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やまねこ翻訳クラブ 資料室
西本かおる さん インタビュー

ロングバージョン

『月刊児童文学翻訳』2017年3月号より一部転載


 今回ご登場いただくのは、2014年のやまねこ賞読み物部門大賞に輝いた『ルーシー変奏曲』(サラ・ザール作/小学館)の翻訳者である、 西本かおるさんです。翻訳者になるまでの経緯から、実際の翻訳作業、手掛けられた作品にまつわるエピソードまで、貴重なお話をたくさん お聞かせいただきました。ご多忙な中、快くインタビューをお受けくださった西本さんに、心から感謝いたします。


【西本 かおる(にしもと かおる)さん】

 東京外国語大学フランス語学科卒。2002年、『アリスの眠り』(マギー・オファーレル作/世界文化社)で翻訳家デビュー。絵本、児童書から一般書まで、幅広く翻訳を手掛ける。 訳書に、『バレエものがたり』(スザンナ・デイヴィッドソン、ケイティ・デインズ再話/アリーダ・マッサーリ絵/小学館)、『賢者の贈りもの(オー・ヘンリー作/ポプラ社)など。 最新刊は『骨董通りの幽霊省』(アレックス・シアラー作/金原瑞人共訳/竹書房)。東京都在住。


【西本 かおる さん 作品リスト】

http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/knishimo.htm

『骨董通りの幽霊省』表紙画像

『骨董通りの幽霊省』
アレックス・シアラー作
金原瑞人:共訳
竹書房


 


Q: 子どものころはどのような本がお好きでしたか? また、強く印象に残っている作品があれば教えてください。
A: 子どものころ、福音館書店の「こどものとも」を10年ほど定期購読していて、なにかと影響を受けたと感じています。バックナンバーを調べたら、2歳の年の配本でもよく覚えている作品がいくつもありました。特に好きだったのが、スロバキア民話の『12のつきのおくりもの』(内田莉莎子再話/丸木俊絵/福音館書店)。最近図書館で見つけて、懐かしくて涙が出そうになりました。ストーリーも好きでしたが、色彩がとてもきれいなんです。これが、最初に好きになった外国の物語ということになると思います。


Q: 英語に興味をもったきっかけ、翻訳者になろうと思われたきっかけは何ですか?
A: 小学校のころ、外国の物語を読むのが好きで、英語にあこがれがありました。中学、高校のころは英語が得意科目で、文章を書くのも得意だったので、翻訳の仕事が向いているかもしれないと思ったこともあります。大学卒業後は商社に就職し、主にアメリカの取引先とのコミュニケーションを担当して、毎日英語に触れていました。社内で契約書、技術文書などの翻訳も手掛けました。8年勤めたのち独立し、フリーランスで3年ほど実務翻訳をしていましたが、専門的な文書よりもっとおもしろいものを訳したくて、文芸翻訳をやりたいと思うようになりました。


Q: 文芸翻訳の勉強はどのようにされたのですか?
A: 当初から児童文学、YAを訳したいと思っていたので、翻訳家の金原瑞人先生の講座を1年間受講しました。講座では月2回の翻訳の課題と、月1回のシノプシスの課題があり、文芸翻訳の基本を学びました。その後は、リーディング、原文との突き合わせ、下訳などをして、経験を積みました。


Q: 翻訳者デビューのきっかけについて教えてください。
A: 講座で、提供された原書の中から1冊選び、シノプシスを作成する課題がありました。そのシノプシスを知り合いの編集者を通じて出版社に持ち込んだのがきっかけです。これが『アリスの眠り』で、デビュー作となりました。


Q: デビュー以降、絵本から一般書まで幅広く手掛けていらっしゃいますが、ご自身ではどんなジャンルの作品がお好きですか?
A: 一般書より子どものもののほうが得意ですが、絵本、児童書、YAの中でのこだわりは特にないですね。ジャンルより、作品自体が気に入ったものを訳したいです。


Q: 児童書の翻訳で、特に気をつけているのは、どういったことでしょうか?
A: 中1のころ、課題図書だった1冊の本が読みにくかったのがきっかけで、本が嫌いになってしまいました。それまでは読書が好きで、どんな本でもすいすい読んでいたので、戸惑いが大きくて、その本を途中でやめてほかの本を読めばいいと気づかなかったんだと思います。それで中学時代はほとんど本を読みませんでした。実際に同じような経験をする子どもも多いと思うので、貴重な経験をしたのかもしれません。そんなことから、自分の訳した本がきっかけで子どもたちが本嫌いにならないようにしたいと思っています。原書は難しくないのに訳書が難しくなっていたら、それは翻訳者の責任ですよね。読みやすければいいというものでもないので、なかなか難しいですけど。


