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やまねこ翻訳クラブ 資料室
野坂悦子さんインタビュー


『月刊児童文学翻訳』2000年7月号より一部転載

【野坂悦子(のざか えつこ) さん】

 東京都生まれ。早稲田大学第一文学部に進学し、英文学を専攻。1985年より5年間、オランダとフランスで暮らす。現在は、英語とオランダ語の児童書の翻訳を手がけている。主な訳書に『赤い糸のなぞ』(メインデルツ作/偕成社)、『ハンナのひみつの庭』(アネミー&マルフリート・ヘイマンス作/岩波書店)などがある。

Q★児童書に関わるお仕事をするようになったきっかけは何ですか。

A☆原点は、小学5年生のときに読んだC・S・ルイスの「ナルニア国ものがたり」シリーズかもしれません。自分の悩みに正面から答えてくれる作品だと感動したことを覚えています。それ以来、ナルニアはずっと気になる存在で、大学の卒論のテーマにも選びました。児童文学にはずっと興味があって、外資系船会社に就職してからも、絵本や童話関連の雑誌に投稿したり、翻訳学校の通信教育を受講したりしていました。そんなときに、日本の本を海外に紹介する出版エージェントの新聞広告を見つけ、私のしたい仕事はこれではないかと思って転職しました。

Q★オランダ語との出会いについてお聞かせください。

A☆そんなわけで、出版エージェントに勤めだしたのですが、1年も経たないうちに、夫の転勤でたまたまオランダへ行くことが決まったんです。大学の専攻も英語でしたし、オランダ語は全く知りませんでした。そのときの私のオランダに対するイメージといったら、風車に木靴の女の子くらい(笑)。オランダには2年8か月いまして、そのあいだに、育児と家事の合間をぬって勉強しました。


Q★オランダ児童書の翻訳をされるようになったきっかけは何ですか。

A☆オランダ生活の終わるころ、ハリエット・ヴァン・レーク作の"De Avonturen van Lena Lena"というおもしろい絵本を見つけたのがきっかけです。日本の友人に送ったところ、友人が出版社に持って行ってくれました。出版社も本を気に入ってくれて、オランダ語翻訳者がいないから野坂さんの訳でいきましょう、ということになって。1989年にフランスで娘を出産したのですが、邦訳出版された『レナレナ』(リブロポート)は、ちょうど病院のベッドの上で受け取りました。看護婦さんに「私が訳したのよ」なんて言って見せたんですよ。


Q★『レナレナ』の作者ハリエット・ヴァン・レークさんにお会いになったそうですが、そのときのエピソードをお聞かせください。

A☆1990年4月に、家族そろってハリエットさんのご自宅に伺いました。お宅ではなんと、私たちのためだけに人形劇をやってくださったんですよ。実はハリエットさんは人形劇のお仕事のほうが本業といってもいいくらいで、ご自分で劇団も持っていらっしゃるんです。家の一部が劇場スペースになっていて、とても驚きました。人形劇の内容はまさに『レナレナ』の世界そのもの。とても不思議なお話でした。


Q★オランダ滞在のあと、フランスにも2年半ほど住んでいらしたそうですが、フランス語ではなくオランダ語の翻訳を多く手がけていらっしゃる理由は何でしょうか。

A☆フランス語の翻訳は、私がやらなくても、他にもっとできる方がいらっしゃいますよね。最初はオランダ語に関しても、誰かがきっと始めるだろうと考えていました。けれども、ずっと待っていたのに誰も始めてくれなかったので、それなら私がと思ったんです。よく作家が「自分が読みたいものがないから書きだした」と答えることがありますが、私がオランダ語を始めたのも、翻訳を始めたのも、誰もやってくれなかったから、という部分が大きいのです。
 とはいえ、簡単に実現できたわけではありません。『第八森の子どもたち』(エルス・プロフレム作/福音館書店)を翻訳を始めたときは、まだ今ほど上達していませんでしたので、苦労しました。「仕事」にしなければ、きっとオランダ語の勉強も、続かなかったと思います。オランダの街を歩いていて、初めて字が読めたとき、意味がわかったときの喜びが原動力になっている気もします。


Q★オランダ語という手がける人が少ない言語でお仕事をされることで、デメリットを感じられることはありますか。

A☆最近は、オランダ語の翻訳をする方が増えてきましたが、それでもまだ少ないのが現状です。ですから、自分がこの本に向いていないと思っても、断りにくいことがあるかもしれないですね(笑)。ただ、例えばとても「重い」本でも、今までにない本だし、こんな本が必要な人もいるだろう、という判断がつけば、私はあえて訳します。
 デメリットでもないのですが、ここ数年、たまたま、訳した本の作家が日本に来ることが相次いでいまして、通訳やお話会のコーディネイトなどをよく頼まれるんですよね。オランダ人と触れあうことは勉強にもなるので、出ていくようにしています。


