やまねこ翻訳クラブ 資料室
やまねこ翻訳クラブ出身翻訳家対談
「持ち込み」について
ロングバージョン
『月刊児童文学翻訳』2003年4月号より一部転載
【内藤文子(ないとう ふみこ)さん】 上智大学外国語学部卒業。翻訳家兼3人の男の子の母。野球を愛し、いつかは野球がらみの楽しい作品を訳したいという野望も……。
【宮坂宏美(みやさか ひろみ)さん】 弘前大学人文学部卒業。翻訳家。毎年恒例のハワイ旅行が何よりの心の洗濯。現地では休暇を楽しみながらも、行きつけの書店で原書をあさるしっかり者。
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■デビュー前の持ち込みは、体当たりの連続だった■
出版社への持ち込みにかなり積極的なおふたりですが、初めて出版社にアプローチした時のことをおしえてください。 【内藤さん】(以下【内】)初めての持ち込みは1994年。当時、やまねこ翻訳クラブはまだなくて、翻訳に関することは、主に「翻訳の世界」(現在の「eとらんす」/バベル・プレス)から学んでいました。持ち込みのことも、記事で読んで知識としては知っていましたが、自分でもしてみようという気になったのはひょんなきっかけからでした。以前、夫の仕事の関係でアメリカに滞在していたことがあり、その時にたくさんの児童書に触れて、中でもスピード感のあるドナルド・クリューズの絵が大好きになりました。そして帰国後のある日、近所のダイエーに買い物に行ったら、なぜかクューズの原書が置いてあったんです。スーパーのダイエーにですよ! これはもう“持ち込みなさい”という天の声だと思いました。さっそく訳し、クリューズの訳書を出しているH社に電話で売り込みました。結果は黒星。いきなりの電話ですし、原書片手にしどろもどろな話しかできませんでしたから当然です。そこで今度はシノプシスを書き、自分なりの手順も踏んで、F社に持ち込みました。 【宮坂さん】(以下【宮】)F社といったら、老舗の大手じゃないですか! 【内】 無謀ですよね(笑)。葉書でこんな作品を持ち込みたいと知らせた後、全訳、原書のコピー、シノプシスを送りました。しばらくしてから電話してみますと「いい作品だけどストーリー性に乏しい」などと、とても丁寧に応対してくれたんです。その上、なんとリーディングをやってみませんかとおっしゃっていただいて……。 【宮】 すごい! やりましたね。
【内】 でも当時はリーディングのリの字も知らなかったので、怖くなって断ってしまいました。今考えると、もったいない話です。その後も、何社かにあたっては砕け散っていましたが、ある時大学の先輩に「児童書の翻訳をしたい」と話したところ、「知り合いでそういう仕事をしている人がいる」といって、ある翻訳家の方を紹介してくださったんです。その方の紹介で徳間書店に持ち込みをすることができました。すぐには実らなかったのですが、1年半ほどしてから絵本の下訳の仕事をいただくようになり、50〜60冊ほどこなしたところで『宇宙人がきた!』を訳すことになりました。宮坂さんも訳書が出る前からよく持ち込みをしていましたよね。 【宮】 してましたね。でも、初めは作品の「持ち込み」ではなく、仕事をくださいという「売り込み」でした。地方にいた頃に教わっていた翻訳家の先生からK社の下訳の仕事をいただいたことがあったので、結婚して上京した時、思い切ってそのK社に手紙を出したんです。編集長から丁寧な断りの葉書がきたのですが、返事をいただけたことだけで感激しました。でも、無謀でした。当時はシノプシスだって一度も書いたことがなかったんですから……。それからやまねこ翻訳クラブの勉強会に参加し、シノプシスの書き方を学びました。勉強会の後、折りよく「翻訳の世界」で出版社別にシノプシスの課題を出すという企画があり、小峰書店の時に挑戦しました。その時、講評で名前を出して褒めていただいたんです。 【内】 ひとつの出版社が月に1冊ずつ、3か月連続で課題を出していたんですよね。 【宮】 ええ。それで何度か名前を載せていただいたので、これはチャンスと思って小峰書店に手紙を出しました。しばらくして電話をかけると「宮坂さんですね。リーディングをお願いしようかと思っていたんですよ」といわれて大喜び。そのあと、こちらの本の好みをまた手紙に書いて送ったところ、とうとう原書が送られてきました。書いたシノプシスは郵送せずに持参したのですが、それからだいたい1〜1か月半ごとに行ってシノプシスを納品し、次の本を受け取るというサイクルができました。で、実はその度にちゃっかり持ち込みもしていました。
【内】 『サラの旅路』は自分で持ち込んだものですか? 【宮】 そうです。いつものように伺ったら、「宮坂さん、いつも未訳書を紹介してくれるけど、自分で訳したいんですよね?」と聞かれて、「はい」と答えました(笑)。 【内】 素直に答えたほうがいいですよね。編集者のいったことについてあれこれ憶測して悩む人は損ですね。こまかい失敗をいちいち気に病むのもやめたほうがいい。わたしは恥ずかしい失敗が色々あるけど、気にしないことにしています。 |
■今思うと、断られてよかった……■
初めからかなり積極的に行動なさっていたのですね。今振り返ってみて、持ち込みビギナーに伝えておきたい反省点などなにかありますか? 【内】 初めから訳書を出すとは考えずに、リーディングの仕事をもらうきっかけ作りのような気構えでいたほうがいいかもしれないですね。 【宮】 自分を棚に上げるようですが、洋書も読まず、シノプシスも書けない状態で出版社を訪ねると、悪い印象をあたえるだけで終わってしまう可能性があります。実力がある程度備わってからでないと、仕事を受けたとしても迷惑をかけてしまうし……。今だからいえますが、上京したての時、K社に断られて本当によかったと思います。あの頃の自分は、今から思うとド素人だったので。やまねこ翻訳クラブでシノプシスを勉強したのは大きかったです。まったく「やまねこ」のおかげです。 |
■訳書が出てからは持ち込みやすくなった■
訳書を出されてからも、持ち込みは変わらずに続けていらっしゃいますか?
【宮】 はい、続けています。訳書が出てからは持ち込みがしやすくなりました。訳書が名刺代わりになるので。『ジャングルの国のアリス』の持ち込み先だった未知谷は、知り合いのフリーの編集者に紹介していただいたのですが、訳書があったおかげで、すんなり話を聞いてもらえたような気がします。 【内】 わたしも、持ち込みは続けています。訳書が出てからは第1ステージクリアという感じで、出版社の敷居は低くなりました。今は、その本を世に出したいという気持ちはもちろんですが、出版社とのつながりをつくり、編集者に自分のカラーや好みを知ってもらうきっかけになればという思いもあって、持ち込みをしています。 【宮】 カラーを知っておいてもらうと、編集者も「この作品ならこの人」と仕事をふってくれるかもしれませんね。 |
■断られたら「次、いこう」の精神で前進する■
持ち込みはそう簡単には成功しませんよね。断られたら、食い下がったりするのですか? 【内】 当然断られることが多いですが、食い下がったりしないで、もう次のことへと頭を切り替えます。別の出版社では気に入ってもらえるかもしれないですから。それと、だめだったら「次、いこう」といえるぐらい、持ち込み用のストックを持っておくといいですよ。はっきりとした返事をもらえず、そのまま忘れられてしまうこともあります。あきらめきれない本の場合には、もう1冊買って、別の出版社に持って行きます。 【宮】 そういうことがあるので原書を持って行かないという人もいますが、わたしは持って行くことにしています。催促しても返してもらえない時は「あげた!」と思うことにする(笑)。 【内】 やっぱり実物をみせたいですから。持ち込みの原点って「ねえ、みてみて」の精神でしょ。 【宮】 そうですよね。だから持ち込むのは自分が本当に気に入った本です。埋もれさせたくない作品。 【内】 自分が「おもしろかった」というのが選書の一番の基準です。 【宮】 だけど、それだけの思い入れはあっても、預けたらその本のことは忘れて次のことを考えたほうがいいですよ。1冊にこだわって何度もどうなったかを問い合わせるのは逆効果。「急ぐならお返しします」といわれかねないですからね。 内藤さんは出版社からの返事はどのぐらい待ちます? 【内】 以前は1〜2週間で問い合わせてましたね。いまではそんなことはないですが。 【宮】 編集者から(問い合わせるまでの時間が)1か月だとまだ早いと聞いたことがあります。でも、2か月たったらさすがに聞いてみてもいいですよね? 【内】 そうですね。あとね、1年ぐらい放っておかれたりしたら、他の出版社に紹介してしまってもいいとおもいませんか? 【内】 そうそう、探して、読んで、書いて! |
