メニュー資料室インタビュー

やまねこ翻訳クラブ 資料室
「第4回翻訳百景ミニイベント」:〈ゲストトーク〉レポート

〜 「オズの魔法使い」シリーズ新訳チーム 〜

 

『月刊児童文学翻訳』2012年9月号「特別企画」記事 (2012/09/15 公開)


  「翻訳百景ミニイベント」とは、ミステリ翻訳家として第一線で活躍されながら、翻訳書の質の向上と、読者層拡大にも心血を注がれている越前敏弥氏が主催する会である。毎回、翻訳家や編集者など、翻訳出版にかかわるゲストをむかえ興味深い話が展開される。もちろん、越前氏ご自身による、おもしろくてためになるミニトークもあり、翻訳および翻訳書に興味のある者に貴重な時間を提供してくれる。さて、このミニイベントの第4回に、林あゆ美氏、宮坂宏美氏、ないとうふみこ氏、田中亜希子氏からなる「オズの魔法使い」シリーズ(以下、オズ・シリーズ)の新訳チームがゲストとして登場することになった。4人はやまねこ翻訳クラブの設立当初からのメンバーである。そこで越前氏に許可をいただき、イベント後半のゲストトーク部分を取材した。パソコン通信時代から空間を超えて繋がってきた4人のチームワークと、シリーズに寄せるそれぞれの思いをレポートする。取材をご快諾くださった越前氏に心から感謝いたします。



 

▼翻訳百景公式ウェブサイト
http://techizen.cocolog-nifty.com/

▼「第4回翻訳百景ミニイベント」主催者報告記事(上記ウェブサイト内)
http://techizen.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-6b5d.html

▼復刊ドットコム公式ウェブサイト
http://www.fukkan.com/

▼「オズの魔法使い」シリーズ紹介ページ(復刊ドットコム内)
http://www.fukkan.com/sp/oz/?tr=t

▼オズの国の名言 bot
https://twitter.com/OzBooksBot
『オズの魔法使い』表紙絵

『完訳 オズの魔法使い』(#1)
ライマン・フランク・ボーム作
サカイノビー装画・挿絵
宮坂宏美訳
復刊ドットコム

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています

■「オズの魔法使い」シリーズについて

 イベントをレポートする前に、シリーズについて少し紹介する。『オズの魔法使い』は、言わずと知れたアメリカ児童文学の古典である。ライマン・フランク・ボームが1900年5月に出版するや、たちまちアメリカじゅうの子どもたちの心をとらえた。そして、ここからはあまり知られていないことだが、その人気のすごさにボームは続きを書かざるを得なくなり、生涯に14巻のオズ・シリーズと番外編1冊を世に送りだすこととなった。「を得なくなり」と書いたのは、作者自身が第2巻のまえがきのなかで、子どもたちの熱心な手紙があまりにも絶え間なく届くので、続きを出すことになったと言っているからだ。これだけ人気を博した理由には、第1巻の訳者あとがきにもあるように、この作品がヨーロッパからもちこまれたおとぎ話と違い、アメリカを舞台とした新しい児童文学だったことが挙げられる。だが、やはり見のがせないのは物語としての力だ。新訳チームのみなさんが口をそろえるように、どの巻をとっても奇想天外な物語で、まさかと思うキャラクターが続々登場するのだから。

■新訳刊行のいきさつ

『オズのふしぎな国』表紙絵

『完訳 オズのふしぎな国』(#2)
ライマン・フランク・ボーム作
サカイノビー装画・挿絵
宮坂宏美訳
復刊ドットコム

 さて、ここからはトークの内容に入る。これまで日本では、さまざまな出版社から1巻目の『オズの魔法使い』ばかりが刊行されてきた。映画が有名になったこともありこの巻だけが独り歩きしていたのだ。一度だけ、完訳全14巻が早川書房から刊行されたが(*)、今では第1巻を除いて品切れとなっている。だが、一度オズ・シリーズを読み、その魅力にとりつかれた人々は復刊を望んだ。そして「星に願いを」ではなく、リクエストサイト〈復刊ドットコム〉に願いをかけた。絶版・品切れ本をリクエスト投票で復活させようというこのサイト(**)では、オズ・シリーズへの投票数がじわりじわりと増えていき、ついに一定数を超えた。復刊の検討が始まり、新訳での復刊が決まると、林氏が翻訳コーディネートを打診された。以前にも同社に翻訳者を推薦したことがあったためだ。縁とは不思議なもので、じつはかつて林氏も、早川書房のオズ・シリーズを愛読する少女だった。こうして話はとんとん拍子に進んだ。そして訳者の選定にあたり、林氏の頭に真っ先に思い浮かんだのが「明るくてリズミカルな訳」がドロシーのイメージにぴったりの宮坂氏だった。

