●注目の本(邦訳読み物)●
―― 聖人ヨーランの竜退治の旅はいかに? ――
『聖ヨーランの伝説』
ウルフ・スタルク作/アンナ・ヘグルンド絵/菱木晃子訳
あすなろ書房 定価1,365円(税込) 2005.09 63ページ ISBN 475151900X
"Goran och Draken" by Ulf Stark, illustrations by Anna Hoglund
Raben & Sjogren Bokforlag, 2002
むかしある国に、年老いた父と2人の兄と一緒に暮らす若者がいた。名をヨーランといい、3兄弟のなかでは足の速さも腕力も、剣のあつかいも一番だったが、夢見がちで心の優しい青年だった。そんなヨーランが青い海を見てみたいと口にすると、兄たちから、海には恐ろしい竜がいるから決して行ってはならない、と厳しく言われた。
ある日のこと、3兄弟は父から、自立して旅に出るようにと言われた。独りで残る父を気遣いつつも、兄たちは北や南へとそれぞれの目指す方向を決めたが、ヨーランが東の青い海へ向かうというと、父からは東ではなく西へ行くよう諭された。3兄弟は、父からそれぞれ譲り受けたものを身に着け、旅立っていった。
さて、ヨーランは「心の声のひびくがままに」という父の言葉を胸に、行く先々で困った人たちを助けながら旅を続けた。気がつけば、たどりついたのは西ではなく青い海のある東だった。その地で彼は、兄たちから聞いていた恐ろしい竜と出会ったのだった。竜は月に1度、人間の若い娘をえじきにするという。この東の国の悲劇の原因は何なのか。図らずも東の国に来てしまったヨーランのとるべき道は……?
聖ヨーランはスウェーデン語の名前で、イギリスでは聖ジョージと呼ばれるキリスト教聖人のひとりだ。彼を有名にしているのは竜退治の伝説なのだが、この聖人伝説とスウェーデンの史実をもとに物語は書かれている。物語の中からは、誠実で愛にあふれ「心の声のひびくがままに」を実践した気高い心の持ち主としての彼の姿が浮かび上がってくる。つねに相手の心を気遣い、自分にできる最良のことをする無欲な姿には、自然体でありながら高貴な雰囲気が感じ取れ、心が洗われる思いだ。ヨーランの勇者ぶりや戦いぶりもさることながら、物語が進むにつれて、あこがれから現実へと向かう、王の娘に対する切ない恋にも注目したい。誰かが誰かを思いやる、そんな大切な気持ちをあらためて考えさせられた。また、彼を取り巻く脇役たちの優しい心配りも、読む者の心にゆとりをもたらしてくれる。
何作もコンビを組んでいるアンナ・ヘグルンドのやさしいタッチの絵が、この本の魅力をさらに増している。読後はとても心が温まる1冊である。
(吉井一美)
【作】ウルフ・スタルク(Ulf Stalk)
スウェーデンの人気児童文学作家。1988年に "Jaguaren"(『ぼくはジャガーだ』いしいとしこ訳/祐学社)の文章でニルス・ホルゲッソン賞、1994年に "Kan du Vissla Johanna"(『おじいちゃんの口笛』菱木晃子訳/ほるぷ出版)でドイツ児童文学賞など、数々の賞を受賞。他にも『二回目のキス』(菱木晃子訳/小峰書店)など多数の作品がある。
【絵】アンナ・ヘグルンド(Anna Hoglund)
スウェーデンの人気絵本作家、イラストレーター。作品には、スタルクとコンビを組んだ『おじいちゃんの口笛』、『おねえちゃんは天使』(どちらも、菱木晃子訳/ほるぷ出版)、『地獄の悪魔アスモデウス』(菱木晃子訳/あすなろ書房)などがあり、『ふたり 2ひきのくまの物語』(菱木晃子訳/ほるぷ出版)など、文章を手がけた作品も多数。
【訳】菱木晃子(ひしき あきらこ)
東京生まれ。北欧を中心に児童書の翻訳に活躍中。スタルク作品の翻訳は本作品で18冊目。他にも『おもちゃ屋へいったトムテ』(エルザ・ベスコフ作/福音館書店)、『冬の入江』(マッツ・ヴォール作/徳間書店)など多数の作品を翻訳している。
【参考】
▼ウルフ・スタルク関連サイト(スウェーデン語)
http://www.mimersbrunn.se/arbeten/698.asp
▽ウルフ・スタルク作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/s/ustark.htm
※編集部注:「Goran」「Hoglund」は o の上にウムラウト(¨)がつき、「Raben」は e の上にアキュート・アクセント(´)、「Sjogren Bokforlag」は j と f のあとの o の上にウムラウト(¨)がつく。
