Q★スペイン語を学び始めたきっかけは何ですか?
A☆高校生の時から英語が好きだったのですが、大学では何か違った言葉を学ぼうと決めていました。スペイン語を選んだのは、話されている国が多くておもしろそうと思ったからというだけで、大学に入った時点ではほかに何の理由も基礎知識もありませんでした。
Q★スペイン児童文学の翻訳に関わるようになった経緯を教えてください。
A☆翻訳という仕事には中高生の頃からずっと憧れていました。でも、社会に出てみたいという気持ちが強く、本も好きだったので出版社に就職したんです。いつかは翻訳家に、というのはいつも心にありました。
実は、大学時代は現代女流作家をテーマに卒論を書きましたが、日本でのこのジャンルの門戸は狭く、翻訳家としてスタートするには児童書の方がきっかけをつかめそうだと考えました。そこで、まだ出版社に勤めていた頃、スペインに旅行に行ったときに、マドリードの本屋で店員さんにたずねて、よく売れ、よく読まれている児童書を10冊ほど買ったんです。その後、おもしろいと思った作家の他の作品をとりよせて読むようになりました。
29歳の時に出産のために会社を辞め、1年くらいした頃、翻訳家になりたいのなら、子育てが一段落するのを待つのではなく、やっぱり今始めなければならないのではないか、という思いがつのって、原書を訳すなど独学で勉強を始めました。この時、出版社時代の知り合いに相談したところ、スペイン語のリーディングの仕事や児童書の校正の仕事を紹介してくれました。
Q★デビュー作『アドリア海の奇跡』は、どのようにして出会われたのでしょうか?
A☆リーディングの仕事を始めて3年目ぐらいに、翻訳もしてみないかといただいた仕事でした。ジズベルトはスペインでは人気がありますし、先ほどお話したマドリードで買った10冊のうちで、最も魅かれた作品の作者でもありました。 実際訳してみると難しいことがいろいろあって、編集の方にだいぶお世話になりました。何度も推敲を繰り返しましたが、大変だった分、出版された時は本当にうれしかったです。
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Q★この作品の翻訳にあたり、スペインで著者のジズベルトさんにお会いになったそうですが、何かエピソードがありましたら教えてください。
A☆ジズベルトには、『アドリア海〜』の出版前の1994年、翻訳が一通り終わったときに、編集の方に連絡を取ってもらい、バルセロナで会いました。サグラダ・ファミリアを案内され、塔の上まで一緒に登ったのですが、「これは垂直方向に広がっている迷宮だ。あらゆる角度で、いろんな視点でものを見られる。自分もそういう風に物語を書いていきたい」と言っていたのが印象に残っています。
スペインの児童文学では評価の定まった方なので、初めは雲の上の人と会っているような気分でしたが、その後何度かお会いしてからは、気さくにいろいろなことを教えてくれる友達のような人になりました。
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Q★デビュー作以降のお仕事について教えてください。
A☆1994年以降、児童文学賞受賞作などを集中して読み、1995年頃から、気に入った作品のシノプシスや部分訳などを作って、出版社に持ち込むようになりました。その中では『ビクトルの新聞記者大作戦』(ジョルディ・シエラ・イ・ファブラ著/国土社)が出版されました。また、『アドリア海〜』の日本での出版をとても喜んでいたジズベルトからいただいた著書のうち、気に入って出版社に持ち込んだ中の一冊が、『イスカンダルと伝説の庭園』でした。
それとは逆に、持ち込んだ原稿は採用されなかったものの、出版社から紹介されて翻訳したものもあります。『まどをひらけば』もその一つです。出版社はブックフェアでこの本を見つけ、スペイン語の翻訳家をちょうど探しているところでした。
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Q★翻訳にあたって特に苦労なさったことはありますか? 例えば『アドリア海〜』の舞台はクロアチアですが、人名などは難しくありませんでしたか?
A☆『アドリア海〜』に出てくる名前は、ジズベルトにスペイン語としての発音を確認して訳しました。発音以外にも、文章で分からないところは、具体的に絵を描いてもらうなどして、私が言葉から得るイメージは、本当に作家が書いたものと同じなのか、しっかり確認しました。
『イスカンダル〜』に出てくる庭園の花の中には、西和辞典に出ていないものもありました。また、よく知っている花でも、スペイン人と日本人では抱くイメージが違うかもしれません。訳注で説明するのはできるだけ避けたかったので、とても苦労しました。
Q★宇野さんの作品のタイトルは原題の直訳ではないものが多いですが、随分頭をひ
ねられてるのではないでしょうか?
