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2008年4月号
   =====☆                    ☆=====
  =====★   月 刊  児 童 文 学 翻 訳   ★=====
   =====☆   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ☆=====
         Yamaneko Honyaku Club 10th Anniversary
                                 No.99
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児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、電子メール版情報誌
http://www.yamaneko.org                         
編集部:mgzn@yamaneko.org     2008年4月15日発行 配信数 2520 無料
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●2008年4月号もくじ●
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◎プロに訊く:第29回 穂村弘さん(歌人・翻訳家)
◎注目の本(邦訳読み物):『シーオグの祈り』
                    ジェイムズ・ヘネガン作/佐々木信雄訳
◎注目の本(邦訳読み物):『アントン――命の重さ』
                    エリザベート・ツェラー作/中村智子訳
◎注目の本(未訳絵本):"The Wall: Growing Up Behind the Iron Curtain"
                            ピーター・シス文・絵
◎注目の本(未訳読み物):"Six Steps to a Girl" ソフィー・マッケンジー作
◎賞速報
◎イベント速報
◎読者の広場

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●プロに訊く●第29回 穂村弘さん(歌人・翻訳家)
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 今回は、歌人として、短歌入門書、短歌絵本と、短歌にかかわる著作はもちろん、
エッセイ、絵本の翻訳などでも大活躍。今、もっとも“旬な人”穂村弘さんに、言葉
について、翻訳について、語っていただきました。2時間以上にもわたるインタビュ
ーのなかでは、穂村さんの鋭い感性や観察眼にドキリとさせられること幾度か。楽し
い中にも実にたくさんの刺激をいただいたインタビューとなりました。

【穂村弘(ほむら ひろし)さん】
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+
|1962年札幌に生まれる。上智大学文学部英文学科を卒業。1990年に歌集『シンジ|
|ケート』(沖積舎)でデビュー。会社づとめの後、現在は著作業に専念。主な翻|
|訳作品に『ディア・ダイアリー』(サラ・ファネリ作/フレーベル館)、「しま|
|しまゼビー」シリーズ(ブライアン・パターソン作/岩崎書店)、著作に『もし|
|もし、運命の人ですか。』(メディアファクトリー)、『手紙魔まみ、夏の引越|
|し(ウサギ連れ)』(小学館)など。                   |
+――――――――――――――――――――――――――――――――――――+

※『ディア・ダイアリー』は、本誌2002年2月号(書評編)にレビュー掲載。
 http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2002/02b.htm#hehon

【穂村弘さん訳書・作品リスト】
 http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/hhomura.htm

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Q★絵本の翻訳をはじめられたきっかけは?

A☆『いじわるな天使から聞いた不思議な話』(大和書房)というショートストーリ
ー集を読んだフレーベル館の編集者から、1995年に子どもの本のテキストを書きませ
んかという話をいただきました。でもその絵本のテキストは残念ながら採用になりま
せんでした。子どもを念頭に置いていなかったからです。そこで、まずは児童書にな
じむために翻訳をということで、サラ・ファネリの作品を手がけました。それがきっ
かけです。

Q★絵本翻訳のプロセスをおしえてください。

A☆ぼくの場合、まず、できるだけ早い段階で、一度、編集者に訳文を投げます。た
とえば、ひとつの言葉について A or B or C というように可能性のある訳語をい
くつか提示して、そこから編集者に選んでもらう。そしてひとつの言葉が決まると、
その流れで前後が決まって……と、そういうやりとりを何回か続けていくうちに、言
葉と言葉が有機的につながりだし、全体がまとまってきます。メールでのやりとりは、
いつも平均十往復くらいかな。直接会ったほうがよければ、顔をあわせて相談したり
もします。まずは原文をベタに訳したあとで、日本語を磨き、言葉の精度を高めてい
く。例えば "Gray" というひとつの単語に対しても、灰色→雨の日の空の色→雨の日
の空色というふうに。"雨の日の空色"、この方がずっとポエティックでしょう?
"Window" だったら、窓→窓ガラスとかね。翻訳というよりは、言葉遊びに近いので
すが、ぼくにとっては楽しい作業です。
 あとタイトルも重要ですよね。タイトルはやはり、作品そのものを表現しますから、
これが決まると、おのずと作品全体のトーンも決まってきます。『きぶんやさん』を
『きぶんやちゃん』(トッド・パール作/フレーベル館)に直したことがあります。
 翻訳のための期間は短くて3週間かな。長いと半年くらい手元に置くこともありま
す。

Q★絵本翻訳のむずかしさはどこですか?

