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月刊児童文学翻訳

─2003年9月号(No. 53 書評編)─

※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版>
http://www.yamaneko.org/mgzn/index.htm
編集部:mgzn@yamaneko.org
2003年9月15日発行 配信数 2,500


「どんぐりとやまねこ」

     M E N U

◎賞情報1
オーストラリア児童図書賞発表

◎賞情報2
ブランフォード・ボウズ賞発表

◎注目の本(邦訳絵本)
『ステラもりへいく』 メアリー=ルイーズ・ゲイ作/江國香織訳

◎注目の本(邦訳読み物)
『ハングマン・ゲーム』 ジュリア・ジャーマン作/橋本知香訳

◎注目の本(未訳絵本)
"baby loves" メアリー・カサット画/ウィリアム・ラック文

◎注目の本(未訳読み物)
"The Messenger" マーカス・ズサック作



賞情報1


―― オーストラリア児童図書賞発表 ――



 8月15日、本年度受賞作およびオナー(次点)がオーストラリア児童図書評議会により発表された。1946年に創設されたこの賞は、オーストラリアで最も歴史と権威のある児童文学賞で、全5部門がある。

 2003年の ★Winner(受賞作)、☆Honor Books(次点)は以下の通り。


2003 Children's Book of the Year Awards

【Older Readers】(高学年向け)
★"The Messenger" by Markus Zusak (Pan Macmillan Australia)

☆"Painted Love Letters" by Catherine Bateson (University of Queensland Press)

☆"Walking Naked" by Alyssa Brugman (Allen & Unwin)


 受賞作 "The Messenger" の作者 Zusak は一昨年、昨年とオナー(次点)に選ばれ、今年初受賞となった。本作のレビューは今月号「注目の本(未訳読み物)」コーナーを参照のこと。オナー(次点)に選ばれた "Painted Love Letters" は最愛の父をガンで亡くした少女が主人公。作者の Bateson は本年の Younger Readers 部門では受賞作に選ばれている。"Walking Naked" はクラスの人気者だった少女が真の友情に目覚める姿を、苦味をきかせたリアルなタッチで描く。2001年にも "Finding Grace" が本部門候補作となった作者 Brugman は注目の若手作家。


【Younger Readers】(低学年向け)
★"Rain May and Captain Daniel" by Catherine Bateson (University of Queensland Press)

☆"Horrendo's Curse" by Anna Fienberg, illus. by Kim Gamble (Allen & Unwin)

☆"The Barrumbi Kids" by Leonie Norrington (Omnibus Books, Scholastic Australia)


 受賞作は Older Readers 部門でオナー(次点)に選ばれた Bateson による作品。両親が離婚した主人公メイと、転校先の学校で出会ったダニエルとの友情物語。重い病気にかかりながら豊かな空想力で前向きに生きるダニエルが、メイの心の傷を癒していく。オナー(次点)の "Horrendo's Curse" は、魔女の呪いでどんなときでも礼儀正しくふるまってしまう少年が、おそろしい海賊にとらえられた顛末を愉快に語る。Norrington は本作がデビュー作。オーストラリア北部の小さな町を舞台に、入植者の子どもと先住民アボリジニの子どもたちの友情と、彼らの成長をあたたかなタッチで描いた作品だ。


【Early Childhood】(幼年向け)
★"A Year on Our Farm" by Penny Matthews, illus. by Andrew McLean (Omnibus Books, Scholastic Australia)

☆"The Potato People" by Pamela Allen (Viking, Penguin Books Australia)

☆"Too Loud Lily" by Sofie Laguna, illus. by Kerry Argent (Omnibus Books, Scholastic Australia)


 受賞作 "A Year on Our Farm" はオーストラリアの農場の1年を詩的な文章と透明感あふれる水彩画で描く。作者の Matthews は初受賞。"The Potato People" の Allen はオーストラリアを代表する絵本作家のひとりで、邦訳に『おとぼけマッギーさん』(さかいきみこ訳/偕成社)などがある。"Too Loud Lily" は、声が大きすぎて悩むカバの女の子が主人公のユーモラスな物語。作者の Laguna は舞台俳優、脚本家としても活躍している。


【Picture Book】(絵本)
★"In Flanders Fields" by Brian Harrison-Lever, text by Norman Jorgensen (Sandcastle Books, Fremantle Arts Centre Press)

☆"A Year on Our Farm" by Andrew McLean, text by Penny Matthews (Omnibus Books, Scholastic Australia)

