2002年10月28日発行
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
◆ダイヤル・カー・カルサについて
◇カルサ (Dayal Kaur Khalsa 1943-1989) の作品歴
◇特別寄稿 松井るり子さん
カルサの絵本 ―― 愛情のつながり ――
◇翻訳こぼれ話 五頭和子さん
『ギャンブルのすきなおばあちゃん』との長い格闘
◆作品レビュー
◇『ギャンブルのすきなおばあちゃん』
◇『いぬがほしいよ!』
◇"Sleepers"
◇"My Family Vacation"
◇"How Pizza Came to Our Town"
◇"Julian"
◇"Cowboy Dreams"
◇"Green Cat"
◇『ゆきのねこ』(絵本・アニメーション)
私がカルサの絵本に惚れたのは、松井るり子さんの講演がきっかけでした。 カルサの絵本といっても、日本で翻訳されている絵本は、わずか3冊。『ギャンブルのすきなおばあちゃん』、『いぬがほしいよ!』(共に徳間書店)そして童話館から出ている『ゆきのねこ』。しかも、現在、流通しているのは『ゆきのねこ』1冊のみ。松井さんは、優しくよくとおる声でこの内の2冊の絵本を朗読してくださいました。『ギャンブルのすきなおばあちゃん』と『ゆきのねこ』です。それに、私は一目惚れならぬ、一耳惚れ(?)したのです。
『ゆきのねこ』は、少女が1人、雪深い森のはずれのちいさな家に暮らすお話。そこにはこんな言葉がでてきます。
あなたが生きているあいだには、このうえなくすばらしい日
たんじょう日さえも かなわないような日が、なん日かはあるものです。
私たちは、誰もがこんな日を夢みて暮らしているのかもしれません。カルサは、心の中にあるけれどいつもは忘れているものに、きれいな色をつけ、本の形にしてみせてくれます。私は、カルサの美しい絵本を、未訳を含めて、ぜひ紹介したいと思いこ
の特集号をつくりました。
ダイヤル・カー・カルサは1943年4月17日、ニューヨーク市で生まれました。学生時代はアメリカやメキシコを放浪し、1970年、カナダに住まいを移します。カナダのトロントでは農場の近くに住んだこともあり、この時の思い出が絵本
"Julian" の元になりました。1979年に結婚しますが1年で離婚。1982年に出版社
Tundra Books の社長、May Cutler と出会い、翌年からシリーズで、赤ちゃん向けのボードブック絵本
"Baabee Series" 計12冊を出版。1986年に発表した "Tales of
Gambling Grandma"(『ギャンブルのすきなおばあちゃん』)がニューヨークタイムズ年間最優秀絵本賞、全米図書館協議会推薦優秀作品に選ばれ、一躍有名になりました。しかし、同じ時、カルサは母や祖母と同じ乳ガンに冒されていることを知るのです。
ここからのカルサの活動はめざましいの一言です。その後3年間の闘病生活を送りながら、7冊の絵本を描きました。そのほとんどが自身の子ども時代の経験を題材にしたものです。カルサの絵本を楽しむ要素はいくつもありますが、その中に、本の見返しの絵があります。3冊目の絵本にあたる
"Sleepers" を描いた時から、それぞれの絵本にあった絵をつけるようになったのです。例えば
"My Family Vacation"、これは家族旅行を描いたものですが、見返しには、思い出の場所がアルバムに貼り付けた写真のように並んでいます。こうして、1冊の絵本に描く枚数は増えるわけですが、それをものともせず、治療を受けながら精力的に絵を描き続けるカルサに、「どこからそのエネルギーとアイディアが生まれてくるの」と前述の
May が聞いた時、彼女は「自分の締切がわかっているからよ」と答えたそうです。カルサにとって、May
は信頼のおける仕事のパートナーでした。カルサの絵本によく登場する、少女
May は、
この社長の名前からきており、May もそれを誇りに思っていたようです。 カルサは独学で絵を学びました。彼女の絵本には、有名絵画が時々登場しますが、これらの絵をみながら、独自の色づかいができていったのでしょうか。『いぬがほしいよ!』の表紙絵には、スーラの「グランド・ジャット島の日曜日の午後」が登場しています。スーラの描いた絵は、美しいだけでなく、何となくユーモアも感じさせますが、カルサの絵も、犬たちの楽園を島に描き、みるたびに楽しい気持ちにさせてくれます。
さあ、これから、"Baabee Series" 以外の全作品レビューをご紹介します。
レビューを読んで、カルサの絵本をみてみたいと思われたら、ぜひ図書館などで手にとってみてください。
また、私がカルサの絵本と出会うきっかけとなった松井るり子さんからも、新刊著書『可愛がられるために来た』(学陽書房)より、カルサについてふれている箇所の引用をご快諾いただきました。翻訳者の五頭さんからは『ギャンブルのすきなおばあちゃん』を訳された時のこぼれ話を紹介していただけました。ありがとうございます。『ゆきのねこ』のアニメーションを私に紹介してくださったのは、国際アニメーションフィルム協会日本支部の大塚さんです。大塚さんには、アニメーションを製作したNFB(カナダ国立映画庁)の注釈もいただき、感謝しています。
