●注目の本(邦訳絵本)●
―― 思わずほっぺたのゆるむキュートな絵本 ――
『こんにちは マクダフ』
ローズマリー・ウェルズ文/スーザン・ジェファーズ絵/ささやま ゆうこ訳
アールアイシー出版 定価1,365円(税込) 2007.04 24ページ ISBN 978-4902216974
"McDuff Moves in" text by Rosemary Wells, illustrations by Susan Jeffers
Hyperion Books for Children, 1997
夜の住宅地を走る1台のトラック。荷台のかたすみには小さな白い子犬がぽつんと座っている。トラックは、飼い主のいないこの子犬を保健所に連れていくところだ。ところが、ガタン!という音とともにトラックは大きくはね、そのひょうしに荷台のとびらが開く。通りに飛び降りた子犬は、食べものと眠る場所を求めて歩きだした。
もしゃもしゃの真っ白い毛並みに、くりくりっとした黒い瞳。愛らしいウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア(通称ウエスティ)の子犬が主人公の人気シリーズ第1作である。ローズマリー・ウェルズは自身でも絵を描き、ウサギのきょうだいのやりとりが楽しい「マックスとルビーのえほん」シリーズをはじめ、かわいらしい動物たちの絵本を数多く出版しているが、このマクダフのシリーズは、まったく画風の異なる長年の友人スーザン・ジェファーズとの共作だ。初めからジェファーズの絵を思い描きながら書いたというシンプルな文と、1930年代か1940年代に設定されたクラシカルな雰囲気の絵とのコンビネーションが、素朴なストーリーにしゃれた感覚を加え、子犬の愛らしさを甘すぎず引き立てている。
なんといっても読者をひきつけるのはこの子犬のかわいらしさだが、実は、ウェルズもジェファーズもこれと同じウエスティを飼っている。それぞれわが子のように思っているという愛犬をモデルにしているのだから、ちょっとしたしぐさや表情にも魅力がにじみ出るのは当たり前。きっとハッピーエンドだとわかっていても、ひとりぼっちでさまよう子犬を見ていると、なんだか放っておけない気分になって、ついつい行く末を案じてしまう。
この第1巻では子犬がある家に迎え入れられて、マクダフという名前をもらうまでが語られる。この巻ではとまどったような、ちょっぴり不安げな目をしているマクダフも、温かい「わが家」を得た次巻からは子犬らしく元気ないたずらっ子になって、かわいらしさも倍増する。来年刊行予定の邦訳第2巻が楽しみだ。
こんにちは、マクダフ。日本へようこそ!
(杉本詠美)
【文】ローズマリー・ウェルズ(Rosemary Wells)
作家・画家。米国ニューヨーク市生まれ。ボストン美術学校を卒業し、ニューヨークの大手出版社で児童書の装丁に携わった後、作品を発表するようになる。60以上の作品があり、ゴールデン・カイト賞ほか数々の受賞歴がある。邦訳に『マックスとたんじょうびケーキ』(さくまゆみこ訳/光村教育図書)など。コネチカット州在住。
【絵】スーザン・ジェファーズ(Susan Jeffers)
米国ニュージャージー州生まれ。プラット・インスティテュートを卒業し、3年間の出版社勤務の後、フリーの作家・画家として児童書を多数出版。"Three Jovial Huntsmen"(『マザー・グースのうた のんきなかりゅうど』作者名表記スーザン・ジェファース/清水真砂子訳/アリス館)でコールデコット賞オナー(次点)に選ばれた。ウェルズと組んだ "Forest of Dreams" ではゴールデン・カイト賞を受賞。ニューヨーク州在住。
【訳】ささやま ゆうこ(笹山裕子)
名古屋生まれの東京育ち。上智大学外国語学部英語学科を卒業後、新聞社で英訳の仕事に携わりながら、坂崎麻子氏のもとで児童文学の翻訳を学ぶ。訳書に『エミリーときんのどんぐり』(イアン・ベック作/徳間書店)、『サンタクロースがかぜひいた!』(ジュリー・サイクス文/ティム・ワーンズ絵/文溪堂)がある。静岡県在住。やまねこ翻訳クラブ会員。
【参考】
▼ローズマリー・ウェルズ公式ウェブサイト
http://www.rosemarywells.com/
▼スーザン・ジェファーズ公式ウェブサイト
http://www.susanjeffers-art.com/
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●注目の本(邦訳読み物)●
―― 青春は残酷なもの――それで終わらせるには切なすぎる ――
『ラリー ぼくが言わずにいたこと』
ジャネット・タージン作/田中亜希子訳
主婦の友社 定価1,680円(税込) 2007.04 223ページ ISBN 978-4072539361 "The Gospel According to Larry" by Janet Tashjian
