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※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!
児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、賞情報 |
―― 2002年ボストングローブ・ホーンブック賞発表 ――
1967年に創設されたこの賞は、6月から翌年5月までの1年間に米国で出版された本を対象にしており、フィクションと詩、ノンフィクション、絵本の3部門に贈られる。ボストングローブ(新聞社)及びホーンブック(児童文学評論誌出版社)主催。2002年の ★Winner(受賞作)、☆Honor(次点、各部門2作品)は以下の通り。
【フィクションと詩】(Fiction and Poetry) ★"Lord of the Deep"by Graham Salisbury (Delacorte) ☆"Amber Was Brave, Essie Was Smart" ☆"Saffy's Angel" 【ノンフィクション】(Nonfiction) ★"This Land Was Made for You and Me: The Life and Songs of Woody Guthrie"by Elizabeth Partridge (Viking) ☆"Handel, Who Knew What He Liked" ☆"Woody Guthrie: Poet of the People" 【絵本】(Picture Book) ★"Let's Get a Pup! Said Kate" ☆"I Stink!" ☆"Little Rat Sets Sail" |
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【フィクションと詩】
部門受賞のグレアム・ソールズベリーの作品は、ハワイの海を舞台に13歳の少年が漁を通して成長していく過程を描いた作品。ソールズベリーの邦訳作品としては『その時ぼくはパールハーバーにいた』(さくまゆみこ訳/徳間書店)が出版されている。オナーに選ばれたべラ・B・ウィリアムズはかつて『かあさんのいす』(佐野洋子訳/あかね書房)で本賞の絵本部門に輝いた。一方ヒラリー・マッカイもわんぱく四人姉妹物語『夏休みは大さわぎ』(ノーマン・ヤング絵/ときありえ訳/評論社)でガーディアン賞を受賞した作家である。
【ノンフィクション】
部門の受賞作と、オナーに選ばれたうちの1作は、共に20世紀を代表するフォーク・シンガー・ソングライター、ウッディ・ガスリーの物語である。パートリッジの作品はYA向け読み物、クリステンセンの作品は低年齢から楽しめる絵本だ。パートリッジは2003年5月に新作 "Whistling"(Anna Grossnickle Hines 絵)を出版する予定。もう一つのオナー、アンダーソンの作品は、音楽の母といわれるヘンデルを取り上げたもの。画家のケビン・ホークスは『ウエズレーの国』(ポール・フライシュマン文/千葉茂樹訳/あすなろ書房)でグリーナウェイ賞の commended に選ばれている。
【絵本】
部門の受賞作はオーストラリア出身のボブ・グラハムの作品。オーストラリア児童図書賞の他、グリーナウェイ賞の候補にも挙がっている(本誌今月号「グリーナウェイ賞候補作レビュー」記事参照)。オナーに選ばれた作品は2作とも家族で取り組んだもの。"I Stink!" では妻が文を、夫が絵を担当し、一方 "Little Rat Sets Sail" では娘が文を、母親が絵を担当している。ケイト・マクマランの作品では、再話を担当した『ジキルとハイド』(R・スチーブンソン作/原田友子訳/笠原彰絵/金の星社)などが邦訳出版されている。モニカ・バング・キャンベルは、この作品でデビュー。母親のモリー・バングは『ソフィーはとってもおこったの!』(おがわひとみ訳/評論社)で一昨年コールデコット賞オナーに選ばれた。
(西薗房枝)
【参考】 ◆ボストングローブ・ホーンブック賞受賞作品リスト(やまねこ翻訳クラブ データベース) ◇べラ・B・ウィリアムズ作品リスト(やまねこ翻訳クラブ データベース) ◆"Amber Was Brave, Essie Was Smart" レビュー(「月刊児童文学翻訳あるふぁ」2001年10月号/有料、1部100円) ◆ケビン・ホークス絵『ウエズレーの国』レビュー(やまねこ翻訳クラブ「今月のおすすめ」) |
特集 |
―― カーネギー賞・グリーナウェイ賞候補作レビュー ――
昨年に引き続き、やまねこ翻訳クラブでは、カーネギー・グリーナウェイ両賞の候補作を読み比べ、レビューを書くという企画を行った。今月と来月の2回にわたり、その成果をご報告したい。今月号では、カーネギー賞3作、グリーナウェイ賞4作のレビューをお届けし、次号では、残りのレビューに加え、受賞結果を速報でお届けする予定。受賞作の発表は7月12日。候補作一覧は本誌先月号書評編を参照のこと。 なお、特に記載がないもののレビューは英国版の本を参照して書かれている。
******************************** ★カーネギー賞(作家対象)候補作
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『ロープメーカー』(仮題) "The Ropemaker" by Peter Dickinson Macmillan Children's Books 2001, 432pp. ISBN 033394738X(UK)
Delacorte Press 2001, 375pp. ISBN 0385729219(US) (このレビューは、US版を参照して書かれています) |
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はるか昔に山と森にかけられた魔法によって、平和を保ってきた〈谷〉。ところが、長い歳月を経て魔法の力が弱まり、他国の侵略の危機が迫る。南の帝国に住む伝説の魔術師を探し出し、〈谷〉を救わなければ――。そのとき、魔法のスギの木が一人の娘を指名した。森の魔法を守る家系に生まれながら、その能力に恵まれず、疎外感と劣等感に悩む娘ティルジャだ。山と森以外には魔法のない〈谷〉から、魔法が渦巻く未知の世界へ。とまどいや不安、家族や故郷への想いを胸に、ティルジャは冒険の旅に出た。
ユニコーン、魔術師の指輪、伝説の鳥ロックなど、華やかな仕掛けの数々、謎の魔術師ロープメーカーとの出会い……。スリリングで先の読めない展開が、読者を物語の中に引き込んでいく。背景となる帝国社会の詳細な描写、設定も独特だ。人の死までを管理しようとする独裁下で、老人が死の許可証を求めて旅をする制度など、異様な設定が目をひく。そこには作者の社会批判や死生観が窺え、魔法の源はすべての人や自然の中にあるという魔法観とともに、作品に奥行きと広がりを持たせている。旅の途中で自らの持つ不思議な力に気づき、生き方を模索し始めるティルジャ。その鮮やかな成長ぶりが心に残った。冒険と自分探しの旅に、作者独自の世界観を絡めた、読み応え十分のハイファンタジー。じっくりと味わいたい1冊だ。
(児玉敦子)
【作】Peter Dickinson(ピーター・ディッキンソン) 1927年北ローデシア(現ザンビア)のリビングストンに生まれ、7歳から英国で育つ。ケンブリッジ大学卒業後、雑誌の編集をしながら、大人向けのミステリや児童書を執筆。1979年 "Tulku"、1980年 "City of Gold" で2年連続カーネギー賞に輝いたほか、ガーディアン賞、ウィットブレッド賞、BGHB賞など数々の賞を受賞。邦訳多数(詳細は下記リスト参照)。 |
◇ピーター・ディッキンソン作品リスト(やまねこ翻訳クラブ データベース)
『列車を停めちゃえ』(仮題) "Stop the Train" by Geraldine McCaughrean |
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1893年、オクラホマ州の開拓予定地、フローレンス。壮大な夢を抱く人々が土地の権利を手に入れ、生活を始めた。しかし、早くも貪欲な鉄道会社は、その土地と夢を買い占めようとした。本物の開拓者精神をもつ市民が、当然のようにそれをはねつけると、執念深い鉄道会社の社長は誓った。「列車はフローレンスでは停車させない!」と。草原の真ん中で、交通手段を失えば、産声をあげたばかりの町は消えてしまう。食料雑貨店の一人娘、シシーをはじめフローレンスの人々には、わが町の繁栄した将来像がもうしっかりと見えていた。だから簡単に諦めるわけにはいかない。なにがなんでもあの列車を絶対に停めてみせるぞ!
名語り部、マコーリアンならではの楽しい物語だ。市民の熱心な努力により鉄道会社に停車駅を作らせた、エニッド・オクラホマでの実話に基いているらしい。登場人物の描写には誇張や類型化が見られるが印象深く、読者は、市民と一緒になって鉄道会社を憎み、列車停止計画の進退に一喜一憂するだろう。ただし、この作品では、厳しい自然条件や飢え、病気などで多くの人が亡くなった、実際の開拓の悲惨さには触れられていない。作者は正確な史実より、難局を意外な発想で切り抜けてきた開拓民の精神を伝えたかったのだろう。それは、アメリカ人が最も誇る精神に違いない。
(池上小湖)
【作】Geraldine McCaughrean(ジェラルディン・マコーリアン) 1951年生まれ。デビュー作 "A Little Lower than Angels" で1987年にウィットブレッド賞を、続いて1988年には『不思議を売る男』(金原瑞人訳/偕成社)でカーネギー、ガーディアン両賞を受賞して以来、多くの名作を発表し、受賞も果たしてきた。昔話の再話に特に定評があるが、ファンタジー、冒険ものなど、多岐に渡る作品で活躍している。 |
『素晴らしきモーリスと教養ある鼠族』(仮題) "Amazing Maurice and his Educated Rodents" Doubleday 2001, 269pp. ISBN 0385601239(UK)
HarperCollins 2001, 242pp. ISBN 0060012331(US) (このレビューは、US版を参照して書かれています) |
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魔法使いの大学のゴミを食べて、突然賢くなったネズミたち。ネズミだけの国を建設すべく、やはり知恵づいた猫モーリスと手を組み、人間相手の詐欺商売で資金調達に精をだしてきた。しかし、町々を渡り歩くうち、人間を騙すことに倫理的な抵抗を感じ始めたネズミたちは、次の町を最後にこの商売から足を洗うと決める。その町は遠目には裕福そうに見えたが、中に入ってみると人々は飢えに苦しんでいた。ネズミの被害のせいだというのだが、当のネズミの姿はちっとも見当たらない……? 奇妙な矛盾を探りはじめたモーリスたちは、やがて恐ろしい敵の存在に気づく。
有名な大人向けファンタジー「ディスクワールド」シリーズに、はじめて児童向けの作品が登場。シリーズを未読でも単独でじゅうぶん楽しめる。"栄養たっぷり"、"立入禁止"など、笑える名前(なにしろ、ゴミの中の缶詰のラベルや標識から自分の名前をつけたものだから)のネズミたちが愛らしい。知恵がつくと同時に羞恥心が芽生え、道義的、哲学的悩みが生じるネズミたちの姿は、成長過程にある人間の子どもを暗に示唆しているのかも? だけどその筆致は戯画的で、ちっとも重くない。お堅い教訓や問題提起はすべて、イギリス人らしいユーモアに満ちた語り口で包まれているし、物語は"ハメルンの笛吹き"のパロディという枠組みに見事におさめられている。その軽やかさ、楽しさが本書の醍醐味。素直に味わいたい。
(菊池由美)
【作】Terry Pratchett(テリー・プラチェット) 1948年生まれ。ジャーナリストとして働き、1987年に「ディスクワールド」シリーズを書き始め、英米で大好評を得る。シリーズは今も続刊中。角川書店、三友社、鳥影社から一部邦訳あり。児童書の邦訳には「遠い星からきたノーム」シリーズ3部作(鴻巣友季子訳/講談社)がある。英国ウィルトシャー在住。 |
************************************ ★グリーナウェイ賞(画家対象)候補作
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『おいらにおまかせ』(仮題) "Fix-It Duck" by Jez Alborough Picture Lions 2001, 30pp. ISBN 0007106238(UK)
HarperCollins Publishers 2002, 33pp. ISBN 0060006994(US) (このレビューは、US版を参照して書かれています) |
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アヒルくんが部屋でお茶を飲んでいると、天井からカップにしずくがポトン。おや、雨もり。こいつはいけない。よっしゃ、おいらにまかせとけ。アヒルくんは道具箱を持って外へ。けれども屋根は高くて上れそうにない。そうだ、ヒツジくんに梯子を借りよう。ヒツジくんのトレーラーハウスに入ってわけを話していると、天窓がギイギイ。あの窓、きっちり閉まらないんだとヒツジくん。よっしゃ、おいらにまかせとけ。アヒルくんは接着剤を塗って、ねじをまわして、金槌でトン、トン、あっ!――。
黒点の目にだいだい色の大きなくちばし。ブルーの帽子がお似合いのアヒルくんは失敗してもぜんぜんめげない。意気揚々と取りくむ(そして被害をどんどん広げる)姿はまさに人生を前向きに楽しんでいる感じ。一方、散々な目に遭うヒツジくんをはじめ、ほかの動物たちが驚き、恐れ、嘆き、呆れる描写はかなり大げさだ。ヒツジくんたちの心情がありありと伝わってきて、アヒルくんの能天気ぶりと対照的で笑える。
実は、次々起こる悲劇(喜劇?)の本当の発端は意外なところにある。それがさりげなく片隅に描かれ最後に明かされる演出も心にくい。調子のいい文章にのって明るい配色の絵が躍動している。のりにのって音読したあとは、表紙から裏表紙までたっぷり描かれた絵をじっくり読みたい。絵本の特質を存分に生かした作品だ。
(三緒由紀)
【文・絵】Jez Alborough(ジェズ・オールバラ) 1959年、イングランド南東部サリーのキングストン・アポン・テムズ生まれ。ノーリッジの美術大学卒業。はじめ2年間は挿絵だけを描いていたが、その後、文も絵も自作するようになった。本作は "Duck in the Truck" の続編。日本では『ぎゅっ』(徳間書店)が紹介されている。ロンドン在住。 |
『風車小屋のカッチェ』(仮題) "Katje the Windmill Cat" |
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風車小屋の粉ひき職人、ニコの飼い猫カッチェはたいそうな利口者。小屋からネズミを追い払い、ニコの仕事を助けながら、愉快に暮らしていた。そんな楽しい生活も、ニコにお嫁さんが来てからがらりと変わってしまった。きれい好きのお嫁さんは、カッチェが床に足跡をつけるのも、生まれたての赤ちゃんと遊ぶのもいやがった。赤ちゃんとカッチェはとても仲良しなのに。そんなある日、村が嵐におそわれて大洪水になってしまった。あぶない、ニコの家に水が……。
この昔話ふうの愛らしい物語は、15世紀のオランダでほんとうにあった出来事をもとに書かれている。そのお話に、画家ニコラ・ベイリーが、この上なくやさしくあたたかい肌合いの絵を添えた。猫の絵を描かせたら右に出る者はいないと言われるベイリー、この絵本でも猫の姿態や表情を深い愛情を込めて描いている。嬉しくてお腹を上にして寝ころぶカッチェ。洪水に呑まれてずぶぬれのカッチェ。髭の先にも肉球にも、画家の猫への思いがこぼれるようだ。これまでの細密画風の密度の濃い作風がやや抑えられ、水彩色鉛筆の味わいをうまく生かしたソフトで愛嬌のある絵に仕上がっており、それがお話の雰囲気によく合っている。各ページに配された、オランダ特産のデルフトタイルの絵柄が、お話の内容に絡んでいてなかなか面白い。若草のような薄緑色の瞳のカッチェは、画家にいつも寄り添う愛猫パンジーがモデルだという。
(中務秀子)
【絵】Nicola Bayley(ニコラ・ベイリー) 1949年、シンガポール生まれ。英国の王立芸術大学卒業。在学中から細密画を描き始める。1975年、『マザーグースのうたがきこえる』(由良君美訳/ほるぷ出版)でデビュー。『ネズミあなのネコの物語』(今江祥智・遠藤育枝訳/BL出版)は数々の賞を受賞し、1990年度のグリーナウェイ賞の commended にも選ばれた。英国ストックウェル在住。 |
『シルバー・シューズ』(仮題) "Silver Shoes" by Caroline Binch Dorling Kindersley Limited 2001, 25pp. ISBN 0751327549(UK,pb)
DK Publishing, Inc. 2001, 32pp. ISBN 0789479052(US,hb) (このレビューは、US版を参照して書かれています) |
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モリーはダンスが大好き。おばあちゃんのうちに行くと、おばあちゃんの(ぶかぶかの)銀のダンス靴を借りて踊っちゃう――カタカタカッタン。そんなモリーが仲良しのベバリーとダンス教室へ行くことになった。ダンスの靴はおばあちゃんがもってるような銀の靴でなきゃ、とモリーは思う。でもママはいった、「教室に通っていけそうかたしかめてからね」。教室に行くと、ほとんどの子たちが銀の靴で踊ってた。次の週には、ベバリーもいとこから銀の靴をもらってた。そこでモリーもママと銀の靴を買いに行くのだけれど……。
うれしい顔、不安な顔、悲しい顔、いじけた顔、得意げな顔――モリーのさまざまな表情をビンチは鮮やかな水彩で見事に描き分けている。モリーを見守る大人たちのやわらかな表情もとてもリアルで、彼らの体温まで感じられる。そして絵本から立ちのぼる躍動感。モリーのダンスに誘われて、自然にわたしの足まで動いてしまう――タン、タタン……。踊ることが自分の一部になってるモリーを見ると、"心から好き"ってこういうことなんだとわかってくる。
裏表紙の、モリーとおばあちゃんのダンス・シーンや、おしゃれなモリーの服にもご注目! 絵が読み手の心をとらえる、エネルギッシュな作品だ。
(蒲池由佳)
【文・絵】Caroline Binch(キャロライン・ビンチ) 1947年、英国マンチェスター生まれ。ソールフォード・テクニカル・カレッジでグラフィック・デザインを学ぶ。おもな作品に、スマーティーズ賞(0-5 years 部門)を受賞した "Hue Boy"、グリーナウェイ賞 Highly Commended に選ばれた "Down by the River" などがある。邦訳はまだない。コーンウォール在住。 |
『こいぬをかおうよ!』(仮題) "Let's Get a Pup!" by Bob Graham |
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ケイトは毎晩、大きなベッドにひとりで寝ていた。去年の冬に、それまでいっしょに寝ていたネコのタイガーが死んでしまったから。でも、夏の日射しがまぶしいある朝のこと、目を覚ましたケイトは、パパとママの寝室にかけこんでこう言った。「こいぬをかおうよ!」――朝食後、3人はさっそく『犬の保護センター』へ行き、連れて帰れそうな子犬を探した。そこで見つけたのが、ケイトの好みにぴったりの、デイブという名前の小さくてかわいらしい子犬。3人はデイブを抱き上げて帰ろうとするが、そのとき、ロージーという名前の年老いた犬と目が合って……。
犬との出会い、犬との生活――犬を飼いはじめることは、日常のなかのちょっとした「事件」だ。作者のボブ・グラハムは、そのわくわくするようなできごとを、マンガタッチの親しみやすい絵で描き出している。幼い少女とイマドキのおしゃれな若い両親が、犬を家族の一員として愛する姿がほほえましい。そこには、実生活でも犬を飼っているというグラハムの、あたたかな思いが込められているのかもしれない。
愛嬌たっぷりの子犬のデイブと、大きくて毛がふかふかしている老犬ロージーも魅力的なキャラクターだ。「こんな犬を飼いたい!」と思う読者も多いことだろう。
この作品は、本年度ボストングローブ・ホーンブック賞を受賞している(本誌今月号「賞情報」参照。米国版タイトルは "Let's Get a Pup! Said Kate")。
(生方頼子)
【文・絵】Bob Graham(ボブ・グラハム) 1942年オーストラリア生まれ。美術教育関係の仕事に携わったのち、絵本を手がけはじめる。邦訳作品に、1997年度グリーナウェイ賞 Highly Commended に選ばれた『チャボのオッカサン』、2000年にスマーティーズ賞を受賞した『ちいさなチョーじんスーパーぼうや』(ともに、まつかわまゆみ訳/評論社)、『はいっちゃだめ』(作者名表記ボブ・グレアム/掛川恭子訳/岩波書店)などがある。現在は家族とともに英国サマセット州に在住。 |
注目の本(邦訳絵本) |
―― アザラシのランプが見守った極寒の旅 ――
『氷の海とアザラシのランプ〜カールーク号北極探検記』 "The Lamp, the Ice, and the Boat Called Fish" ★2001年度ゴールデン・カイト賞絵本(絵)部門受賞作 |
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1913年夏、「魚」という意味のカールーク号に、カナダの北極探検隊の科学者たちが乗り込み、航海に旅立った。北極地方の植物や人びとの研究をしたり、新しい島を発見したりするのが目的だ。隊長はイヌピアク族の一家も船に乗せた。お母さんは北極の寒さにたえるための服やブーツを縫ってくれるだろうし、お父さんはアザラシをとってくれるだろう。8歳と2歳の娘たちもいっしょだった。
ところが、カールーク号はいつもより早く来た冬の寒さで氷にとりかこまれ、動けなくなってしまう。隊長と5人の隊員は、カリブー狩りに出かけて、陸地にたどり着くことができた。そしてオタワの政府に船が氷に閉じ込められたことを報告しただけで、そのまま探検に行ってしまい船にはもどらなかった。その時から船長が隊長となった。残された人びとは、生き延びるために働く。年が明けてまもなく、とうとう船は沈んでしまった。そこで船の人びとは、氷の上を歩いてわたる危険な旅に出る。
実際におきた出来事を、イヌピアク族の一家を中心に描いた物語。寝ているとき床の氷が割れて落ちそうになったり、食べ物が見つからず飢えに悩まされたりと苦難が続く。それでもどこかゆとりを感じるのは、一家が希望を失わないからだろう。出発まえにおばあちゃんからいわれた「ランプと歌のあるところ、そこがおまえの家なんだ」という言葉どおり、一家が落ち着く場所には必ずランプが描かれていて、ここは家だから安心なんだよと思わせてくれる。
ベス・クロムスが描く氷に囲まれた極寒の地は、おさえた色合いながらあたたかさも感じさせてくれてすばらしい。北方民族の装飾美術を研究しているというクロムスは、石をけずってつくるアザラシ油のランプや、ウルという丸い刃のナイフなどイヌピアク族の道具類を細かく描いている。生活のようすがひとめでわかって興味深い。
巻末にはカールーク号の乗客と乗組員全員の名前と消息、生存者の写真がついている。実話であることの重みを感じながら、何度でも読みかえしたくなる絵本だ。
(竹内みどり)
【文】ジャクリーン・ブリッグズ・マーティン(Jaqueline Briggs Martin) 米国メイン州生まれ。『雪の写真家ベントレー』(メアリー・アゼアリアン絵/千葉茂樹訳/BL出版)ではコールデコット賞を受賞。アイオワ州在住。 【絵】ベス・クロムス(Beth Krommes) スクラッチボードと水彩絵具をもちいた絵で注目を集めるイラストレーター。挿絵を描いた作品に "Grandmother Winter"(text by Phyllis Root)などがある。ニューハンプシャー州在住。 【訳】千葉茂樹(ちば しげき) 国際基督教大学卒業。児童書の編集に携わったあと、英米作品の翻訳者として活躍中。訳書に『ちいさな労働者』(ラッセル・フリードマン作/あすなろ書房)、『みどりの船』(クェンティン・ブレイク作/あかね書房)、『スターガール』(ジェリー・スピネッリ作/理論社)などがある。 |
●お知らせ●
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【参考】クレズ対策Web
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●編集後記●
カーネギー・グリーナウェイ両賞の候補作読み比べ、いかがでしたか。来月も引き続き候補作レビューを掲載します。(き)
発 行: | やまねこ翻訳クラブ |
発行人: | 河原まこ(やまねこ翻訳クラブ 会長) |
編集人: | 菊池由美(やまねこ翻訳クラブ スタッフ) |
企 画: | 河まこ キャトル きら くるり こべに さかな 小湖 Gelsomina sky SUGO Chicoco ちゃぴ つー 月彦 どんぐり NON BUN ぱんち ベス みーこ みるか 麦わら MOMO YUU yoshiyu りり Rinko ワラビ わんちゅく |
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