☆"Diary of a Wombat" by Bruce Whatley, text by Jackie French (Angus & Robertson, HarperCollinsPublishers)


 "In Flanders Fields" は第1次世界大戦中、敵味方の関係を超えて1羽の小鳥を救った兵士たちの姿を描いた作品。色彩を抑え、丁寧に描きこまれたペン画が物語の感動を静かに伝える。Early Childhood 部門受賞作の "A Year on Our Farm" はベテ ラン画家 McLean の絵で本部門でもオナー(次点)に選ばれた。Whatley は1998年に次いで2度目のオナー(次点)。アクリル絵の具のくっきりとした色使いで、リアルに描かれたウォンバットの姿が魅力的な作品だ。


【Eve Pownall Award for Information Books】(ノンフィクション)
★"Iron in the Blood: Convicts and Commandants in Colonial Australia" by Alan Tucker (Omnibus Books, Scholastic Australia)

☆"The Mighty Murray" by John Nicholson (Allen & Unwin)

☆"Black Snake: The Daring of Ned Kelly" by Carole Wilkinson (Black Dog Books)


 受賞作は流刑地時代のオーストラリアを題材とした異色作。作者 Tucker は、調査と制作に2年以上を費やした渾身の作品で初めての受賞に輝いた。本部門の常連である Nicholson は、オーストラリア最大の川の歴史と未来を描いてオナー(次点)に選ばれた。Wilkinson は、約120年前に実在した歴史的犯罪者である Ned Kelly の25年の生涯を淡々とした筆致で掘り下げている。本部門では、歴史の暗部に光を当てた2作が受賞作とオナー(次点)に選ばれるという興味深い結果となった。

(森久里子)


【参考】
◆オーストラリア児童図書評議会サイト

◇オーストラリア児童図書賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)

◇オーストラリア児童図書賞について(本誌1998年9月号)

 

オーストラリア児童図書賞発表   ブランフォード・ボウズ賞発表   『ステラもりへいく』   『ハングマン・ゲーム』   "baby loves"   "The Messenger"   MENU  

 

賞情報2


―― ブランフォード・ボウズ賞発表 ――



 2003年ブランフォード・ボウズ賞が、6月25日に発表となった。この賞は1999年に世を去った児童文学作家 Henrietta Branford と、彼女の才能を見出した Walker Books の編集者 Wendy Boase を偲んで、2000年に設立された。イギリス在住の作家が最初に著した児童文学作品が対象となる(一般向けの作家としてすでに地位を築いている作家でも、子ども向けの作品を書いたのが初めてなら対象となる)。また受賞作の編集者には、新しい才能を育てたとして Editor's Award が贈られる。


2003 Branford Boase Award
★"Martyn Pig" by Kevin Brooks (Chicken House)★

Editor's Award: Barry Cunningham (Publishing Director at Chicken House)


 "Martyn Pig" はカーネギー賞の候補にもなった。また、同じ作家の2作目、"Lucas" は今年のガーディアン賞の最終候補に残っている。Barry Cunningham は2000年に Katherine Roberts の "Song Quest"(『ライアルと5つの魔法の歌』吉田利子訳/サンマーク出版)で受賞しており、2度目の受賞となった。

 なお、候補作は以下の6作。

"Massive" by Julia Bell (Macmillan)

"The Ice Boy" by Patricia Elliott (Hodder)
"The Firing" by Richard MacSween (Andersen)

"The Quigleys" by Simon Mason (David Fickling Books)
"Frank and the Black Hamster of Narkiz" Livi Michael (Puffin)

"Feather Boy" Nicky Singer (HarperCollins)


 なお、今回初めてのケースとなるが、審査委員会は Simon Mason の "The Quigleys" を次点に選んだ。編集者は David Fickling と Bella Pearson。4人家族のそれぞれが家族について面白おかしく語る物語だそうだ。著者の Simon Mason は一般向けの著作をすでに3冊出している。
 また、"Feather Boy" は2002年7月に邦訳が出ている(『ぼくが空を飛んだ日』浅倉久志訳/角川書店)。

(赤塚京子)

【参考】

◆ブランフォード・ボウズ賞サイト

◇ブランフォード・ボウズ賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)

◇ブランフォード追悼記事とレビュー(本誌1999年6月号書評編)

◇"Martyn Pig" のレビュー(本誌2003年7月号書評編)

 

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注目の本(邦訳絵本)

