron.com/
各賞の受賞作品、およびオナー作品は以下の通り。
(※邦訳がある作家、画家については初出の際に片仮名表記を併記しています)
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【ニューベリー賞】(作家対象)
★Winner
"The Eyes and the Impossible"
by Dave Eggers, illustrated by Shawn Harris (Alfred A. Knopf、McSweeney's)
☆Honor Books(5作)
"Eagle Drums"
by Nasugraq Rainey Hopson (Roaring Book Press)
"Elf Dog and Owl Head"
by M. T. Anderson, illustrated by Junyi Wu (Candlewick Press)
"Mexikid: A Graphic Memoir"
by Pedro Martin (Dial Books for Young Readers)
"Simon Sort of Says"
by Erin Bow (Disney-Hyperion)
"The Many Assassinations of Samir, the Seller of Dreams"
by Daniel Nayeri, illustrated by Daniel Miyares (Arthur A. Levine)
本年のニューベリー賞に輝いたのは、作家以外にも映画の脚本家などのキャリアを
持つ、Dave Eggers(デイヴ・エガーズ)の "The Eyes and the Impossible"。海辺
の町の公園に住む犬 Johannes は、アライグマなどの動物たちを助手に、そこで起こ
るあらゆることを「目(Eyes)」として見張り、「均衡(Equilibrium)」の番人で
あるバイソンに報告する役割を担っていた。公園を駆けまわる Johannes の働きで、
その「均衡」は守られていたが、あるとき、多くの人びとや新種の動物が公園に現れ、
謎めいた新しい建物が作られて、Johannes の世界観は一変する。Johannes はより速
く駆けなければならない、愛するものたちの自由のために。コールデコット賞のオナ
ーに選ばれたことのある画家、Shawn Harris(ショーン・ハリス)のイラストととも
に、疾走感あふれる作品だといえるだろう。
オナーには5作品が選ばれた。"Eagle Drums" は、アラスカ先住民であるイヌピア
ック族の冬の祭り「メッセンジャー・フィースト」の起源を描いている。狩人の少年
は、冬のアラスカの山頂で人びとに恐れられる鷲の神 Savik と出会い、未知の世界
をともに旅をすることになる。その過酷な冒険を通して、少年は過去から現在への、
自然界と人間とのつながりを学び、伝承する。イヌピアック族である作者 Nasugraq
Rainey Hopson が、子どもの頃から聞き親しんできた民話を、文章とともに鮮やかな
絵で表して、文化を伝える意義のある作品とした。
過去に全米図書賞児童書部門受賞など、さまざまな児童文学賞で名を残す M. T.
Anderson(M・T・アンダーソン)は "Elf Dog and Owl Head" で、ニューベリー賞
では初めてオナーに選ばれた。感染症の世界的な蔓延のため、ひとりで森で過ごすこ
とだけが楽しみの少年 Clay は、不思議な小さな犬 Elphinore に導かれて行った森
の奥に、古代の秘密が潜んでいることを知る。そこでは新しい出会いがあるが、同時
に危険も待ち受けていた。COVID-19 流行時の空気を連想させる現実的な世界と、フ
ァンタジーの要素が融合した、心温まる爽快な冒険の物語だ。
Pedro Martin は、自身の経験をもとにしたデビュー作のグラフィックノベル
"Mexikid: A Graphic Memoir" でオナーに選ばれた。2024年プーラ・ベルプレ賞児童
向け小説部門およびイラスト部門も受賞している。時は1970年代。メキシコ系アメリ
カ人の少年 Pedro は、両親と8人のきょうだいとカリフォルニア州で暮らす。メキ
シコに住む祖父を連れてくるため、車で迎えにいくことになった一家に巻き起こる騒
動をユーモラスに描く。笑いあり涙ありの旅路、移民たちをめぐる歴史や文化、アイ
デンティティに悩みながら成長していく少年の姿など、見どころのつまった作品だ。
"Simon Sort of Says" は、カナダ在住の作家で物理学者でもある Erin Bow が手
がけた作品で、2023年全米図書賞児童書部門ロングリストにも選ばれている。内容に
ついては、本誌2023年10月号「賞情報」(以下のリンク)をご参照いただきたい。
▽本誌バックナンバー(2023年10月号)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2023/10.htm#sokuho
"The Many Assassinations of Samir, the Seller of Dreams" は、11世紀のシル
