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やまねこ翻訳クラブ 資料室
岩城 義人 さん インタビュー

ロングバージョン

『月刊児童文学翻訳』2018年10月号より一部転載


 今回ご登場いただくのは、『うみべのまちで』で第65回(2018年)産経児童出版文化賞翻訳作品賞を受賞された岩城義人さん。翻訳家として順調な一歩を踏み出され、今後もますますご活躍が期待される岩城さんに、デビューの経緯や版権エージェントでのお仕事内容、日々感じていらっしゃることなどを伺いました。お忙しいなか、興味深いお話をたくさん聞かせてくださった岩城さんに、心から感謝申し上げます。


【岩城 義人(いわじょう よしひと)さん】

 富山県出身。高校卒業後に渡英して音楽を学ぶ。帰国後は翻訳学校に通い、2016年、木坂涼との共訳『ライオン1頭』(ケイティ・コットン文/スティーブン・ウォルトン絵/BL出版)で翻訳家デビュー。『うみべのまちで』(ジョアン・シュウォーツ文/シドニー・スミス絵/BL出版)で第65回(2018年)産経児童出版文化賞翻訳作品賞を受賞。訳書に『軋む心』(ドナル・ライアン作/白水社)、『スムート かたやぶりなかげのおはなし』(ミシェル・クエヴァス文/シドニー・スミス絵/BL出版)などがある。東京都在住。

▽岩城義人さん訳書リスト
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/yiwajo.htm

▽『うみべのまちで』レビュー(本誌2018年6月号)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2018/06.htm#hehon

『うみべのまちで』表紙画像

『うみべのまちで』
ジョアン・シュウォーツ文
シドニー・スミス絵
BL出版



Q: 読書好きが高じて翻訳家を目指されたとのことですが、子どものころから読書がお好きだったのですか?
A: 子どものころは、本を読むより外で遊ぶことのほうが好きでした。読書をするようになったのは、高校生くらいからです。宮沢賢治や稲垣足穂のような、不思議な物語に惹かれました。なかでも賢治の『銀河鉄道の夜』が好きでした。


Q: 高校をご卒業されてからは、音楽の勉強のために渡英されたそうですね。

A: 音楽は今でも好きです。その時々で好きなジャンルは異なりますが、留学中はよくジャズを聴いていました。特に40〜50年代のスウィング・ジャズやビバップですね。とりわけジャズが好きだったというわけではないのですが、留学先のオープンキャンパスで見たジャズの演奏があまりにかっこよかったので。留学期間は2年ほどでした。



Q: それがなぜ、翻訳をしてみようと思われたのでしょうか?
A: 翻訳を意識したきっかけは、本のタイトルは忘れましたが、読みづらいと感じたことだったと思います。しかし、別の訳者の翻訳で読むとそうでもなかった。どちらが正しいかは別として、訳者によって作品の印象は変わるのだと思いました。当然と言えば当然ですが、なぜそうなるのかが不思議で、自分も翻訳してみようと思い、翻訳学校に通い始めました。総合的に学ぶコースだったので、出版翻訳だけでなく映像翻訳なども勉強しました。


Q: 出版翻訳を選ばれた理由はなんですか?
A: はじめは何となく映画字幕をやろうと思っていたのですが、どうも向いていなかったようです。映像を見ながら、スクリプト(音声を文字に起こしたもの)を区切ったり、ストップウォッチでせりふの長さを計ったりするのですが、翻訳以外の特殊な能力が必要な感じがして苦手でした。


Q: 初めての訳書となった絵本『ライオン1頭』の出版経緯を教えてください。
A: ぼくは版権エージェントでアルバイトをしながら翻訳しています。この作品は出版も訳者も決まっていましたが、時間の関係で序文と解説部の下訳者を探していました。別件でBL出版の編集者さんと電話していた際、ふと下訳の話が出たので、あまり考えずに引き受けた次第です。下訳を提出したところ、そのまま採用され、訳者の木坂涼さんのご厚意で共訳にしていただきました。


 

