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月刊児童文学翻訳

─2004年2月号(No. 57 書評編)─

※こちらは「書評編」です。「情報編」もお見逃しなく!!

児童文学翻訳学習者による、児童文学翻訳学習者のための、
電子メール版情報誌<HP版>
http://www.yamaneko.org/
編集部:mgzn@yamaneko.org
2004年2月15日発行 配信数 2420

「どんぐりとやまねこ」

     M E N U

◎特集
ニューベリー賞/コールデコット賞/プリンツ賞
       受賞作及びオナー(次点)作レビュー

"The Tale of Despereaux: Being the Story of a Mouse, a Princess, Some Soup, and a Spool of Thread" ケイト・ディカミロ文/ティモシー・バジル・エリング絵

"An American Plague: The True and Terrifying Story of the Yellow Fever Epidemic of 1793" ジム・マーフィー作

"The Man Who Walked Between the Towers" モーディカイ・ガースティン文・絵

"What Do You Do with a Tail Like This?" スティーブ・ジェンキンズ&ロビン・ペイジ作

"Don't Let the Pigeon Drive the Bus!" モー・ウィレムズ作

"A Northern Light" ジェニファー・ドネリー作

◎注目の本(邦訳絵本)
『げんきなグレゴリー』 ロバート・ブライト作・絵

◎注目の本(邦訳読み物)
『クリスピン』 アヴィ作



特集

―― ニューベリー賞/コールデコット賞/プリンツ賞                   
                         受賞作及びオナー(次点)作レビュー ――

  本年度のニューベリー賞/コールデコット賞/プリンツ賞の受賞作とオナー(次点)作のレビューをお届けする。レビューはすべて米国版の本を参照して書かれている。

 


"The Tale of Despereaux:
Being the Story of a Mouse, a Princess,
Some Soup, and a Spool of Thread"
『デスペロー物語――ネズミと王女とスープと1まきの糸の話――』(仮題)
text by Kate DiCamillo, illustrations by Timothy Basil Ering
ケイト・ディカミロ文/ティモシー・バジル・エリング絵
Candlewick Press 2003, 272pp. ISBN 0763617229

★2004年ニューベリー賞受賞作



  城に住んでいる小さなネズミ、デスペローはかわったネズミだった。物語を読むのが好き。音楽が好き。そのうえ、人間の王女に恋をした。愛ゆえにネズミの掟を破って人間と話し、地下牢へ追放されてしまう。迷路のような地下牢を牛耳るドブネズミたちは、囚人の苦しみと闇を愛していた。けれどもドブネズミのロスキューロだけは光にあこがれ、外界への階段を上る。光を浴びて喜んだのもつかのま、ある事件を引 き起こし、王家の怒りを買った。王女の憎しみのまなざしに深く傷ついたロスキューロは、王女を恨み復讐を誓う。

 一方、実の父に売りとばされた奴隷の少女ミゲリーは、ののしりや体罰を受けるつらい日々を送っていた。ある日、王女たちの行列に出会い、あこがれが生まれてはじめての夢を生んだ。「いつの日かわたしも王女になりたい!」その願いだけがミゲリーの生きがいとなった。やがて、それぞれの運命と思いが絡み合い、ロスキューロの企てにミゲリーも王女も巻き込まれていく。小さなヒーロー、デスペローは愛する王 女を助けることができるだろうか。

 デスペローたちはみなそれぞれの理由で何かを求めている。その気持ちをナレーターが包むように見つめ、語り、読者を物語の深みへ導く。おとぎ話の世界だが、失った親の愛を探し求める子、愛に飢えた者が愛に出会えたときの姿など、作者がこれまで描いてきた、現代を舞台とする作品と重なるものも多い。

 作者がこの作品に着手した直後、9月11日の悲劇が起きた。作者は、ネズミの話を書いているだけの自分の無力さに絶望するが、偶然出会った見知らぬ人に励まされた。「今こそ、どんな時よりも物語が必要なのではありませんか?」本文中で作者は、「この世は闇、物語は光」という言葉をくり返し語っている。自分自身も読者もここから光を見つけられたら……という作者の願いがこの物語につまっているのだ。デスペローの勇気と、それぞれの愛と赦し(ゆるし)は、必ず読者に光を与えてくれることだろう。

