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●特別企画●レビューを書こう(第6回レビュー勉強会より)
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2017年8月、約1か月の日程でやまねこ翻訳クラブのレビュー勉強会が開催された。
第6回を迎える今回は、2016年8月から2017年7月に海外児童文学賞を受賞した作品、
またはノミネートされた作品の中から参加者が自由に課題本を選び、多くの注目作の
レビューが集まった。
自分で選んだ本とはいえ、いざレビューを書くとなると、一定の分量の中で作品の
魅力を伝えるのは難しい。あらすじを簡潔にまとめられなかったり、感じたことをう
まく言葉にできなかったりする。勉強会では、参加者同士でコメントをつけあう中で、
ひとりで取り組んでいるだけでは気づかなかったことにも気づき、自分の文章を客観
的に見られるようになる。また、本誌への掲載をめざし、コメントは書式や表記、文
法的なことにも及ぶため、まさに文章修業にうってつけだ。
こうして参加者が互いに文章を磨き、改稿を重ねて完成させたレビューを、今月号
で4本お届けする。勉強会の成果をぜひともご覧いただきたい。
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"Wolf Hollow" 『オオカミのいた谷』(仮題)
by Lauren Wolk ローレン・ウォーク作
Dutton Children's Books, 2016, ISBN 978-1101994832 (Kindle)
Dutton Children's Books, 2016, 304pp. ISBN 978-1101994825 (HB)
★2017年ニューベリー賞オナー作品
★2017年カーネギー賞ショートリスト作品
(このレビューは Kindle 版を参照して書かれています)
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第2次世界大戦が影を落とす1943年秋。もうすぐ12歳になるアナベルは、米国の片
田舎の小さな村で暮らしていた。ある日、村の学校にベティという少女が転校してく
る。ベティは学校帰りにアナベルを待ちぶせしては、恐喝まがいのやり方でいじめる
ようになった。その場を救ってくれたのは、風変わりな見た目と行動で村人たちから
気味悪がられている男性、トビーだ。彼は第1次世界大戦で心に傷を負い、人づきあ
いを避けるようになったのだが、実は美しい自然を愛する心優しい男性だった。いじ
めがやみ、一見、平穏な日々を取りもどしたかに見えたが、学校で事件が起きる。何
者かの投げた石が当たり、クラスメートが失明したのだ。ベティを疑うアナベルだが、
ベティはそのとき学校の鐘塔に登っていて、トビーが石を投げるところを見たと主張
する。しかも、彼の無実を証明するものは何もない。そんな中、ベティの行方が分か
らなくなり、大人たちはトビーが誘拐したのではと疑いはじめた。
作品の冒頭、「12歳になる年、わたしは嘘をつくことをおぼえた」という意味深長
な言葉に興味をそそられた。物語の前半、アナベルはいじめの事実を家族に隠しはす
るが、「嘘をつく」と呼べるような場面はなく、思わず首をかしげた。だが読み進め
るにつれて、アナベルのついた「嘘」の意味が明かされていく。それは、親子ほど年
が離れていながらも、不思議な友情で結ばれたトビーのためについた嘘だった。あた
たかな家庭で人間の醜い面を知らずに育ったアナベルが、嘘をつくことをおぼえた。
そのことでアナベルは、それまでの純粋さを失ってしまったのかもしれない。しかし、
大人に守られるだけの存在ではなくなり、大切な人を守るための勇気と行動力を身に
つけ、強くなったともいえるのではないか。ベティからのいじめにも、トビーに向け
られる大人たちの偏見にも果敢に挑む主人公の姿は、胸に迫るものがある。
本書のタイトル "Wolf Hollow" は、村の小さな谷の名前だ。その昔、穴を掘って
捕まえたオオカミを残らず撃ち殺していた歴史に由来するという。読み終えてから振
り返ると、この地名は物語の切ない結末を暗示するかのように思えてくる。その結末
とは……。ぜひ、あなたも読んで確かめてみてほしい。
