━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
●特集●第63回(2016年)産経児童出版文化賞翻訳作品賞 受賞作品レビュー
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
産経児童出版文化賞は、子どもたちに優れた本を与えることを目的に、1954年の学
校図書館法の施行とともに制定された。大賞を含む7つの賞からなり、そのうち翻訳
作品賞は2007年より設けられている。前年の1年間に初版として刊行された児童書が
対象で、毎年5月5日の「こどもの日」に発表される。今月号では、その中から2016
年の翻訳作品賞を受賞した2作品のレビューをお届けする。
▽産経児童出版文化賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/award/jp/sankei/index.htm
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『テンプル・グランディン 自閉症と生きる』
サイ・モンゴメリー著/杉本詠美訳
汐文社 定価1,600円(本体) 2015.02 219ページ ISBN 978-4811321684
"Temple Grandin: How the Girl Who Loved Cows Embraced Autism and Changed
the World" by Sy Montgomery
Houghton Mifflin Harcourt, 2012
★2015年IBBY障害児図書資料センター推薦図書
hontoで詳細を見る
Amazonで検索する:ISBNで検索
Amazonで検索:書名と作者
アメリカの動物学者テンプル・グランディンは、画期的な食肉処理施設の設計で北
米の牧場のあり方を変えた人物として知られる。見たものを正確に映像としてとらえ、
何度も頭の中で再生することができる特殊な能力を持つ。本書の言葉を借りれば、
「自閉症をかかえる大人として、世界でいちばん高い教養を身につけた、世界でいち
ばん有名なひと」だ。
テンプルは、1947年にアメリカのニューイングランドで生まれた。3歳で自閉症と
診断されると、父は「まともでない」娘を精神科の施設に入れようとしたが、母は普
通の教育を受けさせることをあきらめなかった。小学生時代は友だちにも恵まれたが、
変化に順応するのが苦手で人とのつきあいが極端に下手なテンプルは、中学では「変
人」、「知恵遅れ」と揶揄され、いじめられた。思春期に入るとホルモンの分泌がテ
ンプルの特殊な脳に影響を与え、パニック発作と不安に苦しむようになる。
転機が訪れたのは、高校2年の夏。アリゾナ州で牛の牧場を経営するおばの家に滞
在したときだった。動物に近い鋭い感覚を持つテンプルは、牛の感じ方や行動が手に
取るように理解できた。牛たちはテンプルに心からの安らぎを与え、どん底から救い
出し、彼女の生きる方向を決める特別な存在となった。その後テンプルは心理学、動
物学の研究に没頭し、牛が痛みや恐怖に苦しまない畜牛施設の設計で高い評価を得て
いく。当時の家畜産業は男性社会で、困難や試練も経験したが、動物への敬愛に支え
られた行動は、誰にも止めることができなかった。
本書には、テンプルの子ども時代から現在までの写真と自筆の動物の挿絵が数多く
収められ、テンプルを身近に感じることができる。自閉症についての理解を深めるた
めの情報や、自閉症を抱える若い人が充実した人生を送るためのアドバイスも含まれ
た、内容の濃い1冊だ。テンプルは固有の才能を社会に役立て、多くの称賛を浴びて
いるが、彼女の功績の陰には並々ならぬ努力と、愛情深い母と温かい恩師の支えがあ
ったことを、本書は教えてくれる。そして、わが道を真摯に進む人には、その考えに
共鳴し、ともに歩もうとする仲間が現れるという希望を持たせてくれる。
自閉症についての講演も精力的に行っているテンプル。ありのままの自分を肯定し、
可能性の扉を開き続ける生き方は、これからも多くの人の目を開き心を動かすだろう。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【著】サイ・モンゴメリー(Sy Montgomery):1958年生まれ。ナチュラリスト、作
家、脚本家など多岐にわたり活躍。動物を取り上げた作品が多く、取材で世界を旅す
る。邦訳に『彼女たちの類人猿 グドール、フォッシー、ガルディカス』(羽田節子
訳/平凡社)、『幸福の豚 クリストファー・ホグウッドの贈り物』(古草秀子訳/
バジリコ)がある。米国在住。
【訳】杉本詠美(すぎもと えみ):広島県生まれ。広島大学文学部卒業。訳書に、
『ヒラリー・クリントン 本当の彼女』(カレン・ブルーメンタール著/汐文社)や
「シャドウハンター」シリーズ(カサンドラ・クレア作/東京創元社)などがある。
やまねこ翻訳クラブ会員。
【参考】
▼サイ・モンゴメリー公式ウェブサイト