A☆ぼくにとって、むずかしいのは子どもに対するチューニングですね。例えば児童
書には独特のボキャブラリーや言葉の使い方がある。"Mother" という単語ひとつを
とってみても、日常生活で使われるときには「ママ」あるいは「お母さん」が一般的
なのに、翻訳作品には「母さん」という言葉がかなりの度合いで出てきます。ぼくは
児童書に関して専門的な知識があるわけではないので、このあたりの問題については、
児童書のボキャブラリーや知識が豊富な編集者を大いに頼りにしています。
 また児童書や絵本には、こういう作品を子どもに与えたいという親や編集者の介入
がつきものです。よくも悪くも、大人のフィルターを通してしか成立しないところが
ある。以前、ある絵本で、見開きのページの左にミルクカートンの絵と "White Milk"
というテキスト、右に牛の絵と "Black Cow" というテキストがあって、ぼくはこれ
を“しろい ぎゅうにゅう”と“くろい にゅうぎゅう”と訳しました。言葉の反転
という遊びも加わって、おもしろいと思ったのだけれど、編集の時点で“にゅうぎゅ
う”という言葉が子どもにはわかりにくいといわれ、結局“うし”になりました。ぼ
くは「子どもだって乳牛見たいかもしれないじゃん」と思ったんだけど(笑)。
 昔の福音館書店の作品なんかはすごいなと思いますね。今はラディカルなものが許
されない。児童書に関するスタンダードはどこかで気にしつつも、おきまりのパター
ンには陥りたくないし、自分の感覚を大切にしたい。そこがむずかしいところです。
どんな言葉にも必ずぴったりの日本語があるはずだし、理論的にはそれが可能だと思
っています。でも、必ずしもいつもそれが見つかるとは限らないし、見つかっても使
えるとは限りません。
 戦前の作品を読むと、その言葉の力に驚かされます。例えば小川未明の作品。不安
な豊かさとでもいうか。ひとつにはかれらの時代は、人が常に死の影と隣り合わせに、
使命感を持って生きていたということが根底にあるのではないでしょうか。今なら治
るような病気も治らないとか、兄弟が10人いて、何人かは成人しないまま死んでしま
うのもあたりまえというような時代。そんな明日死ぬかもしれないという危機感が、
心からのあふれるような言葉を生んだような気がします。今は生きているのが普通で
死ぬのは特別なこと。みんな、より長く、より健康に生きるということに一生懸命に
なっている。だれでも思春期には《死》というものを強く意識するものだけれど、ぼ
くは特にそれが強いタイプだった。今でもそういうところはあると思います。死が身
近だった時代に生きた人々の言語感覚には憧れます。だったらひとりだけその昔に戻
れといわれても困るんだけど(笑)。

Q★翻訳と創作の両方を手がける中で、相互作用みたいな効果は実感していますか?
あるいは両立はむずかしいと思われますか?

A☆自分にとって、翻訳と創作の感覚は同じ。あまりそういうことは意識していませ
ん。テキストそのものの完全形があると思っているので、翻訳でも創作でもそれを目
指すだけです。散文の翻訳は考えていません。膨大な文章のすべてに、意識をむける
のは自分には無理だと思うので。

Q★これから翻訳をするとしたらどんな作品を?

A☆もしもできることなら、完璧な翻訳をやってみたい。あまりにも完璧すぎて、だ
れも手を出せないようなもの。でもそれは夢ですね。たとえばタイトルなんかにした
って、完璧すぎてこれ以上のものはでないというものがあるでしょう? 『赤毛のア
ン』とか『星の王子さま』とか。村上春樹が『キャッチャー・イン・ザ・ライ』(J
・D・サリンジャー作/白水社)をタイトルにしたのは、『ライ麦畑でつかまえて』
を超えるタイトルを見つけられなかったからでは? 『赤毛のアン』も『星の王子さ
ま』も、日本で絶大な人気を得ている。これもタイトルや翻訳の力がとても大きいの
ではないかと思います。
 絵本の翻訳はこれからもやっていきたいと思っています。絵本は大好きなので。雑
誌の「MOE」(白泉社)に“ぼくの宝物絵本”という連載をしているので、詳しく
はぜひそちらをごらんになってください(笑)。古い本(海外作品なら1920〜30年代、
日本の作品なら1960年代のもの)も大好きで、できれば全部ほしいくらいです。スウ
ェーデンにいったときにも古本屋で『長くつ下のピッピ』の初版本を買ったりしまし
た。北欧の作品はいいですね。児童書はこうあるべきという枠にあまりとらわれてい
ない気がするんです。たとえば「セーラーとペッカ」シリーズ(ヨックム・ノードス
トリューム作/菱木晃子訳/偕成社)とか。日本の作品なら『ジャリおじさん』(お
おたけしんろう作/福音館書店)なんかが好きです。