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●注目の本(邦訳読み物)●
―― ニュージーランド発、グッとくる青春物語 ――
『僕らの事情。』 デイヴィッド・ヒル作/田中亜希子訳
求龍堂 定価1,470円(税込) 2005.09 229ページ ISBN 4763005251
"See Ya, Simon" by David Hill
Mallinson Rendel Publishers, 1992
ネイサンは明るく素直な性格で、生意気な妹に手を焼く15歳の少年。親友のサイモンは頭の回転が速くて毒舌家、美人でやさしい姉がいる同じ年の少年。ふたりは暇さえあれば冗談をいい合い、それぞれ悩みも抱えている。だが、ふたりには青春の悩みでは片付けられない、ワケアリの事情があった。
ネイサンは、サイモンをうらやましく思うことがある。なにしろ、辛辣な冗談をいってはいつもクラスの注目を集めてるし、ダンス・パーティを盛り上げたりもする。おまけに、ネイサンが密かに思いを寄せる女の子とも気軽に話ができてしまうのだから。たまにサイモンを同情しそうになるが、サイモンの気持ちが分かるだけに、あえて同情はしない。それほどふたりの友情はゆるぎないものなのだ。サイモンがいるおかげで、クラスはひとつにまとまり、みんなはかけがえのないことを学んでいく……。
母親の気持ちで読んでいたわたしは、正直読むのがつらかった。サイモンは、幼いときに発症した筋ジストロフィーの症状が確実に進行していたのだ。本人は病気のことをよく分かった上で、クラスメートと違って自分には将来がないとクールに語る。その潔さが、崖っぷちで必死にこらえる強がりと表裏一体に思えた。サイモンに対してごく自然に接する家族も、心の中では葛藤と戦っていたに違いない。とはいえ、サイモンのユニークな発想は、やんちゃな高校生そのもの。毎日のドタバタぶりを伝えるネイサンの軽妙な語り口に乗せられて、わたしもその場にいるかのように感じながら一気に読んだ。からっとしたサイモンのユーモアを存分に楽しんでほしい作品だ。
障害があるのは、決して特別なわけじゃない。不便な面はあるけれど、かわいそうでも不幸でもない。自分の身近に障害のある人がいなくても、出会う可能性は大いにある。そんなときは、変に気を使ったり特別な目で見たりせず、ありのままの人間としてつきあってほしい。この本からは、そんなメッセージが伝わってきた。障害のあるなしを意識せずに生きられる社会になってほしいと、ひとりの母親として強く願う。
現在は、原書が出版された当時よりも医学が進んだおかげで、患者を取り巻く環境が大きく改善されたとあとがきにあった。それが、なによりうれしかった。
(横山和江)
【作】デイヴィッド・ヒル(David Hill)
ニュージーランド、ネイピア生まれ、ニュープリマス在住。ニュージーランドと英国で高校教師を勤めたのち、さまざまな職を経て、1982年に作家となる。以来、数多くの児童書およびYA作品を出版しており、2005年のマーガレット・マーヒー賞をはじめ、数多くの賞を受賞している。本書は、YAの第1作であり、はじめての邦訳作品でもある。
【訳】田中亜希子(たなか あきこ)
千葉県生まれ。東京女子大学短期大学部英語科卒業。銀行勤務ののち、翻訳業をはじめる。やまねこ翻訳クラブ発足当時からの会員。おもな訳書に、『コッケモーモー!』(ジュリエット・ダラス・コンテ文/アリ
ソン・バートレット絵/徳間書店)や『インド式マリッジブルー』(バリ・ライ作/東京創元社)などがある。
【参考】
▼デイヴィッド・ヒル紹介ページ(New Zealand Book Council 内)
http://www.bookcouncil.org.nz/writers/hilldavid.html
▽本誌2001年12月号情報編「新人応援!」(訳者インタビュー)
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2001/12a.htm#sinjin
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●注目の本(未訳読み物)●
―― 焼きたてトーストが大好物なブタのお話 ――
『ブタのマーシー、すけっとになる』(仮題) ケイト・ディカミロ文/クリス・ヴァン・ドゥーセン絵
"Mercy Watson to the Rescue" by Kate DiCamillo, illustrations by Chris Van Dusen
Candlewick, 2005 ISBN 0763622702
80pp.
