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2010年4月号
   =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
                                No.119
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2010年4月15日発行 配信数 2390 無料 
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●2010年4月号もくじ●
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◎賞情報:2010年国際アンデルセン賞発表
◎注目の本(邦訳絵本):『ひみつだから!』
                  ジョン・バーニンガム文・絵/福本友美子訳
◎注目の本(邦訳読み物):『ミムス 宮廷道化師』 リリ・タール作/木本栄訳
◎注目の本(未訳読み物):"Where the Mountain Meets the Moon"
                              グレース・リン作
◎賞速報
◎イベント速報
◎世界のお祭り:第21回 北欧のイースター(フィンランド・スウェーデン)
◎読者の広場

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●賞情報●2010年国際アンデルセン賞発表
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 3月23日、2010年国際アンデルセン賞の受賞者およびファイナリストが発表された。
この賞は、児童文学に貢献してきた作家/画家の全業績を称え、国際児童図書評議会
(IBBY)が2年に1度、西暦偶数年に発表するものである。2009年5月に、各国
から推薦された候補者が公表された後、イランのゾーレ・ゲーニ審査委員長のもと長
い時間をかけて選考が重ねられてきた。そして、2010年3月16日のショートリスト発
表を経て、3月23日の受賞者/ファイナリスト発表となった。授賞式は、9月11日ス
ペインでのIBBY世界大会にてとりおこなわれる。
 本誌は2009年9月号特別企画で「2010年国際アンデルセン賞の候補者たち」と題し
て、サッラ・サヴォライネン(フィンランド)とユッタ・バウアー(ドイツ)を紹介
した。そのうちのひとりユッタ・バウアーが画家賞に選ばれ、当編集部は喜びにわい
た。本号では、作家賞と画家賞に分けて、受賞者とファイナリストを紹介していく。
なお、記事内では、邦訳の有無にかかわらず、カタカナ名を使用することとした。

▼国際児童図書評議会(IBBY)発表記事
http://www.ibby.org./index.php?id=1019

▼審査委員長ゾーレ・ゲーニのブログ(各候補者の紹介、The Institute for 
       Research on the History of Children's Literature in Iran 内)
http://www.chlhistory.org/andersen/en/

▽国際アンデルセン賞について(本誌1999年10月号情報編「世界の児童文学賞」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1999/10a.htm#a1bungaku

▽「2010年国際アンデルセン賞の候補者たち」(本誌2009年9月号「特別企画」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2009/09.htm#kikaku

▽国際アンデルセン賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/andersen/index.htm

 作家賞/画家賞の受賞者、およびファイナリストは以下のとおり。

■作家賞■ 〜 the 2010 Hans Christian Andersen Author Award 〜

 ★Winner
 David Almond デイヴィッド・アーモンド(イギリス)

 ☆Finalists
 ・Ahmad Reza Ahmadi アハマディ・レザー・アハマディー(イラン)
 ・Bartolomeu Campos de Queiros
  バルトロメウ・カンポス・デ・ケイロス(ブラジル) 
 ・Lennart Hellsing レンナート・ヘルシング(スウェーデン) 
 ・Louis Jensen ルイ・イェンセン(デンマーク)

【特殊文字】
「Bartolomeu Campos de Queiros」:「Queiros」の「o」の上に
                          アクセント記号(')がつく

