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●特集●カーネギー賞/ケイト・グリーナウェイ賞
受賞作品およびショートリスト作品レビュー
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6月14日に発表されたカーネギー賞/ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品と、3月
に発表されたカーネギー賞ショートリストから2作品、計3本のレビューをお届けす
る。
【参考】
▼カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞公式ウェブサイト
http://www.carnegiegreenaway.org.uk/
▽カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞について
(本誌1999年7月号情報編「世界の児童文学賞」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1999/07a.htm#a1bungaku
▽カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品リスト
(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/carnegie/index.htm
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/greenawy/index.htm
▽ショートリスト(最終候補作品)一覧(本誌2012年4月号)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2012/04.htm#sokuho2
▽受賞作品速報(本誌2012年6月号)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2012/06.htm#prize1
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★2012年カーネギー賞受賞作品
★2012年ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品
『怪物はささやく』
パトリック・ネス作/シヴォーン・ダウド原案/ジム・ケイ絵/池田真紀子訳
あすなろ書房 定価1,680円(税込) 2011.11 211ページ ISBN 978-4751522226
"A Monster Calls"
text by Patrick Ness, from an original idea by Siobhan Dowd,
illustrations by Jim Kay
Walker Books, 2011
★2012年チルドレンズ・ブック賞高学年部門受賞作品& Overall Winner
★2012年ドイツ児童文学賞児童書部門ノミネート作品
★2012年ドイツ児童文学賞青少年審査員賞ノミネート作品
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イチイの木の姿をした怪物がやってきたのは真夜中すぎ。そのとき13歳のコナー・
オマリーは、おそろしい夢を見ていた。このところ毎日見ている悪夢だ。最初は、怪
物がコナーをさらいに夢から出てきたのかと思ったが、そうではなかった。いつか現
れるのではと、おそれていた怪物とはまったくちがう姿なのだから怖くない。同時に
別の怪物だったことに失望も感じていた。怪物は、自分が3つの物語を話して聞かせ
るから、4つ目はコナー自身が語らなくてはならないと言う。そしてそれは真実の物
語でなければならないのだと。
コナーは重病を患う母親とふたり暮らしだ。母親は治療を受けるたびに、その副作
用で起き上がることができないほど具合が悪くなる。その間代わりに家事をやるのは
コナーだ。6年前に離婚した父親は遠いアメリカで新しい家族と暮らしている。父親
とはめったに会えないし、手伝いに来る祖母とはウマが合わない。学校では母親の病
気をきっかけに同情の目で見られるようになり、特別扱いされることでいじめの標的
にもなってしまった。コナーは孤独と不安にさいなまれていた。
冒頭の見開きページ、墨をまだらに塗りつけたような闇のなか、全身トゲだらけの
怪物が歩いている。ページを追うごとに大きくなる怪物の絵。そしてコナーの家に襲
いかかるように見開きいっぱいに描かれた場面は迫力満点だ。おそろしさとともに、
不安をかき立てる数々のモノクロの絵はこの物語の本質を表しており、同時にコナー
の心そのものなのかもしれない。
病気というものは、本人だけではなく家族をも苦しめる。闘病期間が長くなればな
おさらで、コナーの感じる不安や孤独、怒りは、同年代の読者はもとより大人でも共