(*)この他、ポプラ社がシリーズの数巻を抄訳で出したことがある。
(**)復刊ドットコムの復刊の詳しい仕組みについては、文末掲載の「復刊ドットコム公式ウェブサイト」を参照のこと。


■チームで翻訳するということ

 さて、訳者が宮坂氏に決まったものの、ひとつ問題があった。復刊ドットコムでは読者にテンポよく楽しんでもらうために、全15巻のシリーズを2か月に1冊のペースで刊行したいと考えていたのだ。これだと1冊の訳稿を仕上げる時間は2か月。しかもその間に、改稿やゲラの校正といった作業も同時進行で入ってくる。ひとりの訳者では不可能だと、宮坂氏が田中氏を誘い、それならと田中氏がないとう氏を誘い、気心が知れた翻訳チームが誕生した。
 3人は、以前に「アンドルー・ラング世界童話集」全12巻(東京創元社)のチーム翻訳でも手を組んだ。今回のチーム制には、このときの経験も大きく寄与している。たとえば漢字のとじひらき表と表記に関する注意事項は、ラング童話集で作成したものを基礎に、オズに合わせた改定をした。注意事項の一覧は、司会の越前氏も舌を巻くほど詳細にわたるが、チーム翻訳の場合こういった几帳面な前準備が大きな効果を発揮する。ちなみに表づくりの担当は宮坂氏で、その表を駆使してしっかりと漏れのない校正をするのも宮坂氏だと、ないとう氏、田中氏は感謝することしきりであった。
 複数の訳者でシリーズものを訳すとき、表記・表現の統一に気をつけるのは当然だが、さらにもう一点、シリーズ全体をとおして矛盾を出さないことが重要となる。このため、巻をまたいで出てくるキャラクターの口調については、初出で担当した人の訳を踏襲するという取り決めをした。また、各訳者は担当外の巻の訳稿チェックもすることにした。他の担当者の既刊を読者の視点で読むよりも、毎回の訳稿を問題点を探しながら編集者に近い視点で読むほうが、作品への理解はぐっと深まる。訳稿チェックをしながら、以降の巻にむけての準備ができるのだから一石二鳥というものだ。 ところで各巻をだれが担当するかは、物語の内容を考慮せず、スケジュールの兼ね合いで決めたが、偶然にも各人の個性にあった巻を訳す結果になったという。


■「オズの魔法使い」シリーズとやまねこ翻訳クラブによせて

 チームの4人が、これまで刊行された7巻からの名言に触れつつ、担当作品について、またやまねこ翻訳クラブについて語った。そのなかから印象的な部分を紹介する。

○林あゆ美氏(翻訳コーディネート/編集協力)

 オズの物語は、登場人物の個性がどれも光っているし、また100年前に書かれた当時の時代背景がうまく取り入れられているという点でも、ほんとうにおもしろいシリーズだと思う。シリーズの旧訳に加えて、福音館書店、岩波少年文庫、そして新潮社の『オズの魔法使い』なども読んだうえで新訳の訳稿をチェックしている。さまざまな訳を読みながら、それぞれの訳者さんに向かって「こういう解釈をしたのね」という風に頭の中で話しかけていたので、まるで何人もの方と対話をしている気分だった。
 やまねこ翻訳クラブはインターネット(発足当時はパソコン通信)を使ったクラブで、自宅に居ながらたくさんの人と本を読む楽しみを共有することができる。クラブでは、ネットを通してコミュニケーションを深める訓練をずいぶんさせてもらえた。おかげで地方に住みながら、復刊ドットコム代表の左田野氏をはじめとする方々とのいい出会いに恵まれた。ネットからは仕事の上でも生活の上でも、日々おもしろい体験をさせてもらっている。
 

○宮坂宏美氏(第1、2、5巻担当)

 ドロシーがカンザスの我が家を思って口にする「わが家がいちばん」という名ぜりふが心に染みた。ちょうどこの第1巻を訳していた3月に東日本大震災が起きた。実家が東北にある自分には、ドロシーを襲う竜巻が津波と重なり、家に帰りたいというその気持ちに大きく共感した。当時は生活が混乱し心も沈むなかくじけそうになったけれど、この作品の根底にある明るさに助けられ訳しとおすことができた。
 第5巻から登場する、全身ぼさぼさのボサ男が、個人的に気に入っている。彼は名言が多いキャラクターでもある。この巻では越前氏に帯の言葉を書いていただいた。他にもツイッターでやっている、オズの国の名言ボットの設定の仕方を教えてもらうなど、越前氏にはいろいろとお世話になっている。
(他のふたりが話題にした編集者のような校正能力について)出版の編集をしたことはないけれど、やまねこ翻訳クラブが発行するメールマガジン「月刊児童文学翻訳」を立ちあげ、3年半の間編集長をした経験が役立っているように思う。
 

