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2024年7月号
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  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
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                                No.228
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2024年7月15日発行 配信数 2530 無料
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●2024年7月号もくじ●
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◎賞情報:2024年カーネギー賞作家賞および画家賞発表、
                      各シャドワーズ・チョイス賞発表!
◎特集:2024年カーネギー賞作家賞および画家賞受賞作品レビュー
 【カーネギー賞作家賞】
   "The Boy Lost in the Maze" ジョセフ・コエロー作/ケイト・ミルナー絵
 【カーネギー賞画家賞、カーネギー賞画家賞シャドワーズ・チョイス賞】
   "The Tree and the River" アーロン・ベッカー作
◎賞速報

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●賞情報●2024年カーネギー賞作家賞および画家賞、
                      各シャドワーズ・チョイス賞発表!
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 英国図書館・情報専門家協会(CILIP: The Chartered Institute of Library and
Information Professionals)が主催する、イギリスで最も権威ある児童文学賞、カ
ーネギー賞作家賞および画家賞が6月20日に発表された。また、各候補作品を読んだ
子どもたちが図書館や学校などの読書グループを通じて投票するシャドワーズ・チョ
イス賞も同時に発表された。なお、賞の名称は、2023年からカーネギー賞(The
Carnegie Medal)がカーネギー賞作家賞(The Carnegie Medal for Writing)に、ケ
イト・グリーナウェイ賞(The Kate Greenaway Medal)がカーネギー賞画家賞(The
Carnegie Medal for Illustration)に改められている。
 本号では各賞の受賞作品をご紹介する。

▼カーネギー賞作家賞および画家賞公式ウェブサイト
https://yotocarnegies.co.uk/

▼同ウェブサイト内、2024年受賞作品発表ページ
https://yotocarnegies.co.uk/2024-winners-announced/

▼同ウェブサイト内、「Catch up on the 2024 Ceremony」(動画)
                    (発表の様子がオンタイムで流された)
https://yotocarnegies.co.uk/take-part/stream/

【カーネギー賞作家賞】

★2024 Yoto Carnegie Medal for Writing Winner

"The Boy Lost in the Maze"
 by Joseph Coelho, illustrated by Kate Milner (Otter-Barry Books)

☆2024 Shadowers' Choice Medal for Writing Winner

"Crossing the Line" by Tia Fisher (Bonnier Books UK)

 2024年、カーネギー賞作家賞が初めて英国の黒人の作家に贈られた。詩人で児童文
学作家の Joseph Coelho(ジョセフ・コエロー)は、2022年から2年間、「子どもの
ためのローリエット」を務め、イギリス全地域の図書館を訪問するなど精力的に活動。
受賞作 "The Boy Lost in the Maze" は、ギリシャ神話に登場する英雄テセウスの怪
物退治の逸話を詩形式で語り直すYA作品だ。現代英国の黒人の少年を主人公に据え、
怪物ミノタウロスの視点もまじえて、ユニークな構成の物語に仕上げた。イラストレ
ーターで作家の Kate Milner(ケイト・ミルナー)による、ギリシャの壁画を想起さ
せるグラフィックな章扉のイラストと、鉛筆の線が残るモノクロの写実的な挿絵も、
作品の重厚な魅力を引き出している。詳しい内容は、本誌今月号のレビューをご覧い
ただきたい。

 シャドワーズ・チョイス賞にも、詩でつづられたYA作品が選ばれた。若い読者の
あいだで、ヴァース・ノベルが依然として人気であることがうかがえる。受賞した
Tia Fisher のデビュー作 "Crossing the Line" は、英国の子どもたちを脅かす深刻
な社会問題を主題としている。本作が取り上げる「カウンティ・ラインズ」とは、ギ
ャングが若者や子どもをだましたり、脅したりして、ドラッグの運搬などに利用する
ことをいう。14歳の少年 Erik は、父親を亡くして貧窮し、報酬欲しさにギャングの
誘いに乗ってしまう。エスカレートする要求にも、母親と妹たちの生活のために応じ
るが、やがて危険な決断を迫られる。作者の Fisher は、モデルや英語教師などさま
ざまな職業を経験した後、大学院で児童文学の創作を学んだ。友人の息子が、実際に
ギャングに搾取されていたことを知って衝撃を受け、その危険性を伝えるために調査
や取材を重ね、事実に基づくフィクションとしてこの作品を書いた。現在は執筆の傍
ら、児童図書館でも働いている。本作は、2024年のブランフォード・ボウズ賞ロング
リストに選ばれていたが、惜しくもショートリスト入りは逃した。

【カーネギー賞画家賞】

★2024 Yoto Carnegie Medal for Illustration Winner

"The Tree and the River" by Aaron Becker (Walker Books)

☆2024 Shadowers' Choice Medal for Illustration Winner

"The Tree and the River" by Aaron Becker (Walker Books)