感できる人が多いのではないだろうか。また、話すのをかたくなに拒み続けてきたコ
ナーの〈真実〉があきらかになったとき、その苦しみが痛いほどに伝わってきた。涙
があふれ、しばらく読み進めることができなかったほどだ。けれど、すべてを認め、
受け入れることで新たな一歩を踏み出すことができるのだと、本書は語りかけてくる。
これほど悲しくて、やさしい物語にはなかなか出会えない。人間の善の部分も悪の部
分もすべてを寛容に包み込んでくれる、あたたかい作品だ。
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【作】パトリック・ネス(Patrick Ness):1971年米国生まれ。南カリフォルニア大
学卒業。1999年に渡英。邦訳作品は本書のほかに「混沌の叫び」シリーズの第1巻
『心のナイフ』(上・下)(金原瑞人、樋渡正人訳/東京創元社)。この作品でガー
ディアン賞、ブックトラスト・ティーンエイジ賞を、2巻 "The Ask and the Answer"
(未訳)でコスタ賞児童書部門、最終巻 "Monsters of Men"(未訳)ではカーネギー
賞を受賞。本書で2年連続カーネギー賞受賞を果たした。
【原案】シヴォーン・ダウド(Siobhan Dowd):1960年英国生まれ。国際ペンクラブ
で作家の人権擁護などに携わる。2006年に発表された "A Swift Pure Cry"(未訳)
はデビュー作で、ブランフォード・ボウズ賞を受賞。2007年8月、癌により逝去。邦
訳作品は2009年カーネギー賞に輝いた『ボグ・チャイルド』(千葉茂樹訳/ゴブリン
書房)。刊行された全4作品はいずれも数多くの賞を受賞している。
【絵】ジム・ケイ(Jim Kay):ウェストミンスター大学で学ぶ。テートギャラリー
で2年間、王立キュー植物園の学芸員として4年間勤務。これらの経験がその後の仕
事に大きな影響を与えている。現在はフリーのイラストレーターとして活躍中で、
"The Flaxfield" シリーズ(Toby Forward 作/未訳)などの挿絵も手がけている。
【訳】池田真紀子:1966年東京生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業。会社勤
務を経てフリーの翻訳者となる。主な訳書に『変死体』(パトリシア・コーンウェル
作/講談社)、『スリーピング・ドール』(ジェフリー・ディーヴァー作/文藝春秋)
など多数。
【参考】
▼パトリック・ネス公式ウェブサイト
http://www.patrickness.com/
▼ジム・ケイ公式ウェブサイト
http://www.jimkay.co.uk/
▽パトリック・ネス作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/n/pness.htm
▽シヴォーン・ダウド作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/d/sdowd.htm
(石井柚実)
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★2012年カーネギー賞ショートリスト作品
"Small Change for Stuart"『スチュアートと魔法のコイン』(仮題)
by Lissa Evans リサ・エヴァンス作
Corgi Books, 2012, 278pp. ISBN 978-0552561693 (PB)
★2011年ガーディアン賞ロングリスト作品
★2011年コスタ賞児童書部門ショートリスト作品
★2012年ブランフォード・ボウズ賞ショートリスト作品
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10歳の少年スチュアート・ホーテンは、ビートンというさえない町に越してきた。
スチュアートの反対に耳を貸さず、両親が勝手に決めてしまったのだ。しかも、夏休
みの初めに引っ越すのだからまいってしまう。この町は退屈だし、友だちもいない。
隣家のおかしな三つ子姉妹には手づくり新聞のネタにされるし、もう最悪だ。
ビートンは父親の生まれ故郷だった。かつてホーテン家は「ホーテンのミラクルマ
シーン」という機械工場を営んでいたという。また、大叔父トニーは有名なマジシャ
ンだったらしい。工場は戦時中に焼失し、まもなくトニーも姿を消した。だが今でも、
町のどこかに残る秘密のマジック工房には、魔法のような仕掛けが並んでいるはずだ。
好奇心にかられたスチュアートは、からくり貯金箱から古い3ペンス硬貨を発見す
る。この貯金箱には、秘密の工房を見つけるようにというトニーの手紙も隠されてい
た。古いコインを入れると作動するホーテン社製の古い機械が、工房探しのヒントを
与えてくれる。半世紀以上前につくられた公衆電話、体重計、回転ドア、自動販売機
……。8枚のコインに導かれ、たどりつく先はいったい──?
