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やまねこ翻訳クラブ 資料室
 この人に聞きたい! やまねこ会員インタビュー


第4回 服部理佳さん / 瀬尾友子さん
("The Hate U Give" 特集)

ロングバージョン

『月刊児童文学翻訳』2019年9月号より一部転載

 本コーナーでは、やまねこ翻訳クラブでの活動を生かしながら活躍している会員に話を聞いていきます。今回は "The Hate U Give" でのコラボが実現した服部理佳さんと瀬尾友子さんのおふたりに、一緒に登場していただくことにしました。聞きたいことがたくさんあったため、まずメールで個々にインタビューした後、東京某所の貸し会議室に集まっていただき、DVD を所々参照しながら座談会形式で話をうかがいました。 前半をメールで回答いただいたもので構成し、後半を座談会の報告という形でまとめてあります。2人分でボリュームたっぷりです。最後までお楽しみください。

●Part 1 翻訳家への道のり
●Part 2 やまねこ翻訳クラブとの関わり
●Part 3 "The Hate U Give"
●Part 4 映画の感想
●Part 5 翻訳あれこれ
●Part 6 字幕翻訳と吹替翻訳
●Part 7 最後に





【服部理佳(はっとり りか)さん】

横浜市生まれ。早稲田大学法学部卒業。法律事務所に勤務しながら翻訳を学び、
2015年に『プリンセス・ブートキャンプ』(M・A・ラーソン作/アルファポリ
ス)で翻訳家デビュー。訳書に『ドラゴンのお医者さん ジョーン・プロクター
は虫類を愛した女性』(パトリシア・バルデス文/フェリシタ・サラ絵/岩崎書
店)、『片恋協奏曲』(キーラ・キャス作/ポプラ社)など。やまねこ翻訳クラ
ブ会員。       

 服部 理佳さん 訳書リスト
 http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/rhattori.htm


【瀬尾友子(せお ゆうこ)さん】

神奈川県生まれ。大学で美術を専攻し、卒業後は一般企業に就職。カナダ留学を
経て映像翻訳の道に進み、1998年に独立。映画やドラマの字幕・吹替翻訳を多数
手掛けている。おもな作品に『レヴェナント 蘇えりし者』『君の名前で僕を呼
んで』『ボヘミアン・ラプソディ』など。絵画の制作もおこなっており、2017年
からグループ展に出展。今年の末には大阪で初の個展を開く予定。やまねこ翻訳
ラブ会員。 

 瀬尾友子さん 映像翻訳作品リスト
 http://www.yamaneko.org/bookdb/int/ls/yseo.htm


『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ
あなたがくれた憎しみ』
アンジー・トーマス作
岩崎
書店




  ●Part 1 翻訳家への道のり    


Q:

まず、服部理佳さんにおうかがいします。翻訳者を目指されたきっかけを教えてください。また、どのように勉強してこられましたか?

服部:  子どものころから、童話やYAの作家になるのが夢で、大学時代まであれこれ書いていました。法律事務所に就職後も続けるつもりでしたが、合理的な実務の世界とはチャンネルが違うというのか、うまく創作ができなくなってしまい、原文があるものなら文章を書き続けられるのではないかと、翻訳者を目指すことにしました。通信教育を2年ほど続けてから、フェロー・アカデミーの田村義進先生のクラスに通うようになり、先生が版権エージェントの日本ユニ・エージェンシー主催の翻訳ワークショップに移られた後も、先生のクラスを取って勉強してきました。今も通っています。


Q:

翻訳者デビューの経緯を教えてください。

服部:

 田村先生のご紹介で、ユニ・エージェンシーさんからリーディングの仕事をいただくようになり、そのうちのひとつが出版されることになって、翻訳者に推薦され、2015年の初邦訳書『プリンセス・ブートキャンプ』(M・A・ラーソン作/アルファポリス)につながりました。こう言うとスムーズに行ったようですが、かなり時間がかかり、途中あきらめかけたこともあります。


Q:

お仕事は、どのように決まることが多いですか?

