洋書でブレイク |
表紙を開くと、すでに物語がはじまっている。 のどかな田園風景の中で、トマトを収穫する女の子と、老婦人。柔らかな色使いと伸びやかな線で描かれた絵は、さりげないけれど、読者の心をすっと捉える。次のページをめくると、'The Gardener'というタイトルとともに、女の子の両親と思われる二人が、家の前で深刻に話し込んでいる場面が目に入る。のどかな風景に生じた一点の暗雲。まるで映画の冒頭シーンのようだ。 実はこの物語の舞台は、大恐慌によって疲弊した1935年のアメリカである。主人公リディアのつづる手紙で構成された本文を読んでゆくと、両親もしばらく前から職がなく、リディアが都会でパン屋を営むおじさんのもとで暮らすことになったのだとわかる。 大恐慌時代は、アメリカの児童文学において好んで取り上げられる題材だと言ってもいい。苦難を乗り越える力、人を思いやるまごころなどを、くっきりと浮き彫りにできるからだろうか。この絵本ももちろんそうした要素を持っているが、前面に打ち出してはいない。登場人物がみな生き生きとして実在感があるから、読者は自然と豊かなメッセージを感じ取ることができるのだ。きゃしゃで小柄だけれど、てきぱきと実によく働くリディア。無骨で笑顔ひとつ見せないけれど、暖かいハートを持ったパン屋のジムおじさん。やがてリディアは、草花への愛情と祖母ゆずりの園芸の才能を発揮して、殺風景だったパン屋を花で満たしてゆく。 そしてクライマックス。リディアは、どうしてもジムおじさんの笑顔が見たくて、ある秘密の計画を実行に移す。このときのおじさんの表情のすばらしさ。これはもう、実際に手にとって見ていただくしかないだろう。ここから最後の場面への流れは、まさに映画のラストのよう。言葉は少ないけれどあらゆる思いが詰まっていて、何度ページをめくってもじんわりと感動してしまう。 ラストシーンのあとの見返し。ここには熊手やシャベルを持って、向こうの方へ歩いてゆくリディアのうしろ姿が描かれている。 裏表紙を閉じても、物語は心の中で続いてゆ く。 (内藤文子)
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「キッズBOOKカフェ」(月刊『翻訳の世界』1999年12月号掲載)のホームページ版です。
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