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●賞情報●2012年カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞候補作品発表
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3月27日、カーネギー賞およびケイト・グリーナウェイ賞のショートリスト(最終
候補作品)が発表された。英国図書館協会が主催するこの賞は、イギリスで最も権威
ある児童文学賞である。昨年11月にロングリストが発表され、カーネギー賞に52作品、
ケイト・グリーナウェイ賞に55作品が挙がっていた。受賞作品の発表は、6月14日ロ
ンドンのバービカン・センターでの授賞式にておこなわれる。ショートリストは以下
の通り。ロングリストは、やまねこ翻訳クラブウェブサイトの「速報(海外児童文学
賞)」コーナーに掲載中。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award
▼カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞公式ウェブサイト
http://www.carnegiegreenaway.org.uk/home/
▽カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞について
(本誌1999年7月号情報編「世界の児童文学賞」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1999/07a.htm#a1bungaku
▽カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品リスト
(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/carnegie/index.htm
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/greenawy/index.htm
【カーネギー賞候補作品】〜 Carnegie Medal 〜(作家対象)
"My Name is Mina" by David Almond (Hodder)
"Small Change for Stuart" by Lissa Evans (Doubleday)
"The Midnight Zoo" by Sonya Hartnett (Walker)
"Everybody Jam" by Ali Lewis (Andersen)
"Trash" by Andy Mulligan (David Fickling)
"A Monster Calls" by Patrick Ness (Walker)
"My Sister Lives on the Mantelpiece" by Annabel Pitcher (Orion)
"Between Shades of Gray" by Ruta Sepetys (Puffin)
本年は、52作品のロングリストの中から8作品がショートリストに残った。そのう
ち実に4作品がデビュー作、あるいは作者にとって初の子ども向け読み物にあたる。
また、近年はYA向けの作品が候補に挙がることが多かったが、本年のショートリス
トはそれより下の世代を対象とした読み物が中心となっている。
David Almond の "My Name is Mina" は、1998年の本賞受賞作 "Skellig"(『肩胛
骨は翼のなごり』山田順子訳/東京創元社)の前日談だ。"Skellig" では主人公の隣
家に暮らす少女として登場する Mina。彼女がつづったノートという形式をとる本書
は、自由な表現と豊かな感性が読者を引きつけ、単独の作品としても十分に楽しめる。
2011年ガーディアン賞ショートリストにも選ばれている。
"Small Change for Stuart" は、テレビやラジオ番組のプロデューサーとしても活
躍する Lissa Evans が手がけた初の子ども向け読み物。10歳の少年 Stuart が魔術
師の大おじをめぐる謎に迫る、ユーモアたっぷりの冒険ミステリーだ。2011年ガーデ
ィアン賞ロングリスト、コスタ賞児童書部門ショートリストにも選ばれ、続編 "Big
Change for Stuart" が今月刊行予定である。
15歳で作家デビューし、これまでに数々の児童文学賞を受賞した Sonya Hartnett
は、"The Midnight Zoo" でショートリストに選ばれた。第2次世界大戦下の欧州で、
ドイツ軍の攻撃を逃れたロマ民族の子どものきょうだいが、爆撃で廃虚と化した町の
