━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●賞情報●速報! 2020年全米図書賞児童書部門 ファイナリスト発表!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
10月6日、2020年全米図書賞(National Book Awards)のファイナリスト(最終候
補作品)が発表された。
アメリカ人作家による優れた文学作品の普及と読書人口の増加を目的として1950年
に創設された本賞は、1989年から全米図書財団(The National Book Foundation)が
主催している。対象部門は時とともに変遷し、2018年から、フィクション、ノンフィ
クション、詩、児童書、翻訳作品部門の5部門となった。前年12月1日から当年11月
末日までにアメリカで出版された(または出版される)作品を対象に、文学的価値を
重視して選考される。児童書部門は1969年に設けられ、1984年にいったん廃止された
が、1996年に復活した。以来、ジャンルを問わずもっとも優れた児童書に贈られてい
る。
今年は9月18日に各部門のロングリスト10作品が発表され、その中から各5作品が
ファイナリストに選ばれた。受賞作品の発表は、11月18日の予定。
本号では、児童書部門(Young People's Literature)のファイナリストおよびロ
ングリストに選ばれた作品をご紹介する。
▼2020年全米図書賞発表ページ(National Book Foundation ウェブサイト内)
https://www.nationalbook.org/awards-prizes/national-book-awards-2020/
▼上記ウェブサイト内、児童書部門発表ページ
https://www.nationalbook.org/awards-prizes/national-book-awards-2020/?cat=ypl
▽全米図書賞児童書部門について(本誌2003年12月号情報編「世界の児童文学賞」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2003/12a.htm#bungaku
▽全米図書賞(児童書部門)受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/nba/index.htm
(※邦訳がある作家、画家については初出の際に片仮名表記を併記しています)
★Finalists(5作)
"King and the Dragonflies" by Kacen Callender (Scholastic Press)
"We Are Not Free" by Traci Chee (Houghton Mifflin Harcourt)
"Every Body Looking" by Candice Iloh (Dutton Books for Young Readers)
"When Stars Are Scattered" by Victoria Jamieson and Omar Mohamed
(Dial Books for Young Readers)
"The Way Back" by Gavriel Savit (Knopf Books for Young Readers)
"King and the Dragonflies" は、今年のボストングローブ・ホーンブック賞フィ
クションと詩部門も受賞した作品だ。黒人の少年 King は、急死した兄がトンボにな
ったと信じ、入り江でその姿を探し続けている。兄を敬愛していた King だが、生前、
ゲイの親友 Sandy と縁を切るよう忠告されたことには深く傷ついていた。そして、
実際に従ってしまった自分を許せないでいた。Sandy は、人種差別的な家族に育てら
れながらも、仲良くしてくれていたのに。そんななか、Sandy が行方不明になり……。
米領ヴァージン諸島出身の作者 Kacen Callender は、主人公の心の機微や苦悩を経
た先にある成長を、友人や家族との会話を通して巧みに表現しながら、人種差別、性
自認、虐待といった難しいテーマに挑戦している。
"We Are Not Free" は、第2次世界大戦下のアメリカを舞台とした史実に基づく物
語である。ファンタジー作品 "Reader" 3部作でニューヨークタイムズのベストセラ
ー作家入りを果たした Traci Chee が、がらりとイメージを変えて挑んだ意欲作だ。
戦争によって強制収容され、人生を大きく狂わされた日系人たち。その様子が、サン
フランシスコの日本人街でともに育った14人のティーンエイジャーの目を通して描か
れている。作者は、学生の時に家族とスミソニアン博物館を訪れ、展示されていた強
制収容所の写真に祖父が写っているのを発見し、この問題に興味を持ったという。入
念なリサーチと家族・親族へのインタビューを経て完成した本作には、自らの伯母が
収容所で "I am not free" と感じたというエピソードから題名をつけた。
"Every Body Looking" の主人公 Ada は、大学入学をきっかけに親元を離れ、生ま
れて初めて選択する自由を得た。だが、信心深く過干渉な父親と精神的に不安定な母
親に育てられた影響から、なかなか抜け出せないでいる。転機は、自由奔放なダンサ
ーの Kendra と知り合ったことだ。2人の絆は友情を超えて親密になっていき、Ada
は心のままに生きていく喜びを知る。現在と過去を行ったり来たりしながら、自由詩
でつづられていく本作。主人公が、文化的な価値観に沿おうとする一方で本当の自分
を模索する姿や、踊ることによって解放されていく場面が強く印象に残る。ナイジェ
リア系アメリカ人でありダンサーでもある作者 Candice Iloh ならではの描写といえ
るだろう。
"When Stars Are Scattered" は、世界最大の難民キャンプ、ケニアのダダーブキ
ャンプで暮らす兄弟の物語だ。ソマリアで両親との別離を経験した Omar は、唯一の
家族である弟 Hassan とともに、難民キャンプでテント暮らしをしている。Omar は
学校に行くことを勧められるが、Hassan に持病があるため離れるのが心配でならな
い。本書は、米国で難民支援団体 "Refugee Strong" を設立した Omar Mohamed の回
想録であり、インタビューの内容を Victoria Jamieson がグラフィックノベルとし
て形にしたもの。困難な環境を描きながらも、明るいタッチのイラストが、愛と希望
を際立たせる。なお、Jamieson は "Roller Girl" で2016年ニューベリー賞オナーに
選ばれている。
"The Way Back" は、ユダヤの昔話にインスピレーションを得て創作されたダーク
ファンタジーだ。ある晩「死の天使」が村を訪れたことから、主人公2人の冒険が始
まる。それぞれの理由で悪魔たちの領地 Far Country を旅する、少年 Yehuda Leib