『軋む心』表紙画像

『軋む心』
ドナル・ライアン作
白水社

Q: 白水社の「エクス・リブリス」シリーズ『軋む心』の出版は、どのような経緯だったのでしょうか?
A: この小説は同僚に紹介されて読んだのですが、おもしろかったのでシノプシスを作成して白水社さんに持ち込んだところ、運よく出版が決まりました。ビギナーズラックですね。まだ『ライオン1頭』が出る前で訳書もなかったのに、翻訳を任せていただき、担当の編集者さんには感謝しています。
 
Q: 『軋む心』は文芸書ですが、絵本の翻訳とは違ったご苦労はありましたか?
A: 21人の登場人物がそれぞれ一人称で語っているので、訳し分けがとても大変でした。しんどかったので、当時を振り返りたくないですね。文芸書では、あまりに独創的な内容や、凝った文章の作品も少なくないので、訳す身としては苦労します。また、相対的に調べ物に費やす時間も増えます。この作品の舞台は現代のアイルランド、しかも土着文化が根強い西側の田舎です。一見バラバラに語っている21人の話が随所でつながり全体が見えてくる構成と、全体として浮き上がってくるのが物語性だけではなく、その土地の姿であることがおもしろいと思います。


Q: 版権エージェントでは、普段どのようなお仕事をされているのですか?
A: 海外から届く書籍(今は主にPDF)を分類して保存したり、データベースに入力したりしています。ダウンロードしたり、入力したりする際に、気になった物には目を通しますが、すべて目を通すわけではありません。なにぶん数が多いので。けっこう流れ作業的に処理します。しかし、たくさんの本を見られる環境にあるので、傾向や流行が見えやすいという点は恵まれていると思います。


Q: 『うみべのまちで』との出合いは、どんなものだったのでしょうか?
A: この絵本は、たまたま仕事で目にした原書のうちのひとつでした。カナダ東部の島が舞台なのですが、50年代の、しかも炭鉱の話となると現代ではなじみが薄く、最初は子どもには少し難しいと思いました。でも、テキストもイラストも不思議と強く印象に残ったので、簡単な要約をつけてBL出版さんに紹介しました。やはり「暗い」という意見が多かったようですが、担当の編集者さんがとても気に入り、かなり頑張って企画を通してくださいました。日本語版制作にあたり、暗い印象を与えないよう、担当編集者さんと試行錯誤しました。テキストしかり、見返しの色も。原書の見返しは、炭鉱の黒なんです。日本語版では、海の青に変えています。


Q: 岩城さんが訳を担当されることになったのは?
A: エージェントの上司が推してくれたようです。編集の方とも『ライオン1頭』で一緒に仕事をしていて、お互いをよく知っていたのですんなりと決まったのだと思います。


Q: 数ある原書のなかで、『うみべのまちで』にピンときた理由はなんでしょう?
A: イラストが美しい点は大きいと思います。ページをめくると動きがあるし、パノラマの構図も、横長の判型に合っています。ときどき、ふと思い出したように挟まれる炭鉱の場面は、全体にリズムを加味していると思います。また、少年の1日を通して、時間の流れが描かれている点がすばらしいと思いました。日が昇って沈むという単純な流れですが、それがあるからこそ、この島の歴史を、過去の一点としてではなく、現在にいたる時間の延長線上でとらえられるのだと思います。ちなみに、この絵本はカバーと表紙にも趣向が凝らされています。カバーの絵は日中なのですが、はずしてみると、表紙が夕暮れの絵になっています。たった1枚の紙の隔たりに描かれた時間の流れに、感動してしまいます。


Q: その作品が産経児童出版文化賞翻訳作品賞を受賞されて、お気持ちはいかがですか?
A: とてもうれしいのですが、それによって本が売れるという期待よりは、10年後も残ってくれる作品であってほしいと思っています。ですので、受賞は記念のような感じですね。


Q: 『スムート かたやぶりなかげのおはなし』は、『うみべのまちで』と同じイラストレーターの絵本ですね。
A: こちらもBL出版さんが版権を取られて、シドニー・スミスの絵ならということで、ぼくに訳を任せてくださいました。同じイラストレーターだと同じ訳者になることが多いですね。