1人でも多くの人とカルサの絵本の楽しさをわかちあえたら最高です。
(林 さかな)
※カルサの名前表記について
絵本『ゆきのねこ』ではダイヤル・コー・カルサとなっていますが、今回はダイヤ ル・カー・カルサに統一しています。
◆カルサ (Dayal Kaur Khalsa 1943-1989) の作品歴◆
The Baabee Books
Series I. (4 books) Tundra Books, 1983
Series II. (4 books) Tundra Books, 1983
Series III. (4 books) Tundra Books, 1984
Tales of Gambling Grandma (ALA Notable Book), Tundra Books, 1986
(『ギャンブルのすきなおばあちゃん』ごとうかずこ訳/徳間書店)
I Want Dog, Tundra Books, 1987
(『いぬがほしいよ!』ごとうかずこ訳/徳間書店)
Sleepers, Tundra Books, 1988
My Family Vacation, Tundra Books, 1988
How Pizza Came to Our Town, Tundra Books, 1989
Julian, Tundra Books, 1989
Cowboy Dreams, Tundra Books, 1990
The Snow Cat, Tundra Books, 1992
(『ゆきのねこ』あきのしょういちろう訳/童話館)
Green Cat, Tundra Books, 2002
『可愛がられるために来た』
松井るり子
学陽書房 2002年10月 ISBN4-313-66024-0
カルサの絵本 ―― 愛情のつながり ――
松井るり子
いつも子どもの「わたし」と一緒にいてくれて、かぜをひくと「さっさとよくおなり。いいところにつれていってやるから」と言って、よくなったらホントーにいいところに連れて行ってくれるのは、『ギャンブルのすきなおばあちゃん』(徳間書店)です。
このおばあちゃんはタイトル通り、ギャンブル好きの不良です。加えてほらふきだし、すごく変わったへんてこな「人生のきまり」を教えるし、喧嘩するし、偏食するし、ながら食べするしで、「正しい孫の躾の本」に書けるようなお手本を示してくれるわけではありません。 でも、たっぷりしていて、あたたかくて、子どものそばにずーっといてくれることの尊さを、存分に感じさせてくれるおばあちゃんだと思います。
目の中に入れても痛くないほど愛している相手に対して、自分の頭で考える精一杯の「よかれと思った」ことをしたとき、結果的に木訥で不器用で、「正しくない」ことになっても、それでたちまち子どもをスポイルすることにはならないと、このおばあちゃんは教えてくれます。
なぜならこのギャンブラーおばあちゃんの孫は、長じて絵本を作るようになり、「私にはこんなおばあちゃんがいて、こんなふうに大好きだった」という気持ちを、届けてくれるからです。これほどすてきな仕事があるでしょうか。
この絵本によって私たちは、「愛情はつながっていく」という、祈りに似たものを、受け取ることができます。
(『可愛がられるために来た』/学陽書房10月7日発行)
『ギャンブルのすきなおばあちゃん』
『ギャンブルのすきなおばあちゃん』との長い格闘――翻訳こぼれ話
五頭和子(ごとうかずこ)
2作品の翻訳作業中、特に『ギャンブル〜』の際は、穏やかで一見淡々と書かれている静かな文章表現の底に、おばあちゃんへの熱い思いを深く感じさせる作品の空気を、いかにそのまま子供にも読みやすい日本語に移しかえるか、ということに大変悩みました。同時に、カード・ゲームの流行から犯罪史まで調べるべきことも山積みで、本当に苦悶するばかりの日々でした。この場をお借りしてひとつぜひお伝えしたいのは、ギャングの大物の名(通称名ですが)は実は「ダッチ・シュルツ」で、このダッチは俗語でのドイツ人を意味し、一般にいうオランダ人との誤解を避けるため、出版時には省いてしまったのですが、その後禁酒時代のギャングのボスのリスト(!)中に、かのアル・カポネと共に“ブロンクスのビール王”としてその名が挙げられているほどの人物であったことがわかり、省略せず記すべきだったと今は考えている点です。
『ギャンブルのすきなおばあちゃん』
ごとうかずこ訳/徳間書店 1997.3.31
"Tales of A Gambling Grandma"
Tundra Books, 1986
わたしのおばあちゃんは、ギャンブルが大好きだった。ロシアで生まれてアメリカで育ったおばあちゃんは、結婚してから生活のたしにとポーカーをならったのだ。近所のおばあさんたちと週一回カナスタをするときも、おじさんが二週間ぶっとおしのポーカー大会を開いたときも、賞品はみんなおばあちゃんのもの。ババぬきから始めたわたしが、ようやく〈ほんもののゲーム〉ができるようになって賭けたおこづかいまで、すっかりまきあげられてしまった。けれど、バズーカ砲のおもちゃを買いたいわたしと、反対するおばあちゃんとでけんかになったとき、どっちが勝ったと思う?
