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平野卿子さんインタビュー


『月刊児童文学翻訳』2001年7月号より一部転載

 平野卿子さんインタビュー
ロングバージョン

【平野卿子さん】

 横浜生まれ。お茶の水女子大学卒業後、ドイツのテュービンゲン大学に留学。帰国後は都立大学大学院でドイツ文学を専攻。翻訳作品には「金ぱつフランツ」シリーズ(クリスティーネ・ネストリンガー作/偕成社)や『クレイジー』(ベンンヤミン・レーベルト著/文藝春秋)といったドイツの児童書や一般書のほかに「アボンリーへの道」シリーズ(金の星社)などの英米の本もある。  

Q★ドイツ語の勉強はいつから始められたのですか?

A☆本格的に始めたのは、ドイツに留学してからです。もともとイタリア語を勉強していたのですが、ドイツに住んでいる友人の話を聞いてあこがれを抱くようになり、2年間ドイツに留学しました。
Q★翻訳の道に進まれたきっかけは何ですか?

A☆1985年に再びドイツを訪れたとき、たちよった本屋さんで、その年のドイツ児童文学賞を受賞した "Sonntagskind" (日曜日の子ども)という作品を店員さんに勧められました。帰りの飛行機の中で読んだのですが、とても素晴らしい内容で、本当にびっくりしました。そのとき初めて、こんな作品を翻訳してみたい、と思ったんです。残念ながら、その本はすでに翻訳がきまっていて、私が手掛けることはできなかったのですが(※)、その後、偶然ある方から児童書の翻訳をしませんかとのお誘いがあり、それがきっかけで『もじゃもじゃあたまのかいぞくたち』(マルグレート・レティッヒ作/はまだようこ絵)という訳書が金の星社から出ました。

 ところで、わたしが翻訳の道に進むきっかけとなった作品 "Sonntagskind" には、後日談があります。あるとき、講談社から「絶版になっているとてもいい作品があるので、新訳をされる気はありませんか」というお話をいただきました。それが、なんと "Sonntagskind" だったのです。改めてこの作品との深い縁を感じましたね。1995年、私はこの作品『日曜日だけのママ』(グードルン・メブス作/ベルナー絵/講談社)を訳すことができました。作品と出会ってから10年後のことでした。
「日曜日だけのママ」表紙
『日曜日だけのママ』
講談社青い鳥文庫
1997年発行 本体670円

Q★その後はどのようにお仕事がつづいていったのでしょうか?

A☆出版社から連絡をいただいたり、自分からもこれはという作品を持ち込んだりしながら、仕事を広げていきました。2冊目の訳書のときは、ラッキーなことに、最初に訳した『もじゃもじゃあたまのかいぞくたち』を読んでくださった文研出版の編集者から、すぐに連絡がきてお仕事をいただきました。それが、『しあわせはこぶハッピッピ』(J・リヒター作/小松修絵/文研出版)です。リヒターはこれがデビュー作ですが、今ではドイツ児童文学界の重要な作家です。昨年はハーメルン文学賞を取り、今年はドイツ児童文学賞とユネスコ児童文学賞にそれぞれ別の作品でノミネートされています。感慨深いものがあります。
Q★ドイツの児童書には、どんな特徴があると思われますか?

A☆まず、長いものが多いですね(笑)。ドイツの子どもは長いものが好きなようです。最近は海外の市場を考えて、短くなりつつあるようですが。

 それと、内容がシリアスで、哲学的なものが多いです。内面を深く掘り下げる、現実を直視する、という傾向があります。だから、どうしても重くなりがちですが、子どもにおもねることなく、読み応えのある作品が多いですね。 そういえば、ドイツの代表的な作家のひとり、ペーター・ヘルトリングの作品も、ドイツ社会を反映して暗くなりましたね。以前はテーマが重くても、どこかユーモアがあり、救いがありました。それが、『ぼくは松葉杖のおじさんと会った』(上田真而子訳/偕成社/1988年)くらいからはっきり暗くなりました。ヘルトリングという作家はとても真摯な姿勢で作品にたちむかうので、社会の変化をもろにうけとめるんでしょうね。むろん、暗くても、いい作品はたくさんありますが……。
Q★ノンフィクションや児童書など、幅広い分野でご活躍されていますが、作品はご自分で見つけられているのでしょうか。

A☆出版社から本を渡される場合と、自分で出版社に持ち込む場合と、割合は半々です。英語の本では、訳者はリーディングが済んでいる本を渡されて、翻訳作業からスタートする場合が多々あるようですが、ドイツ語の本では、それはほとんどありません。編集者でドイツ語を読める人が少ないので、たいていはリーディングから任されます。そんなわけで、私の傍らには常にリーディング待ちの本が積んである状態です(笑)。また逆に、出版社側から「いい本はありませんか」ときかれることも多いですね。ドイツ語の本の情報は、英語の本と比べるとずっと少ないですから。それで、こちらからも持ち込んだり、情報を提供したりしています。

 紹介する本は、ほとんど書評かインターネットでみつけます。ジャンルはとくに決めていません。本を選ぶときの決め手はひとつ。「それが訳すに値するかどうか」。日本人には書けない作品、日本では生まれない作品というのが、わたしにとって選書の重要なポイントです。
Q★児童書と一般書、どちらかに多く比重を置いているということはありますか?