(リー玲子)

【作】Kate DiCamillo(ケイト・ディカミロ)
1964年、米国フィラデルフィア生まれ。フロリダ大学卒業。職を転々とし、29歳で執筆活動開始。ミネアポリス在住。ニューベリー賞オナー(次点)の "Because of Winn-Dixie"(『きいてほしいの、あたしのこと――ウィン・ディキシーのいた夏』/片岡しのぶ訳/ポプラ社)は、映画化され8月米国公開予定。"The Tiger Rising" は2001年全米図書賞児童書部門最終候補作品。

【絵】Timothy Basil Ering(ティモシー・バジル・エリング)
米国マサチューセッツ州生まれ。空母キティーホークの乗務員を務めた後、カリフォルニア州の Art Center College of Design を卒業。邦訳作品は『ブル、わらってよ!』(ジェニファー・B・ローレンス文/かがわけいこ訳/大日本絵画)。自作絵本に "The Story of Frog Belly Rat Bone"。ボストン在住。

 

【参考】
Minnesota Public Radio, Midmorning 09/11/03(作者対談)
◆Minnesota Public Radio, Midmorning 10/13/03(作者対談)
  ※こちらのサイトを参考に、Despereaux の日本語表記は、作者であるディカミロが
  発音しているものにもっとも近い「デスペロー」を選択しました。
◆Pioneer Press 09/03/03(新聞記事)
  http://www.twincities.com/mld/twincities/entertainment/6674170.htm
◆Candlewick Press の紹介ページ

◇ケイト・ディカミロ作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)

 

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"An American Plague:
The True and Terrifying Story of
the Yellow Fever Epidemic of 1793"
『アメリカを襲った疫病
――1793年フィラデルフィアを震撼させた黄熱病の真実――』(仮題)
by Jim Murphy ジム・マーフィー作
Clarion Books 2003, 165pp. ISBN 0395776082

★2004年ニューベリー賞オナー(次点)作
★2004年サイバート賞受賞作(本誌2004年号外を参照)
★2003年全米図書賞児童書部門最終候補作


  独立宣言から17年後の1793年8月初め。当時アメリカの首都であり、北アメリカ最大の都市だったフィラデルフィアは猛暑に見舞われ、蚊が異常発生していた。下水設備はなく、汚水は街角の穴に流し込まれていた。穴には動物の死骸などいろいろなものも捨てられ、腐って悪臭を放っていた。教会が弔いを告げる鐘を頻繁に鳴らしていることに、人々はまだ気づいていなかった。死者の数は急激に増え続け、その後の3か月間で、町の人口の約1割にあたる5000人が命を落としたと言われている。

 町で一番評判の高かった医師、ベンジャミン・ラッシュは、人々の命を次々に奪っているのは、黄熱病というおそろしい伝染病であるとの判断を下した。しかし原因や感染経路はわからず、治療法も不明。ラッシュが考案した治療法は、患者の静脈から余分な血を採り出す瀉血(しゃけつ)に加えて、水銀と強い下剤を投与するという、毒をもって毒を制する方法だった。実際、助かった者より死んだ者のほうが多く、激しい非難も受けたが、この治療法にすがる患者は少なくなかった。ラッシュ自身も2度感染したが、命は取りとめた。中世のペストと同様、この病気の流行を終結させたのは医師の力ではなかった。夏が過ぎると死者の数は自然と減り始め、11月には町に再び活気が戻ってくる。

 作者ジム・マーフィーが本作を書こうと思い立ったのは、ジョン・H・パウエルの同じ題材を扱った著作に感銘を受けたからだという。巻末の13ページにわたる参考文献のリストには圧倒させられる。当時のジャーナリストの記録をはじめ、医師による手記、市井の女性の日記など、さまざまな種類の資料にあたっているため、切り口は多角的で、描写は生々しい。未知のものに命を賭けて取り組んだ医師たちや、感染を恐れなかったボランティアの人たち。かつて奴隷だったアフリカ系の看護士たちは、差別に立ち向かうため、献身的に看護に取り組んだ。アメリカは若く、人々は熱い。そんな時代を感じさせてくれる。

(赤塚きょう子)