 2010年国際アンデルセン賞作家賞で28人の候補者の中から受賞に輝いたのは、英国
のデイヴィッド・アーモンド。さまざまな職業を経て作家になり、1998年に
"Skellig"(『肩胛骨は翼のなごり』山田順子訳/東京創元社、本誌1999年7月号書
評編にレビュー掲載)でカーネギー賞、ウィットブレッド賞(現コスタ賞)児童書部
門など多くの賞を獲得した。おもな作品に "The Fire-Eaters"(『火を喰う者たち』、
本誌2003年10月号にレビュー掲載)、"Clay"(『クレイ』いずれも金原瑞人訳/河出
書房新社、本誌2006年7月号にレビュー掲載)などがある。絵本、戯曲などさまざま
なジャンルの作品を発表しているが、特にヤングアダルト向けの小説で国際的に人気
を博している。
 ファイナリストに名を連ねたほかの4人は、いずれも英語圏以外の出身の作家ばか
り。イランのアハマディ・レザー・アハマディーは1960年代から詩作や映画の脚本を
発表する、キャリアの長い、本国で高い評価を得ている作家だ。作品に "All Those
Years"(英語タイトル)などがある。バルトロメウ・カンポス・デ・ケイロスは、
1974年のデビュー以来、40作以上の児童書を出版しているブラジルの作家。本賞では
受賞者のアーモンドと同じく、2008年に続いてのファイナリストだ。スペインでもそ
の実績に対して児童文学賞を授与されるなど、現在のラテンアメリカを代表する作家
のひとりといえる。作品に "O olho de vidro do meu avo" などがある。ルイ・イェ
ンセンは1983年に児童文学の作家としてデビュー。代表作は "Hundrede historier"
に始まるシリーズで、出版から20年近く経つ今でもデンマークの子どもたちに愛読さ
れている。ほかの作品に、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの生涯をモチーフに
した "Den fattige dreng fra Odense-en bog om H. C. Andersen" がある。
 以上3名の作家は邦訳がないなど、残念ながら日本での知名度はあまり高くない。
しかし、「小さなノーベル文学賞」とも呼ばれる国際的な賞のファイナリストに選ば
れたことで、今後日本でも世界でも注目される作家たちになるかもしれない。
 最後のひとり、レンナート・ヘルシングは1919年スウェーデン生まれ。1940年代か
ら作家として活躍し、90歳を超えた今でも作品を発表し続けるという、驚くほど長い
キャリアを持つ。その間にニルス・ホルゲション賞など、スウェーデンのさまざまな
児童文学賞を受賞。"Den underbara pumpan"(『かぼちゃひこうせんぷっくらこ』奥
田継夫・木村由利子訳/アリス館)には、1978年に本賞の画家賞に輝いたスヴェン・
オットーがイラストを描いている。そのほかの邦訳に『ちゃっかりクラケールのおた
んじょうび』(いしいとしこ訳/プチグラパブリッシング)などがある。

【参考】
▼デイヴィッド・アーモンド公式ウェブサイト
http://www.davidalmond.com/

▼バルトロメウ・カンポス・デ・ケイロス作者紹介ウェブサイト(ポルトガル語)
http://www.caleidoscopio.art.br/bartolomeuqueiros/

▼レンナート・ヘルシング公式ウェブサイト(スウェーデン語)
http://www.hellsingland.se/

▽デイヴィッド・アーモンド作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/a/dalmnd.htm

【特殊文字】
「O olho de vidro do meu avo」:「avo」の a の上に
                   アクサン・シルコンフレクス(^)がつく

                                (井原美穂)

■画家賞■ 〜 the 2010 Hans Christian Andersen Illustrator Award 〜

 ★Winner
 Jutta Bauer ユッタ・バウアー(ドイツ)

 ☆ Finalists
 ・Carll Cneut カルル・クヌート/カール・クヌー(ベルギー) 
 ・Etienne Delessert
  エティエンヌ・ドレセール/エチエンヌ・ドゥレセール(スイス) 
 ・Svjetlan Junakovic スヴェトラン・ユナコビッチ(クロアチア) 
 ・Roger Mello ホジェール・メロ(ブラジル)