ワトソン夫妻と暮らすブタのマーシーは、まるで人間の子どものように育てられている。毎晩自分のベッドで子守唄を歌ってもらうと、バターのたっぷりぬられた大好物のトーストを食べたような温かい気持ちになれた。でも、おやすみのキスの後、真っ暗な部屋に取り残されると、たちまち怖さで震え上がってしまう。そこである晩、こっそりワトソン夫妻のベッドにもぐり込み、寝息を立てる二人の間でぬくぬくと眠りに落ちた。ところがしばらくすると、バキッ! ベッドが重すぎて床に大きな穴が開き始めた。大きな音で目を覚ました夫妻はベッドごと落ちないようにじっとしているが、さっきまでトーストの夢を見ていたマーシーはおなかがすいたので突然キッチンに向かって走り出す。夫妻はマーシーが助けを求めに出て行ったと勘違いし、祈る気持ちで後ろ姿を見守った。
作者初の低学年向け読み物は、主人公ブタのマーシーと彼女を囲む人々の一夜を描くコメディーである。人間といっしょに家で暮らすブタという設定が笑いを誘う隠し味となり、同時にストーリー展開の起点になった。「ブー」という鳴き声しか出さないマーシーは、身勝手な無邪気さと明るい笑顔で誰をも魅了することだろう。そんな彼女に愛情を注ぐおっとりしたワトソン夫妻、隣家に住む頑固なユージニア、柔和なベイビーという性格が正反対の老姉妹など、脇役の個性も光る。焼きたてトーストの温もりが作品全体を包む趣向は、作者のニューベリー賞受賞作『ねずみの騎士デスペローの物語』におけるスープを彷彿させる。食べ物から伝わる幸福感は、本作品でも
十分に味わえる。
12章からなる読み物だが、イラストはすべてカラー。アニメーションのように動き出しそうな描写は、マーシーの巻き起こす騒動を鮮やかに映し出す。片側が全面イラストであったり、左右にわたり連なるカットが挿入されたりと、文章のみの見開きはわずか2ページなので小型絵本とも呼べそうな体裁だ。
巻末には、来年5月刊行の続編第1章冒頭が収録される。笑いと温もりに満ちたシリーズは、全6巻になる予定という。
(ブラウンあすか)
【作】Kate DiCamillo(ケイト・ディカミロ)
米国ミネアポリス在住。作品に、2004年ニューベリー賞受賞作 "The Tale of Despereaux: Being the Story of a Mouse, a Princess, Some Soup, and a Spool of Thread"(『ねずみの騎士デスペローの物語』ティモシー・バジル・エリング絵/子安亜弥訳/ポプラ社)、2001年同賞オナー(次点) "Because of Winn-Dixie"(『きいてほしいの、あたしのこと――ウィン・ディキシーのいた夏』片岡しのぶ訳/ポプラ社)などがある。
【絵】Chris Van Dusen(クリス・ヴァン・ドゥーセン)
米国メイン州ポートランド生まれ。マサチューセッツ大学で美術を専攻し、卒業後はティーン雑誌のアート・ディレクターとなりイラストを担当した。子ども時代は、ドクター・スースやロバート・マックロスキー作品、新聞の漫画に影響を受けたという。作品に、絵本 "Down to the Sea with Mr. Magee" の「ミスター・マギー」シリーズなどがある。
【参考】
▼ケイト・ディカミロ公式ウェブサイト
http://www.katedicamillo.com/
▼Minnesota Public Radio(作者インタビュー)
http://news.minnesota.publicradio.org/features/2005/09/12_cunninghamg_katedicamillo/
▽ケイト・ディカミロ作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/d/kdcmll.htm
▼クリス・ヴァン・ドゥーセン公式ウェブサイト
http://www.chrisvandusen.com/
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●注目の本(未訳読み物)●
―― オーソドックスな夏の思い出 ――
『忘れられない夏――ペンダウィック一家物語』(仮題) ジーン・バーズオール作
"The Penderwicks: A Summer Tale of Four Sisters, Two Rabbits, and a Very Interesting Boy" by Jeanne Birdsall
Alfred A. Knopf, 2005 ISBN 0375831436
272pp.
