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月刊児童文学翻訳

─2001年4月号(No.29 書評編)─

※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版>
http://www.yamaneko.org/mgzn/
編集部:mgzn@yamaneko.org
2001年4月15日発行 配信数 2,170


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【FOSSIL .....The American Authentic】
1984年、テキサス州ダラス生まれ。「fun, smile and humor」がモットーです。楽しいイラスト入りのティン缶がパッケージ。お店でお好きな絵柄をお選びください。申し遅れましたが私は「カジュアル・ウオッチ」。老若男女の皆様にご提供できる豊富な品揃えが自慢です。日本でもお買い求めいただけます。詳しくはフォッシル・ホームページまで。
★フォッシルジャパン:やまねこ賞協賛会社


「どんぐりとやまねこ」

     M E N U

◎賞情報1
2000年度ゴールデン・カイト賞発表

◎賞情報2
2001年ボローニャ・ラガッツィ賞発表

◎注目の本(邦訳絵本)
スティーブン・ケロッグ文/絵『ふしぎなおたまじゃくし』

◎注目の本(邦訳読み物)
カレン・ヘス作『ビリー・ジョーの大地』

◎注目の本(未訳絵本)
ジュディス・セントジョージ文/デイビッド・スモール絵 "So you Want to Be President?"

◎注目の本(未訳読み物)
リチャード・ペック作 "A Year Down Yonder"

◎Chicoco の親ばか絵本日誌
第9回「2歳になりました」(よしいちよこ)



賞情報1

―― 2000年度ゴールデン・カイト賞発表 ――

 

 4月4日、アメリカの児童文学賞、ゴールデン・カイト賞の発表が行われた。この賞は「児童書作家・画家協会」により、内容や芸術性にすぐれ、子どもにとって魅力のある作品に贈られるものである。2000年度の受賞作およびオナー(次点)は以下の通り。

 

○フィクション
★受賞作
"The Boxer" by Kathleen Karr (Farrar, Straus & Giroux, Inc.)
☆オナー
"Nory Ryan's Song" by Patricia Reilly Giff (Delacorte Press)
○ノンフィクション
★受賞作
"Darkness over Denmark" by Ellen Levine (Holiday House)
☆オナー
"Fireflies in the Dark: the Story of Freidl Dicker-Brandeis and the Children of Terezin" by Susan Goldman Rubin (Holiday House)
○絵本(文)
★受賞作
"River Friendly, River Wild" by Jane Kurtz (Simon & Schuster)
☆オナー
"Momma, Where Are You From?" by Marie Bradby (Orchard Books)
○絵本(絵)
★受賞作
"The Rain Came Down" by David Shannon (Blue Sky Press)
☆オナー
"The King & the Three Thieves" by Kristen Balouch (Viking Children's Books)

 

 "The Boxer" は、1880年代のニューヨークを舞台に、監獄仲間からボクシングを教わり出所後ボクサーとなった少年を描いたヤングアダルト作品。"Nory Ryan's Song" は、1845年〜52年にアイルランドを襲った大飢饉の中を必死に生き抜こうとする少女の物語だ。作者のギフには『ついてないねロナルドくん』(舟崎克彦訳/あかね書房)などの邦訳作品がある。ノンフィクション部門の2冊は、どちらも第2次大戦中のナチス絡みのテーマを掲げている。"Darkness over Denmark" はデンマークにおけるレジスタンス活動について書かれた作品。"Fireflies in the Dark" では強制収容所の子どもたちが描いた絵が紹介されている。"River Friendly, River Wild" は川が氾濫して洪水がおこるようすを詩で表現した絵本。"Momma, Where Are You From?" では、黒人の母親が娘の質問に答えて昔の思い出話をする。"The Rain Came Down" は、『ストライプ たいへん! しまもようになっちゃった』(清水奈緒子訳/セーラー出版)でおなじみの作者が、雨がまきおこす街角のちょっとした騒動を描いた楽しい絵本だ。"The King & the Three Thieves" はペルシャの昔話をもとにした、王さまと3人の泥棒の話。

(生方頼子)

◇参考サイト: http://www.scbwi.org/awards.htm

◆ゴールデン・カイト賞について(本誌「世界の児童文学賞」記事のバックナンバー)