と、少女 Bluma。2人は協力をし、仲間を引き入れながら、共通の敵である「死」に
立ち向かう。果たして、彼らは生きて村に戻ることができるのだろうか──。緊迫感
ただようストーリーに、ページをめくる手が止まらないことは必至。怖さのなかにユ
ーモアも感じさせる表現力に、ミュージカル俳優でもある作者 Gavriel Savit の才
能を感じる。
★Longlist(5作)
"Lifting as We Climb: Black Women's Battle for the Ballot Box"
by Evette Dionne (Viking Books for Young Readers)
"Apple (Skin to the Core)" by Eric Gansworth (Levine Querido)
"Trowbridge Road" by Marcella Pixley (Candlewick Press)
"How We Got to the Moon: The People, Technology, and Daring Feats of Science
Behind Humanity's Greatest Adventure"
by John Rocco (Crown Books for Young Readers)
"Cemetery Boys" by Aiden Thomas (Swoon Reads)
"Lifting as We Climb: Black Women's Battle for the Ballot Box" は、アメリ
カで19世紀後半から盛んになった女性参政権運動を描いたノンフィクション。だが、
同テーマを扱った他作品と違うのは、黒人の女性に焦点を当てたことだ。当時、彼女
たちは、同じ目的を持っているはずの白人女性から差別を受けていた。アメリカの女
性参政権運動史の空白部分を埋める貴重な1冊だ。作者の Evette Dionne は、フェ
ミニストの視点から主要なメディアやポップカルチャーを批評する "Bitch Media"
の編集長を務める。また、インターネットを通じて、黒人女性だけでなく社会の主流
から外れた人々に向けて、心強いメッセージを送り続けている。
"Apple (Skin to the Core)" は、アメリカ先住民の一部族であるオノンダガ族に
属する作者 Eric Gansworth による自由詩の回想録だ。白人かぶれの先住民を先住民
自らが揶揄する言葉「りんご」(見た目は赤く、中身は白い)。その言葉を題名に冠
した本作は、先住民の若者の同化教育を目的とした「インディアン寄宿学校」等の歴
史を語る一方で、異なる世界のはざまでバランスをとりながら夢を追いかける作者の
姿を描く。先住民みんなの物語でもあり、個人的な自伝でもあるのだ。作者は、ビジ
ュアル・アーティストとしても知られ、この作品にも本人による鮮やかなイラストが
ふんだんに使用されている。
"Trowbridge Road" は、1983年、ボストン郊外の町を舞台に描かれる、孤独な少女
と少年の友情物語だ。June Bug は、前の年に父親をエイズによる合併症で亡くした。
ともに暮らす母親は精神を病み、極度の潔癖症で娘を苦しませている。夏のある日、
同じ通りに住む老婦人の家に、長髪の少年 Ziggy が連れられてくる。いじめを避け
るため、祖母の元に預けられたのだ。2人は、厳しい現実から逃避するかのように、
想像上の世界「第9次元」で遊ぶのだった。詩人としても評価が高い作者 Marcella
Pixley が紡ぎあげる繊細な世界は、パターソンの名作『テラビシアにかける橋』を
ほうふつとさせる。
"How We Got to the Moon: The People, Technology, and Daring Feats of
Science Behind Humanity's Greatest Adventure" は、アポロ計画に関わった人々の
努力に光を当てた、260ページを超える情報満載の科学絵本である。人類史上初の月
面着陸が成功に至るまでには、技術者、数学者、裁縫師、溶接工、工場労働者など、
40万人もの人々の貢献とドラマがあった。豊富なイラストが、専門的な内容も分かり
やすく伝え、子どもの興味をかき立てる。作者 John Rocco(ジョン・ロッコ)は、
絵本 "Blackout"(『くらくてあかるいよる』千葉茂樹訳/光村教育図書)で2012年
コールデコット賞オナーに選ばれている。
"Cemetery Boys" は、さまざまな境界を越えて繰り広げられる、ちょっと変わった
恋愛ミステリーである。主人公の Yadriel は、女の子として生まれたトランスジェ
ンダーの少年だ。イースト・ロサンゼルスの墓地に居住する彼の一族は、さまよえる
魂を死後の世界に導く呪術師の家系で、死者の魂を解き放つのは男性の能力とされて
いる。16歳になった Yadriel は男性と認めてもらうため、従兄の霊を自力で呼び出
そうとする。だが現れたのは、死んだ同級生 Julian の幽霊だった! ハンサムな不
良少年 Julian の幽霊と過ごすうち、いつしか離れがたい気持ちがつのっていく。本
書がデビュー作の Aiden Thomas は、自身もラテン系アメリカ人のトランスジェンダ
ーとして多様性を発信している。
《参考》
▼Kacen Callender 公式ウェブサイト
https://www.kacencallender.com/
▼Traci Chee 公式ウェブサイト
http://www.tracichee.com/
▼Candice Iloh 公式ウェブサイト
http://www.becomher.com/
▼Victoria Jamieson 公式ウェブサイト
http://www.victoriajamieson.com/
▼Victoria Jamieson、Omar Mohamed のインタビュー
(School Library Journal ウェブサイト内)
http://blogs.slj.com/goodcomicsforkids/2020/08/28/interview-victoria-
jamieson-and-omar-mohamed-on-when-stars-are-scattered/
▼Gavriel Savit 公式ウェブサイト
https://www.gavrielsavit.com/
▼Evette Dionne 公式ウェブサイト
https://evettedionne.com/
▼Eric Gansworth 公式ウェブサイト
https://www.ericgansworth.com/
▼Marcella Pixley 公式ウェブサイト
https://marcellapixley.com/
▼John Rocco 公式ウェブサイト
https://roccoart.com/
▼Aiden Thomas 公式ウェブサイト
https://www.aiden-thomas.com/
(小島明子/相良倫子) |