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酒寄進一さんインタビュー


『月刊児童文学翻訳』2002年3月号より

 酒寄進一さんインタビュー ノーカット版

【酒寄 進一(さかより しんいち)さん】

 1958年生まれ。上智大学、ケルン大学、ミュンスター大学に学び、新潟大学講師を経て、現在、和光大学表現文化学科教授。児童書を中心に、現代ドイツ文学の研究、紹介を行っている。主な訳書に、『砂漠の宝』(ジクリト・ホイク作/福武書店)、『小さなペルツ』(イリーナ・コルシュノフ作/ラインハルト・ミヒル絵/講談社)、『蠅の乳しぼり』(ラフィク・シャミ作/西村書店)、『ベルリン1933』(クラウス・コルドン作/理論社)※ などがある。

和光大学表現文化学科 酒寄進一さんのホームページ  酒寄進一訳書リストへ

※『ベルリン1933』は「月刊児童文学翻訳」2002年3月号書評編「注目の本」にレビュー掲載。


Q★どういうきっかけで、ドイツ語を学ばれたのですか?
A☆僕は基本的にあまのじゃくなところがあって、みんながやっていることって、あまり好きじゃない(笑)。だから、外国語も英語「以外」のものを勉強したくて、フランス帰りの高校の校長に「フランス語を教えてください」って頼みにいったんです。だけど、断られてしまいました。英語の先生にそのことで不満をいったら、その先生が実は英語よりドイツ語が得意で、そんなに勉強したいならドイツ語を教えてやると いうんです。それで引っ込みがつかなくて、ドイツ語を習うことになりました。文法とかは全然やらなくて、詩の暗記ばかりさせられたんですよ。全寮制の学校だったので、先生が夜までいることも珍しくなくて、授業が終わってから教えてもらいました。高2、高3の2年間です。それで、大学に入るとき、じゃあこのままもっと勉強しようと思って、独文科に進みました。
Q★翻訳をされるようになったきっかけは、何だったのですか?
A☆大学院にいたときから、ドイツ語の通訳をやっていたんです。その通訳仲間のひとりが翻訳事務所を持っていて、仕事を手伝いだしたのがきっかけです。だから、僕は最初、実務翻訳をやっていました。仕事は大量で急ぎのものばかり。ジャンルも、携帯電話の仕様書から医学書まで、なんでもありでしたので、いろんな意味で鍛えられました。おかげで、自分の興味の幅だけでみていたら、絶対に触れることのないような知識や事実に出会うことができたと思います。翻訳の面白さを感じましたね。それは、小説にも通じるんじゃないでしょうか。自分とは縁も所縁もない作家が、ひとつの世界を構築して、自分はその中で遊んでみるわけですから。
Q★児童書の翻訳には、どのようにして関わるようになったのでしょう?
A☆ここがまたあまのじゃくなところなんですが(笑)、ドイツ語をやっているからといって、例えばゲーテのような、特定のひとりの作家を追うことはしたくなかったんです。けっきょく、その大作家の手の内にいるだけで、そこから自分が出られないような気がして。それに、ある程度有名な作家というのは、自分が追いきれない、という気持ちもありました。そこで選んだのが、グリム童話だったんです。別のいい方をすると、神話、伝説、昔話……民俗学といってもいいかもしれません。特定の作家ではなく、社会が生み出した物語を研究するということは、自分もその中に加わって、その一員として遊べるじゃないですか。それで、大学院のころから、民俗学に――グリム童話にはまっていたんです。ただ、そのとき、僕はグリム童話を児童文学とは意識していませんでした。あくまでも、社会の思念、核の部分がそこにあるんじゃないか、という思いからアプローチしていました。
 実務翻訳をやっている頃から、文芸翻訳はいずれやりたいという気持ちがありました。実務翻訳では一定の期間が過ぎると、捨てられてしまうものが多かったので、それがとても辛くて……。自分の責任で自分の納得したものを出す、という翻訳をしたかったんです。そうすると、当時は文芸翻訳しかなかった。そんなときに、福武書店で絵本のドイツ語の契約書を訳すことになりました。そのときの担当が松居友さん。グリムの話で盛り上がるうちに、「これ知ってる?」といって松居さんが出してきたのが、グリム童話の『くまおとこ』の原作でした。「ああ、それなら卒論で丸々1章書いた話です」といったら、「じゃあ、訳さない?」という話になったんです。それから、福武書店でグリム童話を何冊か訳しました。当時は、まさか自分が児童書にずっと関わることになるとは思っていませんでした。
