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やまねこ翻訳クラブ 資料室
小竹由美子さんインタビュー

ロングバージョン

『月刊児童文学翻訳』2004年11月号より


小竹 由美子(こたけ ゆみこ)さん】

1954年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒業。偕成社の『みそっかすなんていわせない』(ジャクリーン・ウィルソン作/ニック・シャラット絵)で翻訳家デビュー。現在は、児童書のみならず、YA、一般書の分野など、幅広い分野で活躍している。香川県在住。訳書に『嵐をつかまえて』『女船長、ロブスターの島に帰る』(以上、白水社)、『みそっかすなんていわせない』『バイバイわたしのおうち』『ふたごのルビーとガーネット』『マイ・ベスト・フレンド』(以上、偕成社)、『なにもかも話してあげる』(晶文社)、『ホワイト・ティース』『直筆商の哀しみ』(以上、新潮社)がある。

最新訳書

タトゥーママ:表紙 ダストビンベイビー:表紙 猫に名前はいらない:表紙
タトゥーママ
ジャクリーン・ウィルソン作
ニック・シャラット絵

偕成社
ダストビン・ベイビー
ジャクリーン・ウィルソン作
ニック・シャラット絵
偕成社
猫に名前はいらない
A.N.ウィルソン

白水社

デビューのきっかけ

いつごろから訳者を目指したのか

編集者との出会い

辞書と環境

ジャクリーン・ウィルソン

アドバイス


Q★デビュー作が刊行されたいきさつを教えていただけますか。
A☆ビギナーズ・ラックです(笑)。書店で何気なく "The Left-Outs"(『みそっかすなんていわせない』)のペーパーバックを買って読んでみると、これがすごく面白い! 勢いで全訳し、すぐ出版社に持ち込みをしたのがデビュー作になりました。イギリスでも注目されていたジャクリーン・ウィルソンの作品を、ちょうど出版社サイドでも検討していたところだったようで、非常に幸運だったと思います。ウィルソンの作品は基本的にすべて好きなので、その好きな作家の作品で、翻訳のキャリアをはじめられたのはとにかくラッキーでした。

Q★全訳されて持ち込みというのもすごいですね。いつごろから翻訳家を目指されたのですか。
A☆翻訳をやりたいと思ったのはそれほど早い時期ではありません。私は、大学を卒業後、すぐに結婚して夫の郷里の香川に住むようになりました。子どもも生まれ、専業主婦で子育てをしていたんです。そのころ、地域情報誌で英語サークルの存在を知り、もともと香川に友人もいませんでしたので、おしゃべり会のように楽しんで通いはじめました。子どももその後に2人生まれ、毎日が育児中心でした。ところが、英語サークルのひとりに、「本気で勉強したいなら」と、自治体が行っている語学クラスに誘われたんです。講師の先生がすばらしい授業を展開してくださったおかげで、英語の力がめきめきついていきました。子どもに手がかからなくなったころには、英語を活かして予備校の非常勤講師の職を得ることもできました。もともと、翻訳に興味があったこともあり、原書がすらすらと読めるようになると共に、自分が惚れ込んだ作品を訳したいという気持ちを持つようになり、そのころから、雑誌の翻訳コンテストに応募を始めたのです。

Q★翻訳コンテストは、やまねこ翻訳クラブでも挑戦しているメンバーが多いです。結果はいかがでしたか。
A☆なかなか入賞するところまでいきませんでした。それでも2年ほど応募は続けていたんです。そんな時、友人が偕成社を紹介してくれました。編集者の方に、何か訳したものを見せてほしいと言われ、絵本の翻訳をお見せしました。「いい作品を見つけたら見せてください」と声をかけてくださったので、"The Left-Outs" と出会った時に「ええいっ!」と全訳したものをお送りしました。決定のお返事までに数か月かかりましたが、決まった時は本当に天にものぼる心地でした!

