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●追悼●翻訳家 大塚勇三さん
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2018年8月18日、翻訳家で、児童文学者の大塚勇三さんが97歳で亡くなられた。
大塚さんは、1921年1月27日、中国東北部(旧満州)生まれ。東京帝国大学法学部
卒業後、軍隊に入隊。戦後、出版社に勤務したのち、児童文学の翻訳、執筆に専念す
る。特に、北欧児童文学の翻訳を数多く手掛けており、なかでも、スウェーデン人作
家アストリッド・リンドグレーンの作品の翻訳で知られる。1965年に刊行された『や
かまし村の子どもたち』、1967年に刊行された『ミオよ わたしのミオ』(共に岩波
書店)など、数々のリンドグレーン作品が、60年代のうちに大塚さんの訳で出版され、
現在に至るまで日本の読者に長く親しまれている。北欧の言語は独学で学び、英語訳
やドイツ語訳も参照しながら翻訳に取り組んだという。また、『プンクマインチャ
ネパール民話』(秋野亥左牟絵)、『いしになったかりゅうど モンゴル民話』(赤
羽末吉絵)や、『ちいさなあかいにわとり アイルランドの昔話』(日紫喜洋子絵)
(いずれも福音館書店)など、世界に古くから伝わる民話や昔話を再話し、高い評価
を得る。1966年に「リンドグレーン作品集」(岩波書店)で、1968年に『スーホの白
い馬 モンゴル民話』(赤羽末吉絵/福音館書店)でサンケイ児童出版文化賞(現・
産経児童出版文化賞)を受賞された。
本誌本号では、大塚さんをしのび、哀悼の意と感謝の気持ちを表して、訳書の中か
ら、1964年から1965年にかけて刊行された「長くつ下のピッピ」シリーズと、1966年
に刊行された『小さなスプーンおばさん』を紹介する。
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■レビュー■
◆「世界一つよい女の子」ピッピの大活躍◆
『長くつ下のピッピ』2000.06 239ページ ISBN 978-4001140149
『ピッピ船にのる』2000.06 235ページ ISBN 978-4001140156
『ピッピ南の島へ』2000.08 215ページ ISBN 978-4001140163
アストリッド・リンドグレーン作/大塚勇三訳 岩波書店 定価各680円(本体)
(※このレビューは岩波少年文庫版を参照して書かれています)
"PIPPI LANGSTRUMP", 1945
"PIPPI LANGSTRUMP GAR OMBORD", 1946
"PIPPI LANGSTRUMP I SODERHAVET", 1948
by Astrid Lindgren, Raben & Sjogren
Amazonで検索する:書名と作者名
スウェーデンのとある小さな町に、風変わりな少女がやってきた。ニンジン色の髪、
そばかすだらけの顔。左右で色の違う靴下をはき、その上にはぶかぶかの靴。少女の
名はピッピという。それまで船の上で暮らしていたピッピは、お父さんが行方不明に
なってしまったため、たったひとりで町はずれの古ぼけた家に住みはじめたのだ。た
くさんの金貨と航海で集めた宝物を持ち、相棒にはサルのニルソン氏。見た目が奇抜
な上に言動も破天荒なピッピは、行く先々で騒動を巻き起こす。
主人公ピッピが、9歳とは思えない怪力と超人的な運動能力を武器に、大人たちの
度肝を抜き、振り回す姿は痛快そのものだ。孤児院に入れようとするおまわりさんの
手をすり抜ける一方、酔っぱらった荒くれ者をやっつける。店に並ぶお菓子を買い占
めて子どもたちに配り、動物小屋から逃げ出した猛獣をつかまえ、ピッピの家を買お
うとする男を投げ飛ばす。口を開けば奇想天外な空想話ばかりだが、お父さんが迎え
に来たときは、仲良しのトミーとアンニカを悲しませたくないがために町を離れるの
を拒むという友だち思いの面もある。本当は心優しい女の子なのだ。
今やピッピの代名詞となっている「世界一つよい女の子」。子どもの頃に読んだと
きは自由奔放なピッピがうらやましかったが、今あらためて読み返すと彼女の「つよ
さ」とは、経済的自立(たくさんの金貨)と強靭な肉体(馬を軽々と持ち上げられる
腕力)があってこそ成り立つものだと感じた。女の子がひとりで生きていくにはこの
ふたつが不可欠と解釈するのは、いささか考えすぎだろうか――。そんな勘繰りはさ
ておき、ピッピは、今では世界一「つよい」のみならず「有名」にもなった。訳者の
大塚勇三さんの尽力により、早くから日本の子どもたちにも親しまれ、今でもさまざ
まな新訳が出て読み継がれている。大塚さんのあたたかみ溢れる訳文は、彼女のどん
な突飛なふるまいも受け入れ、見守っているかのようだ。わたしのように子どもの頃
にピッピの物語に親しんだ方も、ぜひもう一度手にとってみてほしい。ひとたびペー
ジを開けば、大塚さんの優しいまなざしに包まれることだろう。
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【作】アストリッド・リンドグレーン(Astrid Lindgren):1907年、スウェーデン
南部のヴィンメルビューに生まれる。教師や事務員をしながら執筆活動を開始し、
『長くつ下のピッピ』をはじめ、「やかまし村」シリーズ、「名探偵カッレくん」シ
リーズなど、子どもたちに愛される作品を多数世に送り出す。1958年に国際アンデル
セン賞作家賞を受賞。2002年、94歳でこの世を去る。
【参考】
▼アストリッド・リンドグレーン公式ウェブサイト
http://www.astridlindgren.se/
▽映画になった児童文学:アストリッド・リンドグレーン
(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/gen/eiga/lind.htm
【特殊文字】
「PIPPI LANGSTRUMP」:「LANGSTRUMP」の「A」の上に○がつく。
「GAR OMBORD」:「GAR」の「A」の上に○がつく。
「I SODERHAVET」:「SODERHAVET」の「O」の上に(¨)がつく。
「Raben & Sjogren」:
「Raben」の「e」の上に(´)がつき、「Sjogren」の「o」の上に(¨)がつく。
(山本みき)
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◆突然小さくなるおばさんの愉快な物語◆
『小さなスプーンおばさん』 アルフ=プリョイセン作/大塚勇三訳
学習研究社 定価900円(本体) 1966.04 166ページ ISBN 978-4051046507
"Kjerringa som ble sa lita som ei te-skje" by Alf Proysen
Tiden, 1957
Amazonで検索する:ISBN Amazonで検索する:書名と作者名
ある朝、ごくふつうのおばさんが、なんとティースプーンくらいに小さくなってし
まいます。ところが、おばさんは少しもあわてません。小さくなると動物たちと話せ
るようになったので、ネズミやネコやイヌに掃除をさせます。さらに雨や風や太陽に
洗濯をさせ、フライパンとつぼにはパンケーキを焼かせます。そしてご亭主が畑から
帰るころには、もうもとの大きさにもどって、何事もなかったかのようにふたりでお
昼ごはんを食べるのです。別の日には、ご亭主とマカロニ・スープの話をしていると
きに突然小さくなります。ご亭主が驚いて悲しむのに、おばさんはまったく平気。ご
亭主のポケットに入って、いっしょにマカロニを買いにいくことに――。こんなふう
におばさんは、困ったことが起きてもへこたれることなく、陽気に解決していきます。
その解決法がユーモラスでとても楽しいのです。なぜ小さくなるのか、その説明は何
もありません。魔法や呪いや薬のせいでもなく、ただいきなり小さくなったり大きく
なったりするだけです。小人伝説の多い北欧ならではの発想でしょうか。でも子ども
の豊かな想像力があれば、理屈など必要ないのかもしれません。
「スプーンおばさん」の物語は約60年前にノルウェーで発表され、それ以来世界中の
子どもたちに愛されてきました。日本では本作の他に『スプーンおばさんのぼうけん』
『スプーンおばさんのゆかいな旅』(共に学習研究社)として紹介され、テレビでア
ニメ化もされています。話のおもしろさだけでなく、おおらかで気さくな動物たちや
ご亭主、そして何よりおばさんの朗らかさとたくましさが魅力です。これを読んだ子
どもたちは、困難を明るく乗り越えるおばさんの姿に励まされたり、自分も小さくな
って動物と話したいと憧れたりすることでしょう。幼い日のわたしも、もちろんその
ひとりでした。少しとぼけた楽しい文章には、訳者の温かい人柄がしのばれます。日
本の子どもたちにたくさんの元気と笑顔を届けてくれた大塚さんに、心から感謝しつ
つ、ご冥福を祈りたいと思います。
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【作】アルフ=プリョイセン(Alf Proysen):1914年、ノルウェーの貧しい家に生
まれ、幼い頃から農場で働いた。学校には行けなかったが、豊かな空想力と表現力、
歌唱力を生かし、自作の歌を村の祭りなどで歌う。一方で小説も書き、"Trost i
taklampa"(『電燈にとまったツグミ』未邦訳)が評判に。児童書も多く手掛け、代
表作の「スプーンおばさん」シリーズは多くの国で翻訳された。1970年、56歳にて没。
【参考】
▼アルフ=プリョイセン紹介ページ(Penguin Books ウェブサイト内)
https://www.penguin.co.uk/puffin/authors/alf-proysen/1002101/
【特殊文字】
「Kjerringa som ble sa lita som ei te-skje」:「sa」の「a」の上に○がつく。
「Alf Proysen」:「Proysen」の「o」に(/)がつく。
(牛原眞弓)
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■大塚勇三さんの主な訳書■
【本誌バックナンバー「お菓子の旅」&「世界のお祭り」でご紹介した訳書】
▽『スプーンおばさんのゆかいな旅』アルフ=プリョイセン作/学習研究社
(本誌2000年10月号情報編「お菓子の旅 第12回 ノルウェー風ワッフル」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2000/10a.htm#okashi
▽『小さい魔女』オトフリート・プロイスラー作/学習研究社
(本誌2006年6月号「世界のお祭り&やまねこカフェ特別編 ヴァルプルギスの夜」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2006/06.htm#matsu_cafe
▽『やかまし村の春・夏・秋・冬』アストリッド・リンドグレーン作/岩波書店
(本誌2010年4月号「世界のお祭り 第21回 北欧のイースター」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2010/04.htm#matsuri
(本誌2015年10月号「お菓子の旅 第65回 ソッケルカーカ」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2015/10.htm#okashi
▽『ウルスリのすず』ゼリーナ・ヘンツ文/アロイス・カリジェ絵/岩波書店
(本誌2014年3月号「世界のお祭り 第31回 チャランダマルツ」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2014/03.htm#matsuri
【その他の主な訳書】
1965『やねの上のカールソン』 アストリッド・リンドグレーン作 岩波書店
1965『たんじょうび』 ハンス・フィッシャー文・絵 福音館書店
1969『マウルスと三びきのヤギ』 アロイス・カリジェ文・絵 岩波書店
1973『大力のワーニャ』 オトフリート・プロイスラー作 学習研究社
(2014『大力のワーニャ』 オトフリート・プロイスラー作 岩波書店)
1975『トム・ソーヤーの冒険』 マーク・トウェイン作 福音館書店
1979『雪の女王』 ハンス・クリスチャン・アンデルセン作 福音館書店
(2003『アンデルセンの童話3 雪の女王』
ハンス・クリスチャン・アンデルセン作 福音館書店)
1981『もりのこびとたち』 エルサ・ベスコフ文・絵 福音館書店
1984『ライオンとねずみ 古代エジプトの物語』 リーセ・マニケ文・絵 岩波書店
1986『グリムの昔話1〜3』グリム作 フェリクス・ホフマン編・絵 福音館書店
2007『ペーテルとペトラ』
アストリッド・リンドグレーン文 クリスティーナ・ディーグマン絵 岩波書店
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に併記しています。 |