―― 緑の風が薫る絵本 ――


『ステラもりへいく』
メアリー=ルイーズ・ゲイ作/江國香織訳
光村教育図書 本体1,400円 2003.07.20 32ページ

"Stella, Fairy of the Forest"
by Marie-Louise Gay
Groundwood Books, 2002

『ステラもりへいく』表紙


「わたし、(ようせいを)なんびゃっかいも見てるわよ」「どこで見たの?」「森のなか。行ってみる?」ステラは弟のサムをつれてようせいをさがしに森へでかける。ヒツジが群れるまきばをながめ、いろいろな花が咲く草原を横切り、川ではサムをおんぶして岩から岩へとわたり……やっとついた森は、大きな古い木がいっぱいでとてもきれい。ステラは木にのぼり、大きな岩にあがって歌をうたう。さあ、ステラとサムはようせいに出会えるかな?

 透明感のある水彩の絵がみずみずしくてさわやかだ。草原や森の木々の緑のなかで、ステラのくるくるカールした赤い髪が鮮やかに映えている。

 髪をなびかせ元気いっぱいで嬉しそうに飛び跳ねるステラに対して、黄金色の髪がつんつんたっている弟のサムは怖がり。でも、行動する前によく考えるタイプなのだろう。まわりをじっくり観察している。性格の違う姉と弟の会話はとても愉快だ。弟の質問に、ステラはなんでも知っているねえさん顔でステラ風に答える。サムはおっかなびっくりで、ねえさんをとても頼りにしているけれど、口ではいっぱしのことをいう。「ちょうちょってなにを食べるの?」「黄色いやつはバターを食べるわ」「それじゃあ青いやつはお空のかけらを食べているんだと思うな、ぼくは」なんて具合。

 川のうえを飛びかうトンボ、木々のあいだに姿をのぞかせるリスやウサギ、様々な小鳥など、こまごました描きこみもまた楽しい。ポツンポツンと雨粒がおちてきたときの森のていねいな描写は心憎いほど。ページをゆっくり眺めながらめくれば、ステラたちと森を散策し、すがすがしい空気をいっぱいごちそうになった気持ちになれる。

 シリーズ第2弾『ゆきのひのステラ』も10月に出版予定という。こんどは、真っ白な雪のなかをステラたちといっしょに歩いてみたい。

(三緒由紀)

【文・絵】メアリー=ルイーズ・ゲイ(Marie-Louise Gay)

 1952年カナダ生まれ。モントリオールの学校で美術を学びながらイラストの仕事をする。1977年から1980年までサンフランシスコのアカデミー・オブ・アート・カレッジで学び、モントリオールに戻った後、絵本の制作をはじめる。"Rainy Day Magic" でカナダ総督文学賞を受賞するなど、カナダの代表的な絵本作家のひとりである。

【訳】江國香織(えくに かおり)

 1964年東京生まれ。目白学園短期大学国語国文科を卒業。アメリカに1年留学する。1987年『草之丞の話』で《小さな童話》大賞を受賞し、その後も創作を重ね、『ぼくの小鳥ちゃん』で路傍の石文学賞、『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』で山本周五郎賞など数々の賞を受賞。絵本の翻訳も『3びきのぶたたち』(デイヴィッド・ウィーズナー作/BL出版)ほか多数ある。


【参考】
◆メアリー=ルイーズ・ゲイの紹介記事
(The National Library of Canada -- The Art of Illustration)

 

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注目の本(邦訳読み物)

―― 自分の心の弱さと向き合うとき ――


『ハングマン・ゲーム』表紙 『ハングマン・ゲーム』
ジュリア・ジャーマン作/橋本知香訳
偕成社 本体1,400円 2003.07 269ページ

"Hangman"
by Julia Jarman
Andersen Press, 1999


 ハングマン・ゲームというのは、首吊り人形の絵が完成するまえに、「つづり」を当てられたら勝ち、という本来は楽しいゲーム。しかし、ダニーにとっては……。

 ダニーは不安だった。私立の学校も、はじめの2年間は楽しかった。でも、中学生になったら、きゅうに勉強がむずかしくなって、ある日、校長先生から学校に来なくていいといわれた……。今度通うリンドレー中学には、小学校のときの友達トービィがいる。同じクラスにはなれなかったけど、また仲よくできるといいな。

 トービィは憂鬱になった。ダニーがうちの学校に転校してくるだって! 小さいころは仲がよかったが、小学校にあがると、その場の雰囲気が読めないダニーといるのは、だんだん重荷になっていった。あんな思いはもうイヤだ……。でも、クラスは別だというし、A組なら優等生のニックがいる。ダニーもなんとかやっていけるだろう。