Henry Holt, 2001
スーパーからの買い物帰り、作者のタージンは、見覚えのある青年から出版してほしい作品があると声を掛けられる。自然を愛し、環境保護を訴えた思想家ソローの言葉をすばらしいという青年に自分と通じるものを感じ、タージンは原稿を預かった。
物語の主人公は17歳のジョシュ。母を数年前に亡くし、広告代理店に勤める義理の父と暮らしている。義父は好きだし、そのガールフレンドともうまくつきあってきた。隣の家に住むベスは小学校からの親友で、お互い気心の知れた、良好な関係が続いている。いつも冷静で、少しおとなびているが、表面的にはごく普通の高校生と変わりない。しかし、心の中には解決できない問題を抱えていた。
学生運動に参加していた母の影響を受けたジョシュは、世の中を良くしたいという強い意志を持っているが、偶然通りかかった他人の会話を、亡くなった母からの伝言と思いこもうとする不安定な一面もある。ベスには友達以上の思いを告げたいが、彼女を失うことを恐れ、真剣に伝えることができない。自分とはまるでタイプの違うスポーツマンに熱をあげるベスにいら立つが、それでも平静を装おうとする。ジョシュの行動には、母親という大事な人を奪われた喪失感が影となって漂う。しかし、すべては青春の一コマとして、いずれ終わるはずだった。ところが、ベスの熱中するウェブサイト、「ラリーによる福音書」が、ジョシュの運命を徐々に狂わせていく。顔の見えない人物、ラリーが運営するそのサイトは、「説教」と題したメッセージによって物質主義を厳しく批判し、若者からカリスマとして支持を集めていた。ラリーの人気は中傷や非難も含め、爆発的に広がり、何十万人もの集会が開かれるまでになる。同時に、ラリーを特定しようとする動きも激しくなっていった。
人間はつらいとき、日常とは別の空間を作ってやり過ごすことが多々ある。ジョシュもラリーをとおして、抱え込んだ矛盾や葛藤から目をそらし、向き合うことを避けた。だが、現実と仮想はいずれ融合する。その時期を逃すと、自分の居場所を見失う危険もある。まして、間違った側へ吸収されたらどうなるか。
ところで、作者自身が登場する前書きから始まるこの物語は、実話のようにも読める。読者から送られた同様の質問に対し、タージンは明確な答えを出していない。
(大原慈省)
【文】ジャネット・タージン(Janet Tashjian)
米国、ロードアイランド州出身。大学でジャーナリズムを専攻し、ハイテク企業に就職する。その後、ティム・オブライエンの "The Things They Carried"(『本当の戦争の話をしよう』村上春樹訳/文藝春秋)に影響を受け、作家を目指す。現在はYA向けの分野で活躍中。本書が初の邦訳出版である。家族とともにボストン在住。
【訳】田中亜希子(たなか あきこ)
千葉県生まれ。東京女子大学短期大学部英語科卒業後、銀行勤務を経て、現在は翻訳者として活躍する。おもな訳書に、『僕らの事情。』(デイヴィッド・ヒル作/求龍堂)や『ゴッホの宝をすくいだせ!――色いろ怪人と魔法の虫めがね』(トーマス・ブレツィナ作/越前敏弥共訳/朝日出版社)などがある。
【参考】
▼ジャネット・タージン公式ウェブサイト
http://www.janettashjian.com/
▼「ラリーによる福音書」
http://www.thegospelaccordingtolarry.com/
▽田中亜希子インタビュー(やまねこ翻訳クラブ)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2001/12a.htm#sinjin
▽田中亜希子訳書リスト(やまねこ翻訳クラブ)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/atanaka.htm
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●注目の本(未訳読み物)●
―― 自立への一歩をさぐる少女の物語 ――
『ラッキーにハイヤーパワーを』(仮題) スーザン・パトロン作
"The Higher Power of Lucky" by Susan Patron
Atheneum Books for Young Readers, 2006 ISBN 978-1416901945
134pp. ★2007年ニューベリー賞受賞作
カリフォルニアにある、人口43人の砂漠に囲まれた町。10歳のラッキーは、2年前に母と死別、父には養育を拒否されたものの、フランスから来てくれた父の先妻ブリジットと暮らしている。明るく元気なラッキーだが、いつか後見人のブリジットが、自分を置いてフランスに帰ってしまうのではないか、という不安を常に抱えていた。そんなラッキーが一番欲しいものは「ハイヤーパワー」である。依存症を克服するために大人たちが通うミーティングで、「ハイヤーパワー」を得て立ち直ったという話がよく出ることを、盗み聞きしていたラッキーは知っていた。ブリジットに捨てられた場合に備え、何とかしてそれを手に入れたいと願っているのだ。ある日、ラッキーはブリジットの部屋でスーツケースを見つけた。中には銀行に預けてあるはずのパスポートが入っている。「とうとうフランスに帰っちゃうんだ!」そう思ったラッキーは、ある行動に出ることを決めた。このピンチを自分の力で切り抜けるために。