動物園にたどりつく。子どもと動物の視点から戦争と自由を描いた、2011年オースト
ラリア児童図書賞高学年向け部門受賞作品。
"Everybody Jam" は、子どものころにテレビドラマで活躍していたこともある Ali
Lewis のデビュー作。かつて世界を旅行し、オーストラリアの牧場で働いたときの経
験に着想を得た。オーストラリアの奥地で牧場を営む一家の13歳の少年 Danny が、
兄の事故死、14歳の姉の妊娠、両親の不和など、さまざまな問題と向き合いながら成
長していく姿を生き生きと描く。
"Trash" は、昨年 "Return to Ribblestrop" でガーディアン賞に輝いた Andy
Mulligan による、パワフルでスリリングな物語。都会のごみ捨て場で暮らす3人の
少年が、ある発見を機に国家権力も絡んだ事件に巻き込まれていく。作品の舞台は明
記されていないが、現在作者が暮らすフィリピンを連想させる。2011年チルドレンズ
・ブック賞高学年向け部門ショートリストにも選ばれ、映画化の予定もある。
昨年本賞を受賞した Patrick Ness は、故 Siobhan Dowd の構想を引き継いで書い
た "A Monster Calls"(『怪物はささやく』池田真紀子訳/あすなろ書房)で今年も
ショートリスト入り。悩みを抱える13歳の少年 Conor の前に、ある夜、庭の木の姿
をした怪物が現れる。物語の世界をより豊かにする Jim Kay のイラストにより本年
のケイト・グリーナウェイ賞ショートリストに同時に選ばれているほか、2012年チル
ドレンズ・ブック賞高学年向け部門および Overall Winner にも輝く。
"My Sister Lives on the Mantelpiece" は、脚本家、教師を経て作家になった
Annabel Pitcher のデビュー作。10歳の少年 Jamie は、5歳のときロンドンの爆弾
テロで姉を亡くす。突然の悲劇に見舞われた家族の喪失と再生を少年の視点から描い
た作品だ。2011年ガーディアン賞ロングリスト、2012年チルドレンズ・ブック賞高学
年向け部門ショートリストにも選ばれている。
Ruta Sepetys のデビュー作 "Between Shades of Gray"(『灰色の地平線のかなた
に』野沢佳織訳/岩波書店)は、15歳の少女 Lina を語り手に、第2次世界大戦のさ
なか祖国リトアニアを追放され、遠くシベリアへ送られた人々の姿を伝える物語。す
でに世界各国で翻訳出版され、2012年ゴールデン・カイト賞フィクション部門にも輝
いている。詳しくは本誌今月号のレビューをご覧いただきたい。
▼David Almond 公式ウェブサイト
http://www.davidalmond.com/
▼Lissa Evans 紹介ページ(Random House 内)
http://www.randomhouse.co.uk/authors/lissa-evans
▼Sonya Hartnett 紹介ページ(British Council 内)
http://literature.britishcouncil.org/sonya-hartnett
▼Ali Lewis 紹介ページ(Andersen 内)
http://www.andersenpress.co.uk/authors/view/67752
▼Andy Mulligan 公式ウェブサイト
http://www.andymulliganbooks.com/
▼Patrick Ness 公式ウェブサイト
http://www.patrickness.com/
▼Annabel Pitcher 公式ウェブサイト
http://www.annabelpitcher.com/
▼Ruta Sepetys 公式ウェブサイト
http://www.rutasepetys.com/
▽デイヴィッド・アーモンド作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://yamaneko.org/bookdb/author/a/dalmnd.htm
▽パトリック・ネス作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/n/pness.htm
(平野麻紗)
【ケイト・グリーナウェイ賞候補作品】〜 Kate Greenaway Medal 〜(画家対象)
"Wolf Won't Bite" by Emily Grabett (Macmillan)
"Puffin Peter" by Petr Horacek (Walker)
"A Monster Calls" by Jim Kay, text by Patrick Ness (Walker)
"Slog's Dad" by Dave McKean, text by David Almond (Walker)