【作】Jim Murphy(ジム・マーフィー)
米国ニュージャージー州生まれ。ボイラーの修理工、屋根職人など数多くの職についたのち、出版社の編集長を経て作家となる。作品はアメリカの歴史に題材をとったノンフィクションが多い。1995年にボストングローブ・ホーンブック賞、1996年にニューベリー賞でそれぞれオナー(次点)に選ばれた "The Great Fire" をはじめ30冊以上の著作があるが、邦訳はまだない。


【参考】
◆Vandergrift サイト内のマーフィーのページ
◆CBC サイト内のマーフィーのページ
 http://www.cbcbooks.org/html/jim_murphy.html
◇ジム・マーフィー作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
◆サイバート賞について


"The Tale of Despereaux"   "An American Plague"   "The Man Who Walked Between the Towers"   "What Do You Do with a Tail Like This?"   "Don't Let the Pigeon Drive the Bus!"   "A Northern Light"   『げんきなグレゴリー』   『クリスピン』   MENU

 


"The Man Who Walked Between the Towers"
『ツインタワーを綱渡りした男』(仮題)
by Mordicai Gerstein
モーディカイ・ガースティン文・絵
Roaring Brook Press/Millbrook Press 2003, 36pp. ISBN 0761317910

★2004年コールデコット賞受賞作



 1974年8月7日、フランス人の綱渡り師フィリップ・プティは、世界貿易センターの2棟のビルの間に綱を張り、地上約400メートルの高さで綱渡りをした。この一部始終を絵本にしたものが、2004年のコールデコット賞に輝いた本作だ。

 ニューヨークでストリート・パフォーマンスをしているフィリップが、マンハッタンにそびえ立つ世界貿易センターのツインタワーを見つめている。彼は、建物ではなく、その間にある空間に魅了されていた。あそこで綱渡りをしたい!

 しかし、危険な綱渡りに、ビルの所有者や警察が許可を出すはずはない。そこで彼は無断で実行することにした。必要な道具一式は、工事関係者を装って、友人たちと運び込んだ。綱を張る作業は真夜中だ。細い綱を結んだ矢を一方のビルからもう一方のビルにむけて射る。綱の先に少し太い綱を結びつけて、反対側から引くという手順を繰り返し、綱渡り用の綱を固定した。夜明けとともに準備完了。フィリップは、朝日をうけて一歩を踏み出す。

 高層ビルの間を綱渡りする。想像しただけでも身がすくむ光景を、ガースティンは、さまざまな角度から描き出した。眼下に広がる海、豆粒よりも小さい自動車の列、真横をかすめ飛んでいくカモメ。なにもかもが、ツインタワーとフィリップの歩いている場所の高さを読者に実感させる。圧巻は、一歩目を踏み出すシーンだ。折り込まれたページを開けば、3ページ分の迫力画面が現れる。

 作者は、同時多発テロでツインタワーが崩れ落ちたとき、フィリップの綱渡りを思い出したそうだ。絵本制作のため、当時のさまざまな資料にあたっているほか、2002年に出版されたフィリップ自身の著書 "To Reach the Clouds" も参考にしている。直接テロ事件にふれた記述はなく、綱渡りのことのみを描いた作品からは、今はなきツインタワーの思い出として、人々を驚きと喜びで圧倒した綱渡りの記憶だけを残したい、という作者の気持ちがまっすぐに伝わってくる。

(河原まこ)

【文・絵】Mordicai Gerstein(モーディカイ・ガースティン)
1935年、米国ロサンゼルス生まれ。ニューヨークで、長年テレビアニメーションの仕事に携わる。1971年からは子ども向け読み物シリーズの挿絵の仕事を始め、80年代に入ってオリジナル絵本を手がけるようになる。現在は、画家の妻と娘とともにマサチューセッツ州在住。


【参考】
◆モーディカイ・ガースティンの公式サイト

 ※作者名の日本語表記については、以下のサイトを参考にしました。
http://mainst.monterey.k12.ca.us/library/libpg/Dictionary/dict.html

 

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"What Do You Do with a Tail Like This?"
『こんなしっぽがあったらどうする?』(仮題)
by Steve Jenkins & Robin Page 
スティーブ・ジェンキンズ&ロビン・ペイジ作
Houghton Mifflin 2003, 32pp. ISBN 0618256288

★2004年コールデコット賞オナー(次点)作


 もしこんな“鼻”があったらどうする?