【特殊文字】
「Svjetlan Junakovic」:「Junakovic」の「c」の上にアクセント記号(')がつく

 画家賞受賞はドイツのユッタ・バウアー。彼女は1955年ドイツ・ハンブルクのフォ
ルクスドルフ生まれ。詳しくは本誌2009年9月号をご覧いただきたい。絵も文も書い
た邦訳『おこりんぼママ』(橋本香折訳/小学館)は、ママに大声で怒られたペンギ
ン「ぼく」の体がバラバラになってしまうという話。宇宙やジャングルに飛び出して
しまった「ぼく」を探し集めるのは……。『いつもだれかが…』(上田真而子訳/徳
間書店)では明るく前向きなユーモアと生きる希望を感じることができる。
 スヴェトラン・ユナコビッチは1961年クロアチアのザグレブ生まれ。1985年にミラ
ノのブレア美術アカデミーを卒業。画家、彫刻家として多方面で活躍。邦訳「ひらい
てごらん どうぶつえほん」シリーズ(石津ちひろ訳/小学館)は、折りこまれた頁
の後ろに、思いがけない動物たちが隠れている人気のシリーズだ。子どもたちが自分
の手で、不思議の扉を開き、頁いっぱいに描かれた動物たちと対面することができる。
通常の絵本サイズより縦長の細長い作りは、子どもたちの手の大きさにもぴったりだ。
 エティエンヌ・ドレセールは1941年スイス生まれ。米国コネティカット州レークビ
ル在住。80冊以上もの絵本の挿絵、ポスター、彫刻、絵画、アニメーションなどに多
彩な才能を発揮してきた独学の芸術家。『ゆくゆくあるいていくとちゅう』(谷川俊
太郎訳/ほるぷ出版)は、わずか5行のマザー・グースの詩を1冊の絵本にしたもの。
奇妙でかわいらしいものたちが頁を彩り不思議な世界へ誘ってくれる。夫人のリタ・
マーシャルとの共作『ヴィックは本なんてだいきらい!』(うみひかる訳/西村書店)
は、本嫌いの男の子の前に、本の登場人物たちが飛び出してくる話だ。
 カルル・クヌートは1969年ベルギー生まれ。邦訳は2冊。『魔女になりたかった妖
精』(ブリジット・ミンヌ文/目黒実訳/ブロンズ新社)は、上品で優雅で堅苦しい
妖精の生活がすっかりイヤになった妖精の女の子が、魔女の森へ家出をしてしまう話。
幻想的な妖精や魔女の世界がパステルで描かれている。『モルフ君のおかしな恋の物
語』(今江祥智訳/BL出版)は、サーカス犬のモルフ君が相棒を求めて旅にでる話。
ちょっと太めでバカ丁寧なモルフ君の行く手に待ち受けるものは……。こちらは文も
クヌートが手がけている。
 ホジェール・メロは1965年ブラジルの首都ブラジリアで生まれる。イラストレータ
ー、作家、脚本家としても活躍している。挿絵を描いた本は100冊以上にもなり、そ
のうち19冊は文も書いている。残念ながら今のところ邦訳はみあたらない。美しく明
るい色合いで描かれた "Nau Catarineta" は、16世紀ごろのポルトガルの海の伝説。
ポルトガル語圏の国々に口伝えられた物語を再現したものだ。
 最終候補者に挙げられた画家たちは、国内外で数知れない活躍をしているが、その
業績に比べて日本国内における知名度は今ひとつに感じられた。数少ない邦訳作品と
出合い、彼らの作品に触れる機会にしていただければと思う。

【参考】
▼スヴェトラン・ユナコビッチ公式ウェブサイト
http://www.svjetlanjunakovic.com/

▼エティエンヌ・ドレセール公式ウェブサイト
http://www.etiennedelessert.com

▼カルル・クヌート公式ウェブサイト
http://users.telenet.be/carllcneut/

                               (尾被ほっぽ)

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●注目の本(邦訳絵本)●ネコたちの知られざる夜の世界へ
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『ひみつだから!』 ジョン・バーニンガム文・絵/福本友美子訳
岩崎書店 定価1,680円(税込) 2010.02 41ページ ISBN 978-4265068227
Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
"It's a Secret!" by John Burningham
Walker Books, 2009
Amazonで原書の詳細を見る

 バーニンガムの絵本には、デビュー作のガチョウにはじまって、キツネやイヌなど
魅力的な動物たちが、多数描かれてきました。本作『ひみつだから!』で活躍するの
はネコです。表紙には、赤いジャケットと大きな羽根がついた緑の帽子で、バッチリ
きめたおしゃれなネコ。こんなにめかしこんで、一体どうしたのでしょうか?
 マリー・エレインのうちのネコ、マルコムは、毎晩外へ出かけ、朝になると帰って
きます。行き先をお母さんにたずねてみても、「どこかそこらへんにいるだけじゃな
い」なんて言うばかり。ある日、おしゃれをして出かけようとするマルコムを見かけ
たマリー・エレインは、一緒に連れて行ってと頼みこみました。マルコムは、パーテ
ィーのかっこうをして小さくなったらね、と言います。そこでマリー・エレインは、
白いヒラヒラのドレス(羽つき)に着替えて、金色の王冠(!)をかむると、小さく
なっていざ外へ。近所に住む男の子、ノーマン・コワルスキも加わり、夜の街へと繰
り出します。ところが悪いイヌたちに追いかけられて、大ピンチ! でもご心配なく。
マルコムにとっては勝手知ったるいつもの道、まんまとイヌたちをまいた3にんは、
とある屋上広場に到着しました。さぁ、パーティーの始まりですよ!
 一見さらりと描かれたかのようなラフなタッチの絵は、見ているだけで心がほっこ
り、温かく優しい気持ちにしてくれます。バーニンガムマジックのなせる業でしょう
か。キャラクターたちは控えめな表情ながら雄弁に語り、柔らかな印象の絵に時折は
さみこまれる大胆なコラージュが、話をキュッと引き締めてくれます。いともたやす
く小さくなってネコの世界に溶け込む主人公や、夜の屋上で繰り広げられるパーティ
ーの様子など、どこか子どもの夢のようで、不思議と懐かしい気分になりました。子
どもの読者にとっては、空想の世界にストンと落ち着く話なのかもしれません。
 さてさて、マリー・エレインとノーマン・コワルスキは、ネコたちのパーティーで
どんなことをしたと思いますか? 詳しくお教えしたいところですが、それはひみつ
だから! どうぞ本を開いて、ふたりと一緒にネコたちの楽しい夜をのぞいてみてく
ださいね。

