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●賞情報●2021年カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト発表
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3月18日、カーネギー賞およびケイト・グリーナウェイ賞のショートリスト(最終
候補作品)が発表された。英国図書館・情報専門家協会(CILIP: The Chartered
Institute of Library and Information Professionals)が主催するこの賞は、イギ
リスで最も権威ある児童文学賞である。昨年11月2日にノミネート作品(カーネギー
賞77作品、ケイト・グリーナウェイ賞75作品)が、続いて今年2月18日にそれぞれ20
作品のロングリストが発表されている。受賞作品の発表は6月16日の予定。なお、子
どもたちが図書館や学校などの読書グループを通じて投票するシャドワーズ・チョイ
ス賞の発表も同日の予定。
本号では、ショートリストに選ばれた作品をご紹介する。ロングリストは、やまね
こ翻訳クラブウェブサイトの「速報(海外児童文学賞)」コーナーに掲載中。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?cmd=tre;id=award#atop
▼カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞公式ウェブサイト
https://www.carnegiegreenaway.org.uk/
▼同ウェブサイト内、2021年ショートリスト発表ページ
https://carnegiegreenaway.org.uk/cilip-carnegie-and-kate-greenaway-medals-
2021-shortlists-announced/
▼同ウェブサイト内、2021年ショートリスト作品一覧
https://carnegiegreenaway.org.uk/cilip-carnegie-medal-shortlist-2021/
https://carnegiegreenaway.org.uk/cilip-greenaway-medal-shortlist-2021/
▽カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞について
(本誌1999年7月号情報編「世界の児童文学賞」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1999/07a.htm#a1bungaku
▽カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞受賞作品リスト
(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/carnegie/index.htm
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/greenawy/index.htm
(※邦訳がある作家、画家については初出の際に片仮名表記を併記しています)
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【カーネギー賞ショートリスト】
〜 2021 CILIP Carnegie Medal Shortlist 〜(作家対象)
"Clap When You Land" by Elizabeth Acevedo (Hot Key Books)
"The Girl Who Speaks Bear" by Sophie Anderson (Usborne)
"The Girl Who Became a Tree" by Joseph Coelho (Otter-Barry Books)
"On Midnight Beach" by Marie-Louise Fitzpatrick (Faber)
"Run, Rebel" by Manjeet Mann
(Penguin Random House Children's)
"Look Both Ways" by Jason Reynolds (Knights Of)
"The Fountains of Silence" by Ruta Sepetys
(Penguin Random House Children's)
"Echo Mountain" by Lauren Wolk
(Penguin Random House Children's)
"Clap When You Land" は、"The Poet X"(『詩人になりたいわたしX』田中亜希
子訳/小学館)で全米図書賞、ボストングローブ・ホーンブック賞、マイケル・L・
プリンツ賞、カーネギー賞を総なめにした、ドミニカ系アメリカ人作家 Elizabeth
Acevedo(エリザベス・アセヴェド)による詩形式の小説。ドミニカ共和国に住む
Camino とニューヨークに住む Yahaira は同じ父親を持つ姉妹。父親の秘密によって
引き離されていたふたりの少女は、Camino に会いに行った父親が飛行機事故で亡く
