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●特別企画●レビューを書こう(第7回レビュー勉強会より)その2
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2019年12月号に引き続き、2019年10月から11月にかけて開催された、やまねこ翻訳
クラブの第7回レビュー勉強会の成果をご紹介する。課題となる本は、2019年全米図
書賞児童書部門ロングリスト10冊の中から各自で選択。作品の魅力がしっかり伝わる
よう、参加者同士でコメントをつけ合って構成と表現を磨き、レビューをまとめあげ
た。ぜひともご覧いただきたい。
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"Look Both Ways: A Tale Told in Ten Blocks" 『道』(仮題)
by Jason Reynolds ジェイソン・レナルズ(レノルズ)作
Atheneum/Caitlyn Dlouhy Books, 2019, 978-1481438308 (Kindle)
Atheneum/Caitlyn Dlouhy Books, 2019, 208pp. 978-1481438285 (HB)
★2019年全米図書賞児童書部門ファイナリスト作品
★2020年コレッタ・スコット・キング賞作家部門オナー作品
(このレビューは Kindle 版を参照して書かれています)
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舞台となるのは、とある町にある10本のストリート。それぞれのストリートを歩く
子どもたちにスポットをあて、10編の短編集のように書きあげたのがこの小説だ。子
どもたちが学校から帰宅するまでの何気ない日常を描いている。鼻くその話に夢中の
少年、お菓子を売って小銭を稼ぐ少年少女、男の子にキスをされた少年、母親の交通
事故がトラウマになってしまった少年など。それぞれのストーリーを、アフリカ系ア
メリカ人特有の口調であるブラックイングリッシュで、生き生きと、そして生々しく
描いている。すべての物語に共通しているのは、子どもたちが悩みを抱えているとい
うこと、そして「スクールバスが空から降ってきた」というフレーズだ。登場人物が
口にするわけではなく、ラジオから流れてきたり、しれっと地の文にまざっていたり
とまるで「それくらい普通のことでしょ?」と言わんばかりのあしらわれ方をしてい
るのがおもしろく、ページをめくる手を早める要素のひとつとなっている。まったく
別の物語を読んでいるようで、同じ名前の教師が登場したり、別の章で登場した生徒
がさりげなく姿を見せていたりもする。
子どもたちが抱える悩みは大きさや深刻度も様々で、子どもらしく微笑ましいもの
から、現代的で不登校にまで発展してしまうものまである。登場人物の子どもたちは
悩みを大人に相談しようとはしない。自分で、または仲間内で解決しようと必死に頭
を巡らせているのだ。最後の主人公である少年だけは、運良く大人の助けを借りるこ
とができる。しかし、それも少年自らの力で乗り越えるのを後押しするだけにすぎず
大人が過剰に反応することなく上手に子どもを守っている。また、その大人の立場や
職業を思うと作者が彼を助っ人に仕立てた意味を考えてしまう。
どこか不思議で、なんだか切ない。世界中の子どもたちの幸せを心から願わずには
いられなくなる作品である。どの子どもたちもリアリティたっぷりに描かれているた
め、大人が読んでも楽しく、また心を揺さぶる1冊だ。
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【作】Jason Reynolds(ジェイソン・レナルズ(レノルズ)):学生時代に詩を書く
ようになり、2009年に詩集でデビュー。当初は正しい文法で書くことを意識していた
が、あるとき普段の口調のままで小説を書くことを決め、ブラックイングリッシュを
用いた現在のスタイルを確立した。2017年に発表した "Long Way Down"(『エレベー
ター』青木千鶴訳/早川書房)は、2018年ニューベリー賞オナーに選ばれた。
【参考】
▼ジェイソン・レナルズ(レノルズ)公式ウェブサイト
https://www.jasonwritesbooks.com/
(梅澤乃奈)
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"Kiss Number 8" 『キッス・ナンバー・エイト』(仮題)
text by Colleen AF Venable, illustrations by Ellen T. Crenshaw
コリーン・AF・ヴェナブル文/エレン・T・クレンショー絵
First Second, 2019, 320pp. ISBN 978-1596437098 (PB)
★2019年全米図書賞児童書部門ロングリスト作品
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2004年のアメリカ。保守的な田舎町に住む16歳の女子高生マッズは、平凡ながらも
家族と充実した生活を送っている。気まぐれで大人びた存在のキャット、かたや神経
質だけれどやさしい幼馴染ローラは、どちらもマッズの親友だ。彼女たちは思春期特
有の不安定さはありながらも、普段は仲良しである。
ある日マッズは、父の秘密をきっかけに家族の絆に不安を感じ始める。またそのこ
とで、自分が同性を恋愛対象に見ていたことに気づき動揺を隠せない。キャットやロ
ーラとの友情にも変化が訪れ、周囲との人間関係に疑念を抱くが、葛藤するなかで、
ある日マッズは決定的な出来事を起こしてしまう。
この作品は、文字数がかなり多くはあるが、グラフィックノベルという漫画が主体
の作品である。作者のコリーン・AF・ヴェナブルは、自身が敬虔なカトリック教徒
一家出身であり、実姉が同性愛を告白したことに触発されストーリーの構想をたてた
という。表現の自由を謳うアメリカにおいて、同性愛者を題材にした作品は、宗教的
論争も含めまだまだ規制や圧力がかかる時代。当時勃発したこれら社会問題への偏見
や差別などを経て、2019年にこの作品が出版されるまで、様々な影響があったことが
うかがい知れる。ちなみに作品の巻末には、絵を担当したエレン・T・クレンショー
との対談が記されており、2人のガールズトークや10代のころのエピソード、本作品