★2005年全米図書賞児童書部門最終候補作品
4姉妹のある夏の3週間が、表紙の青い切り絵のようにさわやかに描かれた作品。ペンダウィック一家の父親と娘たちが、休暇用に借りたコテージを目指してたどり着いてみると、そこには広大な敷地が広がっていた。豪華なお屋敷、素晴らしい庭、その一角にコテージがあった。女主人は、気位が高く怒りっぽいミセス・ティフトン。4姉妹はやがて息子のジェフリー(11歳)と仲良くなり友情を深めていくが、ミセス・ティフトンはそれを快く思わない。そして、ジェフリーが自分の進みたい道とは全く異なる学校に行かされそうになっていることを、4人は知る。
これは、パソコンも登場する「今」の話。でも、雰囲気や登場人物はオルコットの『若草物語』に似ている。長女のロザリンド(12歳)は堅実で妹思い、次女のスカイ(11歳)は行動的でかんしゃく持ち、そこにお屋敷に住む男の子が登場し、お屋敷にはピアノが置いてあったりするのだ。でも、三女のジェーン(10歳)はというと、ベスとは違い小説家志望でサッカーが上手だし、四女のバティー(4歳)のほうが極度の恥ずかしがり屋ということになっている。『若草物語』を良く知っている読者なら、くらべながら読む楽しみもあるだろう。4人のキャラクターはうまく描き分けられていて、それぞれに活躍の場が設けられている。また、変な物を食べては絶妙のタイミングで吐いてしまう人騒がせな犬のハウンドも、なくてはならない名脇役だ。
本作品は全米図書賞児童書部門の最終候補作に選ばれているが、これまでの受賞作・候補作のような、深いテーマや凝った設定のYA作品ではない。読者の対象は小学校高学年で、肩の力を抜いて楽しみながら読めるタイプの作品である。いろいろな事件が立て続けに起こり読者を飽きさせないが、それでも大方の予想通りに話は進み、大人にも子どもにも「ああ、こんな夏休みだったら楽しいだろうな」と思わせてくれる。友情の大切さ、家族の絆の素晴らしさも伝わってきて、心がじんわりあたたかくなる。大人が安心して子どもに手渡すことができる本といえるだろう。そういえば、こんなオーソドックスな作品は最近見当たらない。そこがかえって新鮮なのかもしれない。作者は続編を執筆中とのことだ。
(植村わらび)
【作】Jeanne Birdsall(ジーン・バーズオール)
米国フィラデルフィアの郊外で育つ。10歳で将来は作家になろうと決意するが、作家の道に踏み出したのは41歳の時。本作品がデビュー作である。写真家としても認められており、その作品はスミソニアン美術館やフィラデルフィア美術館などに所蔵されている。猫、犬、うさぎと一緒にマサチューセッツ州に住んでいる。
【参考】
▼ジーン・バーズオール公式ウェブサイト
http://www.jeannebirdsall.com/
▼ジーン・バーズオールのページ(R. Michelson ギャラリー内)
http://www.rmichelson.com/Artist_Pages/Birdsall/Birdsall_Gallery.htm
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★2005年カナダ総督文学賞(英語作品)候補作発表(受賞作の発表は11月16日)
★2005年ドイツ児童文学賞発表
★2005年ブックトラスト・ティーンエイジ賞発表
海外児童文学賞の書誌情報を随時掲載しています。「速報(海外児童文学賞)」をご覧ください。
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●イベント速報●
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★展示会情報
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国際子ども図書館「ゆめいろのパレットII」他 |
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★セミナー・講演会情報
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東京女子大学同窓会館
「ルーシー・M・ボストンと〈グリーン・ノウ〉の物語」他 |
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★イベント情報
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東京都中野区立中野図書館
「2004年度 国際アンデルセン賞・IBBYオナーリスト受賞図書展」他 |
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詳細やその他の展示会・セミナー・講演会情報は、 「速報(イベント情報)」をご覧ください。なお、空席状況については各自ご確認願います。
(井原美穂/笹山裕子)
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●やまねこカフェ 海外レポート●第1回イギリス(ロンドン) |