Q★金の石筆賞(※詳細は本誌2000年7月15日号<情報編>『世界の児童文学賞』参照)を3度受賞した作家エルス・ペルフロムさんに実際に会われたそうですが、そのときのエピソードをお聞かせください。

A☆1995年の夏にオランダ政府の援助を受けて、現地のオランダ図書館読書センター(NBLC)という研究機関にひと月ほど通ったことがあります。そのとき、ペルフロムさんの本を一度にまとめて読むことができまして、さらにご本人にインタビューする機会を得ました。
 インタビューはあまりお好きではないとのことでしたが、私が外国人でオランダ語を勉強していることから、承知してくださったようです。ペルフロムさんは、とてもゆっくりとわかりやすく話してくださる方でした。私が外国人だからかと思ったら、そうではなくて、お孫さんの話によると、だれにでもなんだそうです。児童書の作家は概して自分の言葉をわかりやすくしゃべることに長けている方が多いですよね。

Q★ペルフロムさんの作品について、どのような印象をお持ちですか。

A☆ペルフロムさんはいろんなものが書ける方で、『第八森の子どもたち』や"De eikelvreters"(どんぐり食い/未訳)のような、実体験をもとにしたリアリズムもあれば、『小さなソフィーとのっぽのパタパタ』(徳間書店)や"Drie Japies"(三人のヤピー達/未訳)のようなファンタジーもあります。"De olifantsberg"(象の山/未訳)や"Het onbegonnen feest"(始まらないパーティ/未訳)のような、動物寓話にも手腕を発揮しています。
 ただ、割合としては、ファンタジーが多いですね。ご自分でもおっしゃっていましたが、ファンタジーのほうが書きやすいんだそうです。たしかに、ペルフロムさんはひとつの世界を構築したら、そこにすっと入り込める方で、それを裏付ける描写力もあります。リアリズムの作品を書いていても、ファンタジーのムードを感じさせるんですよね。もうひとつの世界を感じさせるというか。現実に見える世界以外の別の世界を常に感じながら書いていらっしゃるのだと思います。
「小さなソフィーとのっぽのパタパタ」表紙

 リアリズムの作品が少ないことに関して、ペルフロムさんは「ひとつの思い出が物語になるまでに、私は時間がかかるタイプだから」とおっしゃっていました。たしかに『第八森』にしても、体験したのは10歳の頃ですが、実際に書きだしたのは41歳になってから。思い出が熟成して物語になるまでに、30年ほどかかっています。今どんな物語をあたためていらっしゃるのか、これからが楽しみです。今年の4月に日本にいらしていたので、その体験についても書いてくださるといいですね。

Q★『第八森の子どもたち』は長編ですし、訳されるのも大変だったと思います。苦労話などありましたらお聞かせください。

A☆この本は作者ペルフロムさんご自身の戦争体験をもとに、農村に疎開した少女ノーチェの日常をつづったものです。重い作品ではありますが、伝えたいことがバランスよく書けていて、私たちの知らない世界を映画のように見せてくれます。この本の翻訳はとても意義のある仕事だと思いました。
 実際の翻訳作業は、おっしゃる通り大変でした。1日に2ページ訳すのがやっとで、3ぺージ進むと「今日はたくさん訳せたな」という感じ。オランダ語のわからない編集者が原稿の突き合わせをするためにフランス語と英語のテキストも取り寄せていたのですが、これは、訳に困ったとき、発想を切り替えるヒントになりました。ようやくできあがったときは、達成感でいっぱいでしたね。そのあと、しばらく脱力感をおぼえましたが。

Q★ペルフロムさんの受賞作品のうち、まだ未訳のものがありますが、今後訳される予定はありますか。

 ペルフロムさんの金の石筆賞受賞3作品には、『第八森の子どもたち』と『小さなソフィーとのっぽのパタパタ』のほかに、"Deeikelvreters"(どんぐり食い)という未訳作品があります。このお話の舞台はスペインの市民戦争。ペルフロムさんがご主人に少年時代の話をしてもらって、それを忘れないように書き留めたものなんだそうです。大人の文学として読んでもおもしろくて、ご本人も、子どもの本というよりは大人の本、とおっしゃっています。他の2作品同様、すばらしい作品だと思うのですが、私はスペインをよく知らないので、まだ訳す素地ができていないと思っています。


Q★野坂さんは、シリアスな作品だけではなく、ユーモアに満ちた作品もお好きなようですね。

A☆ユーモア路線は、私の地です(笑)。ナンセンスなおかしさでいっぱいの絵本『動物たちのひとりごと』(イダ・ファン・ベルクム作/あすなろ書房)は、まさに私の好み。等身大で訳せました。
 それと、俳句をやっていたこともあって、言葉遊びなど、文章のリズムを作っていくのは好きですね。絵本の翻訳は特に楽しみながらできる仕事です。


