やまねこ翻訳クラブ 資料室
越前敏弥さん座談会
『月刊児童文学翻訳』2006年5月号に掲載された、越前敏弥さん座談会の記事です。
【越前敏弥(えちぜん としや)さん】 1961年石川県生まれ。東京大学文学部国文科卒。文芸翻訳家。『ダ・ヴィンチ・コード』(ダン・ブラウン作/角川書店)、『天使の鬱屈』(A・テイラー作/講談社)、『サルバドールの復活』(ジェレミー・ドロンフィールド作/東京創元社)など、ミステリーを中心に訳書多数。フェロー・アカデミー講師。 |
Q★ はじめに、今回、児童書を訳すことになったきっかけを教えていただけますか。 A☆ 翻訳を始めたころは、児童書を訳すことは考えていませんでした。ところが上の子が生まれると、親戚から譲り受けた福音館の「こどものとも」と自分で買った本を含め、400〜500冊ほどの児童書が家に集まり、それを読み聞かせているうちに、自分で訳したものを読ませたいという気持ちがわいてきました。その後、翻訳学校で教えたことのある3人のやまねこ会員(今回の共訳者)に読み聞かせの本について相談するようになり、やがて、中学受験の子どもたちを指導していた経験から、高学年向けの本なら訳せるのではないかという考えにいたりました。そして今から1年前、今回の本をインターネットで見つけて注文したところ、ちょうど熊谷さん(1作目の共訳者)から同じ本を紹介されたのです。直感的におもしろそうだなと思いました。持ち込みが初めて成功した作品です。 |
Q★ どんな作品なのでしょうか。
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Q★ 児童書を訳されて、大人の本とのちがいを感じましたか。 A☆ 児童書は難しいですね。まだ単独訳は無理だと思いました。今回の作品でも苦労がありました。英語版は、主人公の読者に作者が「You」と語りかけていく二人称の文体。当初は「You」を「ぼく」と訳す予定でしたが、女の子や大人の読者も意識して、最終的に「きみ」に変更しました。そのあたり、読んだ方の感想を聞きたいです。 |
Q★ 5月20日にいよいよ映画版『ダ・ヴィンチ・コード』が劇場公開されますが、この作品の翻訳について教えていただけますか。
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Q★ 『ダ・ヴィンチ・コード』を訳され、どんな影響がありましたか。 A☆ 近所を汚い格好で歩けなくなりました(笑)。というのは冗談ですが、この機会に翻訳書の読者が増えればいいなと思っています。「ハリー・ポッター」しか読んだことのない小中学生が、わからないながら読んでいたりするので、将来の読書習慣につながるならうれしいです。現実には、書店の翻訳書の棚を本書と関連本で占領してしまっていますが、市場を荒らしただけで終わらずに、翻訳書全体が注目されていくように願っています。また、「ダ・ヴィンチ・コードの〜」という目で見られるようになり、2年間に類似本を20〜30冊リーディングすることになったのには少々閉口しましたが、逆にそのおかげで今回の児童書の持ち込みが成功したのだと思います。 |
Q★ 翻訳家として仕事を始めたころのことを教えていただけますか。 A☆ 仕事のきっかけは、翻訳学校で田村義進先生に学び、東京創元社に紹介していただいたことです。翻訳と並行して留学予備校の講師をしたり、自分で塾を開いたりしていましたが、2年前、ちょうど『ダ・ヴィンチ・コード』の直前から翻訳専業になりました。
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Q★ シノプシスを書くときにこだわっていることはありますか。 A☆ シノプシスは通常3日で仕上げます。読むのに2日、書くのに1日。短い作品は2日で仕上げます。作品は読み返さないので、最初に読むときにパソコンで詳しくメモを取り、そのままシノプシス原稿に利用します。ふせんやノートは使いません。 シノプシスで気をつけているのは、相手のニーズに応えることです。長さなどは、事前に確認します。翻訳作品のみを扱う出版社は長めのものを、翻訳作品だけに時間を割けない大手出版社は短いものを望んでいることが多いようです。今までで一番短かったのは、あらすじ10行、感想は点数で伝えただけでした(笑)。また、原書のページ数だけでなく、訳し上がりのページ数も計算して書く工夫をしています。 |