本作は主人公の複雑な家庭環境にもかかわらず、カラッとした明るさが感じられる。自立心も好奇心も旺盛、ちょっと自分勝手なところもあるラッキー。そんなラッキーを愛しているのに、自分の言動がラッキーの不安を増幅させていることに気づかないブリジット。ひも結びばかりしていて無口だが心根は優しい、同い年の友だちリンカーン。自分本位さと、他人を気にかける優しさを併せ持つ登場人物たちは、少々とっぴな舞台設定にあってもリアリティがある。彼らが引き起こす一連の出来事を通して、気持ちの行き違いがあったとしても、根本的なところで人は支え合うことができるのだと、ほっとした気持ちになる。
ラッキーは危機に直面することで、精神的に一回り成長する。自分を残して死んでしまった母親への屈折した思い。ブリジットからの愛情を確信できないつらさ。10歳の子どもにとっては重すぎるものを抱えながらも常に前向きなラッキーに、エールを送りたくなった。子どもから大人への階段を登るのは、たやすいことではない。時には痛みを伴うこともあるだろう。自力で人生を切り開こうとする子どもを、しっかりと受け止めることができる大人でありたい。
(佐藤淑子)
【作】Susan Patron(スーザン・パトロン)
1948年米国カリフォルニア州生まれ。ロサンゼルスの公立図書館で働くかたわら、"Maybe Yes, Maybe No, Maybe Maybe" など、子ども向けの読み物や絵本を発表。本書は5冊目の作品となる。邦訳はまだない。現在ラッキーの友達、リンカーンを主人公とした物語を執筆中。
【参考】
▼ニューベリー賞公式ウェブサイト
http://www.ala.org/alsc/newbery.html
▼スーザン・パトロンへのインタビュー記事(ワシントンポストウェブサイト内)
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/01/29/AR2007012900447.html
▽ニューベリー賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/us/newbery/newb00.htm#Nwbry2007
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●賞速報●
★2007年ニュージーランド・ポスト児童書及びヤングアダルト(YA)小説賞発表
★2006-2007年ビスト最優秀児童図書賞発表
★2006年度アメリカス児童・ヤングアダルト文学賞発表
★2007年ガーディアン賞ロングリスト発表
★2007年チルドレンズ・ブック賞発表
★2007年ボストングローブ・ホーンブック賞発表
★2007年イタリア・アンデルセン賞発表
海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」をご覧ください。
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●イベント速報●
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★展示会情報
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逓信総合博物館
「efuto=絵封筒展
イギリスの絵本作家たちがみせてくれた手紙と封筒の新しいかたち・・・」 八ヶ岳小さな絵本美術館
「こんなおはなし よんでみよう! 世界の昔ばなし絵本展」など
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★セミナー・講演会情報
朝日カルチャーセンター新宿教室「金原瑞人の翻訳教室」
教文館 子どもの本のみせ ナルニア国
「アリソン・アトリーの作品の魅力を語る」
スウェーデン大使館「スウェーデンの児童文学の大いなる遺産
〜『ニルスのふしぎな旅』を訳して〜」など |
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(井原美穂/笹山裕子)
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●お菓子の旅●第39回 アメリカ開拓時代の味 〜ジョニー・ケーキ〜 |
Then he took her to see Johnny Cake, a cheerful old gentleman who lived near by.