 2024年のカーネギー賞画家賞とシャドワーズ・チョイス賞を受賞したのは、米国の
絵本作家 Aaron Becker(アーロン・ベッカー)による "The Tree and the River"。
ベッカーは、映像の世界で活躍したのち絵本の制作に入る。デビュー作 "Journey"
(『ジャーニー 女の子とまほうのマーカー』講談社)で2014年コールデコット賞オ
ナーに選ばれるなど、視覚から想像をふくらませる作品を多く発表し、高く評価され
ている。スペインのグラナダを訪れたときにインスピレーションをうけ創作したとい
う本作は、風景を定点でとらえ何世紀にも渡る時の流れを描いた文字なし絵本。細部
にまでこだわり描き込んだ絵が本好きのシャドワー(子ども審査員)たちの心も掴み、
みごとダブル受賞の快挙を達成した。作品の詳しい内容は、本誌今月号のレビューを
ご覧いただきたい。

※邦訳がある作家、画家については初出の際に片仮名表記を併記しています。

【参考】
▼Joseph Coelho 公式ウェブサイト
https://www.thepoetryofjosephcoelho.com/

▼Tia Fisher 公式ウェブサイト
https://www.tiafisher.com/

▼Aaron Becker 公式ウェブサイト
https://www.storybreathing.com/

▽カーネギー賞作家賞(旧カーネギー賞)受賞作品リスト
                        (やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/carnegie/index.htm

▽カーネギー賞画家賞(旧ケイト・グリーナウェイ賞)受賞作品リスト
                        (やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/greenawy/index.htm

▽ショートリスト(最終候補作品)紹介記事(本誌2024年4月号「賞情報」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2024/04.htm#sokuho

                           (綿谷志穂/三好美香)

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●特集●2024年カーネギー賞作家賞および画家賞受賞作品レビュー
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"The Boy Lost in the Maze" 『迷路の奥の少年』(仮題)
by Joseph Coelho, illustrations by Kate Milner
ジョセフ・コエロー作/ケイト・ミルナー絵
Otter-Barry Books, 2022, ISBN 978-1915659019 (Kindle)
Otter-Barry Books, 2022, 320pp. ISBN 978-1913074333 (HB)
★2024年カーネギー賞作家賞受賞作品
(このレビューは電子書籍版を参照して書かれています)
Amazonで検索する:ISBN   Amazonで検索する:書名と作者名


 主人公テオはロンドンに住む17歳の少年。学校の課題でギリシャ神話の英雄テセウ
スを主題に詩を書くことにする。父のいないテオは父探しの旅をしたテセウスに自ら
を重ねた。テセウスは6つの怪物を退治するなかでクレタ島の迷路でミノタウロスを
倒すことになっている。ミノタウロスは半人半獣で両親に愛されつつ憎まれた存在だ。
テオは英雄の「男らしさ」より怪物のストーリーに思いをはせるようになる──。
 本作は英国のBLM運動に触れている。テオは黒人のルーツを持ちつつ白人の言葉
を話す自分に違和感を覚えたり、黒人特有の髪を扱える理髪店の少なさや、理不尽な
扱いに抵抗する術を父に教われなかった寂しさに胸を痛めたりする。そんな行き場の
ない感情が思考の渦になり、やがて淀み出して怒りに変わっていき、テオが母に〈言
葉の棍棒〉を振りかざす怪物と化す場面に迫力があった。
 だが、テオの思考の渦は淀むだけでなく浄化される。テオは父を探す途中で少女モ
スに出会い、もし行き詰まってもやりなおせばいいことに気づく。これまで語られて
きたギリシャ神話のテセウスとちがい、テオは旅で関わる女性を残酷に扱わず、力こ
ぶを武器にしないどころか、弱さを見せる強さを備えていて真の英雄とは何かを感じ
させた。一方、モスは堂々としていて頼り甲斐があるので、いわゆる女らしさと男ら
しさの概念を反転させてくれてうれしいし、若い読者も共感できると思う。
 この物語は詩の形式で書かれているからこそ様々な描写が胸に響いた。同じフレー
ズやリズムの反復や、行を越えて同じ言葉が重なるさまがテオの心情に呼応している
からだ。例えばテオの負のスパイラル、堂々巡りがそうだ。また、作者が紡ぐ詩には
型があるが、言葉の結び方は自由なため、その新鮮な結びつきがテオの心の揺らぎを
思わせ、いつのまにかテオの行動が他人事に思えなくなっていた。作者は〈テオの迷
路〉の名設計士だ。またペンと鉛筆による繊細なタッチの挿絵は世界に引きこむ力が
ある。この作品は、読者がテオの試行錯誤を体感できる仕掛けになっている。私は一
緒に迷いたかったので、あらゆる「行程」を行きつ戻りつし、全ての距離をたどった
が、人によっては「出口」までの距離が変わるだろう。

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【作】Joseph Coelho(ジョセフ・コエロー):詩人。英国ロンドン生まれ、ケント
州在住で考古学の学士を持つ。これまで何年もステージで詩を朗読するパフォーマン
ス・ポエトリーを行い、観客を魅了してきた。2021年に同じ画家とコンビを組んだ
"The Girl Who Became a Tree" が本賞のショートリストに選出。2022年から2年に
わたり「子どものためのローリエット」を務めた。邦訳に『おもいではきえないよ』
(アリソン・コルポイズ絵/横山和江訳/文研出版)がある。