おばあちゃんがアメリカへ渡ったのはコサック兵が攻めてきたため。ポーカーを始めたのは夫の収入が不安定だったためだ。第一次世界大戦後の激動の時代に、おばあちゃんの抜け目のなさ、手先の器用さは、ポーカー以外にもおおいに役に立ったことだろう。絵本に描かれているおばあちゃんは、どのページでもカラフルな洋服を着こなし、化粧をして、背筋をしゃんと伸ばしている。そんなおばあちゃんを見ていたら、化粧こそしなかったものの、いつも着物を着て、きちんと正座していた祖母を思い出した。私の母を負ぶって空襲の中を逃げまどい、夫や娘たちを若くして次々と亡くし、さまざまな商売をして伯父と母を育てあげた祖母だ。もうすぐ、祖母の旅立った寒い冬がやってくる。
(赤間美和子)
『いぬがほしいよ』
ごとうかずこ訳/徳間書店 1996.11.30
"I Want a Dog"
Tundra Books, 1987
小学生の女の子、メイは、犬が欲しくてしかたがない。しかし、両親は「メイが大きくなったら」の一点張り。メイは、あの手この手で許してもらおうと試みるが失敗する。そんなある日、素敵な物を見つけた。これでもう犬を飼った気分! どこへ行
くのも一緒。何でも面倒見てあげる――。
「犬が欲しい」という気持ちが、痛切に伝わってくる。ペットにあこがれる子どもなら、きっとメイに共感するだろう。一方、メイの母親の気持ちもわかる。だれだって、後で自分に世話係がまわってくるのは、まっぴら。子どもの熱意を確認せねば!「犬ごっこ」を始めたメイは、それまでのじりじりした気持ちが和み、明るく生き生きしている。また、ある出来事をきっかけに、生き物に責任を持たねばならないことも学んだ。「ごっこ」の犬を不幸にすまいと、真剣に接する姿がいじらしい。
本書の後半では、両親の心が動き、いつかメイが本物の犬を手に入れることが示唆されている。とすれば、やはり永久に物では満足できなかったのだろう。自分の生活に犬を組み入れた現実的な疑似体験を経て、「生き物の世話をする」心の準備を整えたメイなら、きっといい飼い主になるだろう。ペットを飼う子どもたちがみな、メイのようであってほしい。
(舩江かおり)
『みんなねむる』(仮題)
"Sleepers"
Tundra Books, 1988
あなたは眠くなったらどこで眠りますか? ベッドやふとんで、とは限りませんよね。この絵本では、いろんな人がいろんな場所で、いろんなかっこうで眠っています。たとえば、お父さんはリビングルームのソファに横になって。お母さんは木かげのハンモックに揺られて。猫はテーブルの上のポットにくるんと巻きついて眠ります。 ところが、クマのぬいぐるみといっしょにベッドの上にいる女の子は、あたしはぜったいねないもん、と言い張ります。みんな、いつかは眠るのにね。とりあえずベッドに入った女の子は、羊を数えはじめました。羊が1匹、羊が2匹……。すると、あらまあ、羊たちまで眠ってしまいました。そして、女の子は……。
フラミンゴ、ラクダ、消防士さん、カウボーイ。どのページをめくっても、静かな寝息(またはいびき)が聞こえてきそうなほど、みんなほんとうに気持ちよさそうに眠っています。なかなか眠れないという悩みを抱えている人は、この絵本を開いてみてください。おだやかに韻を踏む文章を読みながら、ほのぼのとしたユーモアの漂う絵を見ているうちに、思わずほっとして気持ちが楽になることでしょう。 正方形でやや小さめのこの絵本を枕元においたら、いい夢が見られそうです。川の字で寝ているお宅も、大の字で寝ているわたしも、ね。
(須田直美)
『はじめての家族旅行』(仮題)
"My family Vacation"
Tundra Books, 1988
メイはまだ暗いうちにおきて、お父さんが車に荷物をつむ手伝いをした。今日から初めての家族旅行に出かけるのだ。フロリダまで、お父さんが運転する車で何日もかけて行く。初めて泊まるモーテルで、メイはわくわくして、なかなか寝つけない。大きくてよく弾むベッドや、紙につつまれたコップなど、初めて見るものばかり。お兄さんのリッチーは、「赤ちゃんみたいだ」と笑うけれど、メイは小さな石けんを記念に持って帰ることにした。途中で車が壊れてしまい、中古車を買うはめになるが、ようやくフロリダに着き、一家は楽しい休暇を満喫する。
