思い出は断片的。ある日の出来事、さりげない会話、何でもないしぐさ、空の色、風のにおい……。絵本
Fishing in the Air を読んで、もう何年も忘れていた父の思い出がよみがえった。
ある土曜の朝はやく、「ぼく」は父親といっしょに魚釣りに出かけた。父親は「これから秘密の場所に行くぞ。そこで空をつかまえるんだ。風をつかまえるんだ」という。まだ暗い道を自動車で通りながら、父親が「あの街灯、月に見えないか」というと、街灯がたちまち月にかわっていく。木々は兵隊に、鳥は天使にかわっていく。川につくと、父はさっそく釣り糸をたれた。ぼくは父親の子どものときの話を聞きながら、針のない釣り糸を空にむかってなげる。
『めぐりめぐる月』(もきかずこ訳/講談社)でニューベリー賞を受賞した、シャロン・クリーチの初めての絵本。おちゃめな中に優しさのあふれる文章がクリーチらしい。父子の重なりあい響きあう詩的な会話は読者の心をとらえ、「ぼく」がリールをまいて、釣り糸といっしょに父の思い出、その日の空、雲、風をたぐりよせるようすを映し出す。絵は『やあ、ともだち!』(泉山真奈美訳/偕成社)がコールデコット賞オナーに選ばれた、クリス・ラシュカ。ページからあふれ出んばかりのうずまく線に、筆の運び、力の入れ具合、ぬき具合が見え、「ぼく」に同化したラシュカの気持ちの高まりが感じられる。水彩の淡い色をふんだんに使った幻想的な絵は、父親の話を聞いてふくらむ「ぼく」のイマジネーションそのものだ。
Fishing in the Air を読んで、亡き父のしぐさや言葉を断片的に思い出した。ビールを片手に、野球部でキャッチャーをしていた頃の話をする父。ペットが死んだときに涙を流した父。思い出にとくべつな日は必要ない。「ぼく」が父からもらった思い出は、父が祖父からもらった思い出でもあった。わたしも親になったからには、子どもに思い出を伝えたい。息子が「ぼく」の年頃になったら、父の思い出話をしてみようと思う。
(よしいちよこ)
Fishing in the Air
written by Sharon Creech,
illustrated by Chris Raschka, 2000
(HarperCollins $15.95 32pages)
未訳 |
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