なるという悲劇により新たな現実に向きあうことになる。2020年ボストングローブ・
ホーンブック賞フィクションと詩部門オナー作品。
"The Girl Who Speaks Bear" は、Sophie Anderson(ソフィー・アンダーソン)の
2作目となる冒険ファンタジーだ。デビュー作 "The House with Chicken Legs"
(『ヤーガの走る家』長友恵子訳/小学館)も2019年の本賞ショートリストに入った
注目の作家で、いずれの作品も祖母から聞いたロシア民話がモチーフとなっている。
幼いころクマの洞窟で拾われた少女 Yanka は、並外れて体が大きく、周りの人と違
うという思いを抱えていた。12歳のある日、違和感は現実となり、太ももから下がク
マに変化する。自分は何者なのか探るため、Yanka は雪深い森へと踏みだした。過酷
な冒険と幻想的なおとぎ話が組み合わさった、美しいジグソーパズルのような物語。
"The Girl Who Became a Tree" は、幅広い分野で活躍する詩人 Joseph Coelho
(ジョセフ・コエロー)が詩を連ねて書き上げた、喪失をめぐる物語。14歳の少女
Daphne は父親を亡くし、孤独と悲しみに耐えている。ある日、図書館で携帯電話を
探すうち、Daphne は別世界の暗く危険な森に入っていく。月桂樹に身を変えたギリ
シャ神話のダフネの物語を織り込み、現実とファンタジーを融合させた作品だ。さま
ざまな詩の技法が用いられ、詩集としても堪能できる。Kate Milner(ケイト・ミル
ナー)による挿絵も評価され、本年のケイト・グリーナウェイ賞ロングリストに選ば
れた。なお、画家ミルナーは自著の絵本で同賞ショートリストに名前が挙がっている。
Marie-Louise Fitzpatrick(マリー=ルイーズ・フィッツパトリック)による "On
Midnight Beach" は、アイルランドの伝説「クーリーの牛争い」をベースにしたYA
小説。1976年の夏、ドニゴール県の海辺の洞窟に1頭のイルカがすみついた。17歳の
少女 Emer は親友や村の少年 Dog たちと夜中に家を抜けだし、イルカと泳ぐように
なるが、そのイルカが村にもたらした名声や幸運に、湾の向かいの村の住民たちが嫉
妬し、ふたつの村に争いが起こる。作者は文字のない絵本 "Owl Bat Bat Owl"(『ふ
くろうおやこ おやここうもり』BL出版)や、2010年ビスト最優秀児童図書賞(現
CBI最優秀児童図書賞)を受賞した "There"(『あそこへ』加島祥造訳/フレーベ
ル館)等の絵本でも知られている。
"Run, Rebel" は、10代の少女 Amber を主人公に、その心の声を韻文形式で力強く
つづった物語だ。Amber は走ることが大好き。学校ではアスリートとしての才能を評
価され、友人や先生にも恵まれていたが、家に帰ると、差別的で強権的な父親に虐げ
られて、おびえる日々を過ごしていた。しかし、学校の授業で革命について学んだの
をきっかけに、自分のためだけでなく、母親や姉のためにも立ち上がろうと決意する。
本書は、俳優や脚本家、プロデューサーとしても活躍する Manjeet Mann が初めて手
がけた小説で、2021年ブランフォード・ボウズ賞ロングリストにも選ばれている。
"Look Both Ways" は、2019年に "Long Way Down"(『エレベーター』青木千鶴訳
/早川書房)で本賞ショートリストに選ばれた米国のアフリカ系YA作家、Jason
Reynolds(ジェイソン・レナルズ(レノルズ))の連作短編集。とある町の10本の通
りを歩いて学校から帰宅する12歳の少年少女たちの日常が描かれる。いじめ問題を抱
える子、家出を計画する子……。教師や親の目が届かない下校時間、あらわになる子
どもたちの心の痛みが小気味よいブラック・イングリッシュでつづられる。各編の人
物が互いに登場したりと、構成の巧みさも光る。2019年全米図書賞児童書部門ファイ
ナリスト作品。本誌2020年3月号「レビューを書こう(第7回レビュー勉強会より)
その2」(以下のリンク)掲載のレビューも併せてご覧いただきたい。
▽本誌バックナンバー(2020年3月号)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2020/03.htm#myomi
2017年に "Salt to the Sea"(『凍てつく海のむこうに』野沢佳織訳/岩波書店)
で本賞を受賞した米国の作家 Ruta Sepetys(ルータ・セペティス)は、"The
Fountains of Silence" で3度目となるショートリスト入りを果たした。舞台はフラ
ンコ独裁政権下のスペイン。1957年、18歳の Daniel は、テキサスで石油事業を営む
父の仕事の都合でマドリードにやってきた。滞在先のホテルでメイドとして働く同じ
年頃の Ana と出会い、親しくなるが、報道写真家を志す Daniel の撮った写真がや
がてふたりの身を危険にさらすことに……。緊迫感のあるストーリーが読者をひきつ
ける、歴史フィクションの大作だ。
"Echo Mountain" は、詩人や視覚芸術家の顔も持つ実力派作家 Lauren Wolk(ロー