 ニックは思った。第一印象のとおり、ダニーは超ダサくて、まぬけでのろまなやつだ。なんでこんなやつが、うちのクラスに入ってきたのだろう。

 なぜなのかわからないまま、いじめられるダニー。学校の人気者だが、ダニーに巧妙ないじめをしかけるニック。ある事件をきっかけに、ダニーと同じクラスにされたトービィは、ダニーのことが気になりながらも、ニックの側につくようになっていく。

 舞台はイギリスの中学校だが、日本の学校でも、大人の社会でも、今現実に起こっていることなのかもしれない。3人の気持ちにそれぞれ思い当たるところがあったが、なかでもトービィのゆれ動く気持ちに、共感しながら読んだ。

 ダニーに対して、何もせずにいたトービィが払った代償は大きかった。何もしないことが、〈いじめ〉になっていく過程が見えてくる。物語の後半、ニックのいじめはエスカレートし、3人がそれぞれに追いつめられていくところは、息がつまりそうだ。登場人物のひとりはいう。「人って変われるのね。そう考えると希望がわいてくると思わない?」自分の心の弱さに気づいたら、この言葉を思い出して勇気をだしたい。物語のラスト1行に書かれたトービィの行動、それこそが人は変われるという希望なのだから。

(竹内みどり)

【作】ジュリア・ジャーマン(Julia Jarman)

 1946年、イギリス生まれ。マンチェスター大学で文学と演劇を学ぶ。卒業して教師となり、児童書を書きはじめた。60作以上の作品を発表している。本作がはじめての邦訳で、他の作品には "The Haunting of Nadia" などがある。イギリス中部ベッドフォード市郊外在住。

【訳】橋本知香(はしもと ちか)

 1966年、大阪生まれ。イギリスと日本で育つ。早稲田大学ロシア文学科卒業。CM製作会社勤務を経て、TV字幕・文芸翻訳者となる。主な訳書に『ジャックと離婚』(コリン・ベイトマン作/金原瑞人共訳/東京創元社)。

 

【参考】
◆ Julia Jarman 公式サイト

 

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注目の本(未訳絵本)

―― ふだんの生活にある、たくさんの "love" ――


『ベイビー ラブ』(仮題)
メアリー・カサット画/ウィリアム・ラック文

"baby loves"
works of art by Mary Cassatt, by William Lach
The Metropolitan Museum of Art
Atheneum Books for Young Readers 2002, ISBN 0689853408
48pp.



 絵本といってもストーリーはない。あるのは、メアリー・カサットという159年前に生まれた画家が描いた絵、そして短い詩のような言葉。

 座っている赤ちゃん――母親と乳母の膝の上。3人はバスの椅子に座っている。
 湯浴みをする赤ちゃん――母親がたらいのお湯に手をつけて熱すぎないか確認している。
 水をのんでいる小さい人――母親のもつコップからのんでいる。子どもをみつめる母親とコップの水に目をふせている子ども。

 メトロポリタン美術館が所蔵しているカサットの絵画から、"baby" をキーワードに編集されたのがこの絵本だ。美術館所属の編集者ウィリアム・ラックがそれは美しく編みあげている。

 ごくありきたりの生活の中にある、ありふれた光景、そこに母子の深い愛情を感じさせるカサットの絵。いま、7歳を筆頭に3人の子どもを育てている私は、どの子どもの表情にも、深く共感を覚える。また、日本の美術に魅せられ、多くを吸収していることも親しみを感じるひとつだろう。1890年に、パリでみた浮世絵版画展から、カサットはおおいに刺激をうけた。そして、すぐさま銅版画用印刷機を購入し、版画制作をはじめたという。この本におさめられている16点のうち、半分は版画による作品だ。それらには、不思議と日本人を思わせるような人物が描かれ、実際、「日本的」 と評される絵も多いという。

 どの絵も好きだが、"baby drinks" は特に好きだ。私の娘もこの絵のようにコップから水をのんでいた、その時のことを思い出した。いまは私の手を借りずに自分で水をのんでいる娘だが、絵をみて過ぎた時間を味わうような気持ちになった。母性の画家といわれているカサットが、母子像を描くきっかけは、自身の人生に大きな影響を与えたドガの奨めがあったからだといわれている。彼女自身は、終生独身で母になることはなかった。

 日本の美術館からも、ぜひこのような美しい絵本をだしてもらいたい。

(林さかな)