 そんな問いかけとともに、5匹の動物たちの鼻のアップがあらわれる。ページをめくると、カモノハシ、ハイエナ、ゾウ、モグラ、ワニが、鼻をどんなふうに使うかが説明される。それぞれ、特徴のある鼻のかたちは、動物たちが生きていく環境にぴったりと合っていることがわかる。

 もしこんな“しっぽ”があったらどうする? この問いかけで紹介されるのは、サソリ、キリン、サル、スカンク、トカゲ。たとえばキリンのしっぽは、うるさいハエを追いはらう、と書いてある。読んだとたん、キリンのしっぽが今にも動き出しそうに見えてくる。

 読み終わって裏表紙を見るとトカゲがこちらをにらんでいる。表紙でくるりと輪を描いていたのは、このトカゲのしっぽだった。そこでまたトカゲのページを読み返す。

 30種類の動物や昆虫がもつ、ちょっと変わった鼻や耳などの器官についてやさしく説明した絵本である。巻末には、さらにくわしい解説があり、興味をいだいた動物たちに関する知識を深めることができる。恥ずかしながらわたしは、コオロギの耳は足にあることや、ウサギの耳は体温調節のためにあることを、この絵本を読んで初めて知った。

 そんな楽しみのほかに、目を見張るのは、ジェンキンズが得意とする、美しいペーパー・コラージュだろう。何度見てもあきないし、シンプルなかたちの動物たちが、いまにも動き出しそうな気がしてくる。アメンボの足の先までていねいに切り抜かれた紙。サルの顔に何枚も重ねて紙が貼られてできた影。紙の質感、けばだち、しわなどが印刷で損なわれることなく、リアルに表現されている。絵や写真とは一味ちがった、趣のある図鑑としてもおすすめしたい。

(竹内みどり)

【作】Steve Jenkins(スティーブ・ジェンキンズ)
1952年、米国ノースカロライナ州生まれ。ノンフィクション絵本を得意とし、受賞歴も多い。邦訳に、ボストングローブ・ホーンブック賞(ノンフィクション部門)を受賞した『地球のてっぺんに立つ! エベレスト』、『どうぶつ、いちばんは だあれ?』(ともに佐藤見果夢訳/評論社)がある。

【作】Robin Page(ロビン・ペイジ)
1943年生まれ。ノースカロライナ州立大学でジェンキンズと知り合い結婚。現在は3人の子どもとともに、米国コロラド州、ボルダー在住。夫婦の共作には本作品のほか、"Animals in Flight" がある。


【参考】
◆Children's Literature サイト内のジェンキンズのページ
 http://www.childrenslit.com/f_stevejenkins.html
◇スティーブ・ジェンキンズ作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)


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"Don't Let the Pigeon Drive the Bus!"
『ハトにバスの運転させないで!』(仮題)
words and pictures by Mo Willems モー・ウィレムズ作
Hyperion 2003, 40pp. ISBN 078681988X

★2004年コールデコット賞オナー(次点)作


 表紙で、目のくりっとしたハトが読者を見つめている。見開きではそのハトの妄想シーン。次にでてくるのは、バスの運転手。彼は読者にお願いする、「ちょっとの間、バスをみててくれない? ぜったいハトに運転させないでね」と。そのひとことで、私たちは、バスのそばにいるような気持ちになる。運転手がバスから離れたのを見計らい、ハトが登場。お願いとは――もちろん、「運転させて!」

 しかし、こちらは頼まれているのだ。「だめ、だめったらだめ」と絵本に向かって声をだす。「どんなに頼まれてもだめ!」「いいじゃない、ちょっとだけ」と、それからのハトは、時にかわいらしく、時にかんしゃくをおこしながら、ひたすらお願いしてくる。さてさて、読者は何て声をかけたらいいんだろう。読んでいても、まるで絵本と同じ世界にいるような錯覚を起こす。目の前にハトが実際いるかのごとく……。