Q★最後に翻訳者を目指す人へのメッセージをお願いいたします。

A☆プロになるには、英語はもちろんですが、バックボーンになる知識の豊富さがと
ても大切ではないでしょうか? 自分にはいう資格はないけれど、知人の翻訳家を見
ていてそんなふうに思います。やっぱり自分が紹介したいジャンル、作品をはっきり
持っている人は強いですよね。あともちろん日本語力も大きいと思います。

 インタビューを終えたわたしの中には、まるで香水をつくる調香師さながらに、色
とりどりの液体が入った試験管を前に「ここに〈愛〉を1ミリ」などとつぶやきつつ、
試行錯誤を繰りかえす、“言葉のサイエンティスト――穂村弘”のイメージができあ
がっていました。
 さまざまなメディアによる情報がはんらんする現代、その中で言葉の形も在り方も
めまぐるしく変わっています。お話をうかがって、言葉の持つ時代性やイメージを喚
起するパワーについて、あらためて考えさせられました。そして何より、「やっぱり
言葉っておもしろい!」と。
 最後になりましたが、お忙しいなか、貴重なお時間をさいてくださった穂村弘さん
に、心からのお礼を申しあげます。ありがとうございました。

                           (取材・文/相山夏奏)

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●注目の本(邦訳読み物)●土の記憶、血の記憶は悲劇を忘れない
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『シーオグの祈り』 ジェイムズ・ヘネガン作/佐々木信雄訳
ランダムハウス講談社 定価1,680円(税込) 2007.11 347ページ
ISBN 978-4270002797
Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
"The Grave" by James Heneghan, Farrar, Straus & Giroux, 2000

 シーオグとは、いたずら好きで、油断のならないアイルランドの「小さな人たち
(小妖精)」のことだ。主人公トムが工事現場の暗い穴に落ちたときから、このミス
テリーめいた不思議な話は始まる。闇を漂い、全身を襲う耐えがたい痛みに叫び、見
渡せば、人っ子一人いない海辺の崖の上だ。トムは時空を越え、リバプールから約
400キロ、127年も昔のアイルランド飢饉ただ中で苦しむアキル島にいた。トムが浜辺
で倒れていたタリーを助けたとき、人々は彼を天使と呼んだ。しかしタリーは、突然
現れた自分とそっくりなトムをシーオグかと怪しむ。なぜここに、なぜこの時代に送
られたのか? トムの戸惑いは、死と隣り合わせの悲惨な状況の中で膨らむ。それな
のに無事、元の世界に戻れたとたん、うれしさよりも喪失感に襲われた。トムとうり
二つのタリー、優しいハナ、陽気なブレンダンがいるモナガン家が忘れられない。地
獄の業火をくぐりぬけるに等しい激痛をふたたび耐え、彼は自ら過去へ帰ろうとする。
 過去と現在を行き来しつつ、物語はトムの問わず語りで進む。トムはまだ赤ん坊の
ころ、おもちゃ売り場に置き去りにされ、以来13年あまり里親を転々とした。彼が語
る里親制度に巣食うような連中や、遅々として改良されない実態にも悲しくなる。あ
きらめと孤独はトムの体にしみつき、何よりも彼自身が受け入れがたい人生を、なか
ば突き放して生きてきた。けれども飢饉の渦中で、トムが身につけてきたことは、時
にはモラルに反するが、人々を救いもする。思わずトムに声援を送る。モナガン家の
一員として、ともに長く厳しい道程を歩み、悩み苦しみながらも、自分自身を取り戻
していくトムは、まるで別人のように頼もしく見える。
 トムが遭遇したアイルランド飢饉で、名も知れぬ多くの人々が、どんな思いをいだ
き、いかに生きたかを、本書は伝えてくれる。悲劇の渦中にあった人々の生きざまは、
ほとんど知られることはない。ましてや著者があとがきで触れているように、今なお
闇に葬られている事実が伴えば、なおさら知っておくべきだろう。物語の中ではこの
隠された事実こそ、トムがアキル島へ呼び寄せられた謎につながる。どんな歴史的事
象も、現在に続く時の流れの中にあるのだということを忘れてはならない。

