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●速報●2012年 ニューベリー賞/コールデコット賞/プリンツ賞発表!!
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現地時間の1月23日、アメリカで最も権威ある児童文学賞、ニューベリー賞/コー
ルデコット賞の発表が行われた。これらの賞は、米国図書館協会(ALA: American
Library Association)が、前年にアメリカで出版された子どもの本の中で、最も優
れた作品に対して贈るものである。
同時に、ヤングアダルト(YA)作品を対象とするマイケル・L・プリンツ賞の発
表も行われた。この賞の主催は米国図書館協会(ALA)のヤングアダルト部門
(YALSA: Young Adult Library Services Association)である。
▼ALA 公式ウェブサイト
http://www.ala.org/
▼YALSA 公式ウェブサイト
http://www.ala.org/yalsa/
▼ALA Youth Media Awards ウェブキャスト
(オンタイムで流されたものが、視聴できる)
http://alawebcast.unikron.com/2012/
各賞の受賞作、およびオナー(次点)は以下の通り。
【ニューベリー賞】(作家対象)
★Winner
"Dead End in Norvelt" by Jack Gantos (Farrar, Straus and Giroux)
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☆Honor Books(2作)
"Inside Out & Back Again" by Thanhha Lai (HarperCollins Children's Books)
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"Breaking Stalin's Nose" by Eugene Yelchin (Henry Holt and Company, LLC)
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2012年のニューベリー賞は、Jack Gantos の "Dead End in Norvelt" の上に輝い
た。時は1962年、舞台はペンシルベニア州に実在する町 Norvelt、12歳の主人公の名
前は作者と同じ Jack Gantos(!)。Jack は夏休みに母親の命令で近所の老婦人を
手伝って死亡記事を書くうちに、さまざまな出来事にまきこまれる……。ミステリー
と驚きと笑いの連続に、この町の史実やこの時代の出来事がちりばめられている。本
の紹介に「ホントの話とありえないフィクションが合体」とあるように、「あくたれ
ラルフ」や「もう、ジョーイったら!」シリーズを書いた Gantos らしいぶっ飛びぶ
りだ。それでも、ニューベリー賞のみならず、歴史小説を対象にしたスコット・オデ
ール賞の2012年受賞作にまで選ばれてしまう仕上がりなのだから、さすがは Gantos。
彼の最高傑作との評も聞かれるこの本、読まずにはいられない!
今年のオナーは2作品。"Inside Out & Back Again" は、ベトナムに生まれ、10歳
で家族とともに難民としてアメリカにわたってきた作者 Thanhha Lai の自伝的な作
品。ベトナム難民の主人公が、言語や風習の異なるアメリカでクラスメートから執拗
にいじめられるなどのつらい経験を乗り越え、新しい環境になじもうと格闘する姿が
描かれている。短い詩で少女の内面を深く描き出した本作は多くの読者の共感を呼び、
2011年全米図書賞児童書部門も受賞した。デビュー作でのこの結果は、快挙といって
よいだろう。
もう一方のオナーは、スターリン時代のソ連を舞台にした "Breaking Stalin's
Nose"。スターリンに憧れ共産党の少年団に入るのを夢みていた10歳の少年 Sasha だ
ったが、ある日突然これまで信じこんでいた生活が崩れさってしまう。全体主義の専
制政治の時代に生きた人々を取り巻く恐怖、体制を盲目的に信じてしまうことの恐ろ
しさとともに、逆境を乗り越えていく主人公の姿がシンプルに力強く描かれ、小学校
中学年の子どもたちの心にも届く作品になっている。作者 Eugene Yelchin は、スタ
ーリン政権後の1956年にソ連で生まれた。1983年には祖国を離れ、現在はアメリカ在
住。絵本画家として活躍しており、初の読み物となる本作には自身による白黒のイラ
ストが豊富に添えられている。
今年も昨年と同様に、「今」ではなく時代をさかのぼった作品が並んだ。うちアメ
リカを舞台とした2作は自伝的な要素が濃く、もう1作の作者 Yelchin も作品の舞
台となった共産主義国家で育っている。作品の持つ臨場感と説得力が、高い評価のゆ
えんかもしれない。また、オナー2作がともに英語を母語としない作家の作品である
事実も感慨深い。
《参考》
▼ニューベリー賞公式ウェブサイト
http://www.ala.org/ala/mgrps/divs/alsc/awardsgrants/bookmedia/newberymedal/
newberymedal.cfm
▼Jack Gantos 公式ウェブサイト
http://www.jackgantos.com/
▼Eugene Yelchin 公式ウェブサイト
http://www.eugeneyelchin.com/
▽ニューベリー賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/newbery/index.htm
▽ジャック・ガントス作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/g/jgantos.htm