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【作】Lauren Wolk(ローレン・ウォーク):1959年、米国メリーランド州ボルティ
モア生まれ。ブラウン大学を卒業後、ライター、編集者などの職に就く。1999年、大
人向けの小説 "Those Who Favor Fire: A Novel" で作家デビュー。子ども向けの小
説は本作が初。最新作に "Beyond the Bright Sea" がある。芸術家として、写真と
デジタルアートを融合した実験的な作品も発表している。マサチューセッツ州ケープ
コッド在住。
【参考】
▼ローレン・ウォーク公式ウェブサイト
http://www.laurenwolk.com/
▼ローレン・ウォーク紹介ページ(Penguin UK ウェブサイト内)
https://www.penguin.co.uk/puffin/authors/lauren-wolk/1077580/
(山本みき)
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"OCDaniel" 『本当のダニエル』(仮題)
by Wesley King ウェスリー・キング作
Paula Wiseman Books, 2016, 292pp. ISBN 978-1481455329 (PB)
★2017年MWA賞(エドガー賞)児童書部門受賞作品
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主人公のダニエルは13歳。アメフトチームではさえない控えの選手だが、学校の成
績は数学をのぞけば良好、ひそかに小説を書いている。そんなダニエルには、誰にも
言えない秘密があった。「あれ」に襲われると、無意味だと思っても自分の行動をコ
ントロールできなくなるのだ。特定の数字を避けずにはいられなかったり、正しいと
思う位置に食器をならべないと気がすまなかったり。最悪なのは夜で〈歯磨き→トイ
レ→手洗い→消灯→就寝〉の「儀式」に1時間、ときには3時間もかかる。歯を磨く
回数、移動するときの歩数、トイレットペーパーの長さなど、自らに課さざるをえな
い決まりがたくさんあって、1度間違えれば最初からやり直しなのだ。疲れきって泣
きながら眠りにつくことも多い。けれど、そのことは家族にも親友にもひた隠しにし
ていた。本当の自分を知られて、頭が変だと思われるのがこわかったからだ。そんな
ある日、いつも焦点の合わない目をして一言も話さず、イカれていると噂の同級生サ
ラから、突然声をかけられた。行方がわからなくなった父親を一緒にさがしてほしい
というのだ。しかも、サラはどうやらダニエルの秘密に気づいているらしい。
OCD(強迫性障害)をご存知だろうか。ある不安にとらわれ、それを振りはらう
目的から同じ行動をくり返してしまう病気で、50人から100人にひとりがかかってい
るという。ダニエルは自分がOCDだと知らず、無意味な行動をやめられない苦しみ
にひとりで耐えている。作者自身の体験をもとにしているためか、ダニエルが「儀式」
を行う場面は驚くほどリアルで、読んでいるだけで胸が痛む。ダニエルは「普通」の
枠からはみでたサラと関わるうちに、本当のサラを知り、OCDと向き合い、家族や
友人との関係を見つめ直すようになる。ダニエルとサラが友情を育みながら、それぞ
れの抱える困難に立ち向かおうと変化していく過程が読みどころだ。おそらく、人知
れず同じ病に苦しんでいる子どもにとって、この物語は救いとなることだろう。
一方、ミステリーの要素も本書の魅力としてはずせない。サラの父親の身に何が起
きたのか。謎解きがはじまると、物語はがぜんおもしろさを増していく。ダニエルと
サラが無謀な行動にでるたびにハラハラさせられて、ページをめくる手がとまらない。
そしてむかえる結末に、あなたは何を思うだろうか。少年の成長物語とミステリーが
融合した、読みごたえのある1冊だ。
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【作】Wesley King(ウェスリー・キング):1987年カナダのオンタリオ州エイジャ
ックスに生まれる。カールトン大学でジャーナリズムを専攻。2012年 "The Vindico"
で作家デビュー。"The Incredible Space Raiders from Space!" や "Dragons vs.