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【文】ジェイムズ・ヘネガン(James Heneghan):1930年英国のリバプールに生まれ
る。警察官として働いたのち、カナダに移住。20年間、指紋鑑定の専門家として勤め、
高校教師に転職し、作家となる。カナダ、バンクーバー在住。近年の著書に
"Payback"、"Safe House" などがある。邦訳は『リヴァプールの空』(求龍堂)に続
いて本書が2冊目となる。本書は2000年ミスター・クリスティーズ・ブック賞、2001
年シーラ・イーゴフ児童文学賞に選ばれている。

【訳】佐々木信雄(ささき のぶお):1934年東京生まれ。1957年早稲田大学第一文
学部英文科卒業。1994年まで出版社に勤務したのち、翻訳家として活躍。主な訳書に
『リヴァプールの空』(ジェイムズ・ヘネガン作/求龍堂)、『コンパス・マーフィ
ー』(スティーヴン・ポッツ作/求龍堂)、『魔猫』(エレン・ダトロウ作/早川書
房)などがある。

【参考】
▼ジェイムズ・ヘネガン公式ウェブサイト
http://www.jamesheneghan.com/

                               (尾被ほっぽ)

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●注目の本(邦訳読み物)●ナチスによる差別は人種だけではなかった
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『アントン――命の重さ』 エリザベート・ツェラー作/中村智子訳
主婦の友社 定価1,680円(税込) 2007.12 285ページ ISBN 978-4072563663
Amazonで詳細を見る  bk1で詳細を見る
"Anton" by Elisabeth Zoller
Fischer Taschenbuch Verlag, 2004
★2005年グスタフ・ハイネマン児童文学平和賞受賞作品

 第二次世界大戦中、ナチス政権下のドイツ。1939年「帝国重度遺伝病科学調査委員
会」の名のもとに障害者の登録機関が設立され、「生きるに値しない生命」と呼ばれ
た子どもたちは、極秘のうちに計画的に殺害されていった。この作品は、ハンディキ
ャップを持つ少年アントンが、過酷な時代を生き抜いた姿を描く物語である。
 アントンは4人きょうだいの末っ子として、1932年に生まれた。幼いころに交通事
故で頭にけがを負い、言語機能と右腕に後遺症が残る。それでも、算数や絵の才能に
恵まれて自分なりの世界を持っていた。ところが、小学校に入学するやいなや、同級
生や先生によるいじめにあってしまう。アントンの成長とともにナチスの支配が強ま
り、学校や町でユダヤ人があからさまに「排除」されはじめた。ユダヤ人の同級生が
学校を追われ、親しくしていたユダヤ人店主の営む雑貨店がナチスの襲撃にあい、強
制的に人手に渡されてしまう。アントンもまた、障害を理由に学校で受ける暴力がひ
どくなる一方で、障害のある近所の子どもが施設に連れて行かれて亡くなるなど、命
の危険に脅かされるようになる。家でかくまいきれなくなったため、両親は断腸の思
いでアントンを遠い親戚に託したが、その農場も安心できる場所ではなく……。
 いわれのない差別を受けるアントン自身、理不尽な差別をする側に立たされること
もある。そうせざるを得ないアントンのつらさが身に迫ってきて、何度も心をわしづ
かみされるような痛みを感じた。とはいえ、家族をはじめ陰日向となってアントンを
守ろうとし、心の支えとなる人々がいたのも事実だ。物事をまっすぐに見つめる純粋
さと両親の深い愛情のおかげで、アントンは絵という表現方法で物事の真実を鋭くと
らえていた。数え切れないほどの紙には、人々の恐怖や憎しみ、そして希望も描かれ
ていたのだ。アントンは絵を描くことで声に出せない抵抗をしていたに違いない。
 アントンのモデルは作者ツェラーの叔父であり、本書は、周囲の人々の話や当時の
資料を元に書かれている。だからこそ、ノンフィクションといってもいいほど現実味
のある物語となっているのだ。歴史の一部としてナチスの恐ろしさを知るだけでなく、
人間が抱きがちな差別意識について、命の重さについて、今一度考えてほしい。