Q★一般書も児童書でデビューされてから2年後に刊行されています。この作品も持ち込みがきっかけですか。
A☆純粋な持ち込みではないのですが、持ち込みがきっかけでお話をいただけました。ビギナーズ・ラックに気を良くした私は、よしっとばかり、これはと思う本を探し出しては、カラーの合いそうな出版社に送りはじめました。児童書だけではなく、一般書もです。音沙汰もないのがほとんどなので、たまに編集者から手書きの断り状が届くと、それだけで嬉しくなったほどです。ドロシー・アリスンは惚れ込んだ作家のひとりですが、彼女の作品を送った時に、励ますような一言をくださったひとりが晶文社の編集者でした。その方から後に連絡をいただいたのが、『なにもかも話してあげる』。なんと作家はドロシー・アリスンではありませんか! 思いがけない偶然(編集者の方は気づかれてなかった)に小躍りしました。

Q★作品の持ち込みを通して、編集者の方々とつながりができていったのですね。ご自身にとって印象に残る作品はどんなものがありますか。 
A☆初めての出版社と仕事をした作品はどれも印象に残っています。白水社とのご縁も全訳の持ち込みでした(笑)。結局、その作品の企画は通らなかったのですが、訳文は気に入っていただけて、リーディングを依頼されるようになりました。『嵐をつかまえて』(ティム・ボウラー作)は作者にメールを出して版権が売れていないことを確認し、持ち込みしたところ企画が通りました。ティム・ボウラーさんの作品はどれも大好きです。
 そして作品はもちろんのこと、最初に出会った偕成社の編集者の方は、翻訳者としての私を育ててくれた大恩人です。デビュー作もこの方のおかげで世に出ました。その後も自社で通らなかった作品でも良いと思ったものは、別の出版社に話をいれてくださったこともあります。おかげさまで、次の出会いが生まれ、つながりができていきました。とてもありがたいです。

Q★とても順調なペースで翻訳者としてのキャリアをつまれているのですね。
A☆そんなことはありません。最初に持ち込んだ企画が通ってからは、次がなかなか決まらず、幸運の神様の髪の毛(端っこ!)をにぎれただけに、シノプシスを送っても送っても、何の反応もないのは苦しかったです。また、まだ邦訳が出ていないことを確かめて、シノプシスと部分訳を仕上げ、送る出版社も決めていた時に、たまたま入った書店でその本が新刊書コーナーにあるのを見た時は、へなへなと座り込みそうになったこともあります。でも、目のつけどころは間違っていなかったぞと、自分を慰めました。

Q★どのようなペースで翻訳をされていますか。また、よろしければお使いの辞書など環境を教えてください。
A☆だいたい自分で予定をたてて翻訳をしています。たとえば、ウィルソン作品だと、1日10ページは進みます。一般書だと5ページくらいでしょうか。おおざっぱに予定をたて、できなかった日は翌日に取り戻すようにしています。予定よりは早めに仕上げて練り上げに時間をかけるようにしているんです。インターネットが常時接続になり、調べ物に費やす時間がずいぶん減りました。シノプシス作成だと、そうですね、他の予定が何も入っていなければYA作品なら朝から読んで1日で仕上げることはできます。
 英和辞書はパソコンにリーダーズとリーダーズ・プラス、英英辞書はコウビルドですね。それに平凡社の百科事典をいれています。常時立ち上げているのはリーダーズと、あとネット上のアルクの英辞郎(これは文例が豊富で便利!)。最近教えていただいたオンラインスラング辞書、http://www.urbandictionary.com/ も優れものです。英英は http://www.onelook.com/ をよく使っていまね。それから何といっても必要不可欠なのは検索エンジンの Google です。調べ物だけじゃなく、私はよく辞書代わりに使っています。あと、翻訳原稿はワープロソフト Word で仕上げています。

Q★さくさくと翻訳をされているのですね。読むのも早いとお見受けしますが、子どものころから本はよく読まれていたのですか。
A☆いまは普通より丈夫ですが(笑)、子どものころは小児喘息ということもあり、体が弱く、本ばかり読んでいたんです。親が転勤族でしたので、あちこちに住みましたが、近所に図書館もないところでは、小学校の図書室の本をすべて読み、先生から特別にPTA文庫の本を借りたこともあります。父も本好きでしたので、小学生のころから大人の本も読んでいました。芥川龍之介の短編などは、父の本棚から全集をひっぱりだして読みました。ですから、むずかしい漢字も、旧かな遣いもよく知っていたんですよ。ドリトル先生シリーズ、『小公女』、『小公子』なども好きでしたね。小学校高学年になると、O・ヘンリーの短編、ジャック・ロンドンの小説も好きでよく読みました。