レン・ウォーク)の長編だ。2017年に "Wolf Hollow"(『その年、わたしは嘘をおぼ
えた』)で、2018年に "Beyond the Bright Sea"(『この海を越えれば、わたしは』)
でもショートリスト入りを果たし、本作で初の受賞を狙う(邦訳は2作とも中井はる
の・中井川玲子訳/さ・え・ら書房)。舞台は、世界大恐慌時代のアメリカ。父が職
を失ったことから、12歳の少女 Ellie は、家族とともに山のふもとへ移住、新天地
で暮らしの立て直しを図る。ところが、追い打ちをかけるように父が事故で昏睡状態
に。巧みな描写と魅力的な比喩が光る本作は、美しくも厳しい自然を背景に、レジリ
エンス、不屈さ、3世代にわたる女の絆を描いている。
《参考》
▼Elizabeth Acevedo 公式ウェブサイト
http://www.acevedowrites.com/
▼Sophie Anderson 公式ウェブサイト
https://sophieandersonauthor.com/
▼Joseph Coelho 公式ウェブサイト
https://www.thepoetryofjosephcoelho.com/
▼Marie-Louise Fitzpatrick 公式ウェブサイト
http://www.marielouisefitzpatrick.com/
▼Manjeet Mann 公式ウェブサイト
https://www.manjeetmann.com/
▼Jason Reynolds 公式ウェブサイト
https://www.jasonwritesbooks.com/
▼Ruta Sepetys 公式ウェブサイト
https://rutasepetys.com/
▼Lauren Wolk 公式ウェブサイト
http://www.laurenwolk.com/
(服部理佳/山崎美紀/小島明子/平野麻紗/松倉真理/相良倫子)
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【ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト】
〜 2021 CILIP Kate Greenaway Medal Shortlist 〜(画家対象)
"Starbird" by Sharon King-Chai (Two Hoots)
"The Bird Within Me" by Sara Lundberg, translated by B. J. Epstein
(Book Island)
"It's a No-Money Day" by Kate Milner (Barrington Stoke)
"How the Stars Came to Be" by Poonam Mistry (Tate Publishing)
"Hike" by Pete Oswald (Walker Books)
"I Go Quiet" by David Ouimet (Canongate)
"Arlo The Lion Who Couldn't Sleep"
by Catherine Rayner (Macmillan Children's Books)
"Small in the City" by Sydney Smith (Walker Books)
中国系マレーシア人を両親に持つ Sharon King-Chai による "Starbird" は、息を
のむほど美しい作品だ。本作は、ユニークな画材や隠し絵を使って描かれているが、
最も特徴的なのは、各見開きに銀の箔印刷が施されている点であろう。随所にちりば
められた銀色の輝きが、植物や星を魅力的に見せ、何より Starbird の神秘性を高め
ている。強大な力を持つ the Moon King は、娘のために伝説の鳥、Starbird を手に
入れた。その甘く、澄んだ歌声のおかげで、姫は毎晩すばらしい夢を見る。だが姫は、
囚われの鳥の悲しみに気づき、ある行動を起こす。はたして Starbirdは、ふたたび
自由になれるのであろうか。
"The Bird Within Me" は、20世紀に活躍したスウェーデンの女性芸術家 Berta
Hansson の少女時代を描いた物語(英訳版)。Berta の遺品にあった日記と手紙をも
とに、イラストレーター Sara Lundberg が本作品を手がけ、2017年に同国の権威あ
る文学賞、アウグスト賞児童書・YA部門を受賞している。主人公の Berta は12歳。
絵を描くのが好きで、芸術家になることを夢見ているが、病気の母の代わりに家の農
場を手伝わなければならなかった。また、「女性は家にいて家庭を守るべき」という
古い価値観を持つ父からは猛反対され、家を出て芸術家を目指すのは難しかった。詩
的な文章とスケッチ風の絵が、彼女の葛藤を繊細に伝えている。
本賞ロングリストに2作品が挙がった注目の画家 Kate Milner(ケイト・ミルナー)。
ショートリストには、絵本 "It's a No-Money Day"(『きょうはおかねがないひ』小
寺敦子訳/合同出版)が選ばれた。食糧棚は空っぽ、お金もない。女の子は母親とフ
ードバンクの列に並ぶ。語り手である幼い女の子の無邪気さに対し、疲れと悲しみの
にじむ母親の表情が切ない。細かな線を重ねた陰影のあるイラストで、困窮する母娘