Q: 読み物の翻訳期間はどのくらいですか?
A: 翻訳のペースについては特に決めていなくて一概には言えませんが、たとえば昨年末に刊行された『骨董通りの幽霊省』は、原書が約250ページの作品で、2か月くらいかかりました。


Q: 翻訳されるときの手順について教えてください。
A: 原文をパソコンの画面で見られるように、できるかぎり電子版を手に入れます。その上で、訳すときは画面を上下に2分割して、上段の原文を見ながら、下段で訳文を作成します。チェックするときは、左右に2分割です。翻訳作業は、自宅で行っています。やっぱり自宅がいちばん集中できますね。1日のタイムスケジュールは特に決めていません。


Q: これまでに出版された本は、持ち込みと、出版社からの依頼と、どちらが多いですか?
A: 持ち込みで本になったのは、デビュー作『アリスの眠り』と昨年秋に出た『レイン 雨を抱きしめて』(アン・M・マーティン作/小峰書店 ※本誌今月号「プロに訊く連動レビュー」を参照のこと)の2冊です。編集者からの依頼で訳すことが多かったのですが、2年前くらいからもっと自分でも本を選んで持ち込もうと思うようになり、サンフランシスコに本探しの旅に行きました。そのときに出会った本の訳書が、今年刊行される予定です。



Q: 西本さんが訳された『ルーシー変奏曲』は、2014年のやまねこ賞で読み物部門の大賞を受賞しました。この作品の翻訳についてエピソードなどありましたら教えてください。

『ルーシー変奏曲』表紙絵

『ルーシー変奏曲』
サラ・ザール作/小学館

A: この作品はリーディングがきっかけです。訳す際には長くやっていたピアノの経験が役立ちました。得意なもの、身近なものは、自然に訳文が浮かんでくるんですよね。作中に細かい描写が出てくるサンフランシスコの街は、訳した当時あまり詳しくなくて、Google マップのストリートビューを利用して調べました。後に訪れて街歩きをした時、なるほどと納得しました。また、やまねこ賞をいただいたこともうれしかったのですが、第26回(2014年度)読書感想画中央コンクール(公式ウェブサイト)の課題図書に選ばれて、訳者として授賞式に招かれたのもうれしいできごとでした。入賞した3人の学生さんに会い、この物語のイメージがちりばめられた素晴らしい作品に触れて、とても感動しました。優秀賞に輝いた絵はカレンダーになっていて、今も机のそばに貼ってあります。



Q: 『レイン 雨を抱きしめて』について伺います。はじめに、持ち込みの経緯をお聞かせください。
A: 原書を読んでいる最中からぐいぐい引き込まれ、夢中になりました。持ち込みしたいと強く感じた、思い入れのある作品です。読んでいて主人公の淡々とした語り口が自然と入ってくるような感覚で、情景が浮かびました。出版社に持ち込んだ当日に、編集者から前向きな返事をいただきました。


 

『レイン 雨を抱きしめて』表紙画像

『レイン 雨を抱きしめて』
アン・M・マーティン作
小峰書店

Q: タイトルはどのようにして決められたのですか?
A:編集者が決めて、自分でも気に入りました。
 
Q: 表紙の絵が印象的ですが、原書の絵とはちがうのですよね?
A: そうですね、タイトルと同様に、編集者にお任せしたのですが、とてもいいと思いました。原書の絵を使うという話はありませんでした。


Q: 本作はアスペルガー症候群の少女の一人称で綴られ、文体に特徴があります。その語り口について、訳す上で工夫されたことや、苦労されたことはありますか?
A: 原文が読みやすく、シンプルだったので、感じたままに訳し、それほど苦労することはなかったです。語り口についてはあまり意識しませんでした。ただ、主人公のローズはおしゃべりでお転婆な女の子ではないため、口調が弾んだ感じにはならないように気をつけました。


Q: ローズのキャラクター造形は、どのように決まっていったのでしょうか? 他の作品や映画などから参考にしたモデル、あるいは自然と頭に浮かんだモデルなどが具体的にありましたか?
A: モデルはいません。顔も特にイメージしませんでした。いつも、モデルは作らずに訳しています。イメージすると、どうしてもそれに引っ張られてしまいますよね。原文に集中し、原文から感じるままの印象で訳すようにしています。