Q★たくさん読まれてきたのですね!
A☆読むことは、いまも大好きです。私は、翻訳を究極の「読む」だと思っています。一語一語、どうしてここでこの単語を使ったんだろうかと考えながら訳すわけですから、普通に読むのとは比べものにならないくらい深く「読めて」しまいます。それがすごく楽しいんです! 翻訳の醍醐味ですね。

Q★話は変わりますが、ロンドンに行かれた時、ジャクリーン・ウィルソンさんにお会いになられたそうですね。
A☆はい! 私は海外経験がほとんどなく、新婚旅行でハワイに行ったことと、9年前に住んでいる町の姉妹都市に行ったことぐらいしかありません。いつかロンドンに行きたいと思っていて2年ほど前に出かけました。その時、ウィルソンさんにお手紙を出したところ、滞在中に1日だけ空いている日があり、お会いできました。英語がうまく話せないことを手紙でお伝えしたのですが、「あーら、私なんて、日本語は片言もできませんよ」というお返事が来ました(笑)。そのお返事の印象どおり、終始にこにことなさって、ゆっくり言葉を選んでお話ししてくださり、とてもリラックスしておしゃべりを楽しめました。いつか日本にも来ていただきたいです。

Q★本当ですね! ウィルソン作品を多く訳されていますが、苦労されることはどんなところでしょう。
A☆ウィルソン作品に限らず、悩むのは、言葉遊びや罵り言葉です。他の方が上手に訳されているのを見ると脱帽してしまいます。これらは、翻訳ではどうしてもすくいきれないものもありますが、なんとか工夫をこらします。英語でよく感じるのですが、罵り言葉にセクシュアルな意味合いがこめられている場合がとても多いんです。それに返す言葉もけっこう性的なものを使った言葉になったりするので、悩みますね。ウィルソン作品にでてきた罵り言葉ですが、意味的には「ほんとに」というと、相手は「ほんとにほんとに」と言い返す。「ほんとに」という言葉では、軽い強調の感じは出ますが、もともとの英語の意味(オッパイやオチンチン)までニュアンスを出すことはできません。原文では、そういう性的なニュアンスも響いていると思うのですが、これを子ども向けの本に、もりこむのはとても難しいです。

Q★では最後に翻訳学習者にアドバイスをお願いします。
A☆英語力はもちろんとして、やはり大事なのは日本語力だと思っています。英語力も受験英語はあなどれません。予備校講師の仕事をしていたころ、必要に迫られて文法をきっちり勉強したのですが、翻訳をする上でとても役立ちました。日本語は、日ごろから言葉を蓄積しておくのがいいのではと思います。小説、テレビ、マンガ、道端での会話、そしてインターネット。あらゆる場で渦巻いているさまざまな言葉に常にアンテナをはっておくことは大事です。バラエティー番組なども、会話を訳すのに役立ったりするんです。それから、好きな作家をじっくり訳す、というのはとてもいい勉強になります。いまも私は時間があればそうしていますし、いつか自分が訳したいと思っていた本が刊行された時はざっくりとつきあわせをして、あ、ここは私のほうがいいぞ(笑)とか、訳しにくかったこの部分、なるほどこうきたか、とこれもまた勉強になります。翻訳者志望の方は、ぜひぜひあきらめずに、愛する作品の訳者となれる日を目指してください。

■■これから刊行される小竹由美子さんの翻訳書■■
『シークレッツ(仮題)』(ジャクリーン・ウィルソン作/偕成社)
『プロジェクトX(仮題)』(ジム・シェパード作/白水社)
『ナターシャ(仮題)』(デイヴィッド・ベズモーズギス作/新潮社)
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取材・構成:林 さかな
2004-11-15作成

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。

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