Q★その後、グリム童話以外の児童書を訳されていますが、ご自分で選書されたものなのでしょうか。
A☆はい、基本的にはそうです。『くまおとこ』が出た1984年に、半年ほどドイツに留学していまして、その頃ちょうど福武書店から、ベスト・チョイスという児童書のシリーズを出すので本を選んでほしい、と頼まれたんです。僕はグリム童話も、民俗学の立場からアプローチしていたので、ドイツ児童文学をいろいろ読んだのは、そのときが初めてでした。そうしたら、すごく面白い。それで病みつきになっちゃった(笑)。訳す本は、出版社から「読んでみてほしい」といって渡されることもありますが、たいていは自分で現地で選んだものです。ドイツ語の本はインターネットでも簡単に買えますけれど、僕は基本的には手に取りたいんですよね。ドイツに行けないときは、エージェントに行って、面白そうなものを借りてくることもあります。
Q★厚い本がお好きとうかがっていますが……。
A☆昔からそうですね。「ネシャン」も、手に取って、あの重さが気に入って買いました(笑)。物語の中で遊んでいる時間が好きなんです。短いとすっと終わってしまうでしょう? 短い本は短い本で面白いのですが、僕は本の中にずっといたいので。ただ、日本は出版事情で長いものを出しづらいじゃないですか。ファンタジーブームのおかげで、最近ようやく出しやすくなったという気がします。
Q★ドイツ児童文学には、どんな特徴があると思いますか。
A☆日本の読み物とくらべて長いです。ただ、日本のものは、いくら漢字にルビがふってあっても、小さい子には読めないという作品が出てきてしまう。いい悪いは別にして、作品ごとに対象年齢の制限ができてしまう場合が多い。それに対して、ドイツのものは、アルファベットですから、小さい子でも音に変換できるんです。だから、長い作品も小さいうちからがんがん読める。作品を長くできるのは、アルファベットだから、というのもあると思います。
 それから、児童文学にかぎらず、ドイツ文学は観念的です。「頭から入る」というところがありますね。ある意味、まじめ。エンタテイメント性があるかないかといったら、例えばアメリカの児童文学には負けちゃうなあと思います。それは、国民性もあるかもしれません。ドイツの児童書は、伏線だけじゃなくて、いろんな考え方がちりばめられているから、読むたびに新しい発見がある。味わい深いというか。その代わり、ポップじゃない。言い換えると「重厚な感じ」ということになってしまうのかもしれません。そして、細部まで書こうとするから、どうしても長くなるわけです。
Q★ファンタジー3部作「ネシャン・サーガ」が大好評ですね。訳者からみたこの作品の魅力を教えてください。
A☆「ネシャン・サーガ」シリーズは『ヨナタンと伝説の杖』、『第七代裁き司の謎』、『裁き司最後の戦い』の全3巻からなります。1920年代のスコットランド、車椅子の少年ジョナサンは、現実では体験できない生きる実感のようなものを夢の中に見いだしていきます。夢で見る世界は「ネシャン(涙の地)」とよばれ、光の国と闇の国が長い争いをくり広げていました。争いに終止符をうち、世界をいやすと預言された七番目の「裁き司」を、人々は待ちこがれています。ジョナサンはそのいやしの鍵をにぎることになりますが、それを阻止すべく闇の国から追っ手が放たれます。一難去ってまた一難、はらはらどきどきのスリリングな冒険がつづきます。ジョナサンの夢の冒険が一段落するのが、第2部。そして、第3部で、より広大なネシャン世界全土を巻きこむ新たな冒険がはじまります。
「ネシャン」はもともと作者のラルフ・イーザウさんが、お嬢さんのために書いたプライベートな作品です。それ以降の作品は、プロであることをかなり意識して書いていて、芸が細かく、僕からみると、「大化け」しています。そういう作品ももちろん魅力的ですが、「ネシャン」は他人に読まれるという意識があまりなく自分の思いのたけを綴ったという点で、彼のものすごくコアな部分が出ているんです。たぶん、これから出てくる作品のいろんなところで見えてくる核になるようなものが、この作品には全部入っていると思います。イーザウさんの作品の出発点といえそうです。ですから、彼を追いかけるなら、「ネシャン」は外せませんね。