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【作】エリザベート・ツェラー(Elisabeth Zoller):1945年、ドイツのブリロン生
まれ。19年にわたり教師を務めたが、1989年に作家に転身し、50冊以上の児童文学を
執筆している。邦訳は『さよなら、ママ』(作者名表記:エリザベス・ツェラー作/
清水美子訳/徳間書店)に続く2冊目。本国ではリアリズムの手法で子どもたちの心
の問題を描き出す第一人者とされている。ミュンスター在住。

【訳】中村智子(なかむら ともこ):1966年、神奈川県生まれ。法政大学法学部卒
業。ドイツ語圏の児童文学を中心に、さまざまな分野の書籍紹介にとり組んでいる。
訳書は、2006年に本作品と同じ賞を受賞した『真珠のドレスとちいさなココ』(ドル
フ・フェルルーン著/主婦の友社)、『ちいさなワニでもこころはいっぱい』(ダニ
エラ・クロート文・絵/ソニー・マガジンズ)などがある。

【グスタフ・ハイネマン児童文学平和賞
  (Gustav-Heinemann-Friedenspreis fur Kinder- und Jugendbucher)について】
 ドイツ(旧西ドイツ)の元連邦大統領で平和主義者、グスタフ・ハイネマンの功績
を記念して1982年に創設された。前年に出版された絵本、児童文学、ヤングアダルト
作品、児童青少年向けノンフィクションのうち、平和思想の普及に貢献し平和教育に
奉仕する作品で、ドイツ語またはドイツ語に翻訳された作品が対象。毎年1作が受賞
作に選ばれる。

【参考】(どちらもドイツ語)
▼エリザベート・ツェラー公式ウェブサイト
http://www.elisabeth-zoeller.de/

▼グスタフ・ハイネマン児童文学平和賞公式ウェブサイト
(ノルトライン=ヴェストファーレン州立政治教育センター
        Landeszentrale fur politische Bildung Nordhein-Westfalen 内)
http://www.lzpb.nrw.de/print/heinemannpreis/index.html

                                (横山和江)

【特殊文字】
 「Elisabeth Zoller」:「o」の上にウムラウト(¨)がつく
 「fur」:「u」の上にウムラウト(¨)がつく
 「Jugendbucher」:2番目の「u」の上にウムラウト(¨)がつく

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●注目の本(未訳絵本)●ピーター・シス――ファン待望の自伝
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『壁のむこうがわ』(仮題) ピーター・シス文・絵
"The Wall: Growing Up Behind the Iron Curtain" by Peter Sis
Farrar, Straus and Giroux, 2007 ISBN 978-0374347017
56pp.
Amazonで詳細を見る
★2008年コールデコット賞オナー(次点)作品
★2008年サイバート知識の本賞受賞作品
★2008年ボローニャ・ラガッツィ賞ノンフィクション部門受賞作品

 アメリカに亡命し世界的に有名な絵本作家となったピーター・シスが、冷戦下の東
欧で送った子ども時代、青年時代を、1冊の絵本にまとめた。
 旧チェコスロバキアでは、第二次世界大戦後の1948年に共産主義政権が成立し、国
はソビエト圏に組み込まれた。その翌年、男の子は生まれた。小さな時から絵が好き
で、いろんなものを自由に描いていた。学校で小さな共産党員になるための強制的な
教育がはじまると、戦車や赤い星など、言われたものを何の疑問も抱かずに描くよう
になっていった。1961年、西側への人民の流出を防ぐためにベルリンの壁が築かれ、
東西間はより固く閉ざされていく。物資が不足し、盗聴や検閲や密告が横行した。や
がて、鉄のカーテンをすり抜け、ビートルズなど西側の音楽が少しずつ届きはじめる。
青年となった男の子は、隠れて音楽を演奏し、再び自分が描きたい絵を描きはじめた。
そして、1968年プラハの春! 自由! しかし、それは長く続かなかった……。
 白黒の絵に部分的に赤を彩色したコマ割りと、それに添えられた文章で、1948年か
らベルリンの壁崩壊までの出来事が淡々と説明されていく。絵には前髪がくるりとカ
ールした男の子が登場し、読者は彼の成長を追いながらページをめくることになる。
工夫を凝らしたコマ割りの絵も良いが、時折挟まれる見開きの大きな絵は見応えがあ
る。なかでもビートルズが描かれたカラフルな絵は、プラハの春の喜びが良く表れて
いて印象的だ。また、小さな字で日記がずらりと並んでいるページもあり、出来事だ
けでなく、それに伴う興奮、怒り、喜びといった気持ちがダイレクトに伝わってくる。
日記のまわりを縁取る当時の絵や家族の写真は、眺めるだけでも楽しく興味深い。
 地球上空の国際宇宙センターで日米露の宇宙飛行士が肩を抱き合う現在、子どもた
ちにとって、冷戦は遠い過去のことだ。大人にとっても、その時代に共産圏の一隅で
人々が何を思い、どんな暮らしをしていたのかを知ることは難しい。この絵本は、そ
んな過去の時代を、わかりやすく身近なものにしてくれた。あとがきには、シスがど
んな思いでこの絵本に取り組んだかが書かれている。絵を描くことで人生を変えてき
たシスは、やはり絵を描くことで、半生と、一度捨てた故郷を振り返ったのだ。