 テレビ番組の脚本家としてキャリアをもつ作者、ウィレムズ。テレビの視聴者をつかむ手腕は、絵本でもいかんなく発揮されている。絵本という紙の壁を、見事にとっぱらった。

 一筆書きのようなシンプルな線描に色をつけた絵。ページごとに、背景の色を変え、ハトだけが延々と登場するシーンにめりはりをつけている。文字はすべて、ウィレムズによる手書きだ。その文字からもハトの切実なる肉声(?)がよく伝わり、読者を絵本の世界へより近づけてくれる。

 子どもと一緒にこの絵本を読むと、子どもがハトと同じ世界にいることが、よくわかる。運転手さんに声をかけられ、「うん!」と返事をし、ハトがお願いしてくると、「だめー!!」と喜々として大きな声をあげる。してはいけないことを注意できるのもうれしいようだ。

 ひとりで読んでも、大勢で読んでも楽しめる、とびっきり愉快な絵本!

(林さかな)

【作】Mo Willems(モー・ウィレムズ)
テレビ番組「セサミストリート」の脚本家、およびアニメーターとして5度のエミー賞を受賞。アニメーション専門チャンネル、カートゥーン・ネットワークの人気漫画家でもある。この絵本は、子ども向けに描いた初めての作品。ニューヨークのブルックリンに妻、娘とともに暮らしている。この5月に本作品の続編 "The Pigeon Finds a Hot Dog" が刊行予定。


【参考】
◆モー・ウィレムズの公式サイト


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"A Northern Light"
『オーロラの光』(仮題)
by Jennifer Donnelly ジェニファー・ドネリー作
Harcourt 2003, 389pp. ISBN 0152167056

★2004年プリンツ賞オナー(次点)作

 

 1906年の夏、16歳のマーティは、ニューヨーク州北部の避暑地にあるホテルで働いている。マーティは豊かな文才を持ち、ニューヨーク市の大学の入学許可と奨学金を得た。だが進学の希望は父に一蹴されてしまった。前年に母を亡くし、幼い妹たちの世話などの家事が長女であるマーティの肩にのしかかっていたのだ。兄が家出したため、ひとりで農場を切り回す父の手伝いもしなければならない。マーティは家族を見捨てて家を離れる決心がつかず、隣の農場に住む青年の求婚に応じようとしていた。

 ある日マーティは、若い女性の泊り客グレースから「燃やしてほしい」と手紙の束を託される。そしてグレースは連れの男と共にボートで湖に出て、帰ってこなかった。やがてグレースの遺体が湖からあがる。事故か? 連れの男の態度に疑惑を抱いていたマーティはその夜、迷った末に手紙を読みはじめた……。

 作家志望で言葉を愛するマーティは、多忙な生活の中、毎日新しい言葉を見つけて語彙を増やし、日々の出来事を表現する。大人の世界の入り口には、苦い経験が次々に待っていた。彼女は親友の難産を見てショックを受け、ホテルの客たちの醜い言動に傷つく。勉強仲間の聡明な黒人少年への激しい差別。周囲にはびこる女性への偏見。苛酷な現実を前に、マーティは既成文学の限界を知るが、言葉の強い力にも気づく。そしてグレースの悲痛な手紙は、希望を失いかけたマーティに力を与えてくれた。

 人生の岐路に立った少女のさまざまな思いに、現実の有名な事件(作家ドライサーが『アメリカの悲劇』で取り上げた題材と同じ)をからめた、繊細で緊迫感のある物語だ。作者は実際にグレースが遺した手紙に心打たれ、彼女の死を意義あるものにしようと執筆にとりかかったという。綿密に資料をあたった作者は、虚構の主人公を中心にしたリアルな物語を構築した。背景には当時の風俗に加え貧困や差別などの社会状況が、ショッキングな描写も含めてきっちりと描かれている。

 時代は変わった。だが、当時ほど厳しい状況ではなくとも、周囲の目と自分の意志との食い違いに苦しみ、マーティと同じように悩む少女はまだおおぜいいるだろう。グレースの悲劇が、マーティの決断が、現代の少女たちに光を与えることを願う。

(菊池由美)
 
【作】Jennifer Donnelly(ジェニファー・ドネリー)
ニューヨーク州で育ち、1986年にロチェスター大学を卒業後、アンティークのディーラー、コピーライターなどを経て作家になる。これまでに絵本と一般向けの作品を発表しているが、YA向けの作品は本作が初めて。現在、夫と幼い娘とともにニューヨーク州在住。作者の祖母は、本作の元となった事件の後、現場アディロンダックのホテルで働いていたという。