ネシャン・サーガI『ヨナタンと伝説の杖』表紙
ネシャン・サーガI
『ヨナタンと伝説の杖』

ネシャン・サーガII『第七代裁き司の謎』表紙
ネシャン・サーガII
『第七代裁き司の謎』

Q★「ネシャン」を訳すことになった経緯や、苦労した点などをお聞かせください。
A☆僕が「ネシャン」の第1部を手にしたのは、出たばかりの1995年でした。話は面白かったのですが、どこかの出版社に「出しましょう」といって持ち込むかどうかは、第3部まで出てから、と思っていました。そうしたら、翌年1月にあすなろ書房から読んで評価してほしいという本がきたんです。それが、「ネシャン」の第1部。その本なら読みました、ということになって、そのまま翻訳を引き受けました。
ネシャン・サーガIII『裁き司 最後の戦い』表紙
ネシャン・サーガIII
『裁き司 最後の戦い』
 第1部の翻訳を始めた頃、つづきはまだ出ていませんでした。ですので、どこに伏線がはってあるのかわからなくて、怖かったです。先がわからないために、登場人物の性格付けにも苦労しました。作者の空想の世界の細かい描写は、やはり訳すのが大変でした。作者に直接確認した点もあります。また、この作品は娘さんに語ろうという意識が強いので、書き込みすぎの部分があるんです。いくつかはイーザウさんと相談して圧縮しました。それから、「ネシャン」の世界観を理解するのは、難しかったです。第1部を読んだだけでは、なかなかとらえきれません。第2部、第3部を読んで初めてわかる部分もあって……。実は「ネシャン」には、聖書の思想だけでなく、東洋やほかのいろんな思想も組み込まれていて、それを読みながらときほぐしてくという作業もありました。そのあと最初にもどって、第1部を調整したので、翻訳には時間がかかりました。
 この本は考えようとすると、難しい内容が入っています。でも、エンタテイメント性だけで読んでも充分に楽しめる作品でもあります。何年かして、読み返してみると、また新しい発見があると思いますよ。
Q★「ネシャン」をはじめ、イーザウ氏の作品にはどんな特徴や魅力がありますか。
A☆イーザウさんの作品は、一言でいって、変(笑)。「イーザウさんの宇宙」っていうものができあがっているんです。「イーザウさんの世界」っていう言い方がありますが、彼のは「世界」じゃない。「宇宙」なんです。イーザウさんの中に、ひとつの銀河系みたいなものがあって、地球に相当するプラネットがあちこちにある。パラレルワールドがいっぱいあるわけです。あるひとつの作品にちらりと出てきた登場人物が、別の作品で、200ページもさいて語られていたり、実在の人物や実際の事件が自然に物語に組み込まれていたり。たとえば、ある作品では、トールキンが出てきて、主人公と会っちゃいます(笑)。しかも、これから『指輪物語』という話を書こうとしている、なんて主人公に話すんですからね。ただ、それはパロディーではありません。イーザウさんには自分の世界がきっちりとあって、ごく自然に人物や事件を取り入れているんです。それで、彼の書いた作品は、それぞれ内容は全く別のものなのに、不思議なところでつながっているんですよね。
 昨年、イーザウさんが日本にきたときに、一緒に旅行をしたのですが、面白いのが、話していると、急に顔がぱっと変わるときがあるんです。目が遠くを見ていて、頭のフル回転している音が聞こえてきそうな感じ。そのとき、物語が出来上がっているみたいなんですよ。イーザウさんはパーム(携帯用のパソコン)を常に持ち歩いていて、旅行中もずっと書いていました。来日するときの飛行機の中でも、10時間書いていたみたい。なにせ、今のペースがだいたい年に2〜3冊、1冊平均500ページですからね。ハイペースで僕の翻訳が追いつかない(笑)。内容はどれも独創的ですし、本当にすごいです。