【画】Mary Cassatt(メアリー・カサット)

 1844年アメリカ・ペンシルヴァニア州に生まれる。ペンシルヴァニア美術アカデミーで学んだのち、画家を志し、1866年単身でパリに渡る。ドガとの出会いにより印象派に参加。以後、創作とともに、母国アメリカに印象派を広めるため、絵画購入のコーディネーターを長年つとめた。1914年、白内障が悪化、一切の創作をやめる。1926年没。

 

【参考】
◆メトロポリタン美術館 メアリー・カサットのページ

 

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注目の本(未訳読み物)

―― トランプが運んでくる謎のメッセージ ――



『メッセンジャー』(仮題)
マーカス・ズサック作

"The Messenger"
by Markus Zusak
Pan Macmillan Australia 2002, ISBN 0330363883
386pp.

2003年オーストラリア児童図書賞 Older Readers 部門受賞作)

 金もない。取り得もない。夢もなければ希望もない。19歳のエドはタクシードライバーの仕事をしながら、ただ何となく毎日を過ごしている。ダメ人間だった父さんそっくりだからと、兄弟の中でただひとり母さんから疎まれ、たまらず家を飛び出した。そんなエドの片思いの相手はオードリー。つぎつぎにいろんな男とつきあっては別れてばかりいる、寂しがりやの女の子だ。このオードリーに、悪友マーブとリッチーを加えた4人でするトランプゲームが、エドの生活の中で唯一の楽しみだった。

 ある日マーブたちと入った銀行に強盗が押し入り、はずみで犯人逮捕に貢献したエド。新聞にも載り、めずらしく母さんまでもが誇らしげに電話をかけてきた。そしてこの事件を契機に、エドの毎日が一変する。すべては郵便受けに入っていたトランプカードに記されたメッセージから始まった……。

 トランプの札を章立ての枠に使って、4つのマークが配された章が13節に分かれ、ジョーカーが登場してエピローグという凝った構成になっている。エドのもとに届くカードには毎回暗号のような謎の言葉が並び、解読すると、そこに示される特定の人物を助けよというメッセージが浮かび上がってくる。誰が? 何のために? わけもわからないまま、エドは目の前で助けを必要とする人たち――本人がそれと自覚していないときも――に、必死で手を貸していく。ときに幸福や達成感に満たされ、ときに危険な目に遭って心身ともにボロボロになりながら。

 自分を蔑む母親との葛藤、うだつのあがらないまま死んでいった父親への思慕、誰よりも理解しそばにいるのに決して振り向いてくれないオードリーへの切ない恋心。エドの複雑な思いを縦糸に、エドが助ける人々のさまざまな人生を横糸として物語が進んでいく。ダメ人間エドの目を通して見る世界だからこそ、どんなに小さな問題にも重みを感じるし、ささやかな喜びにも胸が震える。凝った構成に負けない、中身が濃くて骨太のストーリー。そしてすべての謎が明らかになり……エドですら知りえない種明かしが用意された結末で、あっと驚くと同時にさわやかな感動が残る。みごと作者の術中にはまり、「物語」を読む楽しさにたっぷり浸った1冊だった。

(森久里子)

 

【作】Marcus Zusak(マーカス・ズサック)

 1975年生まれ。歯科医院での警備員を経て2000年 "Fighting Ruben Wolfe" で作家デビューした。翌年同作で、2002年には "When Dogs Cry" でオーストラリア児童図書賞 Older Readers 部門オナー(次点)に選ばれる。現在オーストラリアで最も注目される若手作家のひとり。趣味は映画鑑賞(お気に入りを何度も見る)とラグビー(弱小チームに所属)。シドニー在住。



 

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●編集後記●

体調不良のため、編集人を交代させていただくことになりました。といっても貧血がひどいだけなので、鉄分たっぷりの食事をとって、ゆるゆると生活しつつ、時々は記事執筆で参加できるかなと思っています。半年という短い間でしたが、どうもありがとうございました。(あ)


発 行: やまねこ翻訳クラブ
発行人: 西薗房枝(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人: 赤間美和子/赤塚京子(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画: 蒼子 えみりい 河まこ キャトル きら ぐりぐら くるり ケンタ さかな 小湖 Gelsomina sky SUGO ち〜ず Chicoco ちゃぴ つー 月彦 どんぐり なおみ NON hanemi ぱんち みーこ みるか 麦わら めい MOMO ゆま yoshiyu りり りんたん レイラ ワラビ わんちゅく
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