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やまねこ翻訳クラブ 資料室
伏見操さんインタビュー

ロングバージョン

『月刊児童文学翻訳』2013年5月号より一部転載


 2012年やまねこ賞で絵本部門大賞に輝いた『トラのじゅうたんになりたかったトラ』(ジェラルド・ローズ文・絵/岩波書店)の翻訳者である伏見操さんに、お話を伺いました。フランスからの一時帰国中に、複数の出版社との打ち合わせの合間を縫ってインタビューにこたえてくださった伏見さんに、心から感謝いたします。


【伏見操(ふしみ みさを)さん】

 1970年埼玉県生まれ。上智大学仏文科卒業。洋書絵本卸会社に勤務した後、フリーの翻訳者をめざして、作品の持ち込みを始める。初めての訳書は、1999年出版の『モモ、しゃしんをとる』(ナジャ文・絵/文化出版局)。フランス語と英語の絵本を中心に、100冊以上の訳書がある。新刊に、『ゾウの家にやってきた赤アリ』(カタリーナ・ヴァルクス文・絵/文研出版)、『あるひ ぼくは かみさまと』(キティ・クローザー文・絵/講談社)など。フランス在住。

『ゾウの家にやってきた赤アリ』

『ゾウの家にやってきた赤アリ』
カタリーナ・ヴァルクス文・絵
文研出版

  ▽伏見操さん訳書リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室内)
   http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/mfushimi.htm
  ▽『バスの女運転手』レビュー(本誌2005年5月号)
   http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2005/05.htm#hyomi
  ▽『トラのじゅうたんになりたかったトラ』レビュー(本誌2012年12月号)
   
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2012/12.htm#hehon
 


Q★ まず、『トラのじゅうたんになりたかったトラ』の原書との出会いについて教えてください。これは持ち込みだったのですか?

『トラのじゅうたんになりたかったトラ』
『トラのじゅうたんになりたかったトラ』
ジェラルド・ローズ文・絵/岩波書店

(本誌2012年12月号「注目の本」を参照)

 

A☆ ローズのほかの作品は私の持ち込みなのですが、これは岩波書店の編集者さんが見つけてきてくれました。1979年に初版が出て、いったん絶版になり、2011年に再版されたものです。ところが、この版の表紙の絵はローズらしくなくて、いかにも画像処理ソフトで切り貼りしたようなものだったんです。それで、オリジナルは違うはずだからさがしてくださいと、お願いしました。しばらく時間はかかりましたが、最終的には見つかって、オリジナルの表紙で邦訳を出すことができました。



Q★ 表紙のトラの絵にはとても惹かれます。オリジナルが見つかってよかったですね。

A☆ そうですね。表紙の絵だけで、イメージもだいぶ違ってくると思います。タイトルもそうですね。原書では "The Tiger-skin Rug" というのですが、このトラはとてもなさけなくて、じゅうたんになりたいぐらいプライドがないトラなので、そのおもしろさを出したいなと思って邦題を考えました。


Q★ 伏見さんは持ち込みで成功されているイメージが強いのですが、依頼されることも多いのですか? また、持ち込む作品はどのようにさがしていらっしゃいますか?

A☆ 最初はほとんど持ち込みでしたが、最近は半々ぐらいでしょうか。頼まれることのほうが多いかもしれません。作品さがしについては、大学を卒業後、洋書絵本の卸会社に勤めていた頃に始まっていました。小さな会社だったので、仕入れ、営業、トイレ掃除などなんでもやったのですが、言語としてはフランス語の担当でした。そのときに、現地では売れているのに、邦訳されていないものもたくさんあることに気づいたんです。卸なので情報は豊富でした。新刊情報も早いです。カタログを見て、気に入ると自分で買っていたので、フランス語の絵本をたくさん持っていたのです。そこから持ち込みをするようになりました。初めて訳した『モモ、しゃしんをとる』や、『うんちっち』(ステファニー・ブレイク文・絵/あすなろ書房)などはその頃に出会った絵本です。せっかく原書を買ってもはずれることは多々ありましたが、だんだん目が肥えてきたり、売れる作家がわかってきたりすると、それほどはずれないようになりました。


Q★ 翻訳の勉強はどのようにされたのですか?