まるでメイが描いた絵日記のように、家族みんなで旅行を計画する場面から始まる。荷物を積むときの、まだ暗い空や、途中で降り出した雪や雨のちょっと暗い色調の絵のあと、フロリダへ近づくにつれ明るい色彩があふれてきて、メイの喜びが伝わってくるようだ。モーテルでくつろぐようすや、長い車中にあきてけんかをする兄妹など、のんびりと過ごす休暇の風景に、すみずみまでカルサの温かいまなざしが感じられた。
旅行をとおして成長するメイの姿は、読んでいて応援したくなる。メイが休暇中に、行く先々で集めた記念品を想像しながら、わたしも子どものころ行った家族旅行を思い出した。家族みんなが楽しめる、そんな休暇を大切にすごしたいと思う。
(竹内みどり)
『ピザが街にやってきた』(仮題)
"How Pizza Came to Our Town"
Tundra Books, 1989
"How Pizza Came to Queens"
Clarkson N. Potter, Inc, 1989
イタリアからペグリーノおばさんが遊びにきた。でも、家に着いたおばさんは様子が変だった。だって、台所に入るなりクンクンにおいを嗅いだと思ったら、急に暗い顔になって、ため息まじりに「ノー、ピザ」ってつぶやくんだもの。ピザってなんだろう? 次の日もおばさんは沈んだ顔をしている。せっかく遊びにきたのだから、楽しんでもらわなくちゃ! お芝居をしてみせたり、お買い物ごっこに誘ったり。おばさんは少しずつ笑顔になっていった。でも、まだ心の奥に悲しい気持ちが居座っているみたい。やっぱりピザってものがないとだめなのかな。
この街の人たちは、まだピザを食べたことがない。だから、メイたちの小さなピザ調査隊の道は容易ではなかった。「ピザって人の名前?」から始まって、少しずつイタリア料理へと近づいていく。私も一緒に、初めてピザに出会うようなわくわくした気分を味わった。カルサの絵は色が美しい。この絵本では、街路樹や芝生、生垣の緑が、真夏の太陽に負けず劣らず輝いている。画面から溢れるまぶしさが、招待した人を精一杯もてなそうとする少女たちの優しさを際だたせているようだ。
アメリカにピザが広まるのはカルサの子供時代で、あのおばあちゃんもご相伴にあずかる。メイ、そしてカルサの、ひと夏の思い出を綴ったこの絵本は、NYクイーンズのピザの歴史も伝えている。
(河原まこ)
『ジュリアン』(仮題)
"Julian"
Tundra Books, 1989
ジュリアンは黄色い大きな犬。野菜畑を荒らしにくるウッドチャックを追いはらうために、近所の人がつれてきてくれた犬だ。ジュリアンは、追いかけるのがとても上手だった。ウッドチャックに限らず何でも――牛でも、車でも、一緒に暮らしている黒猫の親子でも。飼い主のわたしにも、ほえて飛びかかってきた。井戸で水を汲むわたしに飛びついてきたときには、勢いあまって井戸に落ちてしまった。ある日、子猫がいなくなり、親猫が血眼になって捜しまわっていた。「子猫をみつけて!」わたしの言葉に、ジュリアンは子猫の臭いを追って、勢いよく駆けだした。
作者がオンタリオ州の農場で1年間を過ごしたときの思い出から生まれた絵本。緑の気持ちよく広がる農場や森の風景が、美しく描かれている。子どものころ犬が欲しくてたまらなかったという作者。彼女の、犬への温かい気持ちがこもった一冊だ。
「わたし」を困らせるやんちゃなジュリアンは愛嬌たっぷり。嬉しそうに駆けまわり、叱られて子どもみたいにうなだれる。その姿を見ていると思わず口元がほころび、読むほどにジュリアンがいとおしくなってくる。後半、子猫捜しに駆けだしたジュリアンに声援を送りながら、お腹のそこから湧きあがるような喜びと誇らしさを覚えた。まるで成長したわが子を送り出す母親のように。ああ、犬と暮らすっていいなあ。