Q: この作品を訳すにあたって、アスペルガー症候群についての調査はどのようになさったのでしょうか?
A: アスペルガー症候群といっても症状はひとりひとり違うので、あえて一般的な傾向を把握する程度にとどめました。原文でわかりやすく書かれているので、それをそのまま訳しました。 コミュニケーションの難しさ、自分のこだわりと周囲との折り合いのつけ方などは、障害のあるなしにかかわらず、誰でも抱えている普遍的な問題だと思います。


Q: 作中に同音異義語がたくさん出てきますが、翻訳する上で難しかったこと、工夫されたことを教えてください。
A: 同音異義語が好きなのはローズの特徴ですが、アルファベットを縦書きで載せるのはやめようと決めたので、難しい言葉やなじみのない言葉など、省略したり、変えたりしたところもあります。 同音異義語を減らす代わりに、ローズが同じように興味を持っている素数に置き換えることもしました。


Q: 犬を飼っていらっしゃるそうですが、犬のレインの描写など、翻訳で役立ったことなどはありますか?
A: 犬が好きだからこそ、自然に行間を読み取れるようなところはありました。犬好きな人が読んだ時、原文と同じレベルでそれが伝わる訳文にしたいと思いました。


Q: この作品でいちばん印象に残っている場面、好きな場面はどこでしょうか?
A: 好きな場面のひとつは、ローズが通う学校の教室に、飼い犬のレインがまぎれこんでくるところです。ローズはそれまで友だちとうまくいっていませんでしたが、 この出来事をきっかけにコミュニケーションが進み、周りと打ち解けました。わたし自身も犬を連れていると公園などで知らない人から声をかけられることがあり、ローズの体験が実感としてわかります。


Q: 好きな登場人物はいますか?
A: 登場人物では、ローズのお父さんが印象に残りました。子どもの目から見たら、いじわるで怖いお父さんという感想を持つかもしれませんが、その人生を考えると、大人の読者から見ても納得のいく、 厚みのあるキャラクターとして描かれていると思います。


Q: 何か作品に対する反響はありましたか?
A: 出版後、自閉症のご家族を持つ知り合いに本をお渡ししたところ、とてもリアルで、フィクションだということを忘れて読みましたというご感想をいただいて、感激しました。


Q: 今後の出版予定について教えてください。
A: 昨年末に刊行された『骨董通りの幽霊省』に続き、アレックス・シアラーの作品が6月に求龍堂から金原先生との共訳で刊行される予定です。父親を海で亡くした少年の成長と癒しの物語で、仮題は『海とぼくとガラスの封筒』。刊行前に作品のパイロット版(試作版)を配って読者の意見をきくことになっていて、その反響によっては邦題が変わるかもしれません。その他に2冊の刊行がほぼ決まっています。うち1冊は、サンフランシスコの本探しの旅で見つけた作品で、犬が主人公の児童書です。


Q: 今後やってみたいことや、訳してみたい作品についてお聞かせください。
A: 犬やピアノに関わる本など、得意な分野の本、自分に向いている本を訳したいですね。翻訳家としてめざしているのは、翻訳ものだと意識せずに読めるような、訳者の存在を感じさせないような訳です。作品のなかでは、なるべく目立たない、黒子のような存在でいたいと思っています。


Q: 最後に、児童文学の翻訳学習者へのアドバイスをお願いします。
A: 子どものころから本が大好きだった方が多いと思いますが、1冊の本がきっかけで本嫌いになったり、翻訳ものに苦手意識を持ったりする子もいることを知ってほしいと思います。 訳文に関していえば、特に初心者の場合、見直すと余分な言葉が見つかることが多いので、いらない言葉はないかという視点で訳文を見るのがおすすめです。また、文法に忠実であることは大切です。難しいと感じたところは、 文法的に読み取れていない場合が多いんですよね。受験英語も役に立つことがあると感じています。文法が弱いと思ったら、文法の勉強をやり直すのが早道かもしれません。





 ひとつひとつの質問に、穏やかな口調で、ていねいに答えてくださった西本さん。「1冊の本がきっかけで本嫌いになることもある」という言葉にはドキッとしながら、背筋が伸びる思いでした。 作品や作者に対してはもちろん、その本を手に取る読者に対して誠実に向き合うとはどういうことなのか。インタビューを通じ、翻訳者として大切な姿勢を教えていただいたように思います。

インタビュアー:平野麻紗
2017-03-15作成

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています

 

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