 

ゴールデン・カイト賞発表   ボローニャ・ラガッツィ賞発表   『ふしぎなおたまじゃくし』   『ビリー・ジョーの大地』   "So you Want to Be President?"   "A Year Down Yonder"   Chicoco の親ばか絵本日誌   MENU

 

賞情報2

―― 2001年ボローニャ・ラガッツィ賞発表 ――

 

 4月4日、イタリアのボローニャ・ブックフェアにおいて2001年ボローニャ・ラガッツィ賞の発表が行われた。主な部門の受賞作は以下の通り。

 

○フィクション

Fiction Infants (0-5 years)
"Wo Steckt Pepe(`)?" by Charles Simic & Wiebke Oeser (Carl Hanser Verlag Munchen, Germany)

Fiction Children (6-9 years)
"Ozewiezewoze" by Jan Van Coillie, Klaas Verplancke & Annemie Van Riel (Uitgeverij De Eenhoorn Wielsbeke, Belgium)

Fiction Young Adults (10-16 years)
"Grosser Ozian" by Hans-Joachim Gelberg (Beltz & Gelberg Weinheim, Germany)


○ノンフィクション

Non Fiction Infants (0-5 years)
"Les Petits Bonheurs du Pre(`)" by Pascale Estellon, Marianne Maury & Anne Weiss (Mila Editions Paris, France)

Non Fiction Children (6-9 years)
"The Yellow Star" by Carmen Agra Deedy, Henri Sorensen (Peachtree Publishers Atlanta, USA)

Non Fiction Young Adults (10-16 years)
"Wir Trinken So Viel Wir Kennen, Den Rest Verkaufen Wir" by Rainer Baginski (Carl Hanser Verlag Munchen, Germany)

※(`)は直前の文字の上につく。Munchen の u の上にはウムラウト。

 

 なお、ヤングアダルト向けフィクション部門の honorable mention(佳作)の中には、日本の作品『道に降りた散歩家』(望月通陽作/偕成社/英語タイトル "A Stroll in Flanders")、日本でオリジナル出版された作品『ナビル ある少年の物語』(ガブリエル・バンサン作/BL出版)が含まれている。

(生方頼子/菊池由美)

◇参考サイト:http://www.bookfair.bolognafiere.it/index2.asp?m=52&l=2&ma=3
      (特別賞を含む全ての受賞作のリストと選評)

 

ゴールデン・カイト賞発表   ボローニャ・ラガッツィ賞発表   『ふしぎなおたまじゃくし』   『ビリー・ジョーの大地』   "So you Want to Be President?"   "A Year Down Yonder"   Chicoco の親ばか絵本日誌   MENU

 

注目の本(邦訳絵本)

―― 大きく大きく大きくなあれ! すてきな宝物 ――

 

『ふしぎなおたまじゃくし』
スティーブン・ケロッグ文/絵 すずきまさこ訳
錨といるか社 2001.02.14 本体1,600円

"The Mysterious Tadpole"
Steven Kellogg
The Dial Press 1977

『ふしぎなおたまじゃくし』表紙

 

 ルイスの誕生日、スコットランドに住むマカリスターおじさんからプレゼントが届いた。それはなんと、びんに入ったおたまじゃくし。ルイスはおたまじゃくしに「アルフォンス」と名前をつけて大切に育てた。アルフォンスはチーズバーガーを1日いくつも食べ、どんどん大きくなって、そしてとうとうルイスの住むアパートの部屋にも入りきらなくなってしまった。このままでは動物園に寄付するしかなくなってしまう。「アルフォンス専用のプールがあればいいのに。でも、プールを作るお金なんてないし……」途方にくれたルイスは、仲良しの図書館員のシーバースさんに相談する。するとシーバースさんは「アルフォンスのお得意の芸を使えば、このピンチを乗り切れるかもしれない」と言ってくれた。その名案というのは……。