クロードを舞台にしたスリリングな冒険物語。12歳の少年 Omar("Monkey" と名付け
られる)は、僧侶たちのもとを逃げ出し、キャラバンの商人 Samir に助けられる。
いっしょに旅をすることになるが、Samir はじつは詐欺師で、多くの恨みを買い、暗
殺者たちから命を狙われていた。イラン出身の作者 Daniel Nayeri は、2021年に自
伝的小説 "Everything Sad Is Untrue (a true story)" でプリンツ賞を受賞。絵本
作家、イラストレーターとして活躍する Daniel Miyares によるイラストが本作の世
界をより豊かなものにしている。
今年のニューベリー賞は、作品の舞台や題材はさまざまだが、ドキドキワクワクす
るような冒険や、困難と向き合い乗り越えようとする主人公など、読者をひきつける
普遍的な魅力をもった作品が並んだ。
《参考》
▼ニューベリー賞公式ウェブサイト
http://www.ala.org/alsc/awardsgrants/bookmedia/newberymedal/newberymedal
▼Dave Eggers 公式ウェブサイト
https://daveeggers.net/
▼Nasugraq Rainey Hopson 公式ウェブサイト
https://www.nasugraqhopson.com/
▼M. T. Anderson 公式ウェブサイト
https://mt-anderson.com/
▼Pedro Martin 公式ウェブサイト
https://pedromartinbooks.com/
▼Erin Bow 公式ウェブサイト
https://www.erinbow.com/
▼Daniel Nayeri 公式ウェブサイト
https://www.danielnayeri.com/
▽ニューベリー賞受賞作リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/newbery/index.htm
【特殊文字】
「Nasugraq」:「g」の上に点がつく
「Martin」:「i」の上に(´)がつく
(井原美穂/平野麻紗)
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【コールデコット賞】(画家対象)
★Winner
"Big"
by Vashti Harrison (Little, Brown and Co.)
☆Honor Books(4作)
"In Every Life"
by Marla Frazee (Beach Lane Books)
"Jovita Wore Pants: The Story of a Mexican Freedom Fighter"
illustrated by Molly Mendoza, written by Aida Salazar
(Scholastic Press)
"There Was a Party for Langston"
illustrated by Jerome Pumphrey and Jarrett Pumphrey,
written by Jason Reynolds
(Caitlyn Dlouhy Books/Atheneum Books for Young Readers)
"The Truth About Dragons"
illustrated by Hanna Cha, written by Julie Leung
(Henry Holt and Company)
本年のコールデコット賞は、児童書作家で映画プロデューサーでもある Vashti
Harrison が文と絵を手がけた "Big" が受賞した。アフリカ系アメリカ人女性画家が
本賞を受賞するのは初。幸せにすくすく育った少女は、ある出来事をきっかけに自分
の大柄な体格を恥じるようになる。社会から求められる基準に苦しみ、自分という存
在すら持て余してしまう少女の姿を、絵本という枠と文字を活用して、一風変わった
形で描いている。ありのままの自分を愛する強さを手に入れ、他人のものさしで測ら
れることをきっぱり拒絶する姿は、広がりつつあるボディポジティブのムーブメント
を後押しする力になるだろう。本作は今年のコレッタ・スコット・キング賞の画家部
門と作家部門の両方でオナーに、2023年全米図書賞児童書部門ファイナリストにも選
ばれている。
(本誌2023年10月号「賞情報」をご参照ください)
▽本誌バックナンバー2023年10月号
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2023/10.htm#sokuho
オナーは4作品。"In Every Life" は、過去にも2度本賞オナーに選ばれている
Marla Frazee(マーラ・フレイジー)による絵本。ユダヤ教の祈りの言葉から着想を
得た本作は、作者の中で長い間温められていたが、コロナ禍を経験した今だからこそ
読者それぞれの心に響くだろうと出版に至った。人生のさまざまな場面を切り取った