Drones" など子ども向けの小説を精力的に発表している。本作品の邦訳は鈴木出版よ
り近々刊行予定。
【参考】
▼ウェスリー・キング公式ウェブサイト
http://www.wesleykingauthor.com/
(佐藤淑子)
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"An Eagle in the Snow" 『雪のなかのワシ』(仮題)
text by Michael Morpurgo, illustrations by Michael Foreman
マイケル・モーパーゴ文/マイケル・フォアマン絵
HarperCollins Children's Books, 2016, 272pp. ISBN 978-0008134174 (PB)
★2017年チルドレンズ・ブック賞大賞および低学年向け部門賞受賞作品
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1940年、第2次世界大戦下の英国。ドイツ軍の空襲で家を失った10歳の少年バーニ
ーは、母親とともに列車で親戚のもとへ向かう。ところが、途中で爆撃にさらされた
列車がトンネルに待避、乗客全員が閉じ込められた。暗闇のなか、バーニーの恐怖を
和らげようと、乗り合わせた見知らぬ男がビリーという友人の話を始める。ビリーは
第1次世界大戦で数々の戦果を上げた国の英雄。その彼が今、第2次世界大戦が始ま
ったのは自分のせいだと考えて苦しんでいるという。いったい何があったのか?
本書では、ビリーの物語を中心として、戦争で絶望のどん底にたたきつけられ、無
力感にさいなまれながらも、誇りを失わず、正しいと信じることをしようとする人々
が描かれる。ビリーは第1次世界大戦で常に先頭を切って戦いに飛び込んでいった。
しかし、それは立身出世のためではない。一人でも多くの仲間や傷ついた民間人を守
りたい、一刻も早く戦争を終わらせたいとの一心からだった。戦場で命が無益に失わ
れていくのに耐えられなかった彼は、敵軍のドイツ兵であっても、殺さずに済むとき
は見逃した。どんなときも「これが正しい」と信じる行動を選んだ。だが、ふとした
ことから、自分が実は取り返しのつかない過ちを犯したのではないかとの疑念にから
れるようになり、悩んだ末にあることを決意する――。
ビリーにはモデルとなった人物がいる。モーパーゴは、第1次世界大戦で前代未聞
の功績を上げながら、あくまでも一兵卒にとどまることを選んだ人物の話を聞いたと
き、何が彼にそうさせたのかを知りたくなったという。モーパーゴの興味をかきたて
たことは、もう一つあった。もし、この人物がある行動を選んでいれば、第2次世界
大戦は起こらなかったかもしれないというのだ。本当だろうか? だが本書のテーマ
はその謎解きではない。この物語は、何が正しく、何がまちがっているのかを判断す
るのがどれほど難しいことかという問いを、読者に繰り返し投げかけてくる。物語の
舞台は戦下の英国だが、その問いの重さは現代を生きる私たちにとってもまったく変
わらない。
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【文】Michael Morpurgo(マイケル・モーパーゴ):1943年生まれ。英国を代表する
児童文学作家の一人。教員として子どもたちに物語を読み聞かせながら執筆活動を開
始し、1974年にデビュー。以後、約130冊の作品を発表している。反戦や動物との心
の交流をテーマにした作品が多い。邦訳作品は『ケンスケの王国』(佐藤見果夢訳/
評論社)や『ゾウと旅した戦争の冬』(杉田七重訳/徳間書店)など。
【絵】Michael Foreman(マイケル・フォアマン):1938年英国生まれ。画家であり、
児童文学作家でもある。モーパーゴの作品では『時をつなぐおもちゃの犬』(杉田七
重訳/あかね書房)、『走れ、風のように』(佐藤見果夢訳/評論社)などにも挿絵
を提供している。1982年と1989年にケイト・グリーナウェイ賞を受賞。1988年と2010
年には国際アンデルセン賞画家賞にノミネートされた。
【参考】
▼マイケル・モーパーゴ公式ウェブサイト
http://michaelmorpurgo.com/
▼マイケル・フォアマン紹介ページ(British Council ウェブサイト内)
https://literature.britishcouncil.org/writer/michael-foreman
▽マイケル・モーパーゴ主要作品リスト(やまねこ翻訳クラブ資料室)
http://www.yamaneko.org/bookdb/author/m/mmorpurg.htm
(市中芳江)
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"Freedom in Congo Square" 『コンゴ・スクウェアの日曜日』(仮題)
text by Carole Boston Weatherford, illustrations by R. Gregory Christie
キャロル・ボストン・ウェザーフォード文/R・グレゴリー・クリスティ絵
Little Bee Books, 2016, 34pp. ISBN 978-1499801033 (HB)
★2017年コールデコット賞オナー作品
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コンゴ・スクウェア――米国ルイジアナ州、ニューオーリンズにあるその広場は、