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【文・絵】ジョン・バーニンガム(John Burningham):1936年英国サリー生まれ。
デビュー作 "Borka: The Adventures of a Goose With No Feathers"(『ボルカ は
ねなしガチョウのぼうけん』木島始訳/ほるぷ出版)で1963年ケイト・グリーナウェ
イ賞を受賞する。1970年には "Mr. Gumpy's Outing"(『ガンピーさんのふなあそび』
光吉夏也訳/ほるぷ出版)で同賞を再び受賞。多数の絵本が邦訳されている。

【訳】福本友美子(ふくもと ゆみこ):1951年生まれ。慶應義塾大学卒。公共図書
館に勤務後、児童書の研究、翻訳に従事する。訳書に『牛をかぶったカメラマン キ
ーアトン兄弟の物語』(レベッカ・ボンド文・絵/光村教育図書)、『イギリスの野
の花えほん』(ケイト・ベティ文/シャーロット・ヴォーグ絵/あすなろ書房)など
多数。

【参考】
▼ジョン・バーニンガム紹介ページ(Walker Books 内)
http://www.walker.co.uk/contributors/John-Burningham-1656.aspx

▼ジョン・バーニンガムのインタビュー(The Independent 内)
http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/features/
john-burningham-in-2009-being-young-is-terrible-you-cant-run-wild-1668540.html

▽福本友美子訳書・作成書誌リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/yfukumot.htm

                                (佐藤淑子)

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●注目の本(邦訳読み物)●闘え、道化王子よ! 笑いを武器に最後まで
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『ミムス 宮廷道化師』 リリ・タール作/木本栄訳
小峰書店 定価2,520円(税込) 2009.12 550ページ ISBN 978-4338144315
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"Mimus" by Lilli Thal
Gerstenberg Verlag, 2003
Amazonで原書の詳細を見る
★2004年ドイツ児童文学賞ヤングアダルト部門候補作品

 物語の主人公はモンフィール王国の王子フロリーンである。年は12歳。長年にわた
り争いの絶えなかったヴィンランド王国とは、和平が結ばれたばかりだ。王子は平和
が訪れた喜びを胸に、かつての敵国で行われる祝宴へと向かう。だが、彼を待ち受け
ていたのは、ヴィンランド王の罠だった。先に到着していた父王はすでに捕らわれ、
王子自身は宮廷道化師ミムスの弟子にされてしまった。ヴィンランド王の機嫌を損ね
れば、父王に危害が及ぶ。王子は逃げ出すこともできず、怒りと絶望のどん底で屈辱
の日々を耐えるしかなかった。
 当初、ミムスを軽蔑しきっていたフロリーンだったが、どんな場面でも体と頭脳の
すべてを駆使して、次から次へと芸を繰り出す師匠に舌を巻いた。人々からは嫌われ、
蔑まれてはいるが、王でさえも一目おく、その存在感。フロリーンの中で、尊敬の念
が芽生えるのに時間はかからなかった。また、厨房見習いの少年との友情や、王子を
気遣ってくれる敵方の王女との交流も支えとなり、道化に身をやつしながらも、フロ
リーンは敵の牙城で生き抜く術を身につけ成長していく。
 この物語の中で圧倒的な異彩を放つのが、主人公の師となったミムスである。決し
て愛すべき人物ではないものの、道化としての壮絶な生きざまには心底感服させられ
た。時機を逃さず、笑いを武器に相手を愚弄する様子からは、状況を見極めるミムス
の鋭い観察眼がうかがわれる。謀略渦巻くヴィンランドの宮中において最も策士だっ
たのは彼かもしれない。加えて、ミムスが時折フロリーンに見せるいたわりの情にも
ほろりとさせられた。夢にうなされる王子の頬におかれたミムスの手の優しさ。敵対
するふたりの間で、密かにはぐくまれた心のつながりを象徴するこのシーンは、特に
印象的だった。意地悪な道化の裏に善人の顔をもち、深刻な事態さえも笑いに転換し
てしまうミムスの存在が示すのは、人間性や物事を多面的にみる大切さではないだろ
うか。中世ヨーロッパの宮廷道化師を題材に、登場人物を含め細部まで丁寧に描きこ
まれたこの作品。架空の王国が舞台ではあるが、中世史に精通した作者だけあって、
歴史物語的な魅力にあふれている。ぜひ腰を落ち着けてじっくり読んでみてほしい。