いくつかのイラストと、それを象徴する短い言葉によって、我々の日常は一瞬一瞬が
驚き、喜び、悲しみといった様々な感情に満ち、愛と希望と奇跡にあふれていると伝
えている。
"Jovita Wore Pants: The Story of a Mexican Freedom Fighter" は、メキシコに
実在した女性 Jovita を描いた作品。作者はメキシコ生まれの Aida Salazar。主人
公は作者の祖父の従姉妹にあたる。Molly Mendoza による躍動感あるタッチで描かれ
る風景や人物は、主人公の行動力、深い悲しみや激しい怒りを読者に伝える。Jovita
は子どもの頃からスカートが嫌いで、ズボンにあこがれ、木登りやかけっこが好きだ
った。やがて政府と民衆との間で戦いが始まり、大切な家族を失うと、男性の格好を
して自ら兵士たちを率いて勇敢に戦った。古い慣習にとらわれず、勇気をもって行動
する主人公の姿に胸を打たれる。
"There Was a Party for Langston" は、数々の賞を受賞している作家 Jason
Reynolds(ジェイソン・レノルズ/レナルズ)が文を書き、Pumphrey 兄弟がイラス
トを手がけた。ある日、著名な作家たちが、とある図書館に集まった。偉大な詩人
Langston Hughes(ラングストン・ヒューズ)を称えるパーティが開かれるのだ。ヒ
ューズの功績と、脈々と受け継がれてきたアフリカン・アメリカン文学の軌跡に対す
るオマージュが、賑やかで楽しいパーティになぞらえて表現される。リズミカルな文
章と、ヒューズの詩の世界観を表現する趣向を凝らしたポップなイラストが楽しい。
本作は、本年のコレッタ・スコット・キング賞画家部門オナー作品にも選ばれている。
"The Truth About Dragons" は、Julie Leung による詩情豊かな文章と、Hanna
Cha による柔らかい色彩の絵が印象的だ。主人公の男の子に、お母さんが語って聞か
せたベッドタイムストーリー。一つは西洋、もう一つは東洋のドラゴンの真実を探し
にいく冒険物語だ。森の風景や妖精、動物、そしてドラゴンの外見も性格も、文化に
よって描かれ方が全く違う。けれどどちらの冒険も魅力的で、どちらのドラゴンの話
も真実だ。異なる文化が共存することの尊さと、主人公のように複数の国にルーツを
持つ子どもたちに、その素晴らしさに気づいてほしいという願いがこめられた作品だ。
今年のコールデコット賞では、テーマ性の強い作品が多く、特に様々な角度から個
性の尊重を伝えようという思いを感じた。過去をふりかえりつつ、これからを生きる
子どもたちに希望を与える作品が並んでいる。
《参考》
▼コールデコット賞公式ウェブサイト
http://www.ala.org/alsc/awardsgrants/bookmedia/caldecottmedal/caldecottmedal
▼Vashti Harrison 公式ウェブサイト
https://www.vashtiharrison.com/
▼Marla Frazee 公式ウェブサイト
http://marlafrazee.com./
▼Molly Mendoza 公式ウェブサイト
https://www.mollymendoza.com/
▼Jerome Pumphrey and Jarrett Pumphrey 公式ウェブサイト
https://thepumphreybrothers.com/
▼Hanna Cha 公式ウェブサイト
https://www.hannacha.com/
▽コールデコット賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/caldecot/index.htm
(池田幸子/はまさきひろみ)
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【プリンツ賞】(YA作品対象)
★Winner
"The Collectors: Stories"
by A. S. King(他9名), edited by A. S. King (Dutton)
☆Honor Books(4作)
"Fire from the Sky"
by Moa Backe Astot, translated by Eva Apelqvist (Em Querido)
"Gather"
by Kenneth M. Cadow (Candlewick Press)
"The Girl I Am, Was, and Never Will Be: A Speculative Memoir of Transracial
Adoption"
by Shannon Gibney (Dutton Books)
"Salt the Water"
by Candice Iloh (Dutton Books)
プリンツ賞を受賞したのは、アンソロジー "The Collectors: Stories"。2020年に
"Dig" で本賞を受賞した A. S. King が企画し、編者を務めた。著者には King の他
