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『エンデュアランス号大漂流』 |
圧倒的な物語の力だ。 いつしかわたしは記事を書くという目的も忘れ、3冊の本に読みふけっていた。この秋たて続けに出た『エンデュアランス号大漂流』と『そして、奇跡は起こった!』。そして98年に出た『エンデュアランス号漂流』。 いずれもイギリスの探検家、アーネスト・シャクルトン率いる南極探検隊の、偉大なる遭難の記録である。1914年12月、シャクルトン以下28人の男たちは、南極大陸の横断をめざし、《エンデュアランス号》で出航する。ところが船は氷に閉ざされ、南極大陸にも到達できぬまま立ち往生、やがて氷の圧力に押しつぶされて沈没してしまう。漂う氷盤の上に取り残された28人の男たちはどのようにして苦難の1年半を生き延び、帰還を果たすのか――。 ノンフィクションだから基本的には3冊とも同じ話だ。だが、子どもが何度もせがむ昔話のように、何度読んでも飽きない物語がここにはある。大いなる挑戦と挫折。次々に襲いかかる困難と、それを受けて立つ不屈の男たち。まさに究極の「行きて帰りし物語」。しかも各作品で少しずつ切り口が異なるので、合わせて読むと全体がいっそう鮮明に立ち上がってくる。3冊目を読み終えたとき、わたしの頭の中では風が吠え、怒濤が逆巻いていた。 力ある物語はまた、その周囲に新たな物語を引き寄せる。『〜漂流』の原著が出たのは1959年。古い作品だが、これを愛読書として持ち歩いていた自然写真家、星野道夫氏の1996年の不慮の死を悼むように、98年になって邦訳出版された。 翻訳家の千葉茂樹氏は、出版と同時にこの作品を読み、大いに感銘を受けた。すると翌年まったく偶然に、アメリカでエンデュアランス号にまつわる2冊の児童書が出版される。ぜひ訳したいと名乗りをあげた千葉氏がそのうちの1冊を、「読んでみたらあまりのおもしろさに、どうしてもやろうと誓って全力をあげた」という灰島かり氏がもう1冊を訳し、今回の競演となった。 運命の糸にたぐり寄せられるように、次々と世に出るエンデュアランス号漂流譚。漂流する現代人が、無意識のうちに指針となる物語を求めているのだろうか。隊員たちの不屈の魂は、たしかに、読む者に大いなる勇気を与えてくれる。 (内藤文子) |
「キッズBOOKカフェ」(月刊『eとらんす』2001年1月号掲載)のホームページ版です。
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