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ニューベリー賞といえば、児童書に贈られる最も名誉ある賞のひとつ。その1999年の受賞作Holesに早くも翻訳書が出た。その名もずばり、『穴』。やまねこ調査隊は本を手にして「おおっ!」と叫んだ。翻訳者は『千尋の闇』(東京創元社)の名訳でR・ゴダードをミステリ界に知らしめた幸田敦子さんではないか。調査隊は『穴』の話をうかがうべく、幸田さんのもとにかけつけた。 『穴』は冒険物語ともミステリとも言い切れない、独特の味わいのある作品だ。無実の罪で砂漠の更生施設に送られた少年スタンリー。そこで毎日やらされたこと、それはなんと「穴堀り」だった――設定だけ書くと、暗いばかりの印象だが、物語はときにはユーモラスに、ときにはミステリアスに展開していく。おそろしい黄斑トカゲに昔の恋物語、魔法のタマネギに月の子守歌……昔話やファンタジーが、穴掘りやいじめなどのスタンリーの日常にうまく混ざり合い、不思議な魅力を放っている。 幸田さんがHolesを初めて読んだのは、アメリカで刊行される直前に、講談社にリーディングを依頼されてのことだった。「一枚のみごとな布が織りあげられていくようで、最後までぞくぞくしました」幸田さんがいわゆるヤングアダルトものを手掛けたのは、これが初めて。しかし、子どもの本だからこう訳そうという意識はなかった。ただ、原書と同じく、きびきびとした文体を目指したという。特に「語り口」には気を遣い、並行して語られる今と昔の空気の違いをにじませたくて、冒頭何十ページかは、訳しては直し、を繰り返した。幸田さんにとって、推敲は大切な作業。今回に限らず、いつも力を入れている。孤独な作業だが、その際の編集者からの励まし・助言は大きな支えになっている。 翻訳ジャンルを特に限定しないという幸田さんは、児童書『リトル・カーのぼうけん』(L・バーグ作/大日本図書)でデビュー以来、ミステリにノンフィクションにと、幅広い分野で活躍してきた。子どもの本に関しては、「(訳文を)磨いて磨いて、という気持ちがあります」訳していて楽しいが、表現が簡潔な分、アラは許されないと思うと、恐ろしく緊張するそうだ。 「行間をすくって、日本語をふくらませ、でも、行間をつぶすことのないように」それが理想です、という幸田さん。『穴』はおのずと日本語のふくらんでくる本だったとか。「十代からお年寄りまで、楽しんでいただければ、幸せです」幸田さんは笑顔で語ってくれた。 (田中亜希子) |
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「キッズBOOKカフェ」(月刊『翻訳の世界』2000年2月号掲載)のホームページ版です。
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