 1980年にほるぷ出版から出版された絵本の復刊。細い線に淡い色合いの絵の中で、ひときわ目立つアルフォンスのひとみ。その可愛いひとみに魅せられて手にした絵本だった。アルフォンスは、体が大きくなるだけで、形はいつまでたってもおたまじゃくしから変わらない。周囲の大人たちは、その不自然さに気づいてはいるようだが、決してアルフォンスの存在を否定することや追及することはしない。ルイスの気持ちを何より大事にしているのだろう。このように何気なく人の気持ちを思いやる姿勢に作者の心の豊かさや温かさを感じた。またこの絵本、マカリスターおじさんが別荘の近くで(詳しい場所は読んでからのお楽しみ)おたまじゃくしを見つけた表紙絵から、次の年のお誕生日に、また素敵なプレゼントが届き……という裏表紙まで話はしっかりと続いている。じっくり細かいところまで見て読んで楽しんでほしい。

(西薗房枝)

 

【作者】Steven Kellogg(スティーブン・ケロッグ)

 1941年、アメリカ、コネティカット州ノーワークに生まれる。子供の頃から話を作ることや絵を描くことが好きだった。絵はロードアイランドのデザイン学校で学び始め、その後、奨励金を得てイタリア、フローレンスで勉強を続けた。これまで90冊近い本を手がけており、日本では『アルフはひとりぼっち』(コーラ・アネット文/掛川恭子訳/童話館出版)、『まいごのサイはなにがすき』(マーサー・メイヤー文/ほるぷ出版)などが紹介されている。


【訳者】鈴木昌子(すずき まさこ)

 東京生まれ。津田スクール・オブ・ビジネスを卒業。現在は英会話学校に勤務しながら翻訳に携わっている。訳書には同じケロッグの作品『まいごのサイはなにがすき』のほか『クモの宮殿』(リチャード・ヒューズ作/八木田宜子共訳/早川書房)などもある。

◇参考:スティーブン・ケロッグ紹介サイト
http://www.edupaperback.org/authorbios/Kellogg_Steven.html リンク切れ
公式サイト(2008年追加)

 

ゴールデン・カイト賞発表   ボローニャ・ラガッツィ賞発表   『ふしぎなおたまじゃくし』   『ビリー・ジョーの大地』   "So you Want to Be President?"   "A Year Down Yonder"   Chicoco の親ばか絵本日誌   MENU

 

注目の本(邦訳読み物)

―― 過酷な自然の中に生きる少女の、瑞々しい感性の物語 ――

 

『ビリー・ジョーの大地』表紙

『ビリー・ジョーの大地』
カレン・ヘス作 伊藤比呂美訳
理論社 2001.03 本体1,500円

"Out of the Dust"
Karen Hesse
Scholastic Inc.1997

 

 あたしの長い指がピアノのキーの上を走る。ホットなラグタイムを叩き出す。マッド・ドッグのいかした歌とスウィングする。人々は総立ちで、タップを踏んだ。小銭稼ぎのアルバイトだけど、ピアノを弾けば、つらいことはみんな忘れた。ピアノの前があたしの居場所、14歳のあたしが見つけた、地上の天国だった。

 あたしと家族は、風と土埃だらけのオクラホマに住んでいる。ここの暮らしはきつい。3年越しの不作でだれもが骨と皮だった。牛や人が、肺に泥をつまらせて窒息死することもあった。嘘みたいだけど、ほんとうの話。でも、母さんと、お腹の中の赤ちゃんは、あったかい雨みたいに、あたしと父さんを潤してくれた。

 けれどあの事故が起こってから、あたしの天国はなくなった。ラグタイムを叩いていた指も、傷ついて動かない。残ったのは、傷の痛みと、だれも弾かなくなったピアノと、ふぬけになった父さん、それだけだ。そして相も変わらぬ風が吹き、埃が悲しみの上にも積もった。

 1930年代のアメリカは大恐慌のまっただ中だった。先の好景気の際、南部のオクラホマでは、入植した人々が草原の草を抜き去り、小麦を植えた。そこへ景気が落ち込んだ。干ばつが襲い、土嵐が吹雪のように吹き荒れた。人は、どんなところにも住む。とりわけ、夢を紡ごうと住みついた土地にしがみつく。夢が干上がってもそこに留まる者もあれば、見切りをつけて去る者もある。