A☆ 編集の方と一緒に決めますが、いつも苦心しています。『かちんこちんのムニア』の原題は『ムニアとPiltroneraさん』(Piltroneraは作者の造語で、一般のスペイン人には意味不明な語)ですが、そのままではよく分かりません。それで、本文に「心がかちんこちんになる」という表現があり、これが物語の主題だったので、編集者の方の提案でこのようになりました。 |
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『アドリア海の奇跡』の原題は『アドリア海のタリスマン』(タリスマンとは不思議な力のあるものという意味)ですが、日本人にはあまり耳慣れませんよね。錬金術師をタイトルにしたら、と作者のジズベルトはおっしゃいましたが、これも子どもには難しい言葉で、結局「奇跡」にしました。
『イスカンダルと伝説の庭園』の原題は『建築家とアラビアの王』でした。建築家の名前がイスカンダルなのですが、これを見ると私たちの世代はあるアニメを思い出しませんか?(笑)その辺も少し頭にありました。
Q★現在バルセロナに留学中だそうですが、その経緯を教えてください。
A☆大学生の頃からずっと留学したいと思っていたのですが、その頃にはまだ勇気がなくて、できませんでした。旅行には何度か行ったのですが、翻訳を仕事とするようになると、住んでみてじかに感じてみたいと思うことがいろいろとありました。それでスペイン政府奨学生制度を調べてみました。外国人向けの語学コースはいろいろありましたが、やはり児童文学の勉強をと思い、児童文学の研究者3名の連絡先をスペインのサラマンカにある児童書センターに問い合わせて、直接連絡をとった結果、バルセロナ自治大学の教授のもとで学ぶことに決めました。行き先が決まってからスペイン政府の奨学金を申し込み、幸い得ることができました。
スペインには3人の子も連れていっています。留学前に子どもの学校を調べ、その前の年から留学していた大学の後輩に一緒に暮らしてくれるよう頼むなど、日本の家族が心配しないよう、事前にできるだけの段取りをつけました。留学期間は2年間の予定ですので、あと残り1年です。
Q★翻訳の時間はどのようにやりくりなさっていますか?
A☆子どもがとても小さいうちは、夜泣きで中断して、何もできないまま朝になったりと、時間の工面は本当に大変でした。うまく時間が作れるようになったのは、子どもたちが保育園に入ってからです。今は子どもたちが学校に行っている日中に仕事ができます。現在は夏休みなので、子どもたちが寝て、片づけのすんだ夜11時頃からしか集中してできませんが。
Q★スペイン児童文学の全般的な印象はいかがですか?
A☆児童書が数多く出版されるようになったのは1980年代からですし、オリジナルの
絵本の点数は非常に限られています。現在では、読み物の点数はかなりありますが、
当たり前のことながら、いいな、と思える作品にはなかなか出会えません。
それでも読んでいけば、必ずいい作品にめぐり逢えると思っています。英米のもの
にはない、独自のよさを持った作品を見つけて紹介し、また一味違った読書の楽しみ
や満足感を感じてもらえれば、翻訳家としてとてもうれしいです。
Q★スペインの児童書の新作やお薦めの本の情報はどのように入手されていますか?
A☆主に“CLIJ”という月刊誌です。スペインの児童文学専門誌で、評論や毎月の新刊紹介、月によって前年度の児童文学賞受賞作リストや評論などが載ります。それと、ヘルマン・サンチェス・ルイペレス財団という、スペイン唯一の児童書センターが北西部の町、サラマンカにあり、そのサイトでリファレンスを利用しています(※)。
※参考
ヘルマン・サンチェス・ルイペレス財団(Fundacion
German Sanchez Ruiperez)
ホームページアドレス:http://www.fundaciongsr.es
月刊誌“CLIJ”定期購読申込先
出版社:Editorial Torre de Papel, S.L. revistaclij@racclub.net
(年間購読料は航空便で年間190米ドル、航空便書留で200米ドル)
Q★今スペインでお薦めの作家を教えていただけますか?
A☆今後紹介したい作家は、ロサ・モンテロといって、ジャーナリストですが、児童書も出している作家です。ジズベルトの作品ももっと紹介したいですね。それと、アンドレウ・マルティンとジャウマ・リベラの共作の、フラナガン少年のシリーズもお薦めです。これは、日本で言えば金田一少年のような(笑)、探偵ごっこをする高校生の話です。スペインでは今のところ、シリーズで4作品ほどが出版されていて、地元の中高校生にとても人気があります。
Q★今後のお仕事のご予定について教えてください。
A☆既に翻訳を終えていますが、行路社から『時と約束』(仮題)という、児童向けの歴史小説が出る予定です。スペインを代表する児童文学者、ロペス・ナルバエスの作品で、舞台は1492年の地方都市ビトリア。国王がキリスト教を基盤にした統一国家をめざし、異教徒を国外へ排除、そんな社会の中でのユダヤ教徒、キリスト教徒、そして親が隠れユダヤ教徒の少年3人の物語です。
それと、『読書へのアニマシオン 75の戦略』という本が、柏書房から共訳の形で出版される予定です。「アニマシオン」とは、本を使った遊び、つまり戦略によって、子どもたちに本を読む力をつけさせていく活動です。3年前に同じ出版社から出た本の決定版にあたるもので、75通りの戦略が収録されています。
Q★最後に、翻訳家をめざすみなさんにアドバイスをお願いします。
A☆一番大事なのは、とにかく自分で本を読むことだと思います。自分が訳そうとしている言語の作品はもちろんのこと、日本の児童書もたくさん読むといいでしょう。今出ている子どもの本はどこがいいのかを考えながら熟読し、また、気に入った原書があれば自分で訳してみる。人の訳した本を批判するのは簡単ですが、訳すのはとても難しいですから。自分でやってみるということが大事だと思います。出版社に持ち込んで批評してもらえば、別の視点を与えられることになり、さらに勉強になります。その積み重ねは大切だと思います。
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