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【作】リリ・タール(Lilli Thal):1960年生まれのドイツ人作家。看護師の仕事を
経て、大学で中世史を学び修士号を取得した。後に、情報技術とマルチメディアも学
んでいる。執筆を始めたのは2000年から。初の邦訳作品となったこの物語は、2004年
ドイツ児童文学賞ヤングアダルト部門の候補作品に選ばれたほか、本国内外で数々の
賞に輝く。著書に "Kommissar Pillermeier" シリーズなど。

【訳】木本栄(きもと さかえ):英国ロンドン生まれ。ドイツのボン大学を卒業し
た。現在はベルリンに在住。主な邦訳に『走れ! 半ズボン隊』『帰ってきた半ズボ
ン隊(上下)』(いずれもゾラン・ドヴェンカー作/岩波書店)や絵本『1000の星の
むこうに』(アネッテ・ブライ文・絵/岩波書店)、那須田淳氏との共訳『ちいさな
ちいさな王様』(アクセル・ハッケ作/講談社)など多数。

【参考】
▼リリ・タール紹介ページ(Gerstenberg Verlag 内、ドイツ語)
http://www.gerstenberg-verlag.de/index.php?id=autorendetail&adrzif=9070

▽ドイツ児童文学賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/de/dj/index.htm

                               (加賀田睦美)

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●注目の本(未訳読み物)●少女は、家族の幸せを求めて旅立った
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『ミンリの冒険』(仮題) グレース・リン作
"Where the Mountain Meets the Moon" by Grace Lin
Little, Brown Books for Young Readers, 2009 ISBN 978-0316114271
279pp.
Amazonで詳細を見る
★2010年ニューベリー賞オナー(次点)作品

 本作の舞台となるのは、作者が子どものころから親しんでいた中国の民話をもとに
作り上げた架空の世界。自らのルーツである台湾、中国、香港を実際訪れることで構
想が浮かんだという。イラストも作者自身が手掛けていて、まずは竜の背に乗る少女
の姿が印象的な表紙から、読者を東洋の香り漂う冒険ファンタジーの世界へと導く。
 不毛の山と、竜が姿を変えたとの伝説が残る川に挟まれた貧しい村に、両親と暮ら
すひとりの少女がいた。名前はミンリ。「機転が利く」という意味を持つその名前は、
好奇心旺盛で活発な少女にぴったりだ。一家の生活は苦しかったが、ミンリにとって
何より楽しみだったのは、父が聞かせてくれる数々の物語だった。なかでも、すべて
の人々の運命をつかさどると伝えられる「月の老人」の伝説に心ひかれる。ある日、
村にやってきた金魚売りから、幸運をもたらすと聞いて思わず金魚を買ってしまった
ミンリ。しかし、母から、金魚を飼う余裕などないとしかられ、仕方なく川へ逃がし
にいく。すると突然、金魚が口をきいた。なんと月の老人が住む「はてしなき山」へ
の行き方を知っているという。月の老人に会えば、自分たち家族が幸せになるための
方法が分かるかもしれない。ミンリは、ひとり旅立つことを決意した。
 細やかな情景描写はイラスト同様に美しく、各場面をリアルに想像することができ
た。なおかつ、丁寧に描かれたキャラクターはどこか身近で親しみがわき、すっと物
語の世界へ引き込まれる。主人公ミンリは賢くて気立てはいいが、決して特殊な能力
を持っているわけではなく、ごく普通の少女だ。ただし、誰にも負けない一途さを持
っている。旅の途中、心細くなって涙を流すことはあっても、自分の手で家族を幸せ
にするという信念が思わぬ強さとなるのを感じた。また、旅の出会いがミンリにもた
らした変化も見逃せない。最初に出会い、大切な相棒となった飛べない竜との友情や、
行く先々で救いの手を差しのべてくれた人々との交流が、一途な反面、かたくなすぎ
るところもあったミンリの心を解きほぐす。その思いやりに満ちたエピソードは感動
的だ。強さをはぐくみ、優しさに支えられ、困難を乗り越えていくミンリの成長を見
守りながら、旅の結末まで目が離せなかった。