Q★オランダの作品をたくさん翻訳されているなかで、何か共通する特色のようなものは感じますか。

A☆オランダの児童書は、ナンセンスで不思議な雰囲気の絵本『レナレナ』のような、冒険的作品がわりあい多いかもしれません。作品に芸術的なおもしろさや新しさがあると、財団や国から資金援助を受けられるので、非常に個性的な本でも出しやすいんです。また、その一方で、ブルーナの「ミッフィー(うさこちゃん)」シリーズのように、オーソドックスな絵本も親から子、子から孫へと読み継がれています。そういえば、夜寝る前の読み聞かせは日本よりさかんで、しかも読むのはお父さんの役目というのが比較的定着しているんですよ。そんなふうですから、児童文学に対する社会的な関心は、少しずつ高まっています。日本の現状と比べると、生活にゆとりがある分、子どもに目を向ける時間があって、本も大切に読まれている気がします。


Q★本の読まれ方、読ませ方で、オランダと日本ではちがう点がありそうですね。

A☆そうですね。オランダでは、子どもに本を読んでもらおうという活動と、本を売ろうとする活動が、活発に行われています。たとえば、「子どもの本の週間」という読書を奨励するキャンペーンがオランダにはあります。その期間はほとんど毎日のように、作家が依頼に応じて、児童書店や学校など読者の前で、直接話をするんです。作家が学校などに赴くのは、オランダでは珍しいことではありません。これは人口1500万人で九州と同じくらいの面積、という地理的条件も働いていると思います。作家とのアポをアレンジする機関までちゃんとあります。そんなわけで、オランダでは、読者と作家との距離がわりと近いんです。
 読書に関しては、公共図書館が日本に比べてかなり積極的な役割を担っていると思います。オランダでは公共図書館を利用する際にはお金を払って会員にならなければいけないのですが、子どもたちの場合、学校の先生につれられて、クラス単位でそろって会員になることも少なくありません。オランダには原則的には学校図書館がないので、そうやって公共図書館で本を借りるということを子どもに習慣づける先生もいます。また、図書館館員は、親や教師に本の紹介をしたり、読み聞かせの指導をしたりします。頼まれればどこにでも教えに行くんですよ。図書館独自の活動もさかんで、たとえば、創作コンテストを開くこともあります。読むだけでなく、書くほうにも目を開かせようというわけです。


Q★本に関して子どもが選ぶ賞があるそうですね。

A☆オランダの主な文学賞には、「金の石筆賞」や「銀の石筆賞」など、大人の審査員が選ぶ賞の他に、「オランダ子ども審査団」が選ぶ賞というのがあります。子どもたちが、子どもの顔のマークが印刷されている賞の候補作品の中から、気に入った本を5冊選びます。それを書店などに備え付けられているアンケート用紙に記入して出す。それで、人気投票を行うんです。毎年何万という子どもたちが参加していて、その数は年々増えています。
 大人が選ぶ作品と子どもが選ぶ作品とで、ちがいが出てくるのはおもしろいですね。例えば、カリー・スレーという作家。この方はエンターテイメント系の作品を書いていて、子ども審査団の賞では常連なのですが、金の石筆賞を受賞したことはありません。ところが、スレーはソフィー・ミローの名前で文学性の高い作品も書いていて、ミローの作品では、大人の審査団が選ぶ賞を受けているんですよ。


Q★最後に、翻訳家をめざしている読者にアドバイスをお願いします。

A☆こういうタイプの本が好きとか、こういう文体だとうまくいくとか、自分の好みをある程度把握して、それに合った作品を見つけるといいと思います。あとはひたすら読んで、探すだけですね。大事なのは、夢を捨てないこと。私も10年後に本が出ればいいなと、翻訳を始めました。それが、思いがけず早く出た、という形です。夢や希望を長いスタンスで持ち続けてください。


★野坂さんの今後の出版予定★

 英語からの翻訳作品では、絵本『火にきをつけて、ドラゴンくん』(ジーン・ペンジウォル文/マルティーヌ・グルボー絵/PHP研究所)が8月に、読み物『四つの小さな石(仮題)』(リラ・パール&マリオン・ブルーメンタール・ラーザン作/あすなろ書房)が年内に出版されます。また、オランダ語からの翻訳作品では、絵本『フィーンチェとフェルナンデスさん(仮題)』(ペッチイ・バックス作/BL出版)がおそらく年末に、絵本『わらって、リッキ』(ヒド・ファン・ヘネヒテン作/フレーベル館)が2001年1月に出ます。ほかにも何冊か企画が進行しているそうです。楽しみですね。

インタビュアー : 田中亜希子

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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