「30マイル離れた目的地に、なるべく早く着くこと。ただし、お金は持っていない」こんな命題を与えられたら、あなたはどうするだろう?
クマのヘンリーは、歩くのがいちばんと、さっそく出発した。一方、友人のクマは、90セントの汽車賃をかせぐために働きはじめた。さあ、麦わら帽子のヘンリーと、シルクハットの友人と、どちらが先に到着できるか……。
むろん『うさぎとかめ』ではない。2000年2月に出版され、およそ1か月で6万部、秋にはボストングローブ・ホーンブック賞にも輝いた絵本
Henry Hikes to Fitchburg の冒頭部分だ。作者の D. B. Johnson は著名新聞のイラストも手がけるベテラン画家。若いころからの愛読書
Walden の一節にアイディアを得て、クマのヘンリーの物語を生み出した。
見開きの左ページには友人の働きぶりが、右ページにはヘンリーの道中が、それぞれ平行して示されながら物語は進んでいく。たとえば、友人が草むしりの仕事をしているとき、ヘンリーは野原で押し花をつくっているといったぐあいに、ふたりの姿は対照的に描かれる。同じ目標に向かうとき、今を耐え金銭を得ることでより効率的な方法をとろうとする友人と、ただちに行動を開始して道々を楽しもうとするヘンリー。あなたの生き方、考え方はどちらのタイプに近いだろう?
D. B. Johnson の描き方はフトコロが深い。友人とヘンリーのどちらが良いとも悪いとも断じない。対照的ではあるが、絵の調子をことさら描き分けることもせず、テキストに価値判断を語らせることもしない。子どもたちはそれぞれの受けとめ方でこの絵本を楽しむことができる。
なにかと忙殺されがちなワタシは、友人の周りにいつも存在している時計と、ヘンリーの瞳だけにある輝きが象徴的に見えてしまう。「あなたは時間と経済に過適応し、ヘンリーの瞳を失ってはいないか。Festina
lente!(ゆっくりと急げ)」そんな声が絵本の中から聞こえてくる。
(野木富夫)
Henry Hikes to Fitchburg
by D. B. Johnson, 2000
(Houghton Mifflin Company $15.00 32pages)
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※創作のヒントになった Walden は、19世紀の思想家ヘンリー・D・ソローが人里離れたウォールデン池のほとりに小屋を建て、そこで暮らした2年2か月をつづった古典的著作。2002年4月には次なる絵本
Henry Builds a Cabin の出版が予定されている。
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