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【作】Grace Lin(グレース・リン):米国マサチューセッツ州在住の作家兼イラス
トレーター。両親は台湾出身。ニューヨーク州北部で育ち、Rhode Island School of
Design で学んだ後、1999年に最初の絵本 "The Ugly Vegetables" を出版して高い評
価を得た。読み物としては本書が3作目となる。

【参考】
▼グレース・リン公式ウェブサイト
http://www.gracelin.com/

▽ニューベリー賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/newbery/index.htm

                                (平野麻紗)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2010年度ドイツ児童文学賞ノミネート作品発表
                   (受賞作品及び特別賞の発表は10月8日)
★2010年国際アンデルセン賞発表
★2010年度アストリッド・リンドグレーン記念文学賞発表
★2009−2010年ビスト最優秀児童図書賞ショートリスト発表
                         (受賞作の発表は5月24日)
★2009年オーストラリア児童図書賞候補作品発表(受賞作の発表は8月20日)
★2010年エズラ・ジャック・キーツ賞発表

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 安曇野ちひろ美術館「ちひろ美術館コレクション展 4大陸100人の絵本画家たち」
 西宮市大谷記念美術館「韓国の民画と絵本原画展」 など

★講座・講演会情報
 SBWI「Tokyo Translation Day 2010」
 教文館 子どもの本のみせ ナルニア国
「工藤直子さん・エリオットさん対談講演会」 など

★イベント情報
 出版文化産業振興財団(JPIC)「上野の森親子フェスタ」 など

 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

                           (笹山裕子/冬木恵子)

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●世界のお祭り●第21回 北欧のイースター(フィンランド・スウェーデン)
                     今年のイースターサンデーは4月4日
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 寒かった冬が去り、色とりどりの花が咲き始める春。この時期に祝われるキリスト
教のお祭りといえば、復活祭(イースター)です。金曜日に処刑されたイエス・キリ
ストが、3日後の日曜日の朝によみがえったことを祝う祭りで、春分の日から数えて
最初の満月の次に来る日曜日がその日にあたり、移動祝祭日となっています。春の訪
れを祝う古来の祭りがキリスト教に結びついたものだといえますが、詳しくは本誌
1999年3月号「西洋のホリディ」をご参照ください。
 さて、イースターは世界各国で祝われていますが、今回は、フィンランドとスウェ
ーデンのイースター(フィンランド語でパーシアイネン、スウェーデン語でポスク)
の、ちょっと変わった風習をご紹介します。冬が長い北欧の人々にとって、イースタ
ーは待ちわびた春の訪れを知らせる喜びの祭りでもあります。とはいえ、この時期、
北欧ではまだ花が咲きそろわないため、カラフルな色をつけた羽毛で飾った木の枝が
彩りを添えます。スウェーデンでは主に白樺が、フィンランドではネコヤナギが使わ
れるようです。これらの国でも、イースターエッグは欠かせませんが、もうひとつ、
子どもたちが心待ちにしているものがあります。それは、〈イースターの魔女〉です。
 スウェーデンでは、イースター前の木曜日(Maundy Thursday)に魔女が悪魔に会
いに行くと信じられており、地域によっては、魔女除けのためにかがり火を焚いたり、
花火を打ち上げたりします。そして、子どもたちがスカーフを頭に巻き、赤いほっぺ
とそばかすのメークアップをして〈イースターの魔女〉になり、近所の家々を回りま
す。子どもたちは歌を歌ったり、お手製のカードを渡したりし、お返しとしてお菓子
やお小遣いなどをもらいます。
 一方、フィンランドでは、イースターサンデーのちょうど1週間前の日曜日(Palm
Sunday)に、さきほど紹介した羽毛で飾ったネコヤナギの枝を持って、同じく魔女の
扮装をした子どもたちが家々を回ります。こちらの〈イースターの魔女〉は、健康を
祈るまじないのような文句を唱え、その家の人に枝を渡し、お返しとしてお菓子など
をもらいます。このまじないを唱える行為をフィンランド語で「ヴィルポミネン」と
いい、もともとはフィンランドの東隣の国ロシアのギリシア正教の風習でした。17世
紀前半から徐々にロシアに占領されたカレリア地方(フィンランドの南東部)で特に
盛んに行われていたのですが、1939年から始まったソ連との戦争でカレリア地方から
難民や移民が増え、内陸部にもこの風習が広まったようです。ただし、「魔女の扮装
をする」という部分はスカンジナビアの魔女信仰からの風習です。つまり、フィンラ
ンドの〈イースターの魔女〉は、東と西の風習が融合してできたものなのです。
 さて、フィンランドのイースターの食べ物といえば、マンミ(メンミ、マェンミ)
です。スウェーデン経由でカトリック教会がフィンランドに入ったときに、イースタ
ーの前に食べる宗教的な食べ物としてうまれたもので、もともとは南西部や南部でよ
く食べられていました。ライ麦とライ麦麦芽に、オレンジパウダーなどを混ぜてオー
ブンで焼き、クリームや砂糖をかけて食べる柔らかいデザートですが、なんと色がほ
とんど真っ黒なのです。初めて見たときは、びっくりするかもしれません。
 一方、スウェーデンのイースターの食卓には、ポスクムストというジュースが出ま
す。麦芽とホップが主原料で、味はコーラに似ていますがノンカフェインで、大人に
も子どもにも愛される飲み物だそうです。
 スウェーデンを代表する作家リンドグレーンは、『ロッタのひみつのおくりもの』
(石井登志子訳/岩波書店)や『やかまし村の春・夏・秋・冬』(大塚勇三訳/岩波
書店)の中で、〈イースターの魔女〉を楽しむ子どもたちの様子を描いています。そ
れでは、どんな風に変装しているのか、やかまし村をのぞいてみましょう。

*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
 つぎの聖木曜日の夕がた、わたしたち子どもはみんな、復活祭の魔女に変装しまし
た。男の子も、魔女になりました。わたしは、アグダの格子もようのスカーフをかぶ
り、しまのある前かけをつけて、ながい、黒のスカートをはきました。それから、ス
トーブの火かきをもって、魔女ののりものにしました。ラッセは、牛小屋でつかう大
きなほうきにまたがりました。
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*

 第2次世界大戦が始まり、ナチス占領下となったオーストリアからスウェーデンに
逃れてきたユダヤ人姉妹を描いた「ステフィとネッリの物語」シリーズ(アニカ・ト
ール作/菱木晃子訳/新宿書房)の第1巻『海の島』では、この風習を初めて知った
主人公の少女が戸惑いをみせます。国によって祝い方は、本当にさまざまですね。

★参考文献・ウェブサイト
『フィンランドを知るための44章』百瀬宏・石野裕子編著/明石書店
ヘルシンキ市観光局公式ウェブサイト
http://www.visithelsinki.jp/index.html
スカンジナビア政府観光局公式ウェブサイト
http://www.visitscandinavia.or.jp/index.php
SKS(フィンランド文学協会 Finnish Literature Society)公式ウェブサイト
(フィンランド語のみ)
http://www.finlit.fi/tietopalvelu/juhlat/paasiainen/palmusunnuntai.htm
Passport Sweden
http://www.passportsweden.com/index.php?sort=las_mer179
イースター(Easter)について(本誌1999年3月号「西洋のホリディ」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1999/03.htm#holiday

                           (村上利佳/笹山裕子)

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だったという。当クラブでは、早くから邦訳作品リストを作成・公開しており、会員
のなかにはストーリーのおもしろさや語り口の軽妙さ、tall tale のその高さを愛す
るファンも多かった。息子のポール・フライシュマン、名を冠したシド・フライシュ
マン・ユーモア文学賞(SCBWI主催)などとともに、彼の思いを子どもたちに届
けていく手伝いが、ほんの少しでもできたらと思う。(う)
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