(三緒由紀)
『夢はカウボーイ』(仮題)
"Cowboy Dreams"
Tundra Books, 1990
物心ついた時から決めていた。わたし、カウボーイになるって。がに股歩きの練習もしたし、毛布をまるめた寝袋もある。だけど、本物のカウボーイになるには馬がいる。誕生日に頼んでみたけどだめだった。パパもママも生き物は飼いたくないんだって。おもちゃ屋でみつけた、車輪のついた大きな馬なら? これもだめ。お金持ちじゃないと買えないんだって……。しかたがないから、階段の手すりにまたがった。これがわたしの馬。あぶみはトイレットペーパーの芯でつくったし、たづなにはなわ跳びのなわを使った。ほら、カウボーイの歌をうたえば、心はとんでいく。巨大な岩山がつらなる大地へ、サボテンのはえる荒野へ。ああ、わたしは今カウボーイになった。ひろい空の下、馬をすすめる、ひとりぼっちのカウボーイ!
子どもの夢は不思議だし、素敵だ。何にだってなれると信じているのは、「想像」という魔法の粉をもっているから。階段の手すりにふりかければ、高嶺の花の馬だって簡単に手にはいるし、馬に乗って一人旅にも出かけられる。
カルサの描く色鮮やかな世界は、濁りのない色をむらなくおいていくことで生まれたもの。けれども女の子が馬で旅するシーンは、グラデーションで陰影をつけた立体感ある仕上がりになっている。その遠くまでひろがる空がすばらしい。子どもの無限の想像力を象徴するようだ。やがて大人になって夢を追うのに疲れても、心にこの空があれば、また新しい一歩を踏み出すことができるだろう。
(大塚典子)
『みどりのねこ』(仮題)
"Green Cat"
Tundra Books, 2002
トムとリンのきょうだいは、ふたりでひとつの部屋を使っている。ふたりとも部屋が狭いと文句をいい、相手を廊下に追い出そうとけんかばかり。ある夜、いつものようにけんかをしていると、見上げるほど背の高い、みどりのネコがやってきた。ネコは子どもが喜ぶものを次々持ちこむ。トースト、テーブルセット、ブタにアヒルにボート、舞いあがる紙ふぶき、そしてあんなものまで! 部屋はどんどんいっぱいに、子どもたちはだんだんすみっこに。もう居場所がなーい。するとネコは……。
冒頭、青い床と黄色い壁のシンプルな部屋にはベッドが2台あるだけ。お話のあいだ、1ページを除き、この背景はずっと同じ。視点もまったく動かない。だが続々とものが集まってくると、同じ部屋の印象がまるで変わってしまう。にぎやかに彩られた、花火のような画面だ。再びものが運び出され明かりが消えると、部屋の色が沈み、がらんとして見える。みどりのネコは、ものの見方を変える方法を、優しく子どもたちに教えてくれた。子どもたちの最後の行動が微笑ましい。
没後十数年経った今年、出版された作品。ユダヤに伝わる話がもとになっている。同巧の絵本が多数ある中、ファンタジー色の強い本作の、澄んだ色彩の美しさは特筆したい。ものがぎっしりで窮屈なはずの部屋も、明るくポップに描かれていて楽しい。
(菊池由美)
『ゆきのねこ』
あきの しょういちろう訳/童話館
"Snow Cat"
Tundra Books, 1992
"Snow Cat"
監督/Sheldon Cohen
製作/Sheldon Cohen, Kenneth Hirsch, Marcy Page
脚本/Tim Wynne-Jones
22分58秒 1998年
この絵本はカルサの死後、カルサの親しい友人が原稿をみつけ、出版したといわれている。そして絵本の出版から7年後、原作を元にしたアニメーションフィルムがカルサの友人である、Cohen によって作られた。ここではこの2つの作品をいっしょに
紹介したい。
森のはずれの小さな家に1人暮らしている少女、エルシーは神様に願いごとをする。――おなかのすかない猫を友だちに欲しいと。神様は願いを聞き入れ、エルシーのもとに猫を贈る。望んだ通り、おなかのすかない雪でできた猫を。しかし、猫を飼うた