A☆ 勉強してないです(笑)。講座を受けたこともありません。メルマガの読者のみなさんをがっかりさせてしまうかもしれませんが、私は消去法で翻訳を始めたのです。会社勤めではなく、フリーで仕事をしたいという希望がまずありました。その中で、自分の好きなものと、できることのすりあわせをしたら、翻訳だなということになったのです。たくさん持っていた原書の中から、気に入った作品を訳して、それを持ち込みし始めました。洋書卸会社では、書店への営業もやっていて、実際に絵本を見せながら中身を紹介していたんですね。翻訳家をめざすようになってからは、それと同じことを出版社の人向けにやるようになりました。営業の経験が生きています。だから、無駄なことって、ないのかもしれませんね。


Q★ 持ち込みされるときは、送付するのではなく、持参して見てもらうのですか?

A☆ そうです。ただ、今はフランス在住なので、メールで送ります。アマゾンで画像も見てもらえますからね。そして今回のように帰国したときに、出版社を回るようにしています。最初のうちは、コピーに訳をつけて送っていました。持ち込みを始めたばかりの頃は、インターネットにも頼れなかったので、マスコミ電話帳で出版社の電話番号を調べて、こういう本があるのですが見ていただけますかと訊いていました。そうすると、おおかた門前払いか、コピーを送ってくださいと言われるかでした。


Q★ 門前払いもたくさん経験されたのですね。持ち込みの苦労話などはありますか?

A☆ 私はそもそも外に出て人に会うのが苦手なので、持っていくだけで緊張するんですよ。電話をかけるのも、時計の針がゼロになったら電話しよう、いや、15分になったらにしよう、またゼロになっちゃったからお茶しちゃおうという感じで(笑)。でも、とにかくフリーで仕事をしたかったので、やるしかないんですね。思い切って電話をかけて、用件を伝えたら、「よし、終わった!」となるんです。


Q★ 絵本を訳すときに特に気をつけているのは、どういったことでしょうか?

A☆ いいすぎないことですね。もともと文字の少ないものなので、できるだけシンプルに。加えて加えて装飾していくのではなく、そぎ落としてそぎ落としてエッセンスだけにした言葉で語るのが絵本だと思います。リズムも大切ですね。お話の場合は、ストーリーがよく流れるように訳します。読んでいてつっかえたり、戻って読み直したりすることは絶対にないように。ストーリーに入り込んだまま最後まで進めるようにすることが大事だと思います。


Q★ 絵本の翻訳期間はどのくらいですか?

A☆自分の希望を伝えられる場合は、3か月ぐらいいただくようにしています。訳してから一度寝かす期間を含めてです。ある程度向き合って訳し、もうこれ以上直せないところまでくると、いったん完全に離れて寝かせます。しばらくたってから戻ると、自然と訳文のあらが見えてきます。リズムが悪いとか、語尾が一緒だとか。それを直してまた寝かせてというのを何回か繰り返します。訳してから1か月ぐらい寝かすと落ち着いてできるのですが、まあ実際、そんなにおけない場合のほうが多いですね。


Q★ 読み物と絵本では、訳し方もだいぶ違いますか?

A☆ そうですね。長いものは、いったん訳したあと、何十回何百回と読み直して推敲を繰り返し、最後にもう一度原文と付け合わせをします。私の場合、最初に原書を読むときに、思い浮かんだ言葉を書き込んでいくんです。だからわりと時間がかかります。訳す段になると、原文をパソコンに打ち込むんですよ。打つのは速いので、1行なり1段落なりを打ち込んで、その下に訳文を入力していきます。急いでいるときにはできないのですが、余裕があるときはそうします。このやり方が自分に合っているみたいです。絵本は短いので、この作業を手書きでやります。