 ドイツの児童文学の話にもどりますが、ヘルトリングをはじめ、エンデの作品も「ものを考えさせる」という点が前面に出ています。1980年代くらいまでのドイツの児童文学の作家は、総じてエンタテイメント性が少ない。でもイーザウさんの作品には、それがあるんです。登場人物の会話だけでも、面白いですから。「ネシャン」でも、けっこう笑える場面があるでしょう? 他の作品もそうなんですよ。かといって、泣かせる場面もあって、自分の思想も盛り込んでいて。そういったバランス感覚がとてもいい作家です。ドイツの児童文学の作家でも、稀有なほうだと思います。
Q★ところで、翻訳をするとき、どんな点に気をつけていらっしゃいますか。
A☆まず、誤訳をしないこと。いや、僕にもありますよ、誤訳(笑)。でも気をつけるようにしています。あとは、日本語にする上でリズムを大切にしています。リズムといえば、僕は作品によってテーマ曲というのを決めているんです。「ネシャン」のときにもありました。ゼトアの曲とか、ヨナタンの曲とか(笑)。長い作品を訳していく中で、音楽があると、多少間があいても、その世界にすっと戻れるんですよね。リズムがすぐに戻ってくるんです。
Q★イーザウ氏の他の作品をすでに翻訳されていて、今年出版予定だそうですね。その作品についてお聞かせください。
A☆『盗まれた記憶の博物館(仮題)』(原作"Das Museum der gestohlenen Erinnerungen")が今年中にあすなろ書房から出る予定です。イーザウさんが「自分の子どものようだ」といっているほど、気に入っている作品です。ベルリンに実在する博物館にある古代バビロニアの門から、人類を支配しようとしている悪い神がよみがえろうとする、という設定です。現代のベルリンと古代のバビロニアがつながっているわけです。この物語には、いろんな要素が盛り込まれているんですよ。謎解きの部分は「シャーロック・ホームズ」。古代とのつながりは「インディー・ジョーンズ」。空想のかわいい世界も出てきて、それは「オズの魔法使い」。ドイツの過去の「記憶」という問題も大きく絡んできます。考えさせる場面あり、笑える場面あり、泣ける場面あり。そうそう、この作品には、古代バビロニアやベルリン市内をはじめ、いろんな地図が出てくるのも特徴です。イーザウさんの手描きデッサンをもとにした地図をつける予定です。これは日本語版限定。装丁から、かなり凝ったものを作りますから、どうぞお楽しみに。
Q★今後のご予定をお聞かせください。
『ベルリン1933』表紙
『ベルリン1933』
クラウス・コルドン作
理論社
A☆具体的に決まっているのは、『盗まれた記憶の博物館(仮題)』の出版です。つづいてイーザウさんの超大作『暁の円卓』(全4巻)にとりかかります。1冊700ページを越えますので、3年がかりくらいになりそうですが。それからアニメ「ロミオの青い空」の原作になったリザ・テツナーの『黒い兄弟』があすなろ書房から復刊されます。
 今後も自分が気に入った作品を出していくつもりです。意識してはいなかったのですが、振り返ってみると、僕は歴史ものとファンタジーを中心に訳してきているみたいなんです。20世紀が終わった今、これからは特に、ドイツの歴史には外せない「ベルリン」をキーワードに、それに関連した作品を紹介していきたいと思っています。
Q★最後に、翻訳を学習している読者にメッセージをお願いします。
☆月並みですが、やはり日本語が大事だと思います。原作をしっかり読み取れることは、もちろん必要ですが、最終的に形になったものを届ける相手は、日本の読者ですよね。その人たちをどれだけ夢中にさせられるかが、腕の見せ所だと思います。
 また、自分の世界観を持つことも大切だと思います。たとえば、自分はこういう世界を紹介したい、とかいうことです。そのためには、現地にどういう作品があるのか、当然勉強しないといけないでしょう。自分の世界観を持っていれば、出版社にアプローチしたとき、言葉に重みも出て、説得力もついてきます。そうなれば、出版につながる可能性も高くなります。がんばってください。
インタビュアー : 田中亜希子

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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