いつしかそう呼ばれるようになった。奴隷制度が続く19世紀初頭、この地域の奴隷た
ちにとってそこは、心身を解放することができる唯一の場所だったという。でもそれ
は日曜日の午後、ただひとときのこと。月曜日から土曜日は、朝から晩まで働きづめ
の日々が続く。プランテーションでの農作業や土木作業、家畜のエサやり、薪割り、
そして掃除に洗濯。ムチにおびえ、休むひまもない。心から本当の自由を願う毎日だ
った。そしてようやく日曜日が巡ってくると、仕事を休むことを許された彼らはコン
ゴ・スクウェアに集まった。遠いアフリカのリズムを感じ、つかの間の自由を味わう
ために。
絵本をめくると、月曜日から順に、コンゴ・スクウェアに行くことができる日曜日
までのカウントダウンが進む。韻を踏んだ文章はリズミカルだが、そこに書かれてい
る当時の辛い労働状況からは、愁いをおびた響きも感じられた。まるで、理不尽な環
境下での怒りや哀しみから生まれた、黒人霊歌やブルースのように。絵も同様で、色
彩は美しく鮮やかに描かれているが、絵本の前半では黙々と働く奴隷たちの姿にあま
り動きが感じられず、重苦しい雰囲気をまとっている。だからこそ、躍動感と生命力
にあふれた、コンゴ・スクウェアでの人物描写がとても印象深い。
故郷や仲間から強制的に離され、「労働力」としてしか扱われなかった奴隷たちの
苦しみや憤り、哀しみははかりしれない。この作品は、苦渋に満ちた過酷な状況に置
かれた人々がいたという重い歴史を、小さな子どもたちの目線にも寄り添いながら私
たちに伝えてくれる。同時に、その抑圧の中でも希望を失わず、力強く人間らしく生
きようとした彼らの姿が深く心に残ることだろう。コンゴ・スクウェアで刻まれたア
フリカのリズムは、時を経てヨーロッパやアメリカの文化とも影響し合い、今もジャ
ズの根底に息づいている。力によって支配しようとしても決して敵わないものがある
のだと、強く感じずにはいられない。
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【文】Carole Boston Weatherford(キャロル・ボストン・ウェザーフォード):米
国メリーランド州ボルティモア生まれ。幼い頃から詩を書き始め、詩人、作家として
30を超える作品を発表。アフリカ系アメリカ人の生涯を題材にしたものも多く、高い
評価を得ている。邦訳に『北極点をめざした黒人探検家 マシュー・ヘンソン』(エ
リック・ヴェラスケス絵/渋谷弘子訳/汐文社)などがある。
【絵】R. Gregory Christie(R・グレゴリー・クリスティ):1971年、米国ニュー
ジャージー州生まれの画家。絵本を中心に50作以上の児童書を手がけるほか、書店を
経営し絵画教室なども開いている。本作では、5度目のコレッタ・スコット・キング
賞画家部門オナーにも選ばれた。邦訳に『ハーレムの闘う本屋 ルイス・ミショーの
生涯』(ヴォーンダ・ミショー・ネルソン文/原田勝訳/あすなろ書房)などがある。
【参考】
▼キャロル・ボストン・ウェザーフォード公式ウェブサイト
https://cbweatherford.com/
▼R・グレゴリー・クリスティ公式ウェブサイト(プロフィールのページ)
http://gas-art.com/about-r-gregory-christie/
(増山麻美)
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【参考】
▽本誌2014年7、9、10月号
「特別企画 レビューを書こう(第5回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2014/07.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2014/09.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2014/10.htm#kikaku
▽本誌2011年7、9、10月号
「特別企画 レビューを書こう(第4回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/07.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/09.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2011/10.htm#kikaku
▽本誌2008年11、12月号
「特別企画 レビューを書こう(第3回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2008/11.htm#kikaku
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2008/12.htm#kikaku
▽本誌2006年12月号「特別企画 レビューを書こう(第2回レビュー勉強会より)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2006/12.htm#kikaku
▽本誌2005年10月号「特別企画 レビューを書く(実践編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2005/10.htm#kikaku
▽本誌2003年11月号情報編「特別企画 レビューを書く(翻訳学習者編)」
http://www.yamaneko.org/mgzn/dtp/2003/11a.htm#kikaku |