"I suppose you've heard of me," said old Johnny, with an air of pride. "I'm a great favorite all over the world."
by L. Frank Baum
"The Emerald City of Oz"(1910),Ballantine Books(1979)
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『オズの魔法使い』といえば、今も昔も愛されるファンタジーの名作ですが、作者ボームが読者の強い要望に応えて続編を書き、それがなんと14巻まで続いたことをご存知でしょうか。冒頭の引用は、第6巻 "The Emerald City of Oz"(邦訳第4巻『オズのエメラルドの都』佐藤高子訳/早川書房)からです。オズの都に行ったドロシーたちは、女王の勧めで国中を旅します。その途中、パンの町で出会ったのが、ジョニー・ケーキという老紳士。ちょっとお顔が黄色いようです。
ジョニー・ケーキはコーンミールを使った素朴なパンケーキで、開拓者たちがネイティブ・アメリカンから作り方を教わったといわれています。名前の由来には、ネイティブ・アメリカンの言葉で「コーンミールの平たいケーキ」という意味の「ジョニケン(joniken)」がなまった、「ショーニー(Shawnee)族」の名からきたなど、たくさんの説があります。なかでも、固くて持ち運びに便利なことから旅の携帯食となり、「ジャーニーケーキ(journey cake)」と呼ばれていたという説が特に有名です。
もともとは、粉と水をこねて、焼き石などにのせて作っていたそうですが、時を経るうちに、オーブンで焼いたり、油で揚げたりと、さまざまな形に変化して楽しまれるようになりました。今回は、一番原型に近いものをご紹介します。開拓時代のアメリカに思いをはせながら、メープルバターを添えてどうぞ。
*-* ジョニー・ケーキの作り方 *-*
画像はこちら(やまねこ翻訳クラブ喫茶室)
材料:(直径10cmのパンケーキ5〜6個)
- コーンミール 1と1/4カップ
- 砂糖 小さじ2
- 塩 小さじ1/2
- 牛乳 450cc
(メープルバター用)
- ボウルでコーンミールと砂糖、塩をあわせる。牛乳を加えてよく混ぜる。
- フライパンに油をひき、1の生地をおたま1杯分ずつ落として木べらで形を整えながら、弱火で約12分、適宜裏返してしっかり焼く。
- 室温で軟らかくしたバターにメープルシロップを混ぜ、メープルバターを作る。
★参考ウェブサイト
"The Kenyon Cornmeal Company" http://www.kenyonsgristmill.com/home.html
"The food timeline" http://www.foodtimeline.org/
★「やまねこ翻訳クラブお菓子掲示板」
(冬木恵子/かまだゆうこ)
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このコーナーでは、本誌に対するご感想・ご質問をはじめ、海外児童書にまつわるお話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せください。
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●編集後記●
年齢や性別は違えど、さらに人間ではなくとも、みんな幸せを求めているのだと思わされた、今月号掲載のレビューの主人公たち。どんな試練にあっても、ハッピー・エンドを迎えることができますように……。(い)
発 行:
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発行人:
| 冬木恵子(やまねこ翻訳クラブ 会長) |
編集人: | 井原美穂/大原慈省/横山和江(やまねこ翻訳クラブ スタッフ) |
企 画:
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