構想に至る経緯なども掲載されている。
クレンショーは本作品を「タイムカプセル」と親しみを込めて呼ぶ。急速に変化し
続ける時代とコミュニケーションツールの変化によって、人と人との間に生じる軋轢
や葛藤を、自分探しを続ける主人公マッズが直面した様々な出来事を通し、リアルさ
が失われないよう試行錯誤を重ねて表現している。また物語を通して、いまや普通と
なりつつある性や文化の多様性が、どのように変化してきたのかを知るヒントが得ら
れる。現代の若者にとってこの作品が自分探しの参考やきっかけとなることを期待す
る。
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【文】Colleen AF Venable(コリーン・AF・ヴェナブル):ニューヨーク、ブルッ
クリン在住。作家、イラストレーター。コミック好きがその後のグラフィックノベル
作家への原点となる。また大の動物好き。グラフィックノベルシリーズ "Guinea Pig,
Pet Shop Private Eye"(未訳)は、アメリカで最も権威のある子ども向け漫画賞に
ノミネートされた。
【絵】Ellen T. Crenshaw(エレン・T・クレンショー):漫画家(主に風刺漫画)、
イラストレーター。児童向けを含む出版、広告など幅広い分野で活躍。主な作品に
"The Nib Magazine Issue One: Death" 掲載の風刺漫画などがある。
【参考】
▼コリーン・AF・ヴェナブル公式ウェブサイト
http://www.colleenaf.com/
▼エレン・T・クレンショー公式ウェブサイト
http://www.ellencrenshaw.com/
(安部聰)
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"A Place to Belong" 『わたしのいる場所』(仮題)
by Cynthia Kadohata シンシア・カドハタ作
Atheneum/Caitlyn Dlouhy Books, 2019, 416pp. ISBN 978-1481446648 (HB)
★2019年全米図書賞児童書部門ロングリスト作品
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物語は第2次世界大戦後、アメリカから日本へ向かう日系人を乗せた船中から始ま
る。12歳のハナコの家族は戦争勃発後、財産のほとんどをアメリカ政府に没収され、
ツールレイクなど複数のキャンプに収容された末、日本へ強制送還されることになっ
たのだ。ハナコと5歳の弟アキラが初めて目にした日本は、原爆が投下されて間もな
い広島だった。戦争の傷跡が色濃く残る街で物乞いをする孤児や闇市などを目にし、
ハナコは大きな衝撃を受ける。広島の田舎で小作農を営む、貧しくも心温かいじいち
ゃんとばあちゃんに迎えられ、家族は日本での生活を模索する。地元の学校に入った
ハナコは、苦労しながらも新しい環境に馴染もうと奮闘する。物品や食料の不足は深
刻で、米を食べられずにキャベツを食べてしのぐ日もある。そんな中、原爆で体中を
負傷し両親を失ったキヨシという少年が、食べ物を乞いに何度もハナコの前に現れる。
キヨシを助けたいという想いと、お腹を空かせたアキラを大切に思う気持ちに揺れ動
くハナコ。特殊な境遇の中で、家族は、そしてハナコは明るい将来を手にすることが
できるだろうか……。
自らも日系アメリカ人である作者が10年以上の構想と調査を経て書き上げた、1人
の少女を主人公とする家族の絆の物語。衣食住もままならない状況下で家族を支える
パパとママ、幼く純粋なアキラ、陽気でおっちょこちょいなじいちゃん、涙もろいが
力強く生きるばあちゃんの、溢れんばかりの愛情がきらりと光る。ハナコは作中、何
度も自身の在り方を自問する。自分は日本人か? アメリカ人か? 家族も満足に食
べられないのに、他人に食料を分けることは正しいのか? 繊細な年頃の少女の心の
揺れや在り方が、表題に込められている。やがてハナコは、じいちゃんがかつて話し
てくれた日本の伝統技術「金繕い」(割れた茶碗などを金で修復したもの。強度と美
しさが増す)と自身を重ねることで、勇気を奮い起こす。前を向き、一番輝ける場所
へ、困難や試練を乗り越え突き進んでいく。戦争が非現実的な過去のものになってし
まった現代の若者たちに、また、家族の温かさや大切さを再確認するためにも、多く
の人々にぜひ読んでもらいたい作品。強さと優しさがぎゅっと詰まった、心温まる秀
作だ。
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【作】Cynthia Kadohata(シンシア・カドハタ):カリフォルニア州在住の日系アメ
リカ人作家。特に児童文学作家として知られる。本作をはじめ、自身のバックグラウ
ンドに基づき日系アメリカ人家族を題材にした著書が多い。"Kira-Kira"(『きらき
ら』代田亜香子訳/白水社)で2005年ニューベリー賞、"The Thing about Luck"
(『サマーと幸運の小麦畑』代田亜香子訳/作品社)で2013年全米図書賞児童書部門
を受賞。
【参考】
▼シンシア・カドハタ公式ウェブサイト
https://www.cynthiakadohata.com/
▽シンシア・カドハタ作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://yamaneko.org/bookdb/author/k/ckadohat.htm
(八町晶子)
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【参考】
▽2019年全米図書賞児童書部門受賞作、ファイナリスト、ロングリスト一覧
(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/nba/nba2010.htm#nba2019
▽本誌2019年12月号
「特別企画 レビューを書こう(第7回レビュー勉強会より)その1」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2019/12.htm#kikaku
▽本誌2003年11月号情報編「特別企画 レビューを書く(翻訳学習者編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2003/11a.htm#kikaku |