の生活を現実的に描いた作品だ。作者のデビュー作 "My Name Is Not Refugee"
(『なんみんってよばないで。』小寺敦子訳/合同出版)同様、困難な状況にある親
子に思いを寄せる本書は、助けの必要な人に手を差し伸べる意味を教えてくれる。
"How the Stars Came to Be" は、3年連続でショートリスト入りを果たした
Poonam Mistry の作品。夜空に星が輝くようになったわけを物語る創作絵本だ。空に
太陽と月しかなかったころ、漁師の娘は暗い夜に漁に出る父親を案じていた。同情し
た太陽は、一筋の光を娘に投げ与える。その光は地上で砕け、きらめく無数のかけら
となった。神話的世界を生み出す緻密で大胆なデザインのイラストレーションは、作
者のルーツであるインドの伝統画のほか、アフリカ、アボリジニの芸術にインスピレ
ーションを得たもの。黒と金のコントラストが美しく、見る者に驚きを与える作品だ。
"Hike" は、山歩きを楽しむ親子の一日を描いた絵本。擬音語以外の文字はほとん
どなく、父親と子どものイラストを追うことで場面が展開していく。鳥や動物に出合
い、景色を味わい、丸太橋を渡る。自然に触れる喜びとともに、親子のきずなを感じ
させる作品だ。登場人物の造形は時にコミカルで親しみやすく、水彩で描かれるさわ
やかな風景に、読者の心もリフレッシュするだろう。初のショートリスト入りとなっ
た作者 Pete Oswald は、アニメーションや美術界でも活躍するロサンゼルス在住の
イラストレーター。
"I Go Quiet" は、米国で活躍するイラストレーター David Ouimet が初めて文章
も自身で手がけた絵本だ。主人公は内向的な少女。この騒々しい世界に居場所が見つ
けられず、いつも不安で自分の気持ちを口に出すことができずにいる。そんな少女が
本と想像力の助けを得て、希望を見いだしていく過程を描いた作品だ。細部まで描き
こまれた絵は、美しくもどこか不穏な気配を感じさせる。そこに、詩のような選びぬ
かれた短い言葉が合わさって、読者の心に深く訴えかけてくる。7月には、続編 "I
Get Loud" が刊行される予定。
"Arlo The Lion Who Couldn't Sleep" は、寝る前の読み聞かせにふさわしい優し
い雰囲気の絵本。眠いのにちっとも眠れなくて途方に暮れたライオンの Arlo は、明
るい昼間、にぎやかな場所でいつもぐっすり眠っている友だちのフクロウに、その秘
訣をたずねてみた。すると、その答えは……。昼から夜へと移ろう空や雄大な自然、
動物たちの表情を、美しい色彩と繊細な筆致、みごとなグラデーションで描いた作品
だ。作者の Catherine Rayner(キャサリン・レイナー)は、2009年に "Harris
Finds His Feet" で本賞を受賞したほか、多くの作品が本賞の候補作に選ばれている。
2018年に "Town Is by the Sea"(『うみべのまちで』ジョアン・シュウォーツ文
/岩城義人訳/BL出版)で本賞を受賞したカナダ在住のイラストレーター、Sydney
Smith(シドニー・スミス)が、初めて絵と文を手がけた本が "Small in the City"
(『このまちのどこかに』せなあいこ訳/評論社)。街の喧騒にのまれそうな「ちい
さなもの」たちの物語だ。雪ふる都会を「きみ」を探してさまよう子ども。主人公が
「きみ」に語りかける詩的な文と、時にコマ割りのように描かれる叙情的な絵の連な
りは上質な短編映画を観ているよう。2019年カナダ総督文学賞児童書(絵)部門受賞、
2019年度ニューヨークタイムズ/ニューヨーク公共図書館・ベストイラスト賞受賞。
《参考》
▼Sharon King-Chai 公式ウェブサイト
https://www.sharonkingchai.com/
▼Sara Lundberg 公式ウェブサイト
http://saralundberg.se/
▼Kate Milner 公式ウェブサイト
http://katemilner.com/
▼Kate Milner 紹介ページ(Barrington Stoke ウェブサイト内)
https://www.barringtonstoke.co.uk/blog/writer/kate-milner/
▼Poonam Mistry 公式ウェブサイト
https://www.poonam-mistry.com/
▼Pete Oswald 公式ウェブサイト
http://www.peteoswald.com/
▼David Ouimet 紹介ページ(Canongate ウェブサイト内)
https://canongate.co.uk/contributors/13953-david-ouimet/
▼"I Go Quiet" 作品公式ウェブサイト
http://igoquiet.com
▼Catherine Rayner 公式ウェブサイト
https://www.catherinerayner.co.uk/
▼Sydney Smith 公式ウェブサイト
https://www.sydneydraws.ca/
▽キャサリン・レイナー作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/r/crayner.htm
(美馬しょうこ/平楽桂代/小島明子/佐藤淑子/山本みき/松倉真理) |