服部:  ユニ・エージェンシーさんのリーディングから決まることが多いですが、訳書でご縁ができた出版社から、直接お仕事をいただくこともあります。懇親会等で知り合った編集者の方からお仕事をいただいたこともあります。


Q:

お勤めの傍ら、翻訳をされているそうですね。両立は大変だと思いますが、その秘訣は何でしょう。

服部:  兼業なので、やはり翻訳時間の確保には苦労しています。平日は仕事から帰ってから、夜中の3時半くらいまで翻訳していましたが、無理がたたったのか体調を崩してしまったので、今は朝5時に起きて出勤前に翻訳しています。完全に体調が戻ったら、もう少し起床時間を早めたいと思っています。
 ここまでやってこられたのは、職場の理解があったことが大きいと思います。長く勤めているので、週に1日、土日と別にお休みをいただいたり、締切前には休みを調整してもらったりと、いろいろ融通していただいています。経済的問題などで両立してやらざるを得ない場合、職場の人間関係は大事だなと思います。


Q:

 続いて、映画の吹替翻訳をされた瀬尾友子さんにうかがいます。翻訳家を目指すようになった経緯については、翻訳者ネットワーク「アメリア」会員インタビュー(*1)で詳しく答えておられるので、読者のみなさんにはそちらを読んでいただきたいと思います。簡単にまとめると、社会人に一度区切りをつけてカナダに半年留学、帰国後再度会社勤めをされる傍ら、翻訳学校に通い始めたのが1996年。すぐにプロの映像翻訳者を目指し始めた、ということですね。
(*1)https://www.amelia.ne.jp/user/reading/flavor66_01.jsp

瀬尾:  その通りです。その後のことも「通訳翻訳WEB」のリレーエッセイ「苦戦した駆け出し時代 5年かけ憧れの吹替を」(*2)に書いていますので、よろしければご覧ください。 
                                 (*2)https://tsuhon.jp/column/6080


Q:

映像翻訳には字幕翻訳と吹替翻訳がありますが、今は吹替のお仕事が中心のようですね。

瀬尾:  実は自分で吹替に絞ろうと思ったことはなく、今も名刺の肩書は「字幕・吹替翻訳」です。1998年から仕事を始めて、最初の5年間は字幕オンリーで、初めての仕事は、5分くらいの音楽アーティストインタビューでした。その頃も吹替をやりたいと思っていたのですが、当時は新人が参入できる機会が少なく、勉強をしながらチャンスをうかがっていた、という感じです。吹替の仕事で最初にいただいたのは、ビデオスルーと呼ばれる、日本では劇場公開されずビデオ・DVD で販売される作品で、新作ではなく旧作のコメディーでした。
 今でも字幕と吹替の両方を担当させていただきたいという気持ちは同じです。それぞれに良さと面白さ、難しさがあります。


Q:

さて、瀬尾さんの大学での専攻は美術でした。お仕事で役に立っていると思われることはありますか?

瀬尾:  実は20年間、履歴書に「美術出身」と書き続けているにもかかわらず、クライアントからはほぼ認識されておらず、仕事上あまり効果は出ていないかも……。
 ただ、翻訳学習者時代には、美大受験の体験が大きな支えになりました。具体的には、「今できなくても明日はできるかも」と思えたこと。美大受験のための絵の予備校では、自分よりも絵のうまい人たちに囲まれ、講師からも「お前が一番下手だ」と言われていました。それでも耐えて描き続けていたら、美大受験の1週間前に突然デッサンが描けるようになったんです。翻訳学校に通っていた当時も、決して謙遜ではなくて本当に評価が低かったのですが、「今日ダメでも明日突然分かるかも」と思い続けることで、あきらめずに済みました。今でも同じ気持ちです。与えられた時間の中で最大限の努力はしますが、これでいいと思ったことはありません。基本的な情報を徹底的に調べ、その情報をもとに最終的な形を決めるという意味で、絵を描くことと翻訳は似ているなあと思います。
 今は、1日の仕事を終えた後の夜に絵を描いています。グループ展で絵を発表することが増え、それを機にウェブサイト(*3)を作りました。ツイッター(*4)でも発信しています。
                      (*3)yooseku.wixsite.com/yooseku (*4)twitter.com/Yooseku


  ●Part 2 やまねこ翻訳クラブとの関わり        【TOPへ】


Q:

瀬尾さんが映像翻訳者を目指されたちょうどその頃、やまねこ翻訳クラブが創設され(1997年)、瀬尾さんはすぐに入会されましたね。児童書の翻訳家を目指す者が多いクラブですが、どのような思いで入られましたか。

瀬尾:  私はもともと海外文学の児童書(「ドリトル先生」シリーズ、「ナルニア国物語」シリーズ、『オズの魔法使い』など)で育ったので、クラブができると知ってすぐに入会を決めました。当時読んでいたものも、ほとんどが翻訳書か、海外文学を児童向けにまとめた全集だったと思います。翻訳の勉強を始めた時は映像と出版の違いを意識していなかったこともあり、入会に迷いはありませんでした。
 入会してすぐにカニグズバーグ作品のシノプシス勉強会があり、「こんな児童書があるんだ!」と驚きました。リアルな世界を描いた児童書がたくさんあることに気づかされ、次々と読んでいきました。ジャクリーン・ウィルソンの「ガールズ」シリーズにも夢中になりました。尾高薫さんの訳文には衝撃を受けました。文字の情報なのに声が聞こえてくるといいますか。今でも私にとって尾高さんの訳文は特別です。ずいぶん影響を受けたと思います。


Q:

古株の会員の間で、瀬尾さんといえば「映画と絵」です。クラブでの活動を、映画に関することで振り返っていただけますか。

瀬尾:  2002年には「映像化された児童文学」のデータベース(*5)をまとめて、クラブのウェブサイト内資料室で公開しました。これは新装版に生まれ変わって、今も更新されています。
 クラブのメールマガジン「月刊児童文学翻訳」では、増刊号の編集を担当しました。「ハリー・ポッター」シリーズをきっかけにしたファンタジー・ブームで、映像化作品も次々と日本に入ってくるようになり、映画『ハリー・ポッターと賢者の石』とテレビドラマ「ミルドレッドの魔女学校」シリーズのビデオ・DVD 発売に合わせて発行したのが、増刊号【映像化された児童文学〈魔女編〉】(*6)です。ハーマイオニーとミルドレッドというふたりの魔女に焦点を当てて紹介しました。また、大人気だったジャクリーン・ウィルソンの「ガールズ」シリーズを増刊号で是非取り上げたいと企画したのが、【理論社「ガールズ」シリーズ特集号 “ガールズ”が止まらない!】(*7)です。この号では、英国で制作・放送されたテレビドラマについても、記事に
盛り込んでいます。 
                    (*5)http://www.yamaneko.org/bookdb/gen/eiga/index.htm
                    (*6)http://www.yamaneko.org/mgzn/plus/html/z05/index.htm
                    (*7)http://www.yamaneko.org/mgzn/plus/html/z08/index.htm


Q:

次に絵に関することですが、やまねこ翻訳クラブウェブサイトのトップページを飾るネコの絵も、瀬尾さんが担当されました。1998年だったでしょうか。描いた時のことを覚えておられますか?

瀬尾:  当時のやまねこ翻訳クラブはパソコン通信「翻訳フォーラム」内で活動していましたが、ちょうどウェブサイトを作って外に発信していこうという話になったんです。ウェブサイトにはイラストが必要だということで、私が手を挙げました。採用してもらえるのがうれしくて、うれしくてたまりませんでしたね。今なら「やまねこという動物はどんな生態なのか」を調べ、実際にどんぐりを拾い集めていくつもデッサンをして描くと思うのですが、あの時は「どんぐりとやまねこ」という言葉から安易にどんぐりと猫をモチーフにして描きました。ごめんなさい(笑)。あの頃は「あれもやりたい」「これもやりたい」のノリだけで突っ走っていました。



Q:

一方、服部さんの入会は最近ですね。きっかけを教えてください。

服部:  勉強を始めた当初(十数年前)からウェブサイトをのぞいていましたが、勇気が出ず、入会したのは数年前です。なかなか初邦訳書を出すチャンスがつかめず、試行錯誤していた時、自力で持ち込みをしてどんどん道を開いていくやまねこの先輩たちを見て勇気づけられ、入会しました。


Q:

実際に入会されて、会員同士の交流はいかがですか。

服部:  入会直後にデビューが決まって忙しくなってしまい、しばらく休会していましたが、昨年2018年4月に開催された「本が好き!×やまねこ合同読書会オフ」(*8)で、はじめて活動に参加することができました。かなり緊張していたものの、みなさんにあたたかく迎えてもらい、とても楽しい時間を過ごすことができました。その後、2度ほど読書会に参加しましたが、毎回とても濃い内容で、勉強になっています。私の師匠の田村先生は主にミステリーを訳しており、同期もみんなミステリー志向なので、児童書やYAについて勉強したり、語ったりできる場がほかになく、やまねこの活動は非常にありがたいです。実際に顔を合わせるようになって、皆さんの訳書をよく読むようになり、児童書やYAの知識がだいぶ増えたと思います。
             (*8)https://info.honzuki.jp/post-13432/ (【本が好き!】ホームページはこちら


  ●Part 3 "The Hate U Give"                 【TOPへ】


Q:

では、今回の特別企画の原点である "The Hate U Give" の話に移りたいと思います。原作の刊行が2017年2月、邦訳『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』の刊行は2018年3月でした。服部さんがこの本を訳すことになったきっかけを教えてください。

服部:  ユニ・エージェンシーさんからリーディングの依頼を受け、レジュメを作って提出したのがきっかけです。出版社に版権が売れても、翻訳まで担当できるとは限らないのですが、この時は幸い任せていただけることになりました。後で編集者さんに聞いたところによると、レジュメの出来を見て(小説風にあらすじを作ったので、試訳だと思われたようです)、これなら依頼してもいいと思ってくださったそうです。


Q:

訳者として関わってこられて、この作品の一番の魅力は何だと思われますか?

服部:  アメリカの黒人社会が抱える問題を鋭くえぐりだしたテーマの魅力はもちろんですが、そこに生きる人たちの姿が生き生きと描かれていて、登場人物一人一人に愛着を抱かずにはいられませんでした。登場人物たちといっしょに、文字通り泣いたり、笑ったりしながら訳し、訳し終わった時には、この世界から離れるのが惜しいと思うほどでした。厳しい現実が描かれているのに、いつまでもこの世界の中に浸っていたいと思わせるあたたかさがあります。そのあたたかさが、暗闇に光る希望の星のように、作品全体を照らしている。そこが大きな魅力だと思います。


Q:

作者のアンジー・トーマスは1988年生まれと、若い作家ですね。やまねこ翻訳クラブ創設当初、クリストファー・ポール・カーティス(1964年生まれ)が黒人一家の日々をつづった『ワトソン一家に天使がやってくるとき』(唐沢則幸訳/くもん出版)がちょうど邦訳出版され、新しい窓を開いた作品だとクラブ内でもずいぶん話題になりました(*9)。それから20年経って登場したアンジー・トーマスのデビュー作品は、さらに新しい窓を開いたように感じます。服部さんはどんな印象を持たれましたか?

(*9) http://www.yamaneko.org/dokusho/shohyo/osusume/1998/watsons.htm  
服部:  この作品を読んで一番驚いたのは、12歳のころの主人公スターや、幼い弟セカニが、両親から、警官に撃たれないようにするためのふるまい方を教わっていることでした。警官と言えば、市民を守るというイメージしかなかったので、今の黒人は、子どもにこんなことを教えなければいけないほど厳しい状況におかれているのかと、衝撃を受けました。奴隷解放宣言から150年以上経って、黒人初の大統領も誕生し、少なくとも表向きには差別のない社会になっているものと能天気に思っていました。私のほかにもそう思っている日本人は多いのではないでしょうか。そうした現状を肌で感じることができるという点でも、大きな意義のある作品だと思います。


Q:

訳すうえで、難しかったのはどんな点でしょう。

服部:  黒人英語の俗語が多く、普通の辞書には載っていないので、アメリカのオンラインスラング辞典、Urban Dictionary(*10)を参照していました。あれがなかったら訳せなかったかもしれないと思うほど、お世話になりました。終盤はだいぶ慣れましたが、黒人英語独特の言い回しにも苦労しました。黒人文化にも、それまであまりなじみがなかったので、高山マミさんの『ブラック・カルチャー観察日記 黒人と家族になってわかったこと』(スペースシャワーネットワーク)等を読んで、雰囲気をつかみました。公民権運動の話や、実際の事件、実在のラッパー、曲などがたくさん登場するので、フィクションではありますが、ある意味、ノンフィクションのような、綿密な調べものが必要な作品でした。                            (*10)https://www.urbandictionary.com/


Q:

原作は、2017年5月にボストングローブ・ホーンブック賞フィクションと詩部門に選ばれたのを皮切りにアメリカ国内で次々と賞を受賞し、その勢いはイギリス、ドイツまで広がっていきました。児童文学賞速報を流している当クラブでは、この快進撃に目を見張る思いでしたが、服部さんはどのようにご覧になっていましたか。

服部:  無我夢中で訳している最中でしたので、実はそういった快進撃の情報はほとんど知りませんでした。知らなくてよかったかもしれません。知ってからは、こんな作品を私のような新人が訳してよかったのかと、空恐ろしいような気持ちでいっぱいでした。


Q:

さて、映画『ヘイト・ユー・ギブ』(ジョージ・ティルマン・ジュニア監督)は、2018年10月に米国で劇場公開され、日本では劇場公開はされず、2019年3月デジタル配信開始、同年4月に DVD 発売となりました。瀬尾さんが映像翻訳の依頼を受けたのはいつ頃でしたか? その時、どのようなお気持ちでしたか。

瀬尾:  受注した時期については守秘義務に入るので控えさせてください。ごめんなさい。映像は守秘義務がとても厳しいです。
 話をいただいた時には、「あれ、もしかして、あの話題作では?」と思いましたが半信半疑でした。それで、やまねこ会員さんたちのツイッターのつぶやきを再度検索して「あ、やっぱりそうだ!」とびっくりしました。翻訳者として夢やいろいろな目標があります。やまねこ会員さんの手掛けた作品の映画版を訳すという夢も、そのひとつでした。入会して22年でようやくかないました。


Q:

邦訳は読まれたのでしょうか。

瀬尾:  はい、読んでいます。原作ものの場合、邦訳は必ず読みます。映画と書籍とでは媒体が違うので、必ずしも原作通りではない場合がありますが、それでも必ず読みます。邦訳が出ていない場合は原書で読みます。今作については作者のアンジー・トーマスが映画の製作にも携わっているという情報がありましたので、読まないという選択肢はありませんでした。やまねこ会員の間で話題になっている時から読もう読もうと思いつつ、結局、受注のタイミングで読むことになりました。






  【インタビュー後半:座談会】
 7月某日、都内の貸し会議室に、服部さん、瀬尾さんのおふたりとやまねこ会員5名が集まり、DVD『ヘイト・ユー・ギブ』を見ながら、いろいろな話題で盛り上がりました。ここからは、その様子をお届けします。

 ●Part 4 映画の感想                    【TOPへ】 

【進行】:服部さんは、映画の吹替翻訳者がやまねこ会員だといつ知りましたか?

【服部】:DVD が発売されてから、あるやまねこ会員さんにツイッターで教えてもらいました。

【会員1】:こんなめぐり合わせがあるんですね。本当にうれしいニュースでした。

【進行】:映画をご覧になって、いかがでしたか?

【服部】:長い話を2時間にどう入れ込むのだろうと思っていたのですが、重要なメッセージが漏れなく入っていて感動しました。デモの場面では、映像の迫力が素晴らしかったです。主人公のスターは、人がこんなにたくさんいる中で真実を話す決意をしたんだというのが、身に迫って感じられました。

【会員2】:私は映像には疎いほうで、原作と違うぞと思うことがよくあるんですね。今回は原作を読んでから時間も経っていたので新鮮な気持ちで見て、ああ映画ってこうやって作るんだなと思いました。ネタバレになるので詳しく言えませんが、ある場面で、"The Hate U Give Little Infants Fucks Everybody(子どもに植えつけた憎しみが社会を殺す)" というテーマをこうやって表すのかと感心しました。役者さんも含めて、すごくよかったです。

【服部】:ええ、あの場面はとても印象的でした。原作と離れていながらも……ああ、本当にネタバレになるのでもどかしいですが(笑)……うまいなあと。

【会員3】:主人公たちが警官に車を止められ、幼なじみのカリルが撃たれる場面を見て、本と印象が違うと感じました。カリルが警官に逆らい、警官が黒人を恐れる様子、そしてカリルを撃った後の警官の驚愕が、より強く伝わってきました。

【瀬尾】:映像のほうが、やはりダイレクトですね。銃声に迫力もあるし。

【服部】:原作では、黒人と警官の対立を長いページを割いて説明しているのですが、映画ではそれを短くまとめているせいでしょうか。デモの場面も、原作ではスターがみんなの前で話をしようと決意するまでが、すごく長いです。

【瀬尾】:映像では原作の長い部分をぎゅうっと縮めていますね。また、原作と同じせりふでも、違う場面で使われているものがあり、原作のせりふとは違う意味合いになったものもあります。

【服部】:そうですね。「ああ、このせりふがここに出てくるんだ」と思いました。

【瀬尾】:そんな違いはあるのですが、作者のアンジー・トーマスが映画の製作にも関わっていることもあり、作品の核となるテーマをうまくすくいとった仕上がりになっていると思います。これまで映画やテレビドラマで取り上げられてきた伝統的な「黒人差別」とは視点が異なり、目に見えづらい差別、無意識の差別――「自分たちは差別主義者ではない」と本気で思っている人たちの差別の描写が秀逸です。

【服部】:ええ、複雑な差別構造ですね。微妙な感覚なんですが、それがとてもうまく表現されています。日本でも少し前に、テレビ番組でお笑い芸人が顔を黒く塗った「黒塗りメイク」問題があった時、黒人をかっこいいと思ってやっているんだから別に構わないんじゃないかという人が多かった。歴史的な背景をわかっていなくて、そう考えてしまう人がたくさんいるんですね。

【瀬尾】:日本人でも、自分に引き寄せて考えられるテーマだと思います。

【会員4】:私も、果たして自分はどうなんだろうと考えさせられました。

【進行】:服部さんが注目した映画のキャスティングは?

【服部】:私は、主人公の父親の大ファンなので、どんなふうに描かれるのかとても楽しみでした。実際に見てみると、イメージ通りでうれしかったです。

【瀬尾】:私は、なんと言ってもカリル! 原作で描かれている通りの顔立ちと雰囲気で、えくぼもあって(笑)、完璧。原作ファンも納得のキャスティングではないでしょうか。アルジー・スミスという俳優さんは、今後きっと活躍すると思います。
 それから、主人公スター役のアマンドラ・ステンバーグを吹替で演じた若山詩音さんが、特に素晴らしかったです。若山さんが出演されている作品を、是非また拝見したいです。


  ●Part 5 翻訳あれこれ                  【TOPへ】

【進行】:瀬尾さん、吹替翻訳の作業は、どのように進めておられますか?

【瀬尾】:パソコンのモニターの左半分にワードを開き、右半分に映像を出して、音を聞きながら訳していきます。この時、息を吸う音、息を吐く音なども、漏らさずに書き出していきます。それからせりふが尺(せりふの長さ)に合うかどうかを、映像の口の動きに合わせて、自分で繰り返ししゃべって確かめます。ディレクターさん、音声さん、声優さんと多くの人が関わるので、せりふが尺に合わないとなると、大きな影響が出てしまいます。
 また、スタジオでの吹替録音にも、時間が許せば立ち会うようにしています。

【進行】:ちなみに、『ヘイト・ユー・ギブ』で一番苦労されたところは?

【瀬尾】:一番苦労したのは、後半のデモ行進のところです。デモのコールをカウントしながら「×20回」などと台本を仕上げるので、とても時間がかかりました。最初の学校の廊下の場面でも、次々と聞こえてくる脇役の声をひとつひとつ拾うのが大変でした。「ガヤ」と呼びますが、ガヤだけで2日かかりました。
 それから、原作のある映像作品の場合、原作の邦訳からの「訳文の流用」が原則できないという点でも気を使います。映像では著作権の管理が非常に厳しいので、邦訳と同じにならないようにする必要があります。原作本の翻訳と映像の翻訳が一致しないのは、そんな理由があるんです。

【服部】:それは初めて聞きました。

【瀬尾】:服部さんは、ティーンのせりふを訳すのに、悩んだりしますか?

【服部】:苦労しましたね。原作が生き生きとした語り口なので、それを損なわないように、なるべく自然なせりふになるようにと心を砕きました。日本の作家で特に若い人の作品を読んで研究したりもしました。でも、そうか、映画を見て参考にすればよかったんですね。文字になった作品と違って、映像は「今」だなと改めて思いました。

【瀬尾】:私は、せりふの語尾に「〜だわ」は使わないようにしています。現代劇では、「使ってください」と言われない限り、使いませんね。耳で聞くと、どうしてもおか
しいので。

【服部】:そうですね。私も子どものせりふには使いません。大人のせりふの場合は、区別をつける意味でも使ってしまいますが。

【会員1】:大人と言えば、邦訳本で、床屋のルイスさんのせりふはいい味が出ていましたね。「ばかげちょる」「知っちょるぞ」とか。キャラが立っていました。映画では出番が少なかったのが残念。

【服部】:師匠がそのあたりのせりふがお上手で、どこの方言かわからないような語尾を使われるんです。それをまねしました。

【進行】:映画1本の納品までの日にちはどれくらいですか?

【瀬尾】:そうですね。120分の映画だと、1日10分として2週間弱です。映像翻訳の納期は、だいたいそれくらいです。

【進行】:そんな短い期間で仕上げるんですね。児童書の翻訳はどうでしょう。服部さんは、460ページをひと通り訳すのにどれくらいかけられましたか?

【服尾】:法律事務所の仕事と両立していることもあり、出版社の方からは余裕を持って6か月いただいていました。

【会員2】:児童書の翻訳でも納期はさまざまで、もう少しきつくて、1か月あたりで計算すると、100〜150ページぐらいのこともありますね。

【瀬尾】:納期も違いますが、守秘義務が厳しいのも映像翻訳ならではです。受注した時期も、今訳している作品名も言えないし、映像を家から持ち出して人の目に触れさせることも禁止です。文芸翻訳のように、ツイッターなどで「あと少しでこれが出ます」などとつぶやくことはできません。



  ●Part 6 字幕翻訳と吹替翻訳              【TOPへ】

【進行】:瀬尾さんは、最近は吹替翻訳が多いですが、以前は字幕翻訳も担当されていました。それぞれの良さ、難しさを教えてください。

【瀬尾】:書き言葉と話し言葉が違うように、目で見る情報と耳で聞く情報は似て非なるものです。吹替と字幕を書き起こして入れ替えるとよくわかるのですが、吹替を字幕にすると冗長になってしまい、反対に字幕を吹替にすると尺や口の形が合わなくなります。
 また、キャラ付けの点でも違いが出てきます。字幕は厳しい字数制限があるうえ、常用漢字しか使えないので、語尾でキャラをつけたり上下関係を表したりするのをやむを得ず省く場合もあります。吹替のほうが、上下関係があれば「ですます」をつける、親しい間柄に変わったときにはタメ口にするなど、変化をつけやすいです。
 一方で、吹替は尺があるので原文の情報を盛り込める分、しまりのないせりふになる危険もあります。字幕はと言うと、同じことを端的に言い換えるので、肉のそぎ落とされた美しい並びになり、言葉のニュアンスがダイレクトに伝わることがあるかもしれません。

【進行】:なるほど。海外の映像作品を見るとき、字幕派ですか? 吹替派?

【会員1】:せりふが多い作品やスパイものなどは、吹替のほうがいいですね。

【会員2】:「刑事コロンボ」シリーズなどをテレビの吹替で楽しんだ世代は、吹替のほうが好きな人が多いように思います。また、字幕だと役者がしゃべるより先に読んでわかってしまうのが嫌だという話も聞いたことがあります。

【会員3】:私は韓国ドラマが好きで、役者さんの声を聞きたくて字幕で見ることが多いのですが、主人公の気持ちの流れがどうしてもつかみづらいときに、吹替で見ると分かりやすいという経験があります。

【会員4】:私は今回この作品を字幕・吹替の両方で繰り返し見て、違いがよくわかりました。吹替ではせりふが耳から入ってくるので、映像を隅々まで楽しむことができますね。

【服部】:私は、翻訳の勉強を兼ねて、家では吹替を聞きながら英語の字幕を見ることが多いです。

【会員1】:そのやり方は、せりふの勉強になりますね。

【会員3】:子どもが小さい頃に映画館で「ハリー・ポッター」シリーズなどを見るときには、どうしても吹替版になりましたね。成長して見る作品が変わってくると、多くの作品が字幕版でしか上映されていないことに気づきました。

【瀬尾】:2000年代に入って、子どもも楽しめる「ハリー・ポッター」や「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズなどメガトン級の作品が出てくるようになって、映画館でも吹替版の上映が始まったんです。でも、数としては少ないです。字幕が年に300〜400本で、吹替は40本前後でしょうか。字幕版と吹替版を同時に作る場合が多いのですが、吹替版は映画館では上映されず、機内上映や DVD 用に使われることが多いです。
 原音主義というものもあって、字幕のほうが優れているとか、吹替なんて需要があるのかとおおっぴらに言われると悲しくなります。字幕・吹替とどちらで楽しんでいただいてもいいのですが、吹替を認めていただけるとうれしいです。

ー―――――――― 座談会はここまでです。最後に、おふたりの今後の予定と読者へのメッセージをうかがいました。



  ●Part 7 最後に                       【TOPへ】


Q:

今後どのような作品を手掛けたいと思っていますか?

服部:  やはり、いちばん訳したいのはYAです。YAは日本の出版社に敬遠されることが多く、邦訳される点数も少ないので、なかなかチャンスはめぐってこないかもしれませんが、チャンスがなければ自分でも持ち込むなどして、なるべく関わっていきたいと思っています。幸い、次に刊行される予定の作品もYAです。『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』の作者アンジー・トーマスの第2作を訳しているところです。児童書や絵本はもちろんですが、ずっと師匠について勉強してきたジャンルであるミステリーも、是非訳してみたいと思っています。
【服部理佳さん邦訳絵本】



『にじいろのしあわせ マーロン・ブンドのあるいちにち』
マーロン・ブンドとジル・トウィス文
EGケラー絵 岩崎書店
瀬尾:  画家を扱った作品を担当したいです! 20年翻訳をしてきて担当できたのは、『レンブラントの夜警』(ピーター・グリーナウェイ監督)ひとつだけです。 【おまけ】
瀬尾さんの好きな映画のジャンルはこちら


Q:

翻訳家を目指している読書のみなさんへ、メッセージをお願いします。

服部:  出版翻訳家への道は、もともと狭き門ではありますが、最近はますます狭くなっている気がします。ですが、刊行部数が減っている代わりに、点数が増えているという話も聞きますし、焦らず、正しい方向に努力をしていれば、いつか訳書を出すチャンスはめぐってくると思います。私は勉強を始めてから単独訳書が出るまでに15年以上かかりました。途中、何度、あきらめかけたことか! でも、しぶとくあきらめなかったおかげで、こんなに素晴らしい作品とめぐり合うことができました。その間に下訳などの経験を十分に積み、デビューに備えることができたことを考えると、かえってよかったのかもしれません。なかなか思うようにいかなくても、腐らず、努力を続け、あきらめないことが大切だと思います。
瀬尾:  翻訳の世界へようこそ! 翻訳の勉強を始めたり仕事を始めたりして、思うような成果が上がらなくても焦る必要はありません。映像の納期は短いですが仕事としてのキャリアは長期戦です。無駄なプライドを捨てて謙虚になり、自分には何が足りないかを冷静に考えれば、見えてくるものがあります。映像翻訳の場合、1本目の仕事を受注するのはそう難しくはありませんが、望む方向に舵を切ったり、階段を登ったりするのはなかなか大変です。繰り返しになりますがとにかく焦らないこと。そしてクライアントや講師の発言に対して過剰に落ち込まないこと。息の長い仕事を目指して、お互い頑張りましょう!






 

 5月に企画を立ててから、長きにわたってお付き合いいただいたおふたりに、心より感謝いたします。長いお付き合いの瀬尾さんと、初めてお会いできた服部さんから、多岐に渡る話を聞くことができ、大きな刺激をもらいました。この感動が伝わるインタビューになっていることを願います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

インタビュアー:植村わらび
2019/09/15 作成


【おまけ】
瀬尾さんの好きな
映画のジャンル
 独立系の作品(大手映画配給会社を通さないもの)はずーっと好きです。以前はピーター・グリーナウェイ監督(『コックと泥棒、その妻と愛人』など)が大好きでした。近年、日本になかなか入ってこないので、どこかで上映してほしいです。また昨年担当させていただいだ『君の名前で僕を呼んで』(ルカ・グァダニード監督)は「ど」ストライクで、映画を見てから1週間くらいは、何をするにも映画のことが頭に浮かんで、ほかのことが手につかない状態でした。

※本の表紙は、出版社の許可を得て使用しています

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Bg-Patterens さんの背景画像と、monoぽっとさんのイラストを使わせていただきました

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