Q★
伏見さんの訳された読み物の中に『殺人者の涙』(アン=ロール・ボンドゥ作/小峰書店)がありますが、これは2009年のやまねこ賞で、読み物部門の3位でした。

『殺人者の涙』
『殺人者の涙』
アン=ロール・ボンドゥ作/小峰書店

A☆ わあ、そうなんですか。すごいすごい! あれは依頼されて訳した本です。重たいけれどおもしろい作品でしたね。読むたびに感情移入する登場人物が変わりました。





 
Q★ あとがきがないのが残念だったのですが、作者はどんな方なのでしょうか? フランスの作家なのに、物語の舞台はチリですよね。

A☆ この人は、チェチェン難民の話も書いていて、それもすごくいいんですけど、チェチェンにも行ったことがないし、チリにも行ったことがないそうです。頭の中だけで書けるんですね。
 あとがきについていえば、この作品の場合、なにも説明しないほうがいいなと思って、書かないことにしたんです。あとがきも難しいですよね。いいあとがきであればあるほど、その人の考えと自分の考えがすり替わってしまうことが私にはあるんです。だから、私があとがきを書くときは、作者についてや作品についてのプラスアルファな情報を書くことにして、本の感想はあまり入れません。読む人によって感じ方はそれぞれですからね。
 訳文でも同じようなことがいえます。たとえば、キティ・クローザーは、絵も文も、あえてはっきりさせないところがあって、それがキティの作品の魅力なんですね。だから、わかりやすい訳文にしてしまうのではなく、気持ちが悪くならない程度にあいまいさを残しておきたいんです。今、なんでもわかりやすくわかりやすくという傾向にあるように思うのですが、のどごしよく飲みこめるものばかりがいいとは私は思いません。もやもやっとしたり、ちょっと引っかかったりする部分があっていいと思うんです。単純な言葉を使いながらそんなふうに訳すのは、難しいですけれどね。


Q★ いろいろな作家さんと親交があるとのことですが、エピソードなどがありましたら聞かせてください。

A☆ フリーになったばかりの頃、あまりにも仕事がなくて、どうにかしなくちゃと思っていたときに、好きな作家に翻訳の独占権をもらったらどうかと、誰かに勧められたんです。それはいい考えだと思って、10人以上の作家に手紙を書き、フランスの出版社に送ったら、全部本人に届けてもらえて、結局全員に会えました。すでに知り合いだったゲルダ・ミューラーという大好きな作家が家に泊めてくれて、そこからほかの作家に会いにいきました。遠くから訪ねていくと、役得ですよね。みなさんいい人で、よくしてもらいました。「独占権あげるよ」「やったー!」なんてやりとりもしたのですが、全部、口約束のままです(笑)。私のほうも、会えただけで大満足で、独占権のことなど忘れてしまいました。そんなことがきっかけで、今もほとんどの方とおつきあいが続いています。先ほど話したキティ・クローザーについては、友達の友達だったので、以前から話は聞いていたのですが、2011年の来日の際に私が通訳を務めることになり、そのときに初めて会いました。


Q★ フランスの児童文学についてお訊きします。どんな作品が人気なのでしょう?

A☆ 好きなものばかり見てきたので、フランス児童文学全体の流れを把握しているわけではないのですが、良書だなと思うのは、フラマリオンという出版社が出している「ペール・カストール」のシリーズですね。ぺらぺらの紙で、小さい判型でそろえた廉価版の絵本。福音館書店の「こどものとも」は、これを参考にしているそうです。ペンギンブックスなどでもそういうものを出していますが、その走りが「ペール・カストール」なんです。いい本を安くというポリシーで売り始め、今でも読まれています。ほかには、そうですね、寓話もたくさんありますし。


Q★ フランスの作品と日本の作品との傾向の違いは、どんなところにありますか?

A☆ フランスでは、オチのない話も本になっていますね。また、日本では大人っぽすぎるかなと思うような絵のものもあります。哲学を授業でやる国らしく、観念的なストーリーもあります。移民が多くて差別問題があること、離婚率が非常に高いことなども、日本との違いですね。そういったテーマの本が多いというわけではなく、要素としてストーリーの中に入ってくることが、日本の児童書と比べて多いと思います。




Q★
フランスらしい本だなあと思うものは、どういったものでしょう?

『バスの女運転手』
『バスの女運転手』
ヴァンサン・キュヴェリエ作/
キャンディス・アヤット絵/くもん出版

(本誌2005年5月号「注目の本」を参照)

A☆ たとえばアンドレ・フランソワ。ユーモアがあって、スパスパスパっとした線の絵で、意味があるんだかないんだかよくわからないことを書いています(笑)。それから、子ども向け読み物で、ヴァンサン・キュヴェリエの『バスの女運転手』(キャンディス・アヤット絵/くもん出版)。あの内容は、アメリカ人にも日本人にも書けないなって思います。





Q★
ご自分の訳書の中で気に入っているもの、これはやれてよかったと思うものは?