■持ち込む原書はこうやって探す■
「探して、読んで、書いて!」が持ち込みの3原則ということですね。ところで、紹介したい原書探しは、どのようにされていますか? 【宮】 原書はやはり、手にとってみたいので、年に1回行くハワイで児童書の棚をあさります。 【内】 わたしも、現在夫が単身赴任しているシドニーを訪れる度に、書店あさりをしています。でもいまはオンラインでも買えるから便利になりましたね。 【宮】 本当に、たった数年の間にすっかり変わってしまいました。『サラの旅路』の原書は "The Horn Book" で見つけて、アマゾンで取り寄せたのですが、当時はアマゾンジャパンがなく、送料も日数もかかってしまって……。 【内】 "The Horn Book" などの書評誌を参考にしていい本を探すという手もありますよね。 【宮】 それから、好きな作家を追ったり、好きなテーマで追ったりしてもいい。 【内】 うーん、野球関連の本は多すぎて困ってしまう(と、うれしそうな顔)。 【宮】 だけど、大作家や、有名な翻訳家が既に訳を手がけている作家の作品だと持ち込むのは難しいと思います。 【内】 絵本についてはどの出版社も検討しつくしている感があるので、さらに厳しいかもしれません。 |
■持ち込む前には最低限の調べものを■
持ち込みをする時に注意していることはありますか?
【宮】 版権が空いているかどうかが気になるところですが、国会図書館などのホームページで検索して邦訳がなければ、それについてはまず大丈夫ではないでしょうか。ただし、原書が出版されてから数年たっている場合ですが。それと、アマゾンの書評の件数と星の数は参考になります。『盗神伝1』の原書はアマゾンの書評の数がかなり多かったのでシノプシスに書きました。編集者もアクセスしてみて「本当だ」と驚いていました。 【内】 アマゾンからの情報は簡単に手に入りますからね。版権については、個人で厳密に調べるとなると難しいですが、邦訳の有無など持ち込む本について最低限のことは調べておきたいです。 【宮】 出版社の傾向によって持ち込む本を考えるというのも大事ですね。そのためには出版社について調べないといけない。今は、各社のHPがあるから便利になりました。それと実際に連絡を取る時ですが、初めての出版社にはいきなり電話をしないほうがいいと思います。自己紹介と作品の概要を書いて手紙を出して、しばらくしてから電話するのがいいのではないでしょうか。手紙も編集部御中ではなく、担当の編集者を調べて、個人宛てに出せれば一番いいですね。 【内】 出版社によってはメールで大丈夫なところもありますよね。 【内】 ところで、宮坂さんは今まで何冊ぐらい持ち込みをしました? 【宮】 7社で20冊ぐらいだと思います。内藤さんは? 【内】 わたしも7社。でも、何冊かはもうわかりません。 【内】【宮】 おたがい、よくやること。(笑) |
《 内藤さんの最新刊・近刊情報 》 最新訳書は“晴れた日の遊園地みたいに(訳者あとがきより)”楽しさいっぱいのファンタジー『アビーと光の魔法使い』(マイケル・モロイ作/徳間書店)。現在は、ローレンス・イェップの小学校中学年向けの読み物を翻訳中。今年中には出る予定となっている。サンフランシスコのチャイナタウンが舞台の、コミカルな作品だ。 |
《 宮坂さんの新刊・近刊情報 》
ニューベリー賞オナー(次点)に選ばれた『盗神伝1』(メーガン・ウェイレン・ターナー作/金原瑞人共訳/あかね書房)が3月に刊行された。続編の『盗神伝2』が7月に、『盗神伝3』が9月に刊行予定。また、チョコレートの大好きな男の子が主人公の『チョコレート・フィーバー』(仮題)が今年中にポプラ社から出版予定となっている。 (注)『盗神伝1』は月刊児童文学翻訳2003年4月号書評編「注目の本」にレビュー掲載。 |
(編集注)タイトルの巻数に使われているローマ数字は機種依存文字のため、本誌では算用数字で表記しました。
(文責 大塚典子) ※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ copyright © 2003 yamaneko honyaku club |