めの約束事が1つ、守れるだろうか……。
アニメーションでは、導入部分とラストが絵本と少し違う。カルサの絵本に登場したことのある「おばあちゃん」が孫娘に不思議な物語を聞かせてくれる形をとっているのだ。絵本では描かれていない、「おばあちゃん」が、愛しい孫娘にお話を語り始めるところからアニメーションは始まる。また結末も絵本とは違う出来事があるのだが、どちらの最後もあたたかさを感じるところは同じだ。
さむい冬を1人で過ごすことを想像してほしい。寒さ、静けさ、そして語りあう友人のいない寂しさを。友だちがほしいというエルシーの願いは、なるほど、もっともだと共感できる。私はエルシーの祈りが神様に届けられる描写が大好きで、つい知らずのうちに声に出して読んでいる。月のきれいな静かな夜、祈りはけむりのように高くたちのぼり、神様に届くのだ。もちろん、神様は願いを聞き入れる。「たんじょう日でさえも、かなわないような日」であるエルシーの喜びは深い。この喜びのシーンは、フィルムでは軽やかな音楽と、指によるのびやかなペイントアニメーションで表現され、1度見ると、映像がしっかり目と心に残る。
製作はNFB(カナダ国立映画制作庁)。ここで作成されているアニメーションの質はとても高い。(注)
このカルサのアニメーションも脚本、ナレーション共に素敵な顔ぶれだ。脚本は『火星を見たことありますか』(山田順子訳/岩波書店)の作者であり、カナダ総督文学賞児童書部門など数々の賞を受けているティム・ウィン=ジョーンズ。ナレーションは映画「レッズ」(ウォーレン・ベイティ主演/監督:1981年)でアカデミー助演女優賞を受賞、現在も活躍中の女優モーリン・ステイプルトンが担当している。
絵本のイメージに近いセルアニメーションと、幻想的なペイントアニメーション技法――これらをミックスした映像により、カルサの物語が一段と引きたっている。
(林 さかな)
*(注)
カナダ国立映画庁(National Film Board of Canada: NFB)
1939年にカナダ政府によって設立された国営の映画製作スタジオ兼配給機関。特にドキュメンタリーとアニメーションの分野では米アカデミー賞の受賞をはじめ、国際的にも高い評価を受けている。アニメーション部門は1941年に創設。ノーマン・マクラレンに代表される映画史に残る作品をはじめ、作家の個性と技術を生かした芸術性の高い作品や、一つのテーマに沿ってユニセフや他の国々と共同制作を行った子供向けの作品など多彩な作品群で世界中に多くのファンを持つ。
ASIFA-JAPAN(国際アニメーションフィルム協会日本支部)大塚浩平
関連URL
▼NFBホームページ(カナダ:英語・仏語)
http://www.onf.ca/snowcat/
▼NFB作品紹介ホームページ(日本語)
http://www.adhoc.co.jp/nfb/
▼NFB作品内容・販売に関するお問い合わせは
koho@ka2.so-net.ne.jp (大塚)
★編集後記★
カルサの絵本は少し大人向けかもしれません。魂、心、そういうものを大事にしてもらっている気持ちを味わえます。(さ)
発 行 やまねこ翻訳クラブ http://www.yamaneko.org/
発行人 赤間美和子(やまねこ翻訳クラブ 会長)
企 画 河原まこ
編 集 林 さかな
編集協力 赤間美和子 大塚典子 河原まこ 菊池由美 須田直美 竹内みどり 舩江かおり 三緒由紀 SUGO ち〜ず
協 力 出版翻訳ネットワーク管理人 小野仙内
松井るり子 五頭和子 大塚浩平
・増刊号へのご意見・ご感想は mgzn@yamaneko.org までお願いします。
日本で出版されている作品の表紙画像は、出版社の許可を得て、掲載しています。
海外で出版されている作品の表紙画像は、 オンライン書店との契約に基づいて、掲載しています。
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