パズル感覚でテンポよく進む不思議な冒険物語。背の低さへのコンプレックス、ち
ょっと変わった両親への気恥ずかしさ、そして少年らしい好奇心をもつごく普通の主
人公は好感度大だ。天敵だった三つ子のひとりが強力なパートナーとなり、友情が芽
生える過程もほほえましかった。レトロなアイテムがかもしだす非日常感が不思議な
世界へと主人公を誘うさまは、まさにマジックのような巧みさだ。
軽やかすぎる展開にも思えるが、毒のない単純さは逆に新鮮な印象を与える。まる
で愉快な映画を見終わったかのような爽快さがいい。クロスワードパズル作家である
父親の難解な言葉づかいや、隣家のそっくりな三つ子に追われるシーンなどはユーモ
アたっぷりで、頬がゆるむことまちがいないだろう。コメディープロデューサーとし
て活躍した作者だけあって、笑いのツボやポップな映像感覚は抜群だ。
続編 "Big Change for Stuart" では、マジカルワールドが全開。さらなる冒険が
読者を待っている。
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【作】Lissa Evans(リサ・エヴァンス):ロンドン在住。医師からコメディアンに
転身、その後BBCのプロデューサーとして "Father Ted" などの人気コメディ番組
を手がけた異色の経歴をもつ。2002年に作家デビュー。本書は初の児童向け作品であ
る。なお、米国版タイトルは "Horten's Miraculous Mechanisms"。
【参考】
▼リサ・エヴァンスのインタビュー
(The CILIP Carnegie & Kate Greenaway Children's Book Awards 内)
http://www.carnegiegreenaway.org.uk/shadowingsite/watch.php?authorid=2
▼リサ・エヴァンス紹介ページ(Guardian 内)
http://www.guardian.co.uk/childrens-books-site/2011/jul/08/lissa-evans-small
-change-for-stuart
(小島明子)
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★2012年カーネギー賞ショートリスト作品
"My Sister Lives on the Mantelpiece"『暖炉の上のお姉ちゃん』(仮題)
by Annabel Pitcher アナベル・ピッチャー作
Indigo, 2011, 234pp. ISBN 978-1780620299 (PB)
★2011年ガーディアン賞ロングリスト作品
★2012年チルドレンズ・ブック賞高学年部門ショートリスト作品
★2012年ブランフォード・ボウズ賞受賞作品
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ジェイミーは湖水地方に引っ越してきた10歳の少年だ。5年前、姉のローズがロン
ドン同時多発爆弾テロの犠牲になった。それ以来、父は酒に溺れ、母は不倫の末に家
を出ていった。ローズと一卵性双生児のジャスミンは拒食気味になり、髪をピンクに
染めて鼻にピアスをあけた。ジェイミーはローズの記憶はほとんどないものの、ショ
ックのせいで泣けないでいる。一家はつらい思い出ばかりのロンドンを離れ、心機一
転、新生活を始めることにしたのだ。
けれども、相変わらず父は仕事もせず酒浸りで、保護者としての責任を果たそうと
しない。母からは誕生日プレゼントこそ届いたものの、それっきり音沙汰なし。転校
先でジェイミーは、ローズが生きているという嘘をついてしまったり、いじめられた
り。いじめから唯一かばってくれた少女スーニャはイスラム教徒だった。爆弾テロが
イスラム教徒のグループによる犯行だったため、父はイスラム教徒なら誰彼無しに、
ローズのかたきとして激しく憎んでいる。スーニャと仲良くすることは父に対する裏
切りだろうかと、ジェイミーは後ろめたい気持ちを抱くが──。
姉の死を契機に崩壊した家族を、少年の視点で描いた物語。悲しみに沈む両親は生
きているわが子を顧みないが、ジェイミーは贈られたTシャツと添え書きを心のよす
がに母の帰りを待ちわび、父の心情を考えて新しい友情に悩む。ひたすら両親の愛情
を求め続ける主人公の姿があまりにいじらしかった。ともすれば重苦しい雰囲気ばか
りになりそうなつらい状況を描いた作品であるが、10歳らしい素直な感性にあふれた
語り口が、時に笑いを誘い時に真実を突き、読者をひきつけて離さない。
頼りにならない両親に代わり、家庭では姉のジャスミンと愛猫ロジャー、学校では
スーニャが、ジェイミーを支え成長させていく。自身も深く傷ついているジャスミン
がとった行動には姉弟の深い絆が感じられ、スーニャという存在からは偏見や宗教に
ついて考えさせられた。厳しい状況に置かれたとき、その現実とどう向き合い、どう
乗り越えて生きていくか。作者が本作で見せてくれた1つの答えには、子どもだけで
なく大人も勇気づけられるだろう。
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【作】Annabel Pitcher(アナベル・ピッチャー):1982年英国ウェストヨークシャ
ー生まれ。オックスフォード大学で英文学を学び、卒業後は脚本家、教師を経て作家
に。9・11テロに関する DVD を見て着想を得た本書でデビューし、高い評価を受
けた。PB 版の本書にはジャスミン視点の短編も収録されている。次回作は15歳の少
女が主人公。誰にも言えない秘密を死刑囚と共有する物語で、今年11月出版予定。
【参考】
▼アナベル・ピッチャー公式ウェブサイト
http://www.annabelpitcher.com/
▼アナベル・ピッチャーのインタビュー(Wondrous Reads 内)
http://www.wondrousreads.com/2011/03/author-interview-annabel-pitcher-my.html
(森井理沙) |