"Solomon Crocodile" by Catherine Rayner (Macmillan)
"The Gift" by Rob Ryan, text by Carol Anne Duffy
(Barefoot Books)
"There Are No Cats in This Book"
by Viviane Schwarz (Walker)
"Can We Save the Tiger?" by Vicky White, text by Martin Jenkins (Walker)
【特殊文字】
「Petr Horacek」:「Horacek」の「a」の上にアクセント記号(´)が、
「c」の上にハーチェク(v)がつく
2012年ショートリスト8作品には、常連に過去受賞者などベテランばかりが選ばれ
た。ケイト・グリーナウェイ賞を2度受賞した Emily Grabett の "Wolf Won't Bite"
で、今回の主役は旅サーカス一座の3匹のブタだ。蝶ネクタイやチュチュ姿のブタた
ちが操っているのはオオカミ。「かまないよ。かまないよ」と触れ回るが……。鉛筆
の細いラインがきっちりとした輪郭を描き、そこに水彩の柔らかく温かな色が添えら
れ、Emily Grabett のお茶目で愉快な世界が展開する。
チェコ生まれの Petr Horacek の "Puffin Peter" は、クレヨンや、水彩、アクリ
ル絵の具を使った明るい色が印象的で、随所に見られるコラージュが効果的な絵本だ。
主人公のパフィン(ツノメドリ)Peter は、嵐に連れ去られてしまった友人 Paul を
探す旅にでる。パフィンは愛らしい顔を持ち、空も飛ぶが、海に浮かび時に潜って魚
を取る。Peter もさまざまな場所を冒険し、青いクジラに助けられ……。
"A Monster Calls" の挿絵で Jim Kay が描いてみせたのは、想像と現実が交錯す
る世界に住む巨大な怪物の姿だ。黒一色のイラストは、深夜に目覚める怪物の漆黒の
世界と、悩みを抱えた少年の心象を重ねてみせ、荒々しく読者を揺さぶる。
2010年にも "Crazy Hair" でショートリストに残った Dave McKean の "Slog's
Dad" は、絵のみで語られるページと、文字だけのページとで構成されている。写真
や CG など多彩な手法が用いられ、物語の奇妙さと不可思議さが際立つ。病に侵され
てこの世を去った Slog の父親が、生前の言葉通りによみがえる。しかし友人の
Davie は彼が本当に Slog の父親かどうか訝しく思う。さて真実は……?
2009年ケイト・グリーナウェイ賞受賞者 Catherine Rayner が、今回 "Solomon
Crocodile" で主役に選んだのはやんちゃ坊主のワニ。大きな口に尖った歯をずらっ
と見せ、どんぐり眼でいたずらっぽく笑っている。一緒に遊ぶ相手を探すのだけれど
……!? 主人公に合わせて(?)横長となった絵本の中で、Solomon は大騒動を繰
り広げる。これまでになく明るく活発な雰囲気とスピード感にあふれた作品だ。
Rob Ryan はキプロス出身のビジュアルアーティスト。彼の仕事ぶりはファッショ
ン誌でも有名だが、近年最も注目を集めているのは、彼の太くたくましい腕から生み
出される繊細で美しい切り絵だ。"The Gift" は女性の一生をたどりながら、人生に
おける生と死、愛を描く。
Viviane Schwarz はドイツ出身。"There Are No Cats in This Book" は3匹のネ
コたちがもっと広い世界を見たいと、絵本を飛び出そうとする仕掛け絵本。2010年シ
ョートリスト "There Are Cats in This Book" の続編だ。くりくりした目の愛嬌た
っぷりな赤・黄・青の猫たちが読者を楽しませようと待っている。公式ウェブサイト
では本人による朗読で彼女の絵本が楽しめる。
動物園に6年間勤めた経験を持つ Vicky White の描く動物は、木炭、絵の具、パ
ステルを使い、写真と見まがうほどの精密さだ。トラは大きくて、どう猛で、美しい
生き物だ。けれども絶滅の危機にさらされている。その事実が見るものをさらに魅了
する。多くの絶滅危惧種を救うためにできることはないかと考えさせられる。
▼Emily Grabett 公式ウェブサイト
http://www.emilygravett.com/
▼Petr Horacek 公式ウェブサイト
http://www.petrhoracek.co.uk/
▼Jim Kay 公式ウェブサイト
http://www.jimkay.co.uk/Jim_Kay_Illustrator/Welcome.html
▼Dave McKean 公式ウェブサイト
http://www.mckean-art.co.uk/
▼Catherine Rayner 公式ウェブサイト