『オズへの道』表紙絵

『完訳 オズへの道』(#5)
ライマン・フランク・ボーム作
サカイノビー装画・挿絵
宮坂宏美訳
復刊ドットコム

『オズのオズマ姫』表紙絵

『完訳 オズのオズマ姫』(#3)
ライマン・フランク・ボーム作
サカイノビー装画・挿絵
ないとうふみこ訳
復刊ドットコム

○ないとうふみこ氏(第3、6巻担当)

 第3巻にでてくるビリーナというしゃべるメンドリは、強烈なおばちゃんキャラ。
なんとも親しみぶかく、せりふも自然に湧いてきた。訳したあとで旧訳を読んだら、新訳の雰囲気とあまり変わりないおばちゃんぶりだったので、原書のキャラ立てがいかにすばらしいかがわかった。他に、この巻にはノーム王という、悪役のおっちゃんキャラがでてくるけれど、「おっちゃん」もやっぱり訳しやすかった(笑)。
 100年前に書かれたオズ・シリーズだけれど、大学生のモラトリアムを皮肉るなど、今の時代に通じる視点をもっているのに驚かされる。そこが時代を超えて愛される理由なのかもしれない。ちなみにモラトリアム問題は、個人的にもちょうど「大学7年生」の息子を抱えていたせいで身につまされるところであり、訳しながら大きくうなずいてしまった(苦笑)。
 やまねこ翻訳クラブは、自主勉強会の開催が発展の礎となった。また、メールマガジンの編集作業をネット上で複数人数でおこなった経験が、このようなチーム翻訳を可能にしたのだと思う。
 

○田中亜希子氏(第4、7巻担当)

 第4巻のまえがきは、じつは隠された読みどころ。作者が、他の物語も書きたいのに、ファンがそれを許してくれないと、長々とぐちっているのだ。そこを読むと、執筆の熱意がトーンダウンした?と少し心配になる。でも、そんなことはなく、重要人物である魔法使いオズが再登場するなど、読み応え十分の巻になっている。
 第7巻に出てくるパッチワーク娘は、ちょっとおばかちゃんだけれど、素直で明るい。何があってもアハハハと笑って、クルクル踊っちゃう子。飛び跳ねている感じが自分に合ったキャラクターだと思っている。
 ムカムカという謎の生き物を怒らせるときに言う呪文「クルクルクルリンチョ!」(原文は "Krizzle-Kroo!")は、いろいろ考えてひねり出した自信作(他のメンバーもうなずく)。
 やまねこ翻訳クラブで、自分が書いたレビューを掲示板などにアップして、他の人に読んでもらうのはためになる。なかなかお薦めの勉強法。

『オズとドロシー』表紙絵

『完訳 オズとドロシー』(#4)
ライマン・フランク・ボーム作
サカイノビー装画・挿絵
田中亜希子訳
復刊ドットコム

■取材を終えて

 はじめは緊張した面持ちだったオズチーム。しかし、応援に駆けつけたやまねこ翻訳クラブの会員たちに勇気をもらってか、トークはなごやかな雰囲気のなか行われ、オズ・シリーズの魅力とチームの熱意がダイレクトに伝わってきた。折り返しとなる第7巻まで刊行が進んだが、残りの8冊にも大いに期待したい。なお、次回の「翻訳百景ミニイベント」は11月22日開催予定とのこと。越前氏の実践的なミニトークは、翻訳学習者にとって実り多いものとなるはず。足を運んでみてはいかがだろう。


 

取材・文:おおつかのりこ
2012-09-15

【越前敏弥(えちぜんとしや)さん訳書リスト】
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/techizen.htm

【宮坂宏美(みやさかひろみ)訳書リスト】
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/hmiyasak.htm

【ないとうふみこ訳書リスト】
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/fnaito.htm

【田中亜希子(たなかあきこ)訳書リスト】
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/atanaka.htm

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています

本ページで使用したライン素材はイラスト無料素材 【イラストわんパグ】さんより

月刊児童文学翻訳インタビューの目次メニュー]   

 

copyright © 2012 yamaneko honyaku club