9人が名を連ねている。日本でも人気の M. T. Anderson(M・T・アンダーソン)、
David Levithan(デイヴィッド・レヴィサン)、Jason Reynolds(ジェイソン・レナ
ルズ/レノルズ)。フィリピン生まれで、2019年の全米図書賞児童書部門ファイナリ
ストに選ばれた Randy Ribay、同部門ロングリストに3度選出されたメキシコ系の
Anna-Marie McLemore。そして、e. E. Charlton-Trujillo、Cory McCarthy、G. Neri、
Jenny Torres Sanchez。現代YA界を牽引する作家たちに執筆を依頼するにあたり、
編者 King は、多くの子どもが夢中になる「収集」をテーマに、自由な発想で書いて
ほしいと呼びかけたという。10篇からなるこの短編集には、人とちがうところがあっ
てもいい、想像の翼を羽ばたかせよう、というメッセージがこめられている。
オナーには4作が選ばれた。"Fire from the Sky" は、伝統に従いトナカイを飼育
して暮らしてきた16歳のサーミ人の少年が、同性愛者としてのアイデンティティと、
コミュニティの保守的な価値観とのあいだで葛藤する姿を描いた青春小説だ。1998年
生まれの新進気鋭のサーミ人作家 Moa Backe Astot の長編デビュー作で、2021年に
"Himlabrand" としてスウェーデン語で発表した際、数々の児童文学賞を受賞するな
ど高い評価を受けた。今回オナーとなったのは、作家で翻訳家の Eva Apelqvist が
翻訳した英語版である。
Kenneth M. Cadow(ケネス・M・カドウ)による初めてのYA作品 "Gather" は、
2023年全米図書賞児童書部門ファイナリストに続いての選出となった。詳細は、本誌
2023年10月号「賞情報」をご覧いただきたい。
▽本誌バックナンバー(2023年10月号)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2023/10.htm#sokuho
Shannon Gibney による、回想録とフィクションを融合させた小説 "The Girl I Am,
Was, and Never Will Be: A Speculative Memoir of Transracial Adoption" には、
白人家庭の養子となった黒人の子どもとしての作者自身の経験が反映されている。
Gibney は、2002年にミネソタ州の歴史あるアフリカ系アメリカ人新聞社に入社し、
アフリカ系の人びとに関する記事を執筆。その後、創作の道へ進み、2015年に、人種
の異なる親子間の養子縁組を主題にしたYA小説 "See No Color" でデビューした。
これまでに、絵本やエッセイなどさまざまな作品を手がけている。
"Salt the Water" は、ナイジェリア系アメリカ人の作家 Candice Iloh の第3作。
ニューヨークのブロンクスに暮らす高校生 Cerulean は、思いがけず家族を襲った災
難によって、友人たちと描いていた卒業後の夢を手ばなすことになる。黒人でクィア
の若者にはけっしてやさしくない世界に反発し、自由な未来を模索する主人公の心情
を、鋭い皮肉をまじえた詩で綴った作品だ。同じく詩形式で語られる作者のデビュー
作 "Every Body Looking" は、2020年全米図書賞児童書部門ファイナリスト、2021年
プリンツ賞オナーに選ばれている。
今年も、多様性への関心の高まりを感じさせるラインナップとなった。やや異例な
のは、短編集が大賞に輝いたことだ。短編は長編に比べて人気がないとも言われるが、
興味深いテーマのアンソロジーや、一人の作家の個性が詰まった連作短編集など、面
白いものは多く、隙間時間でも一篇から楽しめる。大量のコンテンツに囲まれ多忙な
現代の若い読者が、優れた作家や文学の魅力と出会うきっかけとなるような、意欲的
な短編集が今後も編まれることを期待したい。
《参考》
▼プリンツ賞公式ウェブサイト
http://www.ala.org/yalsa/printz-award
▼A. S. King 公式ウェブサイト
https://www.as-king.com/
▼Moa Backe Astot インスタグラム
https://www.instagram.com/moabackeastot/
▼Kenneth M. Cadow 紹介ページ(National Book Foundation ウェブサイト内)
https://www.nationalbook.org/people/kenneth-m-cadow/
▼Shannon Gibney 公式ウェブサイト
https://www.shannongibney.com/
▼Candice Iloh 公式ウェブサイト
https://www.candiceiloh.com/
▽マイケル・L・プリンツ賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/printz/
【特殊文字】
「Astot」:「A」の上に丸がつく
(綿谷志穂) |