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【文・絵】ピーター・シス(Peter Sis):1949年、旧チェコスロバキアのブルノに
生まれ、プラハで育つ。プラハの美術工芸学校とロンドンの王立芸術大学で学んだの
ち映像作家となり、ヨーロッパで数々の賞を受賞する。1984年に米国へ亡命。児童書
の挿絵の仕事からはじめ、やがて絵本作家としての地位を確立する。これまでに数多
くの作品を出版し、邦訳された作品も多い。ニューヨーク在住。

【参考】
▼ピーター・シス公式ウェブサイト
http://www.petersis.com/

▽ピーター・シス作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/s/psis.htm

                               (植村わらび)

【特殊文字】
 「Sis」:「i」の上にアクセント記号(´)がつく

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●注目の本(未訳読み物)●フツーの少年と超美少女。ふたりの恋の行方は?
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『恋のシックス・ステップス』(仮題) ソフィー・マッケンジー作
"Six Steps to a Girl" by Sophie McKenzie
Lothian Books, 2006 ISBN 978-1416917335
211pp.
Amazonで詳細を見る

「1月の凍りつくような寒さの中で、おれは初めて彼女を見かけた。魅力的、かわい
い、そんな言葉は似合わない。美しい。やばいぐらいに。おれはもう、息ができなか
った――」ガンで亡くなった父の葬儀で、美少女イヴに出会った高校生のルーク。だ
がイヴは年上で、おまけにかっこいいスポーツマンのボーイフレンドがいた。見た目
も何もかも平凡な自分に勝ち目なし、と落ち込むが、そんなある日、パーティーで知
り合ったライアンという少年から「彼女を確実にゲットできる6つのステップを教え
てやろうか」と言われる。「ステップ・ワン。身だしなみに気を使え。外見がしゃき
っとすれば、自信も増す。ステップ・ツー。相手に自分の存在を気づかせろ」半信半
疑のまま、教えられた通りステップを実行していくと、イヴとの距離は驚くほど急速
に近づいていった。夢のようなしあわせに浸るルークだが、同時に、なかなかボーイ
フレンドと別れようとしないイヴの態度に傷つき、恋の苦さも知り始めるのだった。
 イヴをいちずに想いつづけ、ボーイフレンドには嫉妬して、時には笑えるほど単純
なところを見せる主人公だが、まっすぐな気持ちで恋をする姿には、すがすがしさを
感じた。父に対しては、自分とは心が通っていなかったと冷めた見方をするが、悲し
みにくれる母と気が強い姉との間で板ばさみになりながら、ふたりを思いやるやさし
い一面もある。恋を経験してひとつ成長し、やがてルークは父の死も受け入れられる
ようになっていく。ストーリーはタイトル通り、ルークが実践する恋のステップを中
心に進行するが、その中でイヴもまた、もうひとりの主人公と呼べるくらいの存在感
を放っている。モデルだった母親譲りの外見は華やかで美しいが、内側には弱さや脆
さを持つ、イヴはいたってふつうの女の子だ。自分にとって何が一番大切なのかがわ
からず悩むところにティーンエイジャーらしいリアルさが見え、好感が持てた。
 フツーの少年が絵に描いたような美少女を難なく振り向かせるなんて、「うまくい
きすぎじゃない?」と前半は意地悪くつっこみたくなるが、ふたりが親密になるにつ
れて恋の現実が見えてくる後半、話はぐっと深さを増す。親しみやすい文体とテンポ
のよさに、読者はドラマを見るような気分で恋の行方を追い、ページをめくり続ける
だろう。お互いを見つめ、そして自分自身を見つめなおすルークとイヴ。恋ってほろ
苦いけどやっぱりいいな、そう素直に思わせてくれるすてきなストーリーだ。

