得点4対2、9回裏、ツーアウト、ランナーなし。万事休すかと思われたそのとき、2本のヒットがとびだしてツーアウト二塁三塁に。打席へむかうは、無敵の4番打者。観客は総立ち――。
野球ファンならだれだって熱狂せずにいられない、こんな場面をうたった詩がある。100年以上も前からアメリカ人に愛されてきたバラード、Casey at the Bat だ。
この詩が、〈サンフランシスコ・エグザミナー〉という地方紙に発表されたのは、1888年6月3日。社説とアンブローズ・ビアスのコラムの谷間を埋める、目立たない記事だったそうだが、何かが人々の心をとらえたのだろう。口から口へと語りつがれて全米に広まり、以後、オペラや映画、パロディ、絵本など、ありとあらゆる形で伝えられてゆく。ネット書店amazon.com
で調べると、現在、絵本だけでも、数種類が流通している。
2001年度コールデコット賞次点の本書も、その一冊だ。1888年当時の新聞をそのままスクラップしたかのような体裁で、イラストはすべて、エッチング風のペン画。選手のだぶだぶのユニフォームや、観客の山高帽など、風俗も忠実に描かれ、さらに当時の野球カードや入場券などが、そこここにコラージュされるという凝った構成だ。架空の球団マドヴィルの、架空の4番打者ケイシーが、生き生きとした実在感をおびて迫ってくる。
で、打席に立ったケイシーは、どうなったのか。
不敵な笑みを浮かべつつ、初球、2球目と余裕をもって見送り、ツーストライク・ノーボール。3球目にようやく闘争心をむきだしたケイシーは、歯を食いしばってバット一閃! だがボールは、むなしくキャッチャーミットに収まった。三振。試合終了。
かくして、詩は、『リーダーズ・プラス』にも載っている、この有名な一節で結びとなる。"But
there is no joy in Mudville ―― Mighty Casey
has struck out."
三振で終わる詩がこんなにも愛されるなんて、ハッピーエンド好きのアメリカ人には、めずらしい。でも、ここでさよならホームランじゃ、話が終わっちゃう。かといって、見逃し三振じゃ、話にならない。すさまじい空振りで三振するからこそ、人々は明日のケイシーに夢をつなぐのだ。
ゲームは、まだ、終わっていない。
(内藤文子)
Casey at the Bat
by Ernest Lawrence Thayer,
Illustrated by Christopher Bing, 2000
(Handprint Books $17.95 32 pages)
未訳
※この詩の広まった経緯や、続編、パロディに興味のある方には、次の本もおすすめ。
The Annotated Casey at the Bat
Edited by Martin Gardner
(Dover Publications) |
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