今月から、新コーナー「やまねこカフェ」が開店。国内外を問わず、翻訳周辺の気になる話題や、役に立つ情報をお届けします。
なお、当カフェは店主きまぐれのため、不定期でのオープンとなります。
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〜ロンドン、ストーリーテリングの楽しみ〜
皆さんはストーリーテリングにどんなイメージをお持ちでしょう? 私は今までほとんど何も知らず、「読み聞かせ」の延長線上にある「語り」ととらえていました。ところが、そんなわたしにとって、まさに人種の坩堝のロンドンで、プロのストーリーテラーたちが自らのバックグラウンドや特技をうまくとりいれ、多彩なスタイルで演じるストーリーテリングは、まさに「目からウロコ」の驚きでした。
中でも秀逸なパフォーマンスを見せてくれたのが、今回ご紹介するアイルランド出身のケイト・コーカリーさん。小学校や図書館でパフォーマンスをするとともに、さまざまなイベントやワークショップを企画し、ストーリーテリングの楽しさを広めるために精力的な活動を続けている、新進気鋭のストーリーテラーです。
以前からケイトさんの評判を耳にしていたわたしは、8月のある日曜日、私が通う大学の寮からほど近い図書館で、彼女がストーリーテリングを行うという情報を聞きつけ、期待に胸を躍らせながら会場へむかいました。図書館に到着すると、児童書コーナーに年齢も肌の色もさまざまな20人ほどの子どもたちが集まっています。やがて子どもたちの真ん中に座ったケイトさんが、タンバリンと太鼓を合わせたようなアイルランドの民族楽器(バウロン)を手に「さあ、お話の旅をはじめよう♪」と歌いだすと、いよいよストーリーテリングがはじまりました。まずは手遊び歌を何曲か。小さな子でもすぐに覚えられるシンプルな歌詞とおどけた身振り手振りの歌で、子どもたちをほどよくリラックスさせたのち、ケイトさんはアイルランドに伝わる民話を語りはじめました。
簡単にストーリーを紹介すると……
「昔ある男が、海のむこうに、災いも争いもなく、皆が幸せに暮らす女だけの島があるという噂を耳にし、甥と仲間を連れ、その島を探しに出かけた。長い船旅の果てにたどりついたのは噂にたがわぬすばらしい島。一行は美女たちの大歓迎を受け、夢のようなひとときを過ごす。だが、幼い甥のネッドが家に帰りたいとダダをこね、男は仕方なく再び海の旅へ。やがて懐かしい海岸線が見えてくると、船が桟橋に着くのも待ちきれず、ネッドは海に飛びこみ、岸にむかって泳ぎはじめる。ところが、ネッドが砂浜に足をついた瞬間、その体は白い煙となって風の中へ消えてしまった! 島で過ごした数日の間に、実は300年の月日が流れ、ネッドは現実の時間の中に戻れなかったのだった」アイルランド版『うらしま太郎』ともいうべき物語です。
俳優としてもキャリアを持つケイトさんの演技はすばらしく、中でもだだっ子ネッドの演技は抜群にリアルでユーモラスです。子どもたちも共感を覚えたのか「ねぇ、みんなのまわりにこういう子っている?」というケイトさんの問いかけに「いる、いるっー! うちの弟!」とか「おんなじクラスのサラも時々そういう感じ!」とか、次々に声が上がっていました。物語の間も、ケイトさんは常に子どもたちの反応を観察し、易しい言葉で説明を加えたり、集中力を途切れさせないために声をかけたりと、適宜フォローを入れながら、荒くれ船乗りからたおやかな美女まで、すべての登場人物を見事に演じるというミラクル技を披露してくれたのでした。
この話の後も、1枚の新聞紙を折って、レインハット→消防士の帽子→パイロットの帽子→救命胴衣へと変化させつつ、雨の中に遊びに出た男の子が消防士やパイロットになり、飛行機が海に墜落して、最後は無事に家に帰るという物語(これは日本人のストーリーテラーから教えてもらったそうです)を語ったり、子どもたちの発言を入れて即興の歌をつくったりと、ユニークなパフォーマンスがつづき、気がつくとあっという間に1時間以上がたっていました。
ケイトさんのストーリーテリングでとても印象的だったのは、できるだけ子どもたちの反応を引きだそうとする巧みで細やかな語りかけと、それに応えて体を動かし、声を出す、子どもたちの実に生き生きとした表情でした。このパフォーマーと観客が呼応しあい、一体となる瞬間はやはりライブ・パフォーマンスならではの醍醐味です。コンピューターゲームやインターネットなど、今、子どもたちをとりまくエンターテインメント・シーンは大きな様変わりをとげつつありますが、たとえどんなハイテクが登場しても、ケイトさんがみせてくれたような人の肌のぬくもりを感じさせるパフォーマンスには、何ものにも代えがたい魅力とパワーがあると実感しました。
ケイトさんはロンドン中心部から地下鉄で20分ほどのハマースミスにあるアイリッシュセンターでも、大人のためのストーリーテリングを毎月催されています。そこでは、ミュージシャンや詩人といったストーリーテリング以外の分野からゲストを招いてコラボレーションするのだとか。もしロンドンを訪れる機会があったら、ぜひ観にいらしてみてくださいね。きっと、また1つ、旅の楽しい思い出が増えるはずです。
(相山夏奏)
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