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【作】Sophie McKenzie(ソフィー・マッケンジー):英国のロンドンに生まれる。
ジャーナリスト、編集者などを経て2006年に "Girl, Missing" で作家デビュー、
2007年度チルドレンズ・ブック賞高学年部門を受賞する。本作品は2作目。今年の2
月には続編 "Three's a Crowd" が刊行され、7月には4作目 "Blood Ties" も出版
される予定。

▼チルドレンズ・ブック賞公式ウェブサイト
http://www.redhousechildrensbookaward.co.uk/

▽チルドレンズ・ブック賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/uk/children/index.htm

                              (かまだゆうこ)

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●賞速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★2008年度ドイツ児童文学賞ノミネート作品発表
                (受賞作品及び特別賞の発表は10月17日の予定)
★第13回日本絵本賞発表
★2007-2008年ビスト最優秀児童図書賞ショートリスト発表
                         (受賞作の発表は5月22日)
★2008年国際アンデルセン賞(ハンス・クリスチャン・アンデルセン賞)発表
★2008年オーストラリア児童図書賞候補作発表(受賞作の発表は8月の予定)

 海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」を
ご覧ください。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=award

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●イベント速報━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

★展示会情報
 大丸ミュージアム・梅田「安野光雅 繪本 三國志展」
 岩手県立美術館「ディック・ブルーナに学ぶモダン・アートの楽しみ方」など

★講座・講演会情報
 朝日カルチャーセンター 絵本作家連続インタビュー「表現を生む『境界』」
 クレヨンハウス「落合恵子さん講演会」など

★セミナー情報
 北海道立文学館「短編小説のちからと未来」など

 詳細やその他のイベント情報は、「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、
空席状況については各自ご確認願います。
http://www.yamaneko.org/cgi-bin/sc-board/c-board.cgi?id=event

                                (笹山裕子)

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●読者の広場●海外児童文学や翻訳にまつわるお話をどうぞ!
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 このコーナーでは、本誌に対するご感想・ご質問をはじめ、海外児童書にまつわる
お話、ご質問、ご意見等を募集しています。mgzn@yamaneko.org までお気軽にお寄せ
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 本誌でご紹介した本を、各種のインターネット書店で簡単に参照していただけます。
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     ☆☆ FOSSIL 〜 Made in USA のカジュアルウオッチ ☆☆
「FOSSIL は化石って意味でしょ? レトロ調の時計なの?」 これは創業者の父親が
FOSSIL(石頭、がんこ者)というあだ名だったことから誕生したブランド名。オーソ
ドックスからユニークまで様々なテイストの時計がいずれもお手頃価格で揃います。
2005年より新しいスローガン "What Vintage are you?" を掲げ、更にパワーアップ
した商品ラインナップでキャンペーンを展開。Vintage を表現する重要なツールが
TIN CAN(ブリキの缶)のパッケージです。年間200種類以上の新しいTIN CAN が発表
され、時計のデザイン同様、常に世界中のコレクターから注目を集めています。
http://www.fossil.co.jp/      (株)フォッシルジャパン:TEL 03-5981-5620
                             やまねこ賞協賛会社
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◆次号予告は毎月10日頃、やまねこ翻訳クラブHPメニューページに掲載します。◆
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●編集後記●歴史に刻まれた事実を、本を通じて、こどもたちにどう伝えるか。今月
は視点の難しさを考えながらの編集作業となりました。穂村弘さんのインタビューで
は、言葉と向き合う姿勢に刺激を受けました。節目を目前に、未だ半ばです。(お)
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発行人 植村わらび(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人 大原慈省/井原美穂(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画 相山夏奏 植村わらび 尾被ほっぽ かまだゆうこ 児玉敦子 笹山裕子
    冬木恵子 村上利佳 横山和江
協 力 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
    うさぎ コアラン ながさわくにお
    html版担当 ぐりぐら
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