Q★ これまで訳した中で好きな作品や、今後訳したい作品についてお聞かせください。 A☆ これまで訳した中で好きな作家をひとり挙げるとしたら、ロバート・ゴダードです。訳書で思い入れがあるのは、あまり売れなかった作品、『父さんが言いたかったこと』と『ボーイ・スティル・ミッシング』ですね。くしくも両方ともミステリーではないので、幅広い人に読んでもらえると思います。今後も引き続きミステリーを中心にしながら、ときどき他の作品を手がけていきたいです。『フリッカー、あるいは映画の魔』のような、映画がテーマになっている作品に興味があります。また、子ども向けのミステリーを、児童書を訳し慣れた人と共訳する企画も考えています。 |
Q★ 翻訳に苦労された作品はありますか。 A☆ 一番大変だったのは、『飛蝗の農場』と『サルバドールの復活』。作者の文体がねばっこいうえ、ふだんなるべく使わないようにしている「彼・彼女」を多用せざるを得ないという技術的な問題があって、やりにくかったです。ふつうの作品は頭から訳していくのですが、この2作品は時系列がめちゃくちゃなので、時間の古い順に訳していった部分もありますね。一方、比較的楽なのは、シリーズものの2作目以降。シリーズでなくても、同じ作家の作品は訳しやすいです。同じ作品でも、後半になると経験値が上がり、勝手に言葉が出てくるようになってきます。翻訳中にうまく言葉が出てこないときは、保留にしておくと、次の日にすっと出てくることもあります。 |
Q★ 翻訳の手順や愛用の辞書などについて教えてください。 A☆ パソコンの横に書見台を置いて、本を見ながら訳しています。最近は作品を PDF ファイルなどのデータでもらう機会が増えました。単語検索ができるだけでも便利なので、みなさんもデータをもらうといいですよ。辞書はランダムハウスを中心に、リーダーズ、リーダーズプラス、英辞郎などの基本的なものを使っています。ミステリー翻訳には法律用語集も使いますね。串刺し検索は Jamming がいいのでしょうが、DDwin を愛用しています。以前は CD-ROM の辞書を買いあさりましたが、今は調べ物はほとんど Google を出発点に検索しています。オリジナルの辞書はつくっていませんが、調べ物などのデータをテキストファイルに保存し、参照しています。 |
Q★ 仕事とオフの配分はどのようにされていますか。 A☆ 以前は24時間体制で仕事していましたが、2年前に生活を大きく変えました。近所に仕事部屋を借りて、9時から6時までの間だけ仕事するようにしたのです。締切前は持ち帰ることもありますが。集中できるので、以前と同じ仕事量をこなせています。土日のどちらかは休むようにしています。夜は家族とすごし、ふたりの子ども(8歳と4歳)が寝る9時ごろまでの1時間は、布団の中でいっしょに本を読みます。それから起き出して、12時すぎまで DVD を見たり読書したり。疲れているときは、子どもといっしょに寝てしまいますが、朝はいつもどおり6時半に起きます。 趣味は映画鑑賞。20代のころは映画評論同人誌に書いたり、シナリオの勉強をしたりしていました。翻訳というのは引き出しから物を出す作業なので、引き出しの中を増やしていくべきだと考え、映画を観る時間を強引につくっています。昨年は、劇場で100本、DVD で100本観るという目標をクリアしました。 |
Q★ 翻訳家をめざしている会員たちへアドバイスをお願いします。 A☆ 意欲と、英語を正確に読みとって日本語を書く実力、その両方があることが大事です。がんばってください! |
座談会の最後に、越前さんから読み聞かせについて逆質問Q☆ ぼくは幼稚園年長から自分で本を読んでいました。今、小学校2年生(3月現在)の上の子は自分でも読みますが、少し難しい本はぼくといっしょに読んでいます。昨年は集英社の「子どものための世界文学の森」全40巻をいっしょに読みました。各章の1ページ目だけ子どもが読むというスタイルが、自然とできてきました。読み聞かせはいつまで続けるのがいいのか迷っています。みなさんの意見を聞かせてください。当日出席したやまねこ会員からは、次のような意見が出ました。 A★ 親子が楽しいと思っていれば、年齢に関係なく続けていいのではないでしょうか。 A★ 子どもが中学生になると、学校が忙しくなって時間が取りにくくなりますが、家族が同じ話を聞くことで、気持ちが通いあい、わかりあえるのはうれしいことで す。 A★ 中1の子どもは読書好きですが、読み聞かせには別の楽しみがあるといいます。目をつぶって聞いていると、その世界が頭の中に浮かんでくるそうです。 A★ 大人でもおはなしを聞くのは楽しいもの。私も誰かに読んでほしいです(笑)。 |
文責:武富博子 2006-5-15作成 |
※ 本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています。