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●特別企画●レビューを書こう
(「カーネギー賞、ケイト・グリーナウェイ賞候補作品を読もう会」連動企画
第5回レビュー勉強会より)その1
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2014年6月、約1か月の日程でやまねこ翻訳クラブの第5回レビュー勉強会が開催
された。前回に引き続き、今回も読書室掲示板で開催中の「カーネギー賞、ケイト・
グリーナウェイ賞候補作品を読もう会」との連動企画として、参加者は2014年の両賞
の候補作品から課題を選んだ。
本を読み、自分が感じたことを言葉にするというのは、実はなかなか難しい。レビ
ューを書くには、作品を読みこむ読解力、そして作品の魅力や感じたことを伝える表
現力が必要なのだ。レビュー執筆は、作品を紹介するという目的と同時に、このふた
つの力を養うことができ、翻訳家を目指す者にとって格好の文章修業になる。
勉強会では、本誌へのレビュー掲載を目標に、参加者同士でコメントをつけあい、
改稿を重ねた。切磋琢磨して完成させたレビューを、今月号、9月号、10月号と3回
に分けてお届けする。勉強会の成果をぜひともご覧いただきたい。
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"The Wall" 『壁の向こう』(仮題)
by William Sutcliffe ウイリアム・サトクリフ作
Bloomsbury, 2013, ISBN 978-1408833940 (Kindle)
Bloomsbury, 2014, 304pp. ISBN 978-1408838433 (PB)
★2013年ガーディアン賞ロングリスト作品
★2014年カーネギー賞ショートリスト作品
(このレビューは Kindle 版を参照して書かれています)
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高い壁に守られ、広い通りに新築の家々が立ち並ぶ町、アマリアズ。そこに暮らす
13歳のジョシュアは、壁の向こうには残虐な敵がいると教えられてきた。ある日、サ
ッカーボールを探すうちに、壁の向こうに続くトンネルを見つけた。向こう側をちら
っと見るだけのつもりでトンネルをくぐり抜けると、そこに広がっていたのは、みす
ぼらしく雑然とした町並みだった。こちら側とは全く違う雰囲気に興味をそそられ、
ジョシュアはついつい町を歩き始めてしまう。こぎれいな身なりが人目を引き、向こ
う側の少年たちに襲われそうになるが、危ういところを少女に救われ、ジョシュアは
かろうじて壁のこちら側に戻ることができた。それからというもの、あの少女のやせ
こけた姿が片時も頭から離れない。「壁の反対側の住人だと知りながら、あの子はぼ
くを助けてくれた……」命の恩人にどうしてもお礼をしたいと考えたジョシュアは、
ひそかに食べ物を集め、再びトンネルをくぐり抜けることを決意する。
本書の舞台は架空の町だが、パレスチナとイスラエルがモデルになっている。ユダ
ヤ系である作者は、執筆にあたってヨルダン川西岸を訪れた。そこで目にした分離壁
や、武装した検問所、貧富の差など、厳しい現実をそのまま作中に織り込んだという。
入植者側にあたる主人公は、強烈な憎しみを肌で感じるという経験をしながらも、少
女とその家族との出会いをきっかけとして、壁によって覆い隠されていた実情を知り
心を痛める。自分たちを守るためのものだと聞かされてきた壁が、一方では、誰かか
ら先祖代々の土地を奪い、苦しめていた。この矛盾にとまどいながらも、少年は正し
いと信じる道を歩もうとする。与えられた情報を鵜呑みにせず、自分自身の目で見て
考え、そして判断していく――こういったことの大切さが、少年の一人称の語りと、
信念を貫こうとする勇気ある姿から、ひしひしと伝わってくる。
「壁」はあらゆるところで生じている問題の象徴なのだと作者は語る。本書で描かれ
ている壁は物理的なものだが、精神的な壁の存在も暗示しているように思う。先入観
や偏見、あるいは無関心といった見えない壁を、心の中に築いてはいないか? そう
問いかけられている気がしてならない。
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【作】William Sutcliffe(ウイリアム・サトクリフ):1971年ロンドン生まれ。大
学卒業後、テレビや旅行業界などさまざまな職場を経て作家の道へ。自身のインド旅
行の経験を生かして執筆した "Are You Experienced?"(『インドかよ!』村井智之
訳/ヴィレッジブックス)が、英国でベストセラーになる。YA作品は本書が初めて。
最新作は、初の児童向け作品 "Circus of Thieves and the Raffle of Doom"。
【参考】
▼ウイリアム・サトクリフ紹介ページ(Bloomsbury ウェブサイト内)
http://www.bloomsbury.com/author/william-sutcliffe
▼ウイリアム・サトクリフのインタビュー(The Guardian ウェブサイト内)
http://www.theguardian.com/books/2013/apr/02/william-sutcliffe-
interview-the-wall
(森井理沙)
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"Where My Wellies Take Me" 『長靴といっしょに』(仮題)
text by Clare & Michael Morpurgo, illustrations by Olivia Lomenech Gill
クレア&マイケル・モーパーゴ文/オリヴィア・ロメネク・ギル絵
Templar Publishing, 2012, 97pp. ISBN 978-1848775442 (HB)
★2014年ケイト・グリーナウェイ賞ショートリスト作品
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少女ピッパが好きなのは、ペギーおばさんの家に泊まって、田舎の道をお散歩する
こと。行き先は決めず、長靴のおもむくままに。5月初めの今日もまた、ピッパは村
の散策に出た。畑で働くおじさんと出会ったり、動物や虫、花を目にしたりするたび
立ち止まる。時には長靴を脱いで、小川の冷たさを肌で感じる。そんな楽しい1日を
絵日記風につづったピッパのスクラップブックが、そのまま1冊の絵本となった。コ
ラージュのようにページを彩るイラストや押し花、そして情景ごとに添えられた名詩
の数々。シェイクスピア、ウィリアム・ブレイク、テッド・ヒューズ――時を超えた
詩人たちの声が、ピッパを取り巻く田舎の自然と呼応する。
ピッパの目に映る風景を眺めるうちに、いつしかイギリスの自然を追体験している
自分に気が付いた。仕掛け絵本のように折りたたまれたページがあちこちにあり、明
るい道を描いたページを広げれば、薄暗い木立にシカやキツネが現れる。まるで、自
然の神秘をひもとくかのような感覚に幾度となくハッとした。ピッパの日記は、本書
の絵とデザインを担当したギルが、自らの手書き文字でレイアウトしたものだ。あえ
て書き損じを残した筆記体の文章は、決して読みやすいとはいえない。だが、一語一
語に目を凝らせば、じっくりとピッパの思考を追っていける。ピッパの声を頭に浮か
べ、長靴で歩く足取りで読み進めることで、時間にとらわれない穏やかな心持ちを味
わえるのである。
ベテラン作家モーパーゴが妻と初めて共作した本書は、クレア夫人の70歳の記念と
してつくられた。みずみずしい感性で自然を満喫する主人公ピッパは、クレア夫人の
少女時代がモデルとなっている。詩や自然に親しむ喜びを現代の子どもたちにも知っ
てほしいという、夫妻の願いが込められた一作だ。次代を担う子どもたちへの2人の
深い思いと、それを正面から受け止めた画家ギルの妥協のない仕事が、世代を超えた
コラボレーションを生み出した。いつまでも色あせることのない名詩のように、この
作品もまた、多くの家庭で愛され、読み継がれるにちがいない。
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【文】Clare Morpurgo(クレア・モーパーゴ):英国デボン州の村イデスリーで豊か
な自然に囲まれて育つ。1976年、夫マイケルとともに、Farms for City Children を
設立。故郷のイデスリーをはじめとする農村に都会の子どもたちを招く活動をおこな
っている。本書の共作者として、田舎の自然を歌った名詩40編を選ぶ。
【文】Michael Morpurgo(マイケル・モーパーゴ):英国を代表する児童文学作家の
ひとり。1974年のデビュー以降、発表した作品は約130冊にのぼる。動物の見事な描
き方に定評があり、反戦をテーマにした作品も多い。邦訳は『戦火の馬』(佐藤見果
夢訳/評論社)、『ゾウと旅した戦争の冬』(杉田七重訳/徳間書店)ほか多数。
【絵】Olivia Lomenech Gill(オリヴィア・ロメネク・ギル):英国ノーサンバーラ
ンド在住のアーティスト。1974年生まれ。銅版画を中心とした芸術作品を意欲的に発
表し、国内外で高い評価を受ける実力派である。旅先で出会ったモーパーゴ夫妻の依
頼を受け、本書で初めて本のイラストを手掛けた。
【参考】
▼マイケル・モーパーゴ公式ウェブサイト
http://michaelmorpurgo.com/
▼オリヴィア・ロメネク・ギル公式ウェブサイト
http://www.oliviagill.com/
▼Farms for City Children 公式ウェブサイト
http://farmsforcitychildren.org/
▽マイケル・モーパーゴ邦訳作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/m/mmorpu_j.htm
(小島明子)
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【参考】
▽本誌2011年7、9、10月号
「特別企画 レビューを書こう(第4回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/07.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/09.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/10.htm#kikaku
▽本誌2008年11、12月号
「特別企画 レビューを書こう(第3回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2008/11.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2008/12.htm#kikaku
▽本誌2006年12月号「特別企画 レビューを書こう(第2回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2006/12.htm#kikaku
▽本誌2005年10月号「特別企画 レビューを書く(実践編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2005/10.htm#kikaku
▽本誌2003年11月号情報編「特別企画 レビューを書く(翻訳学習者編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2003/11a.htm#kikaku |