A☆最近、私は児童書より一般書のほうが多いんです。イリーナ・コルシュノウという作家をご存じでしょうか(※)。彼女はもともと一般書の作家なのですが、児童書でも優れた作品をいくつも発表しています。そもそも彼女が児童書を書いたきっかけは、自分の子どもにいい本を与えたいという思いからだった、というんですね。私の気持ちもいくらかそれに通じるものがあります。私も、自分の訳書を子どもがずっと読んでくれていましたので、子どもが大きくなって児童書を読まなくなってくると、自分もなんとなく一般書のほうに目が向いて……。とはいえ、児童書は大好きですので、今後も訳していきたいと思っています。

※編集部注:イリーナ・コルシュノウ…『小さなペルツ』(酒寄進一訳・講談社)、『みなしごギツネ』(ベネッセ・コーポレーション)など、児童書を多数書いている。
Q★児童書を訳されるときに、特に気をつけている点を教えてください。

A☆どこまでわかりやすくするかでいつも悩みます。児童書では、子どもがわかるような言葉を選ぶようにしていますが、かといって、現在その子が持っているボキャブラリーに完全に合わせることもないと思うんです。わからない言葉も、それなりに学んで読むものですからね。その境界線でいつも悩みます。

 漢字に関しては、自分のこだわりたいところだけ先に伝えて、あとは編集者にお任せしています。
「光の子がおりてきた」表紙
『光の子がおりてきた』
金の星社
2000年発行 本体1200円
Q★『光の子がおりてきた』(ポーラ・フォックス作/葉祥明絵/金の星社)が2001年5月5日に発表になったサンケイ児童出版文化賞推薦に選ばれたそうですね。この本は英語の本ですが、どのような経緯で訳されることになったのですか?

A☆金の星社からお話がありました。この本は、ダウン症の弟ジェイコブを「受け入れられない」兄ポールの成長を描いた物語です。読んでまっさきに感じたのは「厳しい物語だな」ということでした。親だから、きょうだいだからといって、障害者の家族を、無条件にすんなり受け入れられるとはかぎりません。この本は、障害者の弟を受け入れられない兄という、厳しいひとつの現実を描いているんですよね。また、障害者の立場だけでなく、ポールの孤独や疎外感にもスポットをあて、受け入れられないという現実に対して、作者はある程度の肯定を示しています。障害者の家族に対するある種のエールといえるのかもしれません。障害者を描く本としては、これまでにない描き方なのではないでしょうか。重いテーマですが、それだけに作者の力量を感じさせます。最後には希望の兆しもみえ、とてもリアリティーのある感動的な作品だと思いました。

Q★今後のご予定をお聞かせください。

A☆児童書はこれから2冊出ます。2001年8月に『耳をすませば(仮題)』(エルケ・ハイデンライヒ文・ベルント・プファー絵/講談社)、10月に『王女さまは4時におみえになる』(ヴォルフディートリヒ・シュヌレ文/ロートラウト・ズザンネ・ベルナー絵/偕成社)が、それぞれ刊行予定です。『耳をすませば』は『見えない道のむこうへ』(クヴィント・ブーフホルツ作/講談社)のように、子どもから大人まで楽しめる作品です。何度読み返しても、胸がいっぱいになる、そんなお話です。『王女さま〜』のほうはとにかく個性的な作品で、強烈な魅力を感じました。作者はドイツ文学界で最高の名誉とされるビューヒナー賞を受賞した大作家で、絵を描いているベルナーさんは2000年の国際アンデルセン賞にノミネートされるなど、現在注目の画家です。この本は今年のドイツ児童文学賞にノミネートされています。
Q★最後に、文芸翻訳家を目指している読者のみなさんに、ひとことお願いします。

A☆翻訳をするうえで語学力は前提条件で、一番大事なのは日本語の表現力だ、とよくいわれますよね。わたしもそう思った時期がありました。でも、翻訳を続けてきた結果、わたしはまさに逆だと思うようになりました。日本語の表現力は最低条件かつ前提条件であって、決め手はやはり語学力ではないかと。いいかえれば、外国語はそれほどむずかしいということです。原文を深くきちんと理解できれば、自然な日本語が出てくるものではないでしょうか。これから文芸翻訳家をめざすみなさんは、ご自分の専門とされる語学の勉強にまず力を入れられるといいと思います。
※編集部注:平野卿子さんの「卿」の字は正式な表記ではありません。本来のお名前の漢字がテキスト表示できないものであったため、便宜上、似ている漢字に差し替えさせていただきました。ご了承ください。
    
取材・文:田中亜希子

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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