http://www.catherinerayner.co.uk/
▼Rob Ryan 公式ウェブサイト
http://www.misterrob.co.uk/
▼Rob Ryan 公式ブログ
http://rob-ryan.blogspot.com/
▼Viviane Schwarz 公式ウェブサイト
http://www.vivianeschwarz.co.uk/
▽エミリー・グラヴェット作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/g/egravett.htm
▽キャサリン・レイナー作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/r/crayner.htm
(尾被ほっぽ)
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★2012年カーネギー賞ショートリスト作品
★2012年ゴールデン・カイト賞フィクション部門受賞作品
『灰色の地平線のかなたに』 ルータ・セペティス作/野沢佳織訳
岩波書店 定価2,205円(税込) 2012.01 398ページ ISBN 978-4001156515
"Between Shades of Gray" by Ruta Sepetys
Philomel Books, 2011
Amazonで詳細を見る bk1で詳細を見る Amazonで原書の詳細を見る
1941年、第2次世界大戦下のリトアニア。15歳の少女リナは、大学教授の父、母、
弟と暮らしていた。前年にソ連に併合されたリトアニアには不穏な空気が漂い始めて
いたが、絵を描く才能に恵まれたリナは、画家の卵たちが集まる美術の講習会に参加
できることになり、将来への希望に胸を膨らませていた。
ところがある夜、父の留守中に突然ソ連の秘密警察がやってくる。リナたち家族が
強引に押し込められたトラックの荷台には、顔見知りも含め、すでに何人もの人の姿
があった。秘密警察は出産直後の母子さえも容赦なく捕え、郊外の駅に向かう。父の
行方も自分たちの行き先もわからないまま、リナたちは大勢の人々と共に家畜用の貨
車に乗せられた。しかし、それは長くつらい日々の始まりにすぎなかった……。
主人公の少女リナの語りでつづられる物語は、ソ連の秘密警察が家にやってくる冒
頭の場面から緊迫感に満ちている。先に原書で読んだとき、周囲を冷静に観察しなが
ら、時には感情もあらわに訴えかけてくるリナの語り口に引き込まれた。今回邦訳出
版された本書を読み、リナの率直な言葉の数々が改めて胸に響いてきた。幸せな生活
を突然奪われ、国を追われたリナたちは、長い旅の末に連れて行かれたシベリアで強
制労働に従事させられる。尊厳を踏みにじられ、寒さや飢えと闘いながら重労働に耐
える日々。それでもリナは懸命に前を向き、離れた父にメッセージを伝えるべく、そ
して自らの思いを形にするべく、絵を描き続ける。大切な人々への愛や祖国に対する
誇りを胸に今を生きようとする姿から、最後まで目が離せなかった。
リトアニア出身の父を持つ作者は、本書を書くにあたり、実際にリトアニアを訪れ
て人々から直接話を聞いたという。国外に追放され、強制労働収容所や刑務所に入れ
られた人々は、たとえ生きのびて祖国へ戻ることができても不当な扱いを受け、その
経験を語ることさえ命の危険があったそうだ。本書で書かれているような出来事がこ
れまで多く語られてこなかったのは、過去のそういった状況が影響しているためだろ
う。作者がこれらの人々の思いを受け止め、物語を通して広く伝えようとしたことの
意義は、計り知れないほど大きい。
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【作】ルータ・セペティス(Ruta Sepetys):米国ミシガン州で生まれ育つ。父はリ
トアニア出身。米国の大学でオペラ、国際金融を学んだのち、欧州に渡る。帰国後は
音楽業界に携わり、音楽プロデューサーとして活躍しながら大学の教壇にも立ってい
たが、夫の勧めで小説を書くことを決意。本書がデビュー作となる。現在は、テネシ
ー州ナッシュビル在住。
【訳】野沢佳織(のざわ かおり):1961年東京生まれ。上智大学文学部英文学科卒
業。最近の訳書に『ロス、きみを送る旅』(キース・グレイ作/徳間書店)、『転落
少女と36の必読書(上・下)』(マリーシャ・ペスル作/金原瑞人共訳/講談社)、
『隠れ家 アンネ・フランクと過ごした少年』(シャロン・ドガー作/岩崎書店)な
どがある。
【参考】
▼ルータ・セペティス公式ウェブサイト
http://www.rutasepetys.com/
▼"Between Shades of Gray" 作品公式ウェブサイト
http://www.betweenshadesofgray.com/
(平野麻紗) |