http://symontgomery.com/
▼テンプル・グランディン公式ウェブサイト
http://www.templegrandin.com/
(かまだゆうこ)
+ + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + + +
『いもうとガイドブック』
ポーラ・メトカーフ文/スザンヌ・バートン絵/福本友美子訳
少年写真新聞社 定価1,500円(本体) 2015.06 26ページ ISBN 978-4879815200
"A Guide to Sisters" text by Paula Metcalf, illustrations by Suzanne Barton
words & pictures, 2014
hontoで詳細を見る
Amazonで検索する:ISBN
Amazonで検索する:書名と作者名
「もらっていちばんうれしいおくりものは、いもうとよ」と、ママはいいますが、そ
の“おくりもの”は、うるさくて、どこにでもついてきて、まねばかりして、なんで
もわけてほしがるから、おねえちゃんはとてもたいへんです。いもうとのいちばんの
おきにいりは、リモコンのボタン。うるさいいもうとにも、つけたりけしたりできる、
ボタンがあるといいのに。でも、いっしょにいると、うれしいことやたのしいことも
たくさんあって……。
本書は妹の取扱説明書という設定をとりつつ、妹との楽しい過ごし方案内にもなっ
ている。書かれているエピソードが妙に具体的で、読み手はいつのまにかお姉ちゃん
の気持ちになって読んでいることに気づく。“トリセツ”らしく最初にもくじがあり、
「あかちゃん/ちやほや/わけっこ」など13の項目に分かれている。それぞれの説明
がいかにもお姉ちゃん目線で笑ってしまう。たとえばお姉ちゃんと妹の特徴は、「お
ねえちゃんは、なにをするにも、いもうとよりじょうずにできます」「いもうとは、
とてもいそがしいです。なくし、たべるし、ねるし、おむつをよごすし、またなくし」
という具合。ちょっぴりえらそうなお姉ちゃんと無邪気な妹が、シンプルな線画でカ
ラフルに描かれていて、たまらなくかわいい。最後に添えられた「おまけ」がまたい
いのだ(それは見てのお楽しみ)。
本書を読んで子どものころの記憶がよみがえってきた。そう、そう、わたしたちも
こんなふうだった、と。ふたりの様子が、自分と妹の幼いころと重なった。ときには
うんざりし、でもいないと寂しくて、一緒にいるとけんかするのに、やっぱり大好き
――妹とはそんな存在なのだ。作者のメトカーフも画家のバートンも、姉や妹がいる
という。だからふたりのやりとりや、表情やしぐさがこんなにもリアルなわけだ。
お姉ちゃんやお兄ちゃんは、妹や弟にイラッとしたり、やきもちを焼いたり、それ
に我慢しなくちゃいけないこともあったりして、いろいろと大変だ。本書はそんなお
姉ちゃんやお兄ちゃんを応援する本でもある。そして、同じような経験をした大人に
とっては、幼いころを思い出させてくれる本。離れて暮らす妹に会いたくなった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【文】ポーラ・メトカーフ(Paula Metcalf):1972年生まれの、英国の絵本作家兼
イラストレーター。アングリア・ラスキン大学でイラストレーションを学ぶ。2008年
より母校の大学で講師を務めている。これまで多くの絵本を手掛けているが、邦訳さ
れたのは本書が初めて。ケンブリッジ在住。
【絵】スザンヌ・バートン(Suzanne Barton):英国の絵本作家兼イラストレーター。
大学で心理学を学んだのち、ケンブリッジ美術学校で児童書のイラストレーションを
学ぶ。2014年に絵本作家デビュー。本書は初の邦訳作品。夫とふたりの子どもとオッ
クスフォードで暮らしている。
【訳】福本友美子(ふくもと ゆみこ):1951年、東京生まれ。慶應義塾大学文学部
図書館・情報学科卒業後、公共図書館勤務を経て、児童書の研究、翻訳、編集などに
従事する。訳書に『おじいちゃん、おぼえてる?』(フィル・カミングス文/オーウ
ェン・スワン絵/光村教育図書)、『へんてこたまご』(エミリー・グラヴェット作
/フレーベル館)など多数。
【参考】
▼ポーラ・メトカーフ紹介ページ(Pan Macmillan ウェブサイト内)
https://www.panmacmillan.com/authors/paula-metcalf
▼スザンヌ・バートン公式ウェブサイト
https://suzannebarton.co.uk/
▽福本友美子訳書・作成書誌リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/yfukumot.htm
▽福本友美子さんインタビュー(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/int/yfukumot.htm
(蒲池由佳) |