 

【参考】
◆ジェニファー・ドネリーの公式サイト
◇ジェニファー・ドネリー作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)

 

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注目の本(邦訳絵本)

―― ヤッホー! 村でいちばんの元気ボーイ ――


『げんきなグレゴリー』
ロバート・ブライト作・絵/なかつかさひでこ訳
徳間書店 本体1,400円 2003.12.31 36ページ

"GREGORY The Noisiest and Strongest Boy in Grangers Grove"
by Robert Bright
Doubleday, 1969

 『げんきなグレゴリー』表紙


 グレゴリーは、グレンジャー村でいちばんやかましくて元気な男の子。村でいちばん足のはやいうさぎよりもはやく走り、ぶたを片手で持ちあげて「ぼくは村いちばんの力もちだぞ」と大いばり。ある日グレゴリーは、ヤッホー!とおばあちゃんのうちへ。「おばあちゃん、ホットケーキやいて!」おばあちゃんのホットケーキは村でいちばんおいしい。おばあちゃんはお手伝いを頼もうと「そのまえに、ちょっとしてほしいことがあるの」。するとグレゴリーは、おしまいまで聞かずに「おばあちゃんはぼくがどんなに強いか見たいんだな」と早とちり。丘へ向かってかけだした――。

 髪の毛をはねあげ、手足をひろげて、ぴょんぴょん跳びはねるグレゴリー。思いこんだら、まっしぐら。いやはや、勢いがいいこと! グレゴリーが次々としでかす突拍子もないことにあきれつつ、思わずアハハと笑わずにいられない。とびきりすごいことがどんどん続くのがうれしい。「グレンジャー村でいちばん〜」とくりかえし現れるフレーズが、うきうきするお話の世界へと導いてくれる。

 さらにお話を楽しくしているのが、グレゴリーに負けず劣らず元気で躍動感にあふれる絵だ。とくにグレゴリーが岩山をかける場面は、漫画っぽく誇張されていて愉快。人や動物はもちろん、お日様までもが、表情豊かに描かれている。驚いたり、あっけにとられたり、笑ったり……それぞれの気持ちが、手足に、目に、口に、眉に、ありありと表れていて、またまた笑いを誘う。

 でも楽しく元気がいいだけで終わらないのが、この作品の素敵なところ。おしまいには、やさしく穏やかなおばあちゃんが、みんなの心をほっと落ちつかせ、幸せな気分で満たしてくれる。でも、おなかはぐーっと鳴っちゃうかも。そのときは、ホットケーキをやいてみよう。もちろん、世界でいちばんおいしいホットケーキをね。

(三緒由紀)


【文・絵】ロバート・ブライト(Robert Bright)
1902年、米国マサチューセッツ州生まれ。子ども時代をヨーロッパで過ごし、アメリカに戻ってからプリンストン大学を卒業。新聞記者、評論家として活躍した後、教師をしながら作家活動を始める。1988年没。邦訳作品は『おばけのジョージーおおてがら』(なかがわちひろ訳/徳間書店)『あかいかさ』(しみずまさこ訳/ほるぷ出版)などがある。

【訳】中務秀子(なかつかさ ひでこ)
神戸市出身。早稲田大学第一文学部を卒業。児童図書館、幼稚園、小学校でストーリーテリング、読み聞かせ、選書などに携わってきた。本書がはじめての翻訳書。やまねこ翻訳クラブ会員としても活躍している。

 

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注目の本(邦訳読み物)

―― 自由を求めて立ち向かう少年のりりしい横顔 ――


『クリスピン』表紙 『クリスピン』 アヴィ作/金原瑞人訳
求龍堂 本体1,200円 2003.11 309ページ

"Crispin: The Cross of Lead" by Avi
Hyperion, 2002

★2003年ニューベリー賞受賞作

 

  14世紀、イングランドの小さな村。荘園領主の支配下で貧しい小作農をしていた母が死に、父もいない13歳の少年はいまや天涯孤独。気づかってくれるのは、村でただひとり母と親しくしていた神父だけだ。森の中で悲しみに沈んでいると、荘園の執事エイクリフが誰かと森の中で密談を交わしているところに居合わせた。それが災いし、翌朝には泥棒の濡れ衣を着せられて、命まで狙われることに。いったいなぜこんな目に遭わなければならないのか。どうやら、例の密談の内容と深い関係があるらしい。そして、母が少年に〈クリスピン〉という洗礼名をつけ、それを神父以外の誰にも、少年本人にさえ秘密にしていたこととも。神父から渡された母の形見の鉛の十字架を手に、クリスピンは村を逃げ出した。洗礼名の意味も、読み書きができなかったはずの母が十字架に刻んだという文字の意味も知らないまま。やがてたどり着いた別の村で、真っ赤なあごひげをたくわえた巨体の大道芸人と出会った。〈熊〉と呼ばれる、この一見ずる賢そうな男と一緒に旅を続けるうちに、悲しみや苦しみばかりを抱えて生きてきたクリスピンは少しずつ変わっていく。

 じっとりと重苦しい冒頭から、はらはらどきどきの終盤まで、たたみかけるような話の運び方は見事というほかない。また、胸をつく言葉があちこちに散りばめてあり、はっとさせられることもしばしばで、スリルと重厚さを兼ねそなえた傑作に仕上がっている。線画の扉絵や、表紙の抑えた色合いなど、装丁も一役買っている。とくに、表紙に渋い銀色で描かれたクリスピンの端正な表情は、本作のすべてを物語っているかのようだ。

 小作人たちは、土地を耕し年貢を納めるという義務を課せられていたほか、厳しい処罰に対する恐怖心も植えつけられていた。クリスピンはそのうえ、神に見放されたかのような孤独にも苛まれ、自分の魂の存在など感じたこともなかった。だが、自分の運命にまつわる謎を解きたいという気持ちは強かった。出生の秘密を知りたい、執拗に追われるわけを知りたい、熊がしようとしている「仕事」とは何なのかを知りたい――こうした望みが、自由を求める意志へとつながっていった。生き生きとよみがえった魂を胸に、クリスピンは謎の背後に隠れていた悪に立ち向かう。その横顔は、見違えるほどりりしい。

(須田直美)

【作】アヴィ(Avi)
1937年、米国ニューヨーク生まれ。歴史を題材にとったもの、冒険もの、動物もの、ミステリー、ファンタジーなど、さまざまなジャンルの作品を手がけ、その数は50冊を超える。エドガー賞(MWA賞)児童図書部門候補、スコット・オデール賞受賞など、各分野で高く評価されている。

【訳】金原瑞人(かねはら みずひと)
1954年岡山県生まれ。翻訳家。法政大学社会学部教授。『バッドボーイ』(ウォルター・ディーン・マイヤーズ作/小峰書店)、『ウィルフきをつけて!』(ジャン・ファーンリー作/小峰書店)など、英米の児童文学を中心に150冊以上の翻訳書がある。



【参考】
◆アヴィの公式サイト
◇アヴィ邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
◆金原瑞人の公式サイト
◇金原瑞人訳書リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)

 

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春号、2004年3月15日発行予定!
英語圏に日本の児童文学情報を発信!

英文ウェブジン "Japanese Children's Books (Quarterly)"

ただいま冬号公開中↓ 自由閲覧です↓
http://www.yamaneko.org/mgzn/eng/index.htm

 
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(第26号は平成15年3月5日発行。申し込み手続きは前日までにおすませください。)


●編集後記●

ニューベリー賞/コールデコット賞/プリンツ賞のレビュー特集はいかがでしたか? 次号では残りの作品をご紹介する予定です。(あ)


発 行: やまねこ翻訳クラブ
発行人: 竹内みどり(やまねこ翻訳クラブ 会長)
編集人: 赤塚きょう子(やまねこ翻訳クラブ スタッフ)
企 画: 蒼子 えみりい 河まこ キャトル きら ぐりぐら くるり ケンタ さかな 小湖 Gelsomina sky SUGO ち〜ず Chicoco ちゃぴ つー 月彦 どんぐり なおみ NON hanemi ぱんち みーこ みるか 麦わら  めい MOMO ゆま yoshiyu りり りんたん レイラ ワラビ わんちゅく
協 力: 出版翻訳ネットワーク 管理人 小野仙内
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