【絵】Kate Milner(ケイト・ミルナー):イラストレーター兼作家。英国アングリ
ア・ラスキン大学大学院で絵本・児童書のイラストレーションを学び修士号を取得。
2018年に "My Name is Not Refugee"(『なんみんってよばないで。』小寺敦子訳/
合同出版)で Andersen Press 社の創設者の名を冠したクラウス・フリューゲ賞を
受賞した。

【参考】
▼ジョセフ・コエロー公式ウェブサイト
https://www.thepoetryofjosephcoelho.com/

▼ケイト・ミルナー公式 X(旧 Twitter)
https://twitter.com/ABagForKatie

                                (小原美穂)

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"The Tree and the River" 『木と川』(仮題)
by Aaron Becker アーロン・ベッカー作
Walker Books Ltd, 2024, 32pp. ISBN 978-1529516760 (PB)
★2024年カーネギー賞画家賞受賞作品
★2024年カーネギー賞画家賞シャドワーズ・チョイス賞受賞作品
Amazonで検索する:ISBN   Amazonで検索する:書名と作者名


 蛇行する川のほとりにオークの若木がある。この土地を開拓しにきたのだろうか、
ある家族が家を建てている。頁をめくるにつれ人も増えていき、あちこちで朗らかな
語らいがきこえてくるようだ。どこか郷愁をさそうのどかな風景が広がり、やがて城
がそびえるなど、見開きごとに大きく時が流れて川もすがたを変える。一方の村が他
方にのみこまれ、新旧が混在しながら文明は発達していく。現代を飛びこえ近未来ま
でもが垣間見え、時空を旅するようなふしぎな感覚にとらわれる。ところがある日、
そんな飽和した世の中にたいへんなことが起きて──。
 本作をくりかえし読むうちに、自分のまわりでいつも「そこにある」ものや、当た
りまえすぎて「見えていなかった」ことに気づかせられた。土地そのものの息づかい
を感じさせる光の当てかた、場面転換のあざやかさや構図などは、まるで映画を観て
いるようでもある。ベッカーは幼いころから文章の読みとりが苦手で、物事を視覚的
に理解してきた。制作にあたり、風景をより立体的に描くためにひらめきで巨大なジ
オラマまでつくった。粘土などを場面ごとに手作業で変化させて写真を撮ったが、そ
れをもとに多くの失敗を経て描きあげた。
 作品の世界観は画面のすみずみに、そして本の見返しにまで満ちている。想像をめ
ぐらせておなじ頁にとどまっていてもかまわない、子どもが読んでいるあいだ、大人
は頁をめくるのをせかさないでほしいとベッカーはいう。はたしてこの場面は過去か
未来かなど、読みかえすたびに新たな発見があり、人びとの会話や自然の音がよりは
っきりときこえてくる気がした。見えない言葉が浮かびあがるように描きたいという
作者の信念のようなものもまっすぐに伝わってきた。
 本作からどんな声がきこえ、どう感じとり、どう物語っていくかは読者の想像の翼
にゆだねられている。わたしの場合は読後に希望につつまれ、自然や環境をより大切
にしていく意識がはたらいた。そして自分の心の土台となる〈根〉を広く、深く、し
なやかに張っていきたいと思えた。この悠久の作品世界に吸いこまれ、心を解き放っ
ていくひとりひとりの読者が、真の主役なのだと感じる。

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【作】Aaron Becker(アーロン・ベッカー):1974年米国生まれ。幼いころから冊子
絵本をよく手作りするほど、絵を描くのが大好きだった。10年ほど映画のコンセプト
アートの仕事に携わり、子の誕生をきっかけに本格的に作家活動を始める。手がけた
作品に「ジャーニー」三部作(講談社)のほか、死別の悲しみ〈グリーフ〉を知った
女の子が時をかける "A Stone for Sascha" などがある。

【参考】
▼アーロン・ベッカー公式ウェブサイト
https://www.storybreathing.com/

▼アーロン・ベッカー紹介ページ(Candlewick Press ウェブサイト内)
https://www.candlewick.com/authill.asp?b=Author&m=bio&id=11361&pix=y

                                (井上歌織)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2024年KPMGアイルランド児童図書賞発表
★2024年ボストングローブ・ホーンブック賞発表
★2024年コレッタ・スコット・キング賞発表
★2024年チルドレンズ・ブック賞発表

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●編集後記●毎年注目のカーネギー賞。やまねこ翻訳クラブでは、本メールマガジン
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ートリストのなかから受賞作品を予想する企画もおこなわれて盛りあがります。8月
はお休みをいただき、次回は9月号となります。どうぞお楽しみに!(ひ)
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発 行 やまねこ翻訳クラブ
編集人 平野麻紗/三好美香/森井理沙(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企画・執筆・協力 やまねこ翻訳クラブ会員有志
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