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●追悼●英国の絵本作家 ジョン・バーニンガム
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2019年1月4日、英国を代表する絵本作家のひとりであるジョン・バーニンガムが
82歳で亡くなった。70作あまりの本を世に送り出し、ほとんどの作品で文も絵も手が
けたバーニンガム。2012年と2014年には国際アンデルセン賞画家賞の英国の候補者に
選ばれ、いずれの年もショートリストに残った。鉛筆やペンで軽やかに描かれた愛す
べきキャラクター、主に水彩絵の具や色鉛筆を用いた優しい色合い、ユーモラスで、
時にはちょっぴり皮肉をきかせ、シンプルながら読者の想像をかきたてるストーリー。
その作品は子どもから大人まで世界中の人々を引きつけ、邦訳も多く出版されている。
バーニンガムは、1936年に英国サリーで生まれた。1959年にロンドンの中央美術工
芸学校を卒業。ロンドン交通局のポスター制作などの仕事を手がけた後、デビュー作
の絵本 "Borka: The Adventures of a Goose with No Feathers"(『ボルカ はねな
しガチョウのぼうけん』木島始訳/ほるぷ出版)で1963年のケイト・グリーナウェイ
賞を受賞する。1970年に出版された "Mr Gumpy's Outing"(『ガンピーさんのふなあ
そび』光吉夏弥訳/ほるぷ出版)で再び同賞を受賞した。中央美術工芸学校で出会い、
1964年に結婚した妻のヘレン・オクセンバリーも、同賞受賞画家。2010年には、バー
ニンガムが文を、オクセンバリーが絵を担当した初の共作 "There's Going to Be a
Baby"(『あかちゃんがやってくる』谷川俊太郎訳/イースト・プレス)が出版され、
2012年の同賞ロングリストに選ばれている。昨年、夫婦共にこれまでの功績を評価さ
れ、そろってブックトラスト生涯功績賞(BookTrust Lifetime Achievement Award)
に輝いた。バーニンガム最後の絵本となる "Mr Gumpy's Rhino" は、今年の8月に刊
行が予定されている。
本号ではバーニンガムをしのび、邦訳絵本3作品のレビューをお届けする。
【参考】
▼ジョン・バーニンガム追悼記事(The Guardian ウェブサイト内)
https://www.theguardian.com/books/2019/jan/07/john-burningham-childrens-
author-and-illustrator-dies-aged-82
https://www.theguardian.com/books/2019/jan/07/john-burningham-obituary
▼ジョン・バーニンガム追悼記事(The New York Times ウェブサイト内)
https://www.nytimes.com/2019/01/13/obituaries/john-burningham-dies-at-82.html
▼ジョン・バーニンガム追悼記事(Penguin UK ウェブサイト内)
https://www.penguin.co.uk/articles/company/news/2019/january/john-burningham-
dies-mr-gumpys-outing-avocado-baby.html
▽ジョン・バーニンガム作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/b/jburning.htm
▽『ひみつだから!』レビュー(本誌2010年4月号「注目の本(邦訳絵本)」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2010/04.htm#hehon
▽『旅するベッド』レビュー(本誌2003年4月号書評編「注目の本(邦訳絵本)」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2003/04b.htm#hehon
▽『いつもちこくのおとこのこ ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー』
ミニ・レビュー
(本誌1998年9月号別冊「やまねこのおすすめ本(あかね書房翻訳書編)」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1998/09e.htm#e_05
▽『ジュリアスはどこ?』ミニ・レビュー
(本誌1998年9月号別冊「やまねこのおすすめ本(あかね書房翻訳書編)」)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/1998/09e.htm#e_04
▽『ガンピーさんのふなあそび』レビュー
(やまねこ10周年記念「世界の児童文学賞ラリー」レビュー集)
http://www.yamaneko.org/dokusho/shohyo/tokusetsu/10th/gre_rv1b.htm#gumpy
▽『ボルカ はねなしガチョウのぼうけん』レビュー
(やまねこ10周年記念「世界の児童文学賞ラリー」レビュー集)
http://www.yamaneko.org/dokusho/shohyo/tokusetsu/10th/gre_rv1b.htm#borka
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■レビュー■
◆ページをめくれば、大人も子どもも笑顔になれる!◆
『ねえ、どれがいい?』2010.02 32ページ ISBN 978-4566001985
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『またまた ねえ、どれがいい?』2018.06 32ページ ISBN 978-4566080355