 作者カレン・ヘスは、14歳の少女ビリー・ジョーの過酷な生活と孤独を、自由詩の文体で、淡々と描き出す。あふれそうなコップの水が、あと一滴足りないためこぼれないように、少女はじっと悲しみに耐えている。悲しみの表面に次第に膜が張り、固まり、ひび割れが入っていくのを、見つめている。訳者伊藤比呂美は、ややぶっきらぼうな抑えめの文体で、若い心のやり場のない苦しみを表現する。少女の言葉に近づくよう、自分の娘たちに下訳をさせたというが、詩人伊藤の試みは成功したと言えるだろう。1行1行、あまりにつらいが、ビリー・ジョーの乾いた孤独が胸に沁みる。

(中務秀子)

 

【作者】Karen Hesse(カレン・ヘス)

 1952年、アメリカ、メリーランド州に生まれる。さまざまな職を転々としながら、詩と物語を書く。98年に本作でニューベリー賞およびスコット・オデール賞を受賞。他の作品に『イルカの歌』(金原瑞人訳/白水社)、未訳の作品に "Just Juice" 、"Come On, Rain!" などがある。バーモント州在住。


【訳者】伊藤比呂美(いとう ひろみ)

 1955年東京生まれ。青山学院大学文学部卒。詩人。詩集に『伊藤比呂美詩集』、『わたしはあんじゅひめ子である』(ともに思潮社)、エッセイ集に『良いおっぱい悪いおっぱい』(集英社)、『居場所がない!』(朝日新聞社)などがある。近作『ラニーニャ』(新潮社)で、第21回野間文芸新人賞を受賞。絵本の訳書に『きみの行く道』、『キャット イン ザ ハット』(ともに、ドクター・スース作/河出書房新社)がある。カリフォルニア州在住。

◇参考:カレン・ヘス作品リスト(やまねこ翻訳クラブ データベース)

 

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注目の本(未訳絵本)

―― アメリカの子どもたちが受け継ぐ「大統領」への思い ――

 

『大統領になってみたい?』(仮題)
ジュディス・セントジョージ文
デイビッド・スモール絵

"So you Want to Be President?"
Written by Judith St. George
Illustrated by David Small
Philomel Books 2000, 52pp.
ISBN 0-399-23407-1

★2001年コールデコット賞受賞作品

 

 きみは、大統領になってみたい? 大統領になると、いいことがあるよ。広々としたホワイトハウスに住めるし、専用のプールやボウリング場がもてる。いやな野菜も食べなくってすむ!(ジョージ・ブッシュはブロッコリ嫌いで有名だった。)でも、大変なこともあるんだ。いつでもきちんとした格好をしなくちゃならないし、ひとりで出歩くこともできない。おまけに「宿題」がたくさんある……。

 2001年コールデコット賞受賞作の本書は、子どもたちに向かってこんな風に語りかけながら、過去の大統領たちのエピソードを紹介し、大統領になるためには何が必要なのかをさぐってゆく。ワシントンからクリントンまで、大統領を務めたのは総勢41人(ブッシュ新大統領は、含まれていない ※注)。その顔ぶれは実にバラエティー豊かだ。体格ひとつ取ってみても、193センチという長身のリンカーンもいれば、163センチと比較的小柄なジェームズ・マディソンもいる。年齢も、就任時42歳だったセオドア・ルーズヴェルトから、69歳という「高齢」(日本なら「若手」?)のロナルド・レーガンまでさまざま。さらに、兄弟の数、性格、趣味などももちろん人それぞれだ。

 そんな中でひとつ、大統領に欠くべからざる資質がある。それはいったい何か? 答えは、ラスト近くの見開きの1場面に凝縮されている。リンカーン・メモリアルの大彫像の前をとぼとぼと立ち去るふたりの人物、リチャード・ニクソンと、ビル・クリントン。「大統領になりたければ、そして大統領でいつづけたければ、正直でなくてはならない」と、作者は心を込めて語る。クリントンが女性問題を追求され、宣誓証言で嘘をついたのは、ほんの3年ほど前のこと。こんな生々しい題材をさらりと取り上げるなんて、アメリカの子どもの本は懐が深い! 国民みずからが選ぶ大統領への愛着と厳しさは、こんな風にして次世代へと受け継がれてゆくのだろう。

 デイビッド・スモールの絵は、そんな「大統領」への思いを見事に表現している。『リディアのガーデニング』で見せた柔らかい筆さばきに、上質な政治漫画の風刺精神が加わって、どのページにも面白みがいっぱい。本書の中盤、やや断片的な知識が多くて"雑学辞典"のようになりがちなところを、絵の力でしっかりとまとめている。アメリカに興味のある大人にも勧めたい1冊だ。

(内藤文子)

※クリントンは第42代大統領だが、クリーヴランドが第22代と24代大統領を務めているので、実際の人数は41人。なお、2期連続して務めた場合は、1代と数える。

 

【作者】Judith St. George(ジュディス・セントジョージ)

 アメリカ、ニュージャージー州生まれ。スミス・カレッジ卒業。1970年より作家活動を始め、歴史書やミステリーなど著書多数。日本では『ヘレン・ケラーを支えた電話の父・ベル博士』(片岡しのぶ訳/あすなろ書房)、『明日はどの道を行こう〜インディアン少女サカジャウィア物語』(杉本恵理子訳/グリーンアロー出版社)が紹介されている。


【画家】David Small(デイビッド・スモール)

 アメリカ、ミシガン州デトロイト育ち。妻のサラ・スチュワートと共に製作した『リディアのガーデニング』(福本友美子訳/アスラン書房)が1998年のコールデコット賞オナー(次点)に選ばれる。今春、再びスチュワートと組んで、アーミッシュの少女ハンナの都会への初旅を描いた "The Journey" を出版した。

【参考】◇デイビッド・スモール作品リスト

 

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注目の本(未訳読み物)

―― 怖いおばあちゃんと気弱な孫娘の共同生活もよう ――

 

『おばあちゃんと過ごした1年』(仮題)
リチャード・ペック作

"A Year Down Yonder"
by Richard Peck
Dial Books for Young Readers 2000, 130pp.
ISBN 0-8037-2518-3

★2001年ニューベリー賞受賞作品

 

 1937年は大恐慌に続く景気後退で、アメリカでも人々が食べる心配をしていた。父親が職を失い、15歳のメアリ・アリスは田舎の祖母の家にやられることに。その祖母が、田舎町でも一目おかれた恐怖の偏屈ばあさんで、いたずらをしにやってきた悪ガキに逆にいたずらを仕掛けてやり、真夜中に近所からいろいろ「拝借」してくる、おちゃめでやりくり上手(?!)な人だということを、メアリ・アリスはそれまでの夏休みの体験から熟知していた。

 転入した地元の高校では「シカゴからやってきた都会娘」と敬遠されるし、おばあちゃんのへんてこな行動もあって、メアリ・アリスの繊細な乙女心は揺さぶられる毎日。しかし、この1年、祖母の生き方からメアリ・アリスが学んだことは、これから大人の女性になろうとする彼女にとっては、このうえなく貴重なものとなった。

 ペックの小説では、集団からいったん孤立することで、本当の意味で独立した大人への成長を遂げる若者が描かれるのが特徴だ。今回の作品でも、メアリ・アリスは、それまでの生活を離れた上、田舎町社会には入り込めず、孤立してしまう。風変わりなおばあちゃんの存在も、孤立に拍車をかける。しかし、距離を置くことによって初めて見えてくるものがある。たとえばおばあちゃんは、メアリ・アリスが娘ではなく孫だからこそ、彼女のことがよくわかるのだ。メアリ・アリス自身も、田舎町の人々から離れているから、その人たちの生き方の様々な側面がはっきりみえてくる。

 でも、この小説の魅力はこんな理屈だけでは語れない。とんでもないおばあちゃんとそれに悩まされる若い娘は深い愛情で結ばれているし、みかけは無茶苦茶でも、おばあちゃんの行動は優しさに基づいている。ユーモアも変に洗練されず、絶妙だ。読みはじめるとすぐ、読者はふわっとした温かいものに包まれた気持ちになる。

 思春期を迎えての孤立は自然な成長過程で、その際「守り」となる温かい環境さえあれば、若者は再び社会に戻ってこられる。ペックの才能は、作品を通じてこういう「守り」がしっかり提供できるということではないだろうか。

 誰もがこんなおばあちゃんとの出会いがもてれば素晴らしいと思う。皆さんも、ペックの作品を通じておばあちゃんとひとときを共にしてみてはいかがだろう。

(池上小湖)