Q: 8月には新刊絵本『なんびきのねこたちおどる?』(キャロライン・スタットソン文/ジョン・クラッセン絵/犀の工房)が出ましたね。

『なんびきのねこたちおどる?』表紙画像

『なんびきのねこたちおどる?』
キャロライン・スタットソン文
ジョン・クラッセン絵
犀の工房

A: はい。犀の工房さんというできたばかりの出版社から出ています。ある日、代表の方が会社を立ち上げるにあたり、エージェントに相談にいらっしゃいました。そのときに、エージェントが、まだ版権が空いていたジョン・クラッセンのデビュー作を紹介したそうです。一緒に、ぼくを訳者として紹介してくれました。ジョン・クラッセンらしい、クスッと笑ってしまうような楽しい絵本です。



Q: 岩城さんが考える、児童書を訳すにあたって必要なこととはなんでしょうか?
A: ぼくが教えてほしいです。児童書に限らず一般的なことですが、正しく原文を理解して、わかりやすい日本語に訳すことくらいでしょうか。訳者によって考え方はさまざまですし、ぼくはそれでいいと思うので。意訳、直訳の線引きもあいまいですし。ただ、その都度正解のような訳があるとは思います。しかしそれも、時代や人の見方によって変わると思います。また、アーサー・ビナードさんのように原書の言葉を母国語とされている方が訳しても、印象は変わるでしょう。ビナードさんはけっこう大胆に訳されますね。とても勉強になります。


Q: 本を読むときに、なにか意識していることはありますか?
A: ……特に意識していないかも。ただ、年齢とともに、読んでいておもしろくないものは、途中で放り出すことができるようになりました。昔は、読み始めると全部読まなきゃいけないような気がして。年を取ると実感しますが、死ぬまでに読める冊数は限られていますし、そうなると楽しめないものに時間を費やすのがもったいなくなります。


Q: 海外の出版社が売り込む作品と、日本の出版社が求めているものに差を感じることはありますか?
A: 文化的背景が異なるので、どうしても温度差は生じると思います。ですので、翻訳出版されるものの多くは、普遍的なテーマのものが多い気がします。しかし、時代時代の大きな流れは、やはり輸入されていると思います。例えば近年なら、児童書でも科学者やプログラマーなどに注目したSTEM系(※)の作品や、女性の活躍を描いたノンフィクション作品が増え、日本でも多く翻訳出版されています。


Q: 海外の子どもは、日本の子どもたちに比べてずいぶんと長い本や難しい本を読んでいますよね。
A: 海外の読み物は、児童書でもやたらと長いですね。500ページ以上という作品はざらにあります。翻訳すると文章量が増える傾向にありますし、日本で出版するとなると分冊となり採算が合わないこともあるのでは。また、あまり長いと読者が飽きてしまうということも……。でも最近は海外の児童書も、長いものは減ってきた気がします。世界的な読書離れのせいでしょうか。興味の対象が増え、ひとつの世界に没頭するのが難しくなっているのではないかと。インターネットの影響は海外でも大きいと思います。


Q: 今後はどのような作品を訳していきたいですか?
A: 今、訳しているのは児童書のファンタジーですが、楽しみながら訳しています。駆け出しならではの考え方だと思いますが、児童書でも一般書でも、それぞれの楽しみがあるので、あまりジャンルは限定せずに続けていきたいです。






 終始穏やかな物腰で、投げかけた質問にひとつひとつ熟考しながら、真摯に答えてくださった岩城さん。翻訳作品のすばらしさもさることながら、作品を見る視点や翻訳に対する考え方を伺っているうちに、すっかりファンになってしまいました。現在翻訳まっただなかというファンタジー作品も、楽しみにしています。
 ※STEM:Science, Technology, Engineering, Mathematics の頭文字をとったもので、科学・技術・工学・数学を総称する言葉。理数系人材を育成する教育モデル「STEM教育」は、最先端の米国から世界各国へ広がりをみせている。

取材・文:安田冬子
2018-10-15作成

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています

 

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