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ジョン・バーニンガム文・絵/まつかわまゆみ訳 評論社 定価各1,500円(本体)
"Would You Rather", 1978
"More Would You Rather", 2018
by John Burningham
Jonathan Cape
「この中からひとつ選ぶとしたら、どれがいい?」子どもの頃、誰もがそんな問いか
けに頭を悩ませた経験があるのではないだろうか。りんごとみかんとぶどう、おやつ
にどれを食べようか。犬と猫、飼うならどっち? どの選択肢も魅力的で、選んでか
ら後悔しないよう、子どもなりに必死で考えをめぐらすのは胸躍るひとときだったは
ずだ。
しかし2冊の絵本に登場するのは、そんな身近な質問とはひと味違ったものばかり。
象にお風呂のお湯を飲まれるのか、それともカバにベッドを取られるのか。不機嫌な
赤ん坊に殴られるのと、アナグマに突き飛ばされるのと、どちらがいいか。シュール
な選択肢に、読んでいて子どもも大人も思わず笑ってしまう。どれもいや! と答え
たくなるような内容ばかりだからこそ、想像力が刺激されるのだろう。
お化け屋敷に泊まったり、ワニに食べられたり、ちょっぴりブラックな内容のペー
ジもちらほら。だが柔らかな線と優しい色づかいの絵はユーモラスで、怖さを和らげ
てくれるはずだ。第1作の出版から40年を経て作者が手がけた続編では、絵のかわい
らしさとコミカルな味わいはそのままに、作品全体に漂うおおらかな雰囲気はさらに
輝きを増している。そして2冊とも、締めくくりには「じぶんの ベッドで ねむり
たい?」との問い。おかしな質問の連続で子どもたちを困らせておいて、最後は心や
すらぐベッドへといざなう。作者の茶目っ気たっぷりの笑顔と愛情あふれるまなざし
が目に浮かぶようだ。数多くの素晴らしい作品を世に送り出し、世界中の子どもたち
を笑顔にしてきたジョン・バーニンガムに、心から感謝の言葉を贈りたい。
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【訳】松川真弓(まつかわ まゆみ):翻訳家。英米の絵本や児童書の翻訳を多数手
がける。主な訳書に、ジル・マーフィの「ミルドレッドの魔女学校」シリーズのほか、
エリック・ヒルの「コロちゃん」シリーズ、『せかいのひとびと』(ピーター・スピ
アー文・絵)、『アンナの赤いオーバー』(ハリエット・ジィーフェルト文/アニタ
・ローベル絵)(いずれも、評論社)などがある。
(山本みき)
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◆孤独な心に寄り添ってくれるのは……◆
『アルド・わたしだけのひみつのともだち』
ジョン・バーニンガム文・絵/谷川俊太郎訳
ほるぷ出版 定価1,600円(本体) 1991.12 32ページ ISBN 978-4593502806
"Aldo" by John Burningham
Jonathan Cape, 1991
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英国を代表する絵本作家バーニンガムの作品は、くすっと笑えたり、とぼけた味わ
いがあったり、優しいタッチの絵とともに、楽しい気分にさせてくれるものが多い。
けれど、本作は少し趣がちがう。表紙には、仲よく肩を組んだ女の子とうさぎ。ただ、
赤のうえに黒を塗りかさねたような背景からは、どことなく不穏な空気が感じられる。
ひとりで過ごすことの多い女の子には、ひみつの友だちがいる。うさぎのアルドだ。
きっと信じてもらえないから、アルドのことはだれにも話さないけれど、アルドと一
緒ならなんにもこわくない。いじめられたときも、こわい夢をみたときも、アルドが
そばにいてくれた。つらいときはいつだってアルドが来てくれる。
スケートをしたりブランコに乗ったり、ふたりで過ごしているとき、アルドと女の
子はとても楽しそうだ。けれど、その背景は荒いタッチの暗い色で塗りこめられてい
る。女の子の心を表しているのだろうか。暗闇のなか、ロウソクを手にしたふたりが、
1本の綱をわたっている場面では、アルドが女の子に手をさしのべている。そこにア
ルドがいなかったら、暗い世界で女の子はどれほど孤独だろう。たとえば両親がけん
かをしているとき、ただそばにいてくれる存在が女の子には必要なのだ。アルドとい
う友だちがいて「わたしはうんがいい。ほんとに とてもとてもうんがいい」、とい
う女の子の言葉が胸にひびく。アルドが女の子の支えとなっていることに安堵しなが
らも、切実にアルドを求めざるを得ない女の子の状況を思い、複雑な気持ちになった。
子どもの想像力が生みだした「見えない友だち」を扱った物語は多くあるが、厳選
された言葉と雄弁に語りかける絵から成るこの作品には、とりわけ引きつけられる。
子どもの心に深く寄り添うバーニンガムの優しさが、じんわりと心に沁みる絵本だ。
同時に、わたしにとってはどこか胸が痛む本でもある。訳者あとがきには「わたした
ち大人のところには、もうアルドは来てくれません」とあるけれど、大人もまた、つ
らいときに支えてくれるアルドのような存在が必要なのではないだろうか。それはう
さぎの姿をしていないかもしれないけれど。そんなことを思うとき、孤独な女の子の
話は、わたしの話にもなる。
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【訳】谷川俊太郎(たにかわ しゅんたろう):1931年東京生まれ。詩人。翻訳や創
作等の分野でも活躍している。詩集に『二十億光年の孤独』(創元社)、創作絵本に
『もこもこもこ』(元永定正絵/文研出版)など。『いえすみねずみ』『ピクニック』
(いずれも、BL出版)、『ねんころりん』『くものこどもたち』(いずれも、ほる
ぷ出版)など、ジョン・バーニンガムの絵本の翻訳も多数手がけている。
(佐藤淑子) |