 

【作者】Richard Peck(リチャード・ペック)

 1934年、アメリカ、イリノイ州生まれ。英国エクセター大学卒業後、中学で英語を担当。この年齢層の教材にする小説が少ないことから、自ら筆をとった。一般向けを含め、幅広いジャンルの小説を書いている。ヤングアダルト文学に最も貢献した作者に与えられる、Margaret E. Edwards 賞を受賞。本書の前作 "A Long Way to Chicago" (『シカゴよりこわい町』斎藤倫子訳/東京創元社)はニューベリー賞オナー(次点)に選ばれ、本書は2001年のニューべリー賞を受賞。

【参考】
◇リチャード・ペック紹介サイト
◆リチャード・ペック邦訳作品リスト

 

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Chicocoの親ばか絵本日誌 第9回 よしいちよこ

―― 「2歳になりました」 ――

 

 3月1日、しゅんは2歳になりました。ちょっとしたことで成長を感じることがあります。たとえば、手をつないで歩けるようになったとか、泥遊びのとき泥の中に座らなくなったとか、数分、家で一人にしても泣かずに待っていられるとか……。

 1歳になった頃、しゅんに大事な友だちができました。小さなネズミのぬいぐるみ「ぶーちん」です。眠いときや大泣きした後など、ぶーちんを持って指をすえば、心が落ちつき、じょうずに眠れるのです。ぶーちんはよだれと鼻水で汚れ、何度も洗われてよれよれです。こんなぶーちんとしゅんの関係にそっくりな絵本『いつもいっしょ』(ケビン・ヘンクス作/金原瑞人訳/あすなろ書房)を紹介します。オーエンは赤ちゃんのときから黄色いタオルの「フワフワーノ」といつもいっしょでした。オーエンはフワフワーノを抱きしめて指をすっています。ところが、隣のおばさんが「もうそんなものを持つ年じゃないでしょ」と忠告。オーエンの両親は、オーエンがフワフワーノを卒業できるよう、いろいろ試しますが……。さて、しゅんはというと、2歳の誕生日を迎える頃から、ぶーちんなしでも眠れるようになり、指もすわなくなりました。オーエンの母親のような名案を思いつくまでもなく、しゅんはひとりで卒業していました。それでも『いつもいっしょ』を読むと、ひさしぶりにぶーちんを探してきて、指をすう真似をします。そして、かつてわたしが注意したように「ちゅうちゅう、やめなさーい」とオーエンにいい、にやにやしています。

『しろくまくん なにがきこえる?』表紙

 なくなってわかる成長もあれば、増えてわかる成長もあります。絵本の記憶はたしかに増えています。『しろくまくん なにがきこえる?』(エリック=カール絵/ビル=マーチン文/おおつきみずえ訳/偕成社)は色鮮やかで大胆なコラージュが楽しい絵本です。「しろくまくん、何が聞こえる?」「ライオンがほえているのが聞こえる」という応答があり、次ページには「ガオー」とほえるライオンの絵。こうしてリレーのように10匹の動物がそれぞれの声や音とともに出てきます。しゅんは動物の順番を覚えたようで、ページをめくる前に「ぶおぶお」「しゅーしゅー」「ぐうおん、ぐうおん」と次の動物の声を出すようになりました。最近は本文を読むわたしに負けないように、大急ぎで「らいおん、らいおん、らいおーん」「ぞう、ぞう、ぞうー」と次の動物の名前をいいます。当て物じゃないんだからと思いつつ、つい「ピンポン、あたり!」といって喜ばせてしまうのでした。

 

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●編集後記●

 今回、邦訳・未訳とも、大恐慌時代を描いた読み物のレビューです。現在のアメリカで、この時代をどのように回顧しているのかが見えてくるかも。(き)


発 行: やまねこ翻訳クラブ
発行人: 蒲池由佳(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人: 菊池由美 (やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画: 河まこ キャトル きら くるり こべに さかな 小湖 Gelsomina sky SUGO Chicoco つー どんぐり NON BUN ベス みーこ みるか MOMO YUU りり Rinko ワラビ わんちゅく
協 力: @nifty 文芸翻訳フォーラム
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