(植村わらび)
【コールデコット賞】(画家対象)
★Winner
"A Ball for Daisy" by Chris Raschka (Schwartz & Wade Books)
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☆Honor Books(3作)
"Blackout" by John Rocco (Disney - Hyperion Books)
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"Grandpa Green" by Lane Smith (Roaring Brook Press)
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"Me...Jane" by Patrick McDonnell (Little, Brown and Company)
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2012年コールデコット賞は、Chris Raschka による "A Ball for Daisy" が受賞し
た。耳としっぽが黒い犬の Daisy は、もらった赤いボールがお気に入り。遊ぶのも
眠るのもボールといっしょだったが、あるとき、飼い主の女の子と公園でボール遊び
をしている最中に事件が起こる。2012年ケイト・グリーナウェイ賞のロングリストに
もあがった本作品は、作者としては初の試みである、ほとんど文字のない絵本。効果
的なコマ割りとクローズアップがうまく使い分けられ、Daisy の気持ちが細やかに、
生き生きと描かれている。作者は、2006年にも "The Hello, Goodbye Window"(『こ
んにちは・さようならのまど』石津ちひろ訳/BL出版)で本賞を受賞、また1994年
には "Yo! Yes?"(『やあ、ともだち!』泉山真奈美訳/偕成社)がオナーに選ばれ
ているベテランの絵本作家だ。
オナー作品には、以下の3冊が選出された。
John Rocco が手掛けた "Blackout"(『くらくて あかるい よる』千葉茂樹訳/
光村教育図書)は、2003年の8月、北米で起こった大停電をもとに描かれた作品だ。
ボードゲームをしようと思い立った主人公は、遊ぼうと家族を誘うが、みんなから忙
しいと断られる。そんなとき、街の灯りがみるみる消えていった。暑くて暗い家の中
から出て、家族で屋上へあがって見た満天の星とご近所の様子に主人公たちは……。
現代に暮らす我々は、電気をあって当然のものだと思ってはいないだろうか? 便利
さを追い求める生活に疑問を投げかける、光と影のコントラストが美しい絵本だ。
Lane Smith による "Grandpa Green" は、繊細なイラストと目や心を癒してくれる
ようなやさしい色合いの緑の本であり、また、家族の歴史を紡いだ愛の本でもある。
樹木などを刈り込んで見事につくりあげられた数々のトピアリーを眺めながら、主人
公の少年がひいおじいちゃんの生きてきた歴史をぽつりぽつりと物語る。読後、幸せ
な気持ちになれる作品だ。
Patrick McDonnell の "Me...Jane"(『どうぶつがすき』なかがわちひろ訳/あす
なろ書房)は、動物行動学者、ジェーン・グドールの伝記的絵本である。Jane は、
もらったチンパンジーのぬいぐるみをいつでもどこへでも連れていき、いっしょに遊
んでいた。やがて、花や虫や動物を観察し、ターザンの物語を読み、生き物の研究を
するようになっていく。好きという思いと、それを貫く意志によって人生を切りひら
いた主人公に、読者は勇気づけられることだろう。
今年名前の挙がった作品中、"Blackout" をのぞく3作品が、2011年度のニューヨ
ークタイムズ・ベストイラスト賞にも名を連ねている。また、4作のうち2作の邦訳
が早くも出版されているが、残りの作品も日本での出版が期待される。
《参考》
▼コールデコット賞公式ウェブサイト
http://www.ala.org/alsc/awardsgrants/bookmedia/caldecottmedal/caldecottmedal
▼John Rocco 公式ウェブサイト
http://www.roccoart.com/
▼Lane Smith 公式ウェブサイト
http://www.lanesmithbooks.com/
▼Patrick McDonnell 紹介ページ(Hachette Book Group 内)
http://www.hachettebookgroup.com/features/patrickmcdonnell/index.html
▽コールデコット賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/caldecot/index.htm
▽クリス・ラシュカ作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/r/craschka.htm
(美馬しょうこ)
【プリンツ賞】(YA作品対象)
★Winner
"Where Things Come Back" by John Corey Whaley
(Atheneum Books for Young Readers)
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☆Honor Books(4作)
"Why We Broke Up" by Daniel Handler, art by Maira Kalman
(Little, Brown and Company)
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"The Returning" by Christine Hinwood (Dial Books)
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"Jasper Jones" by Craig Silvey (Alfred A. Knopf)
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"The Scorpio Races" by Maggie Stiefvater (Scholastic Press)
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プリンツ賞は、作品の分野や作家の居住地に一切の制限はなく、前年にアメリカで
出版されたYA作品であれば、過去に他国で出版された作品も対象となる。
栄えある受賞作品は、John Corey Whaley の "Where Things Come Back" だ。同じ
くYALSA主催の The William C. Morris YA Debut Award にも選ばれており、
Whaley は見事デビュー作で、本賞を射止めたことになる。ある夏の日、17歳の少年
Cullen が住むアーカンソー州の田舎町で、すでに絶滅したと思われていた幻のキツ
ツキ「ラザルス・ウッドペッカー」が発見され、町は大騒ぎとなる。メディアやマニ
アが大挙して押しかけ、誰もが浮かれ騒ぐ中、Cullen の弟で15歳になる Gabriel が、
謎の失踪を遂げる。果たして Cullen は弟を捜し出せるのか。作者 Whaley は、複数
のプロットとテーマを巧みに織り交ぜ、メディアとは、正義とは、家族とはなにかを
問いかけている。なお、本作品は映画化の予定もある。
オナーに選ばれたのは4作品。"Why We Broke Up" は、レモニー・スニケットとい
うペンネームでも活躍している Daniel Handler の作品。ティーンエイジャーの少女
Min は、あるパーティーで Ed という少年と出会い恋に落ちる。だが、ふたりの恋は
長くは続かなかった。別れた後、Min は、Ed の家の玄関ポーチに青い箱を届ける。
その中には、ふたりの恋の思い出の品々が入っていた……。これまでにも、数々の絵
本や児童書、大人の本に挿絵を描いている Maira Kalman の美しいイラストとともに、
Min から Ed に向けた手紙という形でふたりの恋の顛末が語られていく。忘れられな
い思春期の恋愛を描いた逸品。
12年の従軍活動から帰還した元兵士の苦悩を描いたのが、Christine Hinwood の
"The Returning" だ。故郷の町に生きて帰ることができたのは Cam ただひとり。戦
争で片腕を失った彼を待ち受けていたのは、婚約破棄という現実と町の人々の不審の
まなざしだった。作者 Hinwood は、自分だけ生きて帰ってきたことを恥じる Cam の
追い詰められた心理を見事に描き出している。なお、この作品は、2009年にオースト
ラリアで出版された "Bloodflower" の米国版である。
本国オーストラリアですでに数々の文学賞を受賞した、Craig Silvey の "Jasper
Jones" は、1960年代のオーストラリアを舞台に展開する作品。白人とオーストラリ
ア先住民の間に生まれた少年 Jasper Jones は、閉鎖的な田舎町で徹底的な差別を受
け、さらにはアルコール依存症の父親にひどい暴力をふるわれながら育った。ある夜、
13歳の少年 Charlie は、そんな Jasper に請われて彼についていく。Jasper に先導
されて着いた藪の中で Charlie が目にしたのは……。閉鎖的な大人たちによる人種
差別というシリアスな社会問題が、Charlie の視点で語られていく。
最後は、Maggie Stiefvater の "The Scorpio Races"。少女 Puck の住む島では、
年に1度の祭りで、人間をも食い殺す獰猛な海馬による競馬 Scorpio Race が開催さ
れる。死の危険と隣りあわせのこの競技で優勝すれば、賞金を得られるだけでなく、
男らしさを証明できるとあって、島の男たちのこのレースにかける意気込みは並々な
らぬものがあった。だが、Puck は、貧困から家族を守るため、女性として初めてこ
のレースに参加することになる。男たちの敵意にさらされた Puck に援助の手を差し
伸べたのは、前回チャンピオンの Sean だけだった。Puck の運命やいかに。
今年も、ミステリー、恋愛、アイデンティティーの確立といった多様なテーマが描
かれた作品が選ばれている。ヤングアダルト世代の読者のみならずとも手に取りたく
なるものばかりだ。
《参考》
▼プリンツ賞公式ウェブサイト
http://www.ala.org/yalsa/printz
▼John Corey Whaley 公式ウェブサイト
http://www.johncoreywhaley.com/
▼"Why We Broke Up" 作品公式ウェブサイト
http://whywebrokeupproject.tumblr.com/
▼"The Returning" 出版社内紹介ページ
http://us.penguingroup.com/nf/Book/BookDisplay/0%2c%2c9780803735286%2c00.
html?The_Returning_Christine_Hinwood
▼Craig Silvey 公式ウェブサイト
http://www.craigsilveyauthor.com/
▼Maggie Stiefvater 公式ウェブサイト
http://maggiestiefvater.com/
▽マイケル・L・プリンツ賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/printz/
(村上利佳) |