『えのはなし』
ポール・コックス文・絵/青山出版社

(本誌今月号「特別企画連動レビュー」を参照)

A☆ うーん、出しているのは好きなものばっかりなので、たくさんあって難しいですね。『マルラゲットとオオカミ』(マリイ・コルモン文/ゲルダ・ミューラー絵/パロル舎)なんかすごく好きだし、「モモ」のシリーズも好きだし……。『えのはなし』(ポール・コックス文・ 絵/青山出版社)もおもしろかったです。横書きのものを縦に組み替えて、全部書き文字なのですが、自分で書きました。自由にやらせてもらえたので、縦組のスペースに合わせて文字を少なくしたり、手書きなので小さく書いたりということもできました。


Q★ デザインにも深く関わっていらっしゃいますよね。

A☆ そうですね。デザインの仕事も少しやったことがあるんです。フリーになったあとにアルバイトのつもりで入った会社で、描画ソフトの使い方もおぼえました。出版社との打ち合わせで、デザインのことを話すこともあります。帯をこうしましょうかとか、原書にはない見返しをつける必要があるときは、こんなふうにしたらどうですかとか。いい本を作るために、気づいたことはどんどん言い合うべきだと思うんですね。文とデザインを分業にすることはもちろんいいと思うし、まかせるところはまかせますが、思いついたことはだれが提案してもいいと思います。


Q★ 今年出版される訳書は、どのくらいあるのですか?

A☆ 読み物は長いスパンでやるので予定がわかるのですが、絵本はその年その年で決まるので、今年何冊出るのか、はっきりとはわかりません。出版が決まっている本は、いまのところ10冊ちょっとです。


Q★ わあ、すごいですね。

A☆ いやー、それぐらい出さないと、翻訳では食べていけないですよね。あっ、学習者のみなさんの夢をこわしてますかね(笑)。でもほんとうに、実際にやってみて、翻訳者に女性が多いのも納得だなあと思います。翻訳だけでは家族を養えませんものね。売れればいいんでしょうけれど、2刷りが出る絵本なんて、1割に満たないのではないでしょうか。


Q★ 児童文学の翻訳学習者へ、アドバイスをお願いします。

A☆ 月並みかもしれませんが、たくさんたくさん本を読むことが大切だと思います。子どもの本でも大人の本でも、洋書でも和書でも、何でもかまいません。翻訳者になるにはどうしたらいいかという質問に答えるのは、とても難しいんですよね。翻訳者になろうとしてなった人は意外と少ないという話も聞きます。私の場合は消去法だし……(笑)。ただ、いろいろなやり方があると思うんですね。きちんと学校に行って勉強するのもいいことでしょうし、自分に合ったやり方があると思います。出版社の傾向は、書店の棚やカタログを見ることで案外簡単にわかるので、それに合わせて持ち込みしたほうが確率は高くなると思います。


Q★ 日本で売れそうな作品がなかなか見つからなくて、苦労しているのですが。

A☆ 日本で売れるだろうかというのは、あまり考えずに、気に入った本を見つけていけばいいと思います。売れるかどうかは、出してみないとわかりませんからね。わかればヒットばかりになるはずですもん。だから、状況が許すのであれば、ほんとうに気に入ったものを紹介していくという姿勢でいいのではないでしょうか。


Q★ 今後やってみたいことは?

A☆ エッセイを持ち込もうと思って、書き始めています。門前払いだと思いますけど(笑)。創作も考えていますが、翻訳と違って、作者になると自分が出ちゃうのが恥ずかしいですね。



 自分なりのやり方で道を切り開いてきた伏見さんのお話には、悩みながら翻訳家修業を続ける者として、とても励まされ、刺激されました。勇気をふりしぼって持ち込みの電話をかけるところからスタートし、今では多くの出版社から引っ張りだこの伏見さん。ざっくばらんで謙虚な話しぶりの中に、強いプロ意識と、作品への愛が感じられました。


取材・文:大作道子
2013-5-15作成